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憂國 Patriotism 作者 国 言語 ジャンル 発表形態 雑誌掲載 初出 『小説』1月・3号・冬季号 刊行 シナリオ『憂國 映画版』 1966年4月10日 収録 『』 新潮社 1961年 1月30日 『 憂国』(ゆうこく)は、の。 原題は旧漢字の『 憂國』である。 仲間から決起に誘われなかった新婚のが、軍とされた仲間を逆に討伐せねばならなくなった立場に懊悩し、妻と共にする物語。 三島の代表作の一つで、の外伝的作品である。 (昭和36年)1月の小説発表の4年後には、三島自身が・などを務めた映画も制作され、国際短編劇映画部門第2位を受賞した。 に殉ずる者の至福とを主題に、への義の元、と、夥しい流血と痛苦をともなう自殺が克明に描かれている。 という時代背景と共に「と、との問題」をあらためて思考するようになっていた三島が、その反時代傾向を前面に露わにした転換的な作品である。 発表経過 [ ] (昭和36年)1月、雑誌『小説』3号・冬季号の〈現代代表作家二十人創作集〉に掲載され、同年1月30日により刊行の短編集『』に収録された。 のち1966年(昭和41年)6月により刊行の『』にも、戯曲『』と共に三部作として纏められた。 なお、この刊行にあたって、当時の実状をよく知る加盟将校の1人(当時陸軍歩兵大尉)の末松太平からの助言により、「近衛輜重兵大隊」を「近衛歩兵第一聯隊」に改めた。 その後、(平成9年)に『中央公論』11月・臨時増刊号の〈激動の昭和文学〉に再掲載された。 翻訳版はGeoffrey W. Sargent訳(英題:Patriotism)をはじめ、世界各国で行われている。 (昭和40年)4月には、自身が製作・・・脚色・を務めた映画『憂國』が製作された。 映画は翌年1966年(昭和41年)1月、ツール国際短編劇映画部門第2位となり、同年4月からなされた日本での一般公開も話題を呼び、アート系の映画では記録的なヒットとなった。 また同時に映画の製作過程・写真などを収録した『憂國 映画版』も1966年4月10日により刊行された。 作品概要・主題 [ ] 『憂国』は簡素な構成と、〈大きな鉢に満々と湛(たた)へられた乳のやうで〉といった、肌の白さ(妻の肌の美しさ)を表す官能的な描写や、克明に描かれるの迫真さで、短編ながら注目された作品で、三島自身も、〈小品ながら、私のすべてがこめられている〉とし 、「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」と晩年にも繰り返している。 『憂国』は、とを直結させるの『エロティシズム』に通じる作品構造となっている。 そこに描かれる〈と死の光景、ととの完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福〉と三島は語り 、その映画化のねらいについては、以下のように説明している。 日本人のエロースが死といかにして結びつくか、しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、に、あるひはその政治的状況に殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があつたのである。 — 「製作意図及び経過」(『憂國 映画版』) 登場人物の青年将校や、その妻については、〈彼はただ、ただ大義に殉ずるもの、ただモラルのためにするもの、ただ純粋無垢な軍人精神の権化でなければならなかつた〉、〈彼女こそ、まさに昭和十年代の平凡なが自分の妻こそは世界一のだと思ふやうな、素朴であり、女らしく、しかも情熱をうちに秘めた女性でなければならなかつた〉としている。 また、三島は『憂国』を、『』、『』と共に〈私にとつてもつとも切実な問題を秘めたもの〉としているが、そういった主題の問題性などに斟酌せずに、物語として楽しんでもらえればよいとして、〈現に或るののは、『憂国』を全くとして読み、一晩眠れなかったと告白した〉という話を紹介している。 あらすじ [ ] 昭和11年2月28日、で決起をした親友たちを軍としてによって討たざるをえない状況に立たされた勤務の武山信二は懊悩の末、自死を選ぶことを新婚の妻・麗子に伝える。 すでに、どんなことになろうと夫の跡を追う覚悟ができていた麗子はたじろがず、共に死を選ぶことを決意する。 そして死までの短い間、夫と共に濃密な最期の営みの時を過ごす。 そして、2人で身支度を整え遺書を書いた後、夫のに立会い、自らも咽喉を切り、後を追う。 登場人物 [ ] 武山信二 30歳。 勤務の中尉。 凛々しい顔立ちで、濃い眉の美男。 四谷区青葉町6に新婚の妻と居住。 麗子 23歳。 信二の妻。 やさしい眉の下のつぶらな目、ほっそりとした形のよい鼻、ふくよかな唇。 艶やかさと高貴とがある美女。 モデルの推察 [ ] 三島由紀夫自身の解説には、特定の誰かをモデルにしたという記述はなく、大尉をモデルにしたのではないかという自衛隊員の読者からの手紙にも、「特定のモデルはおりません」と返信しているという。 なお、の後には、叛乱軍のや、皇軍の天野武雄などの他、以下のような『憂国』の主人公と同じような自死をした人物もあった。 近衛輜重兵大隊の青島健吉(31)が、2月29日朝に自宅である社宅において妻の喜美子(23)とともに切腹自殺しているのが発見された。 事件発生から不眠不休で任務にあたっていたが、消耗が見られたため前日に休養を命じられ帰宅した後の自死だった。 著の『切腹』によれば、青島中尉は親友が叛乱軍に加入していたために、相撃つことになることに悩み、「彼等がその行為に責任を感じて速かに自決すること」を待ち望んでいたにもかかわらずに、彼等が「叛乱の汚名を着せられ、明くればどんな事態に立ち至るかも知れぬといふことを考へたあまり、死によつて一切を清算すること」を決意しての夫妻揃っての自決であったという。 妻の遺書には「軍人の妻として来るべき日が参りました」と記されている。 三島は、付き合いのあった元青年将校(当時陸軍歩兵大尉)からの指摘を受けて、主人公の所属を「近衛輜重兵大隊」から「近衛歩兵一聯隊」に変更した。 事件当時蹶起に逸る青年将校は歩兵将校が多く、輜重兵などあり得ないとの意見だった。 輜重兵では聯隊旗がなく、作中の描写と合わないということも判り、未練はあったが変更した。 作品評価・研究 [ ] 『憂国』は、三島の初期作品から内包されていたと、と、内側と外側の一体化といった「」の解消や克服といった「的な問い」、〈至上の肉体的快楽と至上の肉体的苦痛が、同一の下に統括され、それによつて至福の到来を招く〉 といった志向の根源的な情念、あるいは反時代的な情熱が露わになった転換的な作品として論究されることが多く 、三島文学にとって重要な作品であるが、の翌年の1961年(昭和36年)に発表された当初や存命時の反響では、内容などから嫌悪を示す評者もいた。 肯定的なものではなどに代表されるように、三島がの若い男女の中に、「思考停止の的な世界」における「」「魅惑」の「造形化」を試み、「現代人に一つのをもたらそうとしている」と捉え 、否定的なものでは、「才気に溢れた有能な作家」の三島が、「とてつもなく大きな錯誤の陥穽におちこんでいる」ため、早く「危険地帯」を脱出してほしいとが提言し 、は「こういう小説は非常にくだらない」と断じている。 この花田の発言については具体的論点が不明なため、は、「花田の真意がどこにあったかについてはまだ研究されていない」と説明している。 は、『憂国』の描写や、死の情念とのな化合の根源に、「頽唐期の芸術」があることや、に「爛熟期の江戸や」の感受性に通じていることを指摘し 、も、やといった「日本人の深層にひそむを、もっとも暴露的な仕方で、刷り出したもの」が『憂国』だと解説している。 また田中は、決起から外された中尉の境遇をな至福の死で賛美することにより、「の彼方に葬り去られた無数の犬死、かつて栄光と信じて栄光から見捨てられた人々の痛恨」の救済を試みている作品だと考察している。 は、三島が『憂国』において、露わに反時代的な嗜好や情熱を示したことについて、「戦後精神に対する拒絶の姿勢をはっきり表に出したのである」とし 、それまでは嫌々ながらも、「戦後の日常生活との〈軽薄な交際〉をつづけ、否定しながらそこから何らかの利得をえて暮してきた」三島が、『憂国』以降、「に殉じて死ぬ人間の至上の美しさ」を主題にするようになったが、それは思想そのものを扱ったのではなく、「〈死にいたるまでの生の称揚〉()としてのエロティシズムの美」が描かれていると解説している。 は、『憂国』を「三島氏の数ある作品のなかでも秀作のひとつに数えられるもの」とし、以下のように解説している。 「」という政治的非常時の頂点を、「政治」の側面からではなく「エロティシズム」の側面からとらえようという、三島氏の構成の意図は、ここで見事に成功している。 割腹した夫の返りをあびてをに染めた中尉夫人が、血にすべる白をふみしめて死に立つ姿などは、三島流のエロティシズムの極致ともいえるに違いない。 — 「エロスと政治の作品」 は、「以来、〈義〉のためのをこれだけの密度をもって描き出した作品はないだろう」と述べ 、「死のリアリティの問題を、第三者の心への反応としてではなく、直接に死を選ぶ者の内側に入って描いた」作品として評価し、バタイユへの共鳴があることを指摘している。 は、三島が『憂国』執筆前に書いた著「エロティシズム」の書評 に触れながら『憂国』との関係を論じ、そこにおいて三島は、「=連続性=死をこの思想の核心をして捉えているばかりではなく、非連続性な生および生活の解体という、そのな作用の可能性に着目している」とし 、三島がバタイユに共感を寄せる、大きな理由の一つとして、この思想の核心に、「〈われわれの生〉の限定性(三島によれば、それは同時に非連続性を超えることができない主知主義の限界)」を打ち破る、「新たな原理的な可能性」を三島が見いだしていると解説している。 は、『憂国』における武山中尉の家の1階には日常があり、2階には非日常があると分析しながら 、その「反発する両極を引き寄せる何か」は、「〈絶対〉的な力を持った何か」でなければならないとし 、三島はその〈絶対〉的な力を持つ何かとして「片恋」を想定したと解説している。 そして、「への片恋、妻への片恋、さらには状況への片恋。 強烈な意志的な片恋」の前には「極という〈絶対〉」も相対化されるとし 、「片恋を貫き通すことさえできるならば、そこでは、生も死も、男も女も、肉体も精神も、永遠の瞬間も、政治も性も、公も私も、非日常も日常も、清潔も猥せつも、静も動も、炎も雪も、に重ね合わせることが可能である」と論考している。 映画化 [ ] 憂國 Patriotism 監督 脚本 三島由紀夫 原作 三島由紀夫『憂國』 製作 三島由紀夫、 製作総指揮 三島由紀夫 出演者 三島由紀夫、 音楽 (『』 撮影 配給 + 公開 上映時間 28分(モノクロ) 製作国 言語 製作費 120万円 『憂國』(自主製作。 配給:+) 1966年(昭和41年)4月12日封切。 劇映画部門第2位受賞。 (平成17年)8月、それまで現存しないと言われた『憂国』のが、三島の自宅(現在は長男邸)で発見されたことが報じられ、話題を呼んだ。 映画『憂国』は、後ののを予感させるようなシーンがあるため、夫人が忌避し、三島の死の後の1971年(昭和46年)に、瑤子夫人の要請により上映用フィルムは焼却処分された。 しかし共同製作者・の「ネガフィルムだけはどうか残しておいてほしい」という要望で、瑤子夫人が密かに自宅に保存し、茶箱の中にネガフィルムのほか、映画『憂国』に関するすべての資料が数個のケースにきちんと分類され収められていた。 ネガフィルムの存在を半ば諦めていた藤井浩明はそれを発見したときのことを、「そこには御主人(三島)に対する愛情と尊敬がこめられていた。 ふるえるほどの感動に私は立ちつくしていた」と語っている。 これらネガフィルムや資料は1995年(平成7年)に夫人が死去した数年後に発見されていた。 映画は2006年(平成18年)4月にで販売され、同時期に新潮社の『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 キャスト [ ]• 武山信二中尉:• 武山麗子: スタッフ [ ]• 製作:三島由紀夫• プロデューサー・プロダクションマネージャー:• 監督:三島由紀夫• 演出:• 脚色:三島由紀夫• 原作:三島由紀夫• 撮影:• 美術:三島由紀夫• メーキャップ・アーティスト: 映画評価 [ ] 『憂国』はツール国際短編劇映画部門第2位となったが、その時の評価は賛否両論あり、中には「ショックを与えることをねらった露出趣味」という映画評論家・ジョルジュ・サドゥールの辛口評もあったが 、『ヌーヴェル・レプブリック』紙のベルナアル・アーメルは、『憂国』を「真実な、短い、兇暴な」とし、近代化された「」の形式の中に「の持つ或るものを、永遠の詩を、すなわち愛と死をその中にはらんでいる」と評し、以下のように解説している。 驚くべきことに、(『』)はこの日本の影像(イメージ)に最も深く調和している。 そしてこの日本の影像の持つ、肉惑的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこれまでに創り得たもっとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる密接に癒着しているのである。 — ベルナアル・アーメル「ヌーヴェル・レプブリック」紙 また、フランスの一般の観客から、「良人が切腹している間、妻がいうにいわれない悲痛な表情でそれを見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないという悲しみにひしがれている姿が最も感動的であった」と言われ、三島は感動したと述べている。 は、「三島氏はこの映画で、日本人の集合的無意識の奥底によどんでいるどろどろした欲望に、映像として明確な形をあたえ、人間の肉のけいれんとしてのを、エロティシズムと死の両面から二重写しに描き出した」と評価している。 は、小説『憂国』を支えていた「精緻な均衡」とくらべ、映画の方は、「ひどく安定に欠けたところ」があったが、むしろその不安定さのもつ「緊張感」にひきつけられたとし、次のように語っている。 その不安定さは、もしかすると、作者が映画を完全には信じていないところからくるものだったかもしれない。 信じていないからこそ作者があれほど前面に押し出されて来てしまったのだろう。 作者が主役を演じているというようなことではなく、あの作品全体が、まさに作者自身の分身なのだ。 自己の作品化をするのが、作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとしたのかもしれない。 むろんそんなことは不可能だ。 作者と作品とは、もともととの関係にあり、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。 そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。 知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだろう。 なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。 ぼくに、羨望に近い共感を感じさせたのも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。 いずれにしても、単なる作品評などでは片付けてしまえない、大きな問題をはらんでいる。 作家の姿勢として、ともかくぼくは脱帽を惜しまない。 付き合いを重ねるうち、三島が大川のことを「親父」と呼ぶまでの仲になったと、は回顧している。 映像ソフト [ ]• 2006年4月28日に東宝からDVDが発売された。 2006年4月28日に新潮社から発売された『決定版 三島由紀夫全集 別巻 映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 前述の事情から2006年のDVD化以前は一切映像ソフト化されていなかったが、海外には焼却処分を免れた本作の上映用プリントが残っており、そのフィルムを元にした海賊版ビデオが出回っていた。 藤井浩明はDVD化の際に「海賊版がネットオークションなどで出回っていて粗悪な画面だったので、いずれ発表しなくてはいけないと思っていた 」とコメントしている。 舞台化 [ ]• リサイタル• 1968年(昭和43年)7月5日 - 6日 会場不明• 構成・振付:。 装置・衣裳:。 作曲:。 演奏:。 映像:。 電子技術:。 照明:。 舞台監督:• 出演:小沢金四郎、• 千葉演劇社三条会公演• 1998年(平成10年)10月18日 千葉・エミューフォーラムスペース• 構成・演出:• 出演:、、、、、ほか• おもな刊行本 [ ]• 『』(、1961年1月30日)• 機械函。 金色帯。 収録作品:「スタア」「憂國」「」• 『スタア』( ロマン・ブックス、1963年8月10日)• カバー装幀:• 収録作品:「スタア」「憂國」「百万円煎餅」• 『憂國 映画版』(新潮社、1966年4月10日)• クロス装。 ビニールカバー。 赤色帯。 138頁。 収録作品:原作。 撮影台本。 スチール(52頁69葉。 撮影:)。 製作意図及び経過。 見返しに著者自筆「シナリオ憂國」の舞台スケッチ等を印刷。 28が、三島の意にそわないため、実写写真を貼付したものあり。 『』(、1966年6月30日)• 装幀:。 赤色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「」「と私」• 帯(裏)に「二・二六事件と私」より抜粋された「三つの作品の意図」と題する文章。 『英霊の聲』(、1976年2月15日)• カバー装幀:。 橙色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 付録・月報として、書評:、。 文芸時評:• 口絵写真1頁1葉(著者肖像写真。 撮影:)• 改版1992年3月20日)• 解説:三島由紀夫。 口絵写真1頁1葉(映画『憂国』スチール)。 白色帯。 収録作品:「花ざかりの森」「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」「遠乗会」「卵」「」「」「新聞紙」「牡丹」「」「」「百万円煎餅」「憂国」「月」• 文庫版『英霊の聲 オリジナル版』(、2005年10月5日)• カバーデザイン:榛地和。 カバー装画:粟津潔。 カバーフォーマット:。 全268頁• 解説:「『英霊の聲』の声」• 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 『近代浪漫派文庫42 三島由紀夫』(、2007年7月)• カバー装幀画:• 収録作品:「十五歳詩集」「」「」「憂国」「」「」「」「」• 英文版『Patriotism』(訳:Geoffrey W. Sargent)(New Directions、1995年11月。 Penguin Books Ltd、1986年)• 『三島由紀夫全集13巻(小説XIII)』(、1973年10月25日)• 装幀:。。 背革紙継ぎ装。 月報:「『』訴訟事件を想い三島君を偲ぶ」。 《評伝・三島由紀夫 6》「二つの遺作(その5)」。 《同時代評から 6》「『宴のあと』『憂国』をめぐって」• 収録作品:「宴のあと」「憂国」「」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「」「切符」• 総革装。 緑革貼函。 段ボール夫婦外函。 A5変型版。 本文2色刷)が1,000部あり。 仕様は上記と同様。 月報:「雪翁はもういない」。 《評伝・三島由紀夫 19》佐伯彰一「伝記と評伝(その10)」。 《同時代評から 19》虫明亜呂無「『』をめぐって」• 収録作品:「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「憂国」「アラビアン・ナイト」「」「ミランダ」「」• 『三島由紀夫短篇全集』〈下巻〉(新潮社、1987年11月20日)• セット機械函。 四六判。 2段組。 収録作品:「家庭裁判」から「」までの73篇。 四六判。 2段組。 セット機械函。 収録作品:「」「女は占領されない」「」「プロゼルピーナ」「」「」「」「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「サド侯爵夫人」「憂国」「」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「わが友ヒットラー」「」「」「文楽 椿説弓張月」「」「」〔初演一覧〕• 『決定版 三島由紀夫全集20巻・短編6』(新潮社、2002年7月10日)• 布クロス装。 箔押し2色。 四六判。 旧字・旧仮名遣い。 装幀:新潮社装幀室。 装画:。 口絵写真1頁1葉(著者肖像)あり• 月報:「優しく澄んだ眼差し」。 「商人根性」。 《小説の創り方》20「精霊の来訪」• 収録作品:「憂国」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「自動車」「可哀さうなパパ」「雨のなかの噴水」「切符」「」「」「」「孔雀」「朝の純愛」「」「」「」「時計」「蘭陵王」、参考作品21篇、異稿5篇、創作ノート• 仕様は上記と同様。 月報:「厳粛なる快楽」、「ファインダーの中の三島さん」、〔天球儀としての劇場4〕田中美代子「政治劇のあとに」• 収録作品:「喜びの琴」「美濃子」「恋の帆影」「サド侯爵夫人」「撮影台本 憂国」「アラビアン・ナイト」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「」「『喜びの琴』創作ノート」「『美濃子』創作ノート」「『恋の帆影』創作ノート」「『アラビアン・ナイト』創作ノート」「『朱雀家の滅亡』創作ノート」「『ミランダ』創作ノート」• 『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」 DVD 』(新潮社、2006年4月28日)• 月報:追加収録〔評論〕〔アンケート〕〔書簡〕、正誤補訂一覧追加• 収録内容:DVD『憂國』1枚、小冊子(ブックレット)68頁 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , pp. 414-416に所収• , pp. 35-64• , pp. 107-119• 118-131)• 41-44)• 424-427)• 540-561)• 791-795)• 422-424)• 「三島由紀夫翻訳書目」(, pp. 695-729)• 「第五章 文と武の人」(, pp. 144-205)• 「『憂国・映画版』」(, pp. 386-388)• , pp. 281-286、, pp. 172-176に所収• , pp. 238-239• 「第二部 三島由紀夫と私 一 出会い」(, pp. 54-62)• , pp. 791-792• 239-260)• 「文芸時評」(三社連合 ・・ 1960年12月27日号)。 , p. 237に所収。 , pp. 236-237• 「『憂國』にみる三島由紀夫の危険な美学」(文学的立場 七 1966年7・8月合併号)。 , p. 238• ・・「創作合評」( 1961年2月号)。 , p. 237• 「逆説としての殉死『憂國』」(, pp. 236-249)• 221-243)• , p. 386• 江藤淳『全文芸時評』上巻(、1989年)に所収。 , p. 236• , pp. 55-69に所収• , pp. 411-415に所収• 佐藤秀明編『三島由紀夫・美とエロスの論理』(、1991年)に所収。 , pp. 385-386• , p. 244• , pp. 627-629に所収• 「受賞を逸した三島の『憂国』 盛会だったツール映画祭」(夕刊 1966年2月3日号)。 ブックレットpp. 47-48に所収• 「戦りつすべき映画の詩」(・夕刊 1966年3月22日)。 ブックレットpp. 54-55に所収。 , p. 237• , pp. 153-155• 「三島由紀夫『憂国』秘話・周辺のゲイ・エロティックアート03」• 『決定版 三島由紀夫全集20巻 短編6』 、2002年7月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集24巻 戯曲4』 新潮社、2002年11月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集31巻 評論6』 新潮社、2003年6月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集33巻 評論8』 新潮社、2003年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集34巻 評論9』 新潮社、2003年9月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集35巻 評論10』 新潮社、2003年10月。 ; ; 山中剛史編 『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』 新潮社、2005年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集別巻 映画「憂国」 DVD 』 新潮社、2006年4月。 - 初版は1968年9月。 『殉教の美学』(新装版) 、1979年6月。 - 『磯田光一著作集1 三島由紀夫全論考 比較転向論序説』(小沢書店、1990年6月)に所収。 『最後のロマンティーク 三島由紀夫』 、2006年3月。 井上隆史; 佐藤秀明; 編 『三島由紀夫事典』 、2000年11月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の時代』 勉誠出版〈三島由紀夫論集I〉、2001年5月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の表現』 勉誠出版〈三島由紀夫論集II〉、2001年5月。 『回想回転扉の三島由紀夫』 文藝春秋〈〉、2005年11月。 『三島由紀夫の世界』 講談社、1968年12月。 ; 編 『三島由紀夫事典』 、1976年1月。 松本徹 『三島由紀夫を読み解く』 〈NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界〉、2010年7月。 『文芸時評』 、1969年6月。 関連項目 [ ]•

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憂國 Patriotism 作者 国 言語 ジャンル 発表形態 雑誌掲載 初出 『小説』1月・3号・冬季号 刊行 シナリオ『憂國 映画版』 1966年4月10日 収録 『』 新潮社 1961年 1月30日 『 憂国』(ゆうこく)は、の。 原題は旧漢字の『 憂國』である。 仲間から決起に誘われなかった新婚のが、軍とされた仲間を逆に討伐せねばならなくなった立場に懊悩し、妻と共にする物語。 三島の代表作の一つで、の外伝的作品である。 (昭和36年)1月の小説発表の4年後には、三島自身が・などを務めた映画も制作され、国際短編劇映画部門第2位を受賞した。 に殉ずる者の至福とを主題に、への義の元、と、夥しい流血と痛苦をともなう自殺が克明に描かれている。 という時代背景と共に「と、との問題」をあらためて思考するようになっていた三島が、その反時代傾向を前面に露わにした転換的な作品である。 発表経過 [ ] (昭和36年)1月、雑誌『小説』3号・冬季号の〈現代代表作家二十人創作集〉に掲載され、同年1月30日により刊行の短編集『』に収録された。 のち1966年(昭和41年)6月により刊行の『』にも、戯曲『』と共に三部作として纏められた。 なお、この刊行にあたって、当時の実状をよく知る加盟将校の1人(当時陸軍歩兵大尉)の末松太平からの助言により、「近衛輜重兵大隊」を「近衛歩兵第一聯隊」に改めた。 その後、(平成9年)に『中央公論』11月・臨時増刊号の〈激動の昭和文学〉に再掲載された。 翻訳版はGeoffrey W. Sargent訳(英題:Patriotism)をはじめ、世界各国で行われている。 (昭和40年)4月には、自身が製作・・・脚色・を務めた映画『憂國』が製作された。 映画は翌年1966年(昭和41年)1月、ツール国際短編劇映画部門第2位となり、同年4月からなされた日本での一般公開も話題を呼び、アート系の映画では記録的なヒットとなった。 また同時に映画の製作過程・写真などを収録した『憂國 映画版』も1966年4月10日により刊行された。 作品概要・主題 [ ] 『憂国』は簡素な構成と、〈大きな鉢に満々と湛(たた)へられた乳のやうで〉といった、肌の白さ(妻の肌の美しさ)を表す官能的な描写や、克明に描かれるの迫真さで、短編ながら注目された作品で、三島自身も、〈小品ながら、私のすべてがこめられている〉とし 、「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」と晩年にも繰り返している。 『憂国』は、とを直結させるの『エロティシズム』に通じる作品構造となっている。 そこに描かれる〈と死の光景、ととの完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福〉と三島は語り 、その映画化のねらいについては、以下のように説明している。 日本人のエロースが死といかにして結びつくか、しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、に、あるひはその政治的状況に殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があつたのである。 — 「製作意図及び経過」(『憂國 映画版』) 登場人物の青年将校や、その妻については、〈彼はただ、ただ大義に殉ずるもの、ただモラルのためにするもの、ただ純粋無垢な軍人精神の権化でなければならなかつた〉、〈彼女こそ、まさに昭和十年代の平凡なが自分の妻こそは世界一のだと思ふやうな、素朴であり、女らしく、しかも情熱をうちに秘めた女性でなければならなかつた〉としている。 また、三島は『憂国』を、『』、『』と共に〈私にとつてもつとも切実な問題を秘めたもの〉としているが、そういった主題の問題性などに斟酌せずに、物語として楽しんでもらえればよいとして、〈現に或るののは、『憂国』を全くとして読み、一晩眠れなかったと告白した〉という話を紹介している。 あらすじ [ ] 昭和11年2月28日、で決起をした親友たちを軍としてによって討たざるをえない状況に立たされた勤務の武山信二は懊悩の末、自死を選ぶことを新婚の妻・麗子に伝える。 すでに、どんなことになろうと夫の跡を追う覚悟ができていた麗子はたじろがず、共に死を選ぶことを決意する。 そして死までの短い間、夫と共に濃密な最期の営みの時を過ごす。 そして、2人で身支度を整え遺書を書いた後、夫のに立会い、自らも咽喉を切り、後を追う。 登場人物 [ ] 武山信二 30歳。 勤務の中尉。 凛々しい顔立ちで、濃い眉の美男。 四谷区青葉町6に新婚の妻と居住。 麗子 23歳。 信二の妻。 やさしい眉の下のつぶらな目、ほっそりとした形のよい鼻、ふくよかな唇。 艶やかさと高貴とがある美女。 モデルの推察 [ ] 三島由紀夫自身の解説には、特定の誰かをモデルにしたという記述はなく、大尉をモデルにしたのではないかという自衛隊員の読者からの手紙にも、「特定のモデルはおりません」と返信しているという。 なお、の後には、叛乱軍のや、皇軍の天野武雄などの他、以下のような『憂国』の主人公と同じような自死をした人物もあった。 近衛輜重兵大隊の青島健吉(31)が、2月29日朝に自宅である社宅において妻の喜美子(23)とともに切腹自殺しているのが発見された。 事件発生から不眠不休で任務にあたっていたが、消耗が見られたため前日に休養を命じられ帰宅した後の自死だった。 著の『切腹』によれば、青島中尉は親友が叛乱軍に加入していたために、相撃つことになることに悩み、「彼等がその行為に責任を感じて速かに自決すること」を待ち望んでいたにもかかわらずに、彼等が「叛乱の汚名を着せられ、明くればどんな事態に立ち至るかも知れぬといふことを考へたあまり、死によつて一切を清算すること」を決意しての夫妻揃っての自決であったという。 妻の遺書には「軍人の妻として来るべき日が参りました」と記されている。 三島は、付き合いのあった元青年将校(当時陸軍歩兵大尉)からの指摘を受けて、主人公の所属を「近衛輜重兵大隊」から「近衛歩兵一聯隊」に変更した。 事件当時蹶起に逸る青年将校は歩兵将校が多く、輜重兵などあり得ないとの意見だった。 輜重兵では聯隊旗がなく、作中の描写と合わないということも判り、未練はあったが変更した。 作品評価・研究 [ ] 『憂国』は、三島の初期作品から内包されていたと、と、内側と外側の一体化といった「」の解消や克服といった「的な問い」、〈至上の肉体的快楽と至上の肉体的苦痛が、同一の下に統括され、それによつて至福の到来を招く〉 といった志向の根源的な情念、あるいは反時代的な情熱が露わになった転換的な作品として論究されることが多く 、三島文学にとって重要な作品であるが、の翌年の1961年(昭和36年)に発表された当初や存命時の反響では、内容などから嫌悪を示す評者もいた。 肯定的なものではなどに代表されるように、三島がの若い男女の中に、「思考停止の的な世界」における「」「魅惑」の「造形化」を試み、「現代人に一つのをもたらそうとしている」と捉え 、否定的なものでは、「才気に溢れた有能な作家」の三島が、「とてつもなく大きな錯誤の陥穽におちこんでいる」ため、早く「危険地帯」を脱出してほしいとが提言し 、は「こういう小説は非常にくだらない」と断じている。 この花田の発言については具体的論点が不明なため、は、「花田の真意がどこにあったかについてはまだ研究されていない」と説明している。 は、『憂国』の描写や、死の情念とのな化合の根源に、「頽唐期の芸術」があることや、に「爛熟期の江戸や」の感受性に通じていることを指摘し 、も、やといった「日本人の深層にひそむを、もっとも暴露的な仕方で、刷り出したもの」が『憂国』だと解説している。 また田中は、決起から外された中尉の境遇をな至福の死で賛美することにより、「の彼方に葬り去られた無数の犬死、かつて栄光と信じて栄光から見捨てられた人々の痛恨」の救済を試みている作品だと考察している。 は、三島が『憂国』において、露わに反時代的な嗜好や情熱を示したことについて、「戦後精神に対する拒絶の姿勢をはっきり表に出したのである」とし 、それまでは嫌々ながらも、「戦後の日常生活との〈軽薄な交際〉をつづけ、否定しながらそこから何らかの利得をえて暮してきた」三島が、『憂国』以降、「に殉じて死ぬ人間の至上の美しさ」を主題にするようになったが、それは思想そのものを扱ったのではなく、「〈死にいたるまでの生の称揚〉()としてのエロティシズムの美」が描かれていると解説している。 は、『憂国』を「三島氏の数ある作品のなかでも秀作のひとつに数えられるもの」とし、以下のように解説している。 「」という政治的非常時の頂点を、「政治」の側面からではなく「エロティシズム」の側面からとらえようという、三島氏の構成の意図は、ここで見事に成功している。 割腹した夫の返りをあびてをに染めた中尉夫人が、血にすべる白をふみしめて死に立つ姿などは、三島流のエロティシズムの極致ともいえるに違いない。 — 「エロスと政治の作品」 は、「以来、〈義〉のためのをこれだけの密度をもって描き出した作品はないだろう」と述べ 、「死のリアリティの問題を、第三者の心への反応としてではなく、直接に死を選ぶ者の内側に入って描いた」作品として評価し、バタイユへの共鳴があることを指摘している。 は、三島が『憂国』執筆前に書いた著「エロティシズム」の書評 に触れながら『憂国』との関係を論じ、そこにおいて三島は、「=連続性=死をこの思想の核心をして捉えているばかりではなく、非連続性な生および生活の解体という、そのな作用の可能性に着目している」とし 、三島がバタイユに共感を寄せる、大きな理由の一つとして、この思想の核心に、「〈われわれの生〉の限定性(三島によれば、それは同時に非連続性を超えることができない主知主義の限界)」を打ち破る、「新たな原理的な可能性」を三島が見いだしていると解説している。 は、『憂国』における武山中尉の家の1階には日常があり、2階には非日常があると分析しながら 、その「反発する両極を引き寄せる何か」は、「〈絶対〉的な力を持った何か」でなければならないとし 、三島はその〈絶対〉的な力を持つ何かとして「片恋」を想定したと解説している。 そして、「への片恋、妻への片恋、さらには状況への片恋。 強烈な意志的な片恋」の前には「極という〈絶対〉」も相対化されるとし 、「片恋を貫き通すことさえできるならば、そこでは、生も死も、男も女も、肉体も精神も、永遠の瞬間も、政治も性も、公も私も、非日常も日常も、清潔も猥せつも、静も動も、炎も雪も、に重ね合わせることが可能である」と論考している。 映画化 [ ] 憂國 Patriotism 監督 脚本 三島由紀夫 原作 三島由紀夫『憂國』 製作 三島由紀夫、 製作総指揮 三島由紀夫 出演者 三島由紀夫、 音楽 (『』 撮影 配給 + 公開 上映時間 28分(モノクロ) 製作国 言語 製作費 120万円 『憂國』(自主製作。 配給:+) 1966年(昭和41年)4月12日封切。 劇映画部門第2位受賞。 (平成17年)8月、それまで現存しないと言われた『憂国』のが、三島の自宅(現在は長男邸)で発見されたことが報じられ、話題を呼んだ。 映画『憂国』は、後ののを予感させるようなシーンがあるため、夫人が忌避し、三島の死の後の1971年(昭和46年)に、瑤子夫人の要請により上映用フィルムは焼却処分された。 しかし共同製作者・の「ネガフィルムだけはどうか残しておいてほしい」という要望で、瑤子夫人が密かに自宅に保存し、茶箱の中にネガフィルムのほか、映画『憂国』に関するすべての資料が数個のケースにきちんと分類され収められていた。 ネガフィルムの存在を半ば諦めていた藤井浩明はそれを発見したときのことを、「そこには御主人(三島)に対する愛情と尊敬がこめられていた。 ふるえるほどの感動に私は立ちつくしていた」と語っている。 これらネガフィルムや資料は1995年(平成7年)に夫人が死去した数年後に発見されていた。 映画は2006年(平成18年)4月にで販売され、同時期に新潮社の『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 キャスト [ ]• 武山信二中尉:• 武山麗子: スタッフ [ ]• 製作:三島由紀夫• プロデューサー・プロダクションマネージャー:• 監督:三島由紀夫• 演出:• 脚色:三島由紀夫• 原作:三島由紀夫• 撮影:• 美術:三島由紀夫• メーキャップ・アーティスト: 映画評価 [ ] 『憂国』はツール国際短編劇映画部門第2位となったが、その時の評価は賛否両論あり、中には「ショックを与えることをねらった露出趣味」という映画評論家・ジョルジュ・サドゥールの辛口評もあったが 、『ヌーヴェル・レプブリック』紙のベルナアル・アーメルは、『憂国』を「真実な、短い、兇暴な」とし、近代化された「」の形式の中に「の持つ或るものを、永遠の詩を、すなわち愛と死をその中にはらんでいる」と評し、以下のように解説している。 驚くべきことに、(『』)はこの日本の影像(イメージ)に最も深く調和している。 そしてこの日本の影像の持つ、肉惑的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこれまでに創り得たもっとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる密接に癒着しているのである。 — ベルナアル・アーメル「ヌーヴェル・レプブリック」紙 また、フランスの一般の観客から、「良人が切腹している間、妻がいうにいわれない悲痛な表情でそれを見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないという悲しみにひしがれている姿が最も感動的であった」と言われ、三島は感動したと述べている。 は、「三島氏はこの映画で、日本人の集合的無意識の奥底によどんでいるどろどろした欲望に、映像として明確な形をあたえ、人間の肉のけいれんとしてのを、エロティシズムと死の両面から二重写しに描き出した」と評価している。 は、小説『憂国』を支えていた「精緻な均衡」とくらべ、映画の方は、「ひどく安定に欠けたところ」があったが、むしろその不安定さのもつ「緊張感」にひきつけられたとし、次のように語っている。 その不安定さは、もしかすると、作者が映画を完全には信じていないところからくるものだったかもしれない。 信じていないからこそ作者があれほど前面に押し出されて来てしまったのだろう。 作者が主役を演じているというようなことではなく、あの作品全体が、まさに作者自身の分身なのだ。 自己の作品化をするのが、作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとしたのかもしれない。 むろんそんなことは不可能だ。 作者と作品とは、もともととの関係にあり、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。 そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。 知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだろう。 なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。 ぼくに、羨望に近い共感を感じさせたのも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。 いずれにしても、単なる作品評などでは片付けてしまえない、大きな問題をはらんでいる。 作家の姿勢として、ともかくぼくは脱帽を惜しまない。 付き合いを重ねるうち、三島が大川のことを「親父」と呼ぶまでの仲になったと、は回顧している。 映像ソフト [ ]• 2006年4月28日に東宝からDVDが発売された。 2006年4月28日に新潮社から発売された『決定版 三島由紀夫全集 別巻 映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 前述の事情から2006年のDVD化以前は一切映像ソフト化されていなかったが、海外には焼却処分を免れた本作の上映用プリントが残っており、そのフィルムを元にした海賊版ビデオが出回っていた。 藤井浩明はDVD化の際に「海賊版がネットオークションなどで出回っていて粗悪な画面だったので、いずれ発表しなくてはいけないと思っていた 」とコメントしている。 舞台化 [ ]• リサイタル• 1968年(昭和43年)7月5日 - 6日 会場不明• 構成・振付:。 装置・衣裳:。 作曲:。 演奏:。 映像:。 電子技術:。 照明:。 舞台監督:• 出演:小沢金四郎、• 千葉演劇社三条会公演• 1998年(平成10年)10月18日 千葉・エミューフォーラムスペース• 構成・演出:• 出演:、、、、、ほか• おもな刊行本 [ ]• 『』(、1961年1月30日)• 機械函。 金色帯。 収録作品:「スタア」「憂國」「」• 『スタア』( ロマン・ブックス、1963年8月10日)• カバー装幀:• 収録作品:「スタア」「憂國」「百万円煎餅」• 『憂國 映画版』(新潮社、1966年4月10日)• クロス装。 ビニールカバー。 赤色帯。 138頁。 収録作品:原作。 撮影台本。 スチール(52頁69葉。 撮影:)。 製作意図及び経過。 見返しに著者自筆「シナリオ憂國」の舞台スケッチ等を印刷。 28が、三島の意にそわないため、実写写真を貼付したものあり。 『』(、1966年6月30日)• 装幀:。 赤色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「」「と私」• 帯(裏)に「二・二六事件と私」より抜粋された「三つの作品の意図」と題する文章。 『英霊の聲』(、1976年2月15日)• カバー装幀:。 橙色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 付録・月報として、書評:、。 文芸時評:• 口絵写真1頁1葉(著者肖像写真。 撮影:)• 改版1992年3月20日)• 解説:三島由紀夫。 口絵写真1頁1葉(映画『憂国』スチール)。 白色帯。 収録作品:「花ざかりの森」「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」「遠乗会」「卵」「」「」「新聞紙」「牡丹」「」「」「百万円煎餅」「憂国」「月」• 文庫版『英霊の聲 オリジナル版』(、2005年10月5日)• カバーデザイン:榛地和。 カバー装画:粟津潔。 カバーフォーマット:。 全268頁• 解説:「『英霊の聲』の声」• 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 『近代浪漫派文庫42 三島由紀夫』(、2007年7月)• カバー装幀画:• 収録作品:「十五歳詩集」「」「」「憂国」「」「」「」「」• 英文版『Patriotism』(訳:Geoffrey W. Sargent)(New Directions、1995年11月。 Penguin Books Ltd、1986年)• 『三島由紀夫全集13巻(小説XIII)』(、1973年10月25日)• 装幀:。。 背革紙継ぎ装。 月報:「『』訴訟事件を想い三島君を偲ぶ」。 《評伝・三島由紀夫 6》「二つの遺作(その5)」。 《同時代評から 6》「『宴のあと』『憂国』をめぐって」• 収録作品:「宴のあと」「憂国」「」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「」「切符」• 総革装。 緑革貼函。 段ボール夫婦外函。 A5変型版。 本文2色刷)が1,000部あり。 仕様は上記と同様。 月報:「雪翁はもういない」。 《評伝・三島由紀夫 19》佐伯彰一「伝記と評伝(その10)」。 《同時代評から 19》虫明亜呂無「『』をめぐって」• 収録作品:「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「憂国」「アラビアン・ナイト」「」「ミランダ」「」• 『三島由紀夫短篇全集』〈下巻〉(新潮社、1987年11月20日)• セット機械函。 四六判。 2段組。 収録作品:「家庭裁判」から「」までの73篇。 四六判。 2段組。 セット機械函。 収録作品:「」「女は占領されない」「」「プロゼルピーナ」「」「」「」「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「サド侯爵夫人」「憂国」「」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「わが友ヒットラー」「」「」「文楽 椿説弓張月」「」「」〔初演一覧〕• 『決定版 三島由紀夫全集20巻・短編6』(新潮社、2002年7月10日)• 布クロス装。 箔押し2色。 四六判。 旧字・旧仮名遣い。 装幀:新潮社装幀室。 装画:。 口絵写真1頁1葉(著者肖像)あり• 月報:「優しく澄んだ眼差し」。 「商人根性」。 《小説の創り方》20「精霊の来訪」• 収録作品:「憂国」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「自動車」「可哀さうなパパ」「雨のなかの噴水」「切符」「」「」「」「孔雀」「朝の純愛」「」「」「」「時計」「蘭陵王」、参考作品21篇、異稿5篇、創作ノート• 仕様は上記と同様。 月報:「厳粛なる快楽」、「ファインダーの中の三島さん」、〔天球儀としての劇場4〕田中美代子「政治劇のあとに」• 収録作品:「喜びの琴」「美濃子」「恋の帆影」「サド侯爵夫人」「撮影台本 憂国」「アラビアン・ナイト」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「」「『喜びの琴』創作ノート」「『美濃子』創作ノート」「『恋の帆影』創作ノート」「『アラビアン・ナイト』創作ノート」「『朱雀家の滅亡』創作ノート」「『ミランダ』創作ノート」• 『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」 DVD 』(新潮社、2006年4月28日)• 月報:追加収録〔評論〕〔アンケート〕〔書簡〕、正誤補訂一覧追加• 収録内容:DVD『憂國』1枚、小冊子(ブックレット)68頁 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , pp. 414-416に所収• , pp. 35-64• , pp. 107-119• 118-131)• 41-44)• 424-427)• 540-561)• 791-795)• 422-424)• 「三島由紀夫翻訳書目」(, pp. 695-729)• 「第五章 文と武の人」(, pp. 144-205)• 「『憂国・映画版』」(, pp. 386-388)• , pp. 281-286、, pp. 172-176に所収• , pp. 238-239• 「第二部 三島由紀夫と私 一 出会い」(, pp. 54-62)• , pp. 791-792• 239-260)• 「文芸時評」(三社連合 ・・ 1960年12月27日号)。 , p. 237に所収。 , pp. 236-237• 「『憂國』にみる三島由紀夫の危険な美学」(文学的立場 七 1966年7・8月合併号)。 , p. 238• ・・「創作合評」( 1961年2月号)。 , p. 237• 「逆説としての殉死『憂國』」(, pp. 236-249)• 221-243)• , p. 386• 江藤淳『全文芸時評』上巻(、1989年)に所収。 , p. 236• , pp. 55-69に所収• , pp. 411-415に所収• 佐藤秀明編『三島由紀夫・美とエロスの論理』(、1991年)に所収。 , pp. 385-386• , p. 244• , pp. 627-629に所収• 「受賞を逸した三島の『憂国』 盛会だったツール映画祭」(夕刊 1966年2月3日号)。 ブックレットpp. 47-48に所収• 「戦りつすべき映画の詩」(・夕刊 1966年3月22日)。 ブックレットpp. 54-55に所収。 , p. 237• , pp. 153-155• 「三島由紀夫『憂国』秘話・周辺のゲイ・エロティックアート03」• 『決定版 三島由紀夫全集20巻 短編6』 、2002年7月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集24巻 戯曲4』 新潮社、2002年11月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集31巻 評論6』 新潮社、2003年6月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集33巻 評論8』 新潮社、2003年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集34巻 評論9』 新潮社、2003年9月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集35巻 評論10』 新潮社、2003年10月。 ; ; 山中剛史編 『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』 新潮社、2005年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集別巻 映画「憂国」 DVD 』 新潮社、2006年4月。 - 初版は1968年9月。 『殉教の美学』(新装版) 、1979年6月。 - 『磯田光一著作集1 三島由紀夫全論考 比較転向論序説』(小沢書店、1990年6月)に所収。 『最後のロマンティーク 三島由紀夫』 、2006年3月。 井上隆史; 佐藤秀明; 編 『三島由紀夫事典』 、2000年11月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の時代』 勉誠出版〈三島由紀夫論集I〉、2001年5月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の表現』 勉誠出版〈三島由紀夫論集II〉、2001年5月。 『回想回転扉の三島由紀夫』 文藝春秋〈〉、2005年11月。 『三島由紀夫の世界』 講談社、1968年12月。 ; 編 『三島由紀夫事典』 、1976年1月。 松本徹 『三島由紀夫を読み解く』 〈NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界〉、2010年7月。 『文芸時評』 、1969年6月。 関連項目 [ ]•

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憂國 Patriotism 作者 国 言語 ジャンル 発表形態 雑誌掲載 初出 『小説』1月・3号・冬季号 刊行 シナリオ『憂國 映画版』 1966年4月10日 収録 『』 新潮社 1961年 1月30日 『 憂国』(ゆうこく)は、の。 原題は旧漢字の『 憂國』である。 仲間から決起に誘われなかった新婚のが、軍とされた仲間を逆に討伐せねばならなくなった立場に懊悩し、妻と共にする物語。 三島の代表作の一つで、の外伝的作品である。 (昭和36年)1月の小説発表の4年後には、三島自身が・などを務めた映画も制作され、国際短編劇映画部門第2位を受賞した。 に殉ずる者の至福とを主題に、への義の元、と、夥しい流血と痛苦をともなう自殺が克明に描かれている。 という時代背景と共に「と、との問題」をあらためて思考するようになっていた三島が、その反時代傾向を前面に露わにした転換的な作品である。 発表経過 [ ] (昭和36年)1月、雑誌『小説』3号・冬季号の〈現代代表作家二十人創作集〉に掲載され、同年1月30日により刊行の短編集『』に収録された。 のち1966年(昭和41年)6月により刊行の『』にも、戯曲『』と共に三部作として纏められた。 なお、この刊行にあたって、当時の実状をよく知る加盟将校の1人(当時陸軍歩兵大尉)の末松太平からの助言により、「近衛輜重兵大隊」を「近衛歩兵第一聯隊」に改めた。 その後、(平成9年)に『中央公論』11月・臨時増刊号の〈激動の昭和文学〉に再掲載された。 翻訳版はGeoffrey W. Sargent訳(英題:Patriotism)をはじめ、世界各国で行われている。 (昭和40年)4月には、自身が製作・・・脚色・を務めた映画『憂國』が製作された。 映画は翌年1966年(昭和41年)1月、ツール国際短編劇映画部門第2位となり、同年4月からなされた日本での一般公開も話題を呼び、アート系の映画では記録的なヒットとなった。 また同時に映画の製作過程・写真などを収録した『憂國 映画版』も1966年4月10日により刊行された。 作品概要・主題 [ ] 『憂国』は簡素な構成と、〈大きな鉢に満々と湛(たた)へられた乳のやうで〉といった、肌の白さ(妻の肌の美しさ)を表す官能的な描写や、克明に描かれるの迫真さで、短編ながら注目された作品で、三島自身も、〈小品ながら、私のすべてがこめられている〉とし 、「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」と晩年にも繰り返している。 『憂国』は、とを直結させるの『エロティシズム』に通じる作品構造となっている。 そこに描かれる〈と死の光景、ととの完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福〉と三島は語り 、その映画化のねらいについては、以下のように説明している。 日本人のエロースが死といかにして結びつくか、しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、に、あるひはその政治的状況に殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があつたのである。 — 「製作意図及び経過」(『憂國 映画版』) 登場人物の青年将校や、その妻については、〈彼はただ、ただ大義に殉ずるもの、ただモラルのためにするもの、ただ純粋無垢な軍人精神の権化でなければならなかつた〉、〈彼女こそ、まさに昭和十年代の平凡なが自分の妻こそは世界一のだと思ふやうな、素朴であり、女らしく、しかも情熱をうちに秘めた女性でなければならなかつた〉としている。 また、三島は『憂国』を、『』、『』と共に〈私にとつてもつとも切実な問題を秘めたもの〉としているが、そういった主題の問題性などに斟酌せずに、物語として楽しんでもらえればよいとして、〈現に或るののは、『憂国』を全くとして読み、一晩眠れなかったと告白した〉という話を紹介している。 あらすじ [ ] 昭和11年2月28日、で決起をした親友たちを軍としてによって討たざるをえない状況に立たされた勤務の武山信二は懊悩の末、自死を選ぶことを新婚の妻・麗子に伝える。 すでに、どんなことになろうと夫の跡を追う覚悟ができていた麗子はたじろがず、共に死を選ぶことを決意する。 そして死までの短い間、夫と共に濃密な最期の営みの時を過ごす。 そして、2人で身支度を整え遺書を書いた後、夫のに立会い、自らも咽喉を切り、後を追う。 登場人物 [ ] 武山信二 30歳。 勤務の中尉。 凛々しい顔立ちで、濃い眉の美男。 四谷区青葉町6に新婚の妻と居住。 麗子 23歳。 信二の妻。 やさしい眉の下のつぶらな目、ほっそりとした形のよい鼻、ふくよかな唇。 艶やかさと高貴とがある美女。 モデルの推察 [ ] 三島由紀夫自身の解説には、特定の誰かをモデルにしたという記述はなく、大尉をモデルにしたのではないかという自衛隊員の読者からの手紙にも、「特定のモデルはおりません」と返信しているという。 なお、の後には、叛乱軍のや、皇軍の天野武雄などの他、以下のような『憂国』の主人公と同じような自死をした人物もあった。 近衛輜重兵大隊の青島健吉(31)が、2月29日朝に自宅である社宅において妻の喜美子(23)とともに切腹自殺しているのが発見された。 事件発生から不眠不休で任務にあたっていたが、消耗が見られたため前日に休養を命じられ帰宅した後の自死だった。 著の『切腹』によれば、青島中尉は親友が叛乱軍に加入していたために、相撃つことになることに悩み、「彼等がその行為に責任を感じて速かに自決すること」を待ち望んでいたにもかかわらずに、彼等が「叛乱の汚名を着せられ、明くればどんな事態に立ち至るかも知れぬといふことを考へたあまり、死によつて一切を清算すること」を決意しての夫妻揃っての自決であったという。 妻の遺書には「軍人の妻として来るべき日が参りました」と記されている。 三島は、付き合いのあった元青年将校(当時陸軍歩兵大尉)からの指摘を受けて、主人公の所属を「近衛輜重兵大隊」から「近衛歩兵一聯隊」に変更した。 事件当時蹶起に逸る青年将校は歩兵将校が多く、輜重兵などあり得ないとの意見だった。 輜重兵では聯隊旗がなく、作中の描写と合わないということも判り、未練はあったが変更した。 作品評価・研究 [ ] 『憂国』は、三島の初期作品から内包されていたと、と、内側と外側の一体化といった「」の解消や克服といった「的な問い」、〈至上の肉体的快楽と至上の肉体的苦痛が、同一の下に統括され、それによつて至福の到来を招く〉 といった志向の根源的な情念、あるいは反時代的な情熱が露わになった転換的な作品として論究されることが多く 、三島文学にとって重要な作品であるが、の翌年の1961年(昭和36年)に発表された当初や存命時の反響では、内容などから嫌悪を示す評者もいた。 肯定的なものではなどに代表されるように、三島がの若い男女の中に、「思考停止の的な世界」における「」「魅惑」の「造形化」を試み、「現代人に一つのをもたらそうとしている」と捉え 、否定的なものでは、「才気に溢れた有能な作家」の三島が、「とてつもなく大きな錯誤の陥穽におちこんでいる」ため、早く「危険地帯」を脱出してほしいとが提言し 、は「こういう小説は非常にくだらない」と断じている。 この花田の発言については具体的論点が不明なため、は、「花田の真意がどこにあったかについてはまだ研究されていない」と説明している。 は、『憂国』の描写や、死の情念とのな化合の根源に、「頽唐期の芸術」があることや、に「爛熟期の江戸や」の感受性に通じていることを指摘し 、も、やといった「日本人の深層にひそむを、もっとも暴露的な仕方で、刷り出したもの」が『憂国』だと解説している。 また田中は、決起から外された中尉の境遇をな至福の死で賛美することにより、「の彼方に葬り去られた無数の犬死、かつて栄光と信じて栄光から見捨てられた人々の痛恨」の救済を試みている作品だと考察している。 は、三島が『憂国』において、露わに反時代的な嗜好や情熱を示したことについて、「戦後精神に対する拒絶の姿勢をはっきり表に出したのである」とし 、それまでは嫌々ながらも、「戦後の日常生活との〈軽薄な交際〉をつづけ、否定しながらそこから何らかの利得をえて暮してきた」三島が、『憂国』以降、「に殉じて死ぬ人間の至上の美しさ」を主題にするようになったが、それは思想そのものを扱ったのではなく、「〈死にいたるまでの生の称揚〉()としてのエロティシズムの美」が描かれていると解説している。 は、『憂国』を「三島氏の数ある作品のなかでも秀作のひとつに数えられるもの」とし、以下のように解説している。 「」という政治的非常時の頂点を、「政治」の側面からではなく「エロティシズム」の側面からとらえようという、三島氏の構成の意図は、ここで見事に成功している。 割腹した夫の返りをあびてをに染めた中尉夫人が、血にすべる白をふみしめて死に立つ姿などは、三島流のエロティシズムの極致ともいえるに違いない。 — 「エロスと政治の作品」 は、「以来、〈義〉のためのをこれだけの密度をもって描き出した作品はないだろう」と述べ 、「死のリアリティの問題を、第三者の心への反応としてではなく、直接に死を選ぶ者の内側に入って描いた」作品として評価し、バタイユへの共鳴があることを指摘している。 は、三島が『憂国』執筆前に書いた著「エロティシズム」の書評 に触れながら『憂国』との関係を論じ、そこにおいて三島は、「=連続性=死をこの思想の核心をして捉えているばかりではなく、非連続性な生および生活の解体という、そのな作用の可能性に着目している」とし 、三島がバタイユに共感を寄せる、大きな理由の一つとして、この思想の核心に、「〈われわれの生〉の限定性(三島によれば、それは同時に非連続性を超えることができない主知主義の限界)」を打ち破る、「新たな原理的な可能性」を三島が見いだしていると解説している。 は、『憂国』における武山中尉の家の1階には日常があり、2階には非日常があると分析しながら 、その「反発する両極を引き寄せる何か」は、「〈絶対〉的な力を持った何か」でなければならないとし 、三島はその〈絶対〉的な力を持つ何かとして「片恋」を想定したと解説している。 そして、「への片恋、妻への片恋、さらには状況への片恋。 強烈な意志的な片恋」の前には「極という〈絶対〉」も相対化されるとし 、「片恋を貫き通すことさえできるならば、そこでは、生も死も、男も女も、肉体も精神も、永遠の瞬間も、政治も性も、公も私も、非日常も日常も、清潔も猥せつも、静も動も、炎も雪も、に重ね合わせることが可能である」と論考している。 映画化 [ ] 憂國 Patriotism 監督 脚本 三島由紀夫 原作 三島由紀夫『憂國』 製作 三島由紀夫、 製作総指揮 三島由紀夫 出演者 三島由紀夫、 音楽 (『』 撮影 配給 + 公開 上映時間 28分(モノクロ) 製作国 言語 製作費 120万円 『憂國』(自主製作。 配給:+) 1966年(昭和41年)4月12日封切。 劇映画部門第2位受賞。 (平成17年)8月、それまで現存しないと言われた『憂国』のが、三島の自宅(現在は長男邸)で発見されたことが報じられ、話題を呼んだ。 映画『憂国』は、後ののを予感させるようなシーンがあるため、夫人が忌避し、三島の死の後の1971年(昭和46年)に、瑤子夫人の要請により上映用フィルムは焼却処分された。 しかし共同製作者・の「ネガフィルムだけはどうか残しておいてほしい」という要望で、瑤子夫人が密かに自宅に保存し、茶箱の中にネガフィルムのほか、映画『憂国』に関するすべての資料が数個のケースにきちんと分類され収められていた。 ネガフィルムの存在を半ば諦めていた藤井浩明はそれを発見したときのことを、「そこには御主人(三島)に対する愛情と尊敬がこめられていた。 ふるえるほどの感動に私は立ちつくしていた」と語っている。 これらネガフィルムや資料は1995年(平成7年)に夫人が死去した数年後に発見されていた。 映画は2006年(平成18年)4月にで販売され、同時期に新潮社の『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 キャスト [ ]• 武山信二中尉:• 武山麗子: スタッフ [ ]• 製作:三島由紀夫• プロデューサー・プロダクションマネージャー:• 監督:三島由紀夫• 演出:• 脚色:三島由紀夫• 原作:三島由紀夫• 撮影:• 美術:三島由紀夫• メーキャップ・アーティスト: 映画評価 [ ] 『憂国』はツール国際短編劇映画部門第2位となったが、その時の評価は賛否両論あり、中には「ショックを与えることをねらった露出趣味」という映画評論家・ジョルジュ・サドゥールの辛口評もあったが 、『ヌーヴェル・レプブリック』紙のベルナアル・アーメルは、『憂国』を「真実な、短い、兇暴な」とし、近代化された「」の形式の中に「の持つ或るものを、永遠の詩を、すなわち愛と死をその中にはらんでいる」と評し、以下のように解説している。 驚くべきことに、(『』)はこの日本の影像(イメージ)に最も深く調和している。 そしてこの日本の影像の持つ、肉惑的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこれまでに創り得たもっとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる密接に癒着しているのである。 — ベルナアル・アーメル「ヌーヴェル・レプブリック」紙 また、フランスの一般の観客から、「良人が切腹している間、妻がいうにいわれない悲痛な表情でそれを見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないという悲しみにひしがれている姿が最も感動的であった」と言われ、三島は感動したと述べている。 は、「三島氏はこの映画で、日本人の集合的無意識の奥底によどんでいるどろどろした欲望に、映像として明確な形をあたえ、人間の肉のけいれんとしてのを、エロティシズムと死の両面から二重写しに描き出した」と評価している。 は、小説『憂国』を支えていた「精緻な均衡」とくらべ、映画の方は、「ひどく安定に欠けたところ」があったが、むしろその不安定さのもつ「緊張感」にひきつけられたとし、次のように語っている。 その不安定さは、もしかすると、作者が映画を完全には信じていないところからくるものだったかもしれない。 信じていないからこそ作者があれほど前面に押し出されて来てしまったのだろう。 作者が主役を演じているというようなことではなく、あの作品全体が、まさに作者自身の分身なのだ。 自己の作品化をするのが、作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとしたのかもしれない。 むろんそんなことは不可能だ。 作者と作品とは、もともととの関係にあり、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。 そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。 知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだろう。 なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。 ぼくに、羨望に近い共感を感じさせたのも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。 いずれにしても、単なる作品評などでは片付けてしまえない、大きな問題をはらんでいる。 作家の姿勢として、ともかくぼくは脱帽を惜しまない。 付き合いを重ねるうち、三島が大川のことを「親父」と呼ぶまでの仲になったと、は回顧している。 映像ソフト [ ]• 2006年4月28日に東宝からDVDが発売された。 2006年4月28日に新潮社から発売された『決定版 三島由紀夫全集 別巻 映画「憂国」』にも、DVDと写真解説が所収された。 前述の事情から2006年のDVD化以前は一切映像ソフト化されていなかったが、海外には焼却処分を免れた本作の上映用プリントが残っており、そのフィルムを元にした海賊版ビデオが出回っていた。 藤井浩明はDVD化の際に「海賊版がネットオークションなどで出回っていて粗悪な画面だったので、いずれ発表しなくてはいけないと思っていた 」とコメントしている。 舞台化 [ ]• リサイタル• 1968年(昭和43年)7月5日 - 6日 会場不明• 構成・振付:。 装置・衣裳:。 作曲:。 演奏:。 映像:。 電子技術:。 照明:。 舞台監督:• 出演:小沢金四郎、• 千葉演劇社三条会公演• 1998年(平成10年)10月18日 千葉・エミューフォーラムスペース• 構成・演出:• 出演:、、、、、ほか• おもな刊行本 [ ]• 『』(、1961年1月30日)• 機械函。 金色帯。 収録作品:「スタア」「憂國」「」• 『スタア』( ロマン・ブックス、1963年8月10日)• カバー装幀:• 収録作品:「スタア」「憂國」「百万円煎餅」• 『憂國 映画版』(新潮社、1966年4月10日)• クロス装。 ビニールカバー。 赤色帯。 138頁。 収録作品:原作。 撮影台本。 スチール(52頁69葉。 撮影:)。 製作意図及び経過。 見返しに著者自筆「シナリオ憂國」の舞台スケッチ等を印刷。 28が、三島の意にそわないため、実写写真を貼付したものあり。 『』(、1966年6月30日)• 装幀:。 赤色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「」「と私」• 帯(裏)に「二・二六事件と私」より抜粋された「三つの作品の意図」と題する文章。 『英霊の聲』(、1976年2月15日)• カバー装幀:。 橙色帯。 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 付録・月報として、書評:、。 文芸時評:• 口絵写真1頁1葉(著者肖像写真。 撮影:)• 改版1992年3月20日)• 解説:三島由紀夫。 口絵写真1頁1葉(映画『憂国』スチール)。 白色帯。 収録作品:「花ざかりの森」「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」「遠乗会」「卵」「」「」「新聞紙」「牡丹」「」「」「百万円煎餅」「憂国」「月」• 文庫版『英霊の聲 オリジナル版』(、2005年10月5日)• カバーデザイン:榛地和。 カバー装画:粟津潔。 カバーフォーマット:。 全268頁• 解説:「『英霊の聲』の声」• 収録作品:「英霊の聲」「憂國」「十日の菊」「二・二六事件と私」• 『近代浪漫派文庫42 三島由紀夫』(、2007年7月)• カバー装幀画:• 収録作品:「十五歳詩集」「」「」「憂国」「」「」「」「」• 英文版『Patriotism』(訳:Geoffrey W. Sargent)(New Directions、1995年11月。 Penguin Books Ltd、1986年)• 『三島由紀夫全集13巻(小説XIII)』(、1973年10月25日)• 装幀:。。 背革紙継ぎ装。 月報:「『』訴訟事件を想い三島君を偲ぶ」。 《評伝・三島由紀夫 6》「二つの遺作(その5)」。 《同時代評から 6》「『宴のあと』『憂国』をめぐって」• 収録作品:「宴のあと」「憂国」「」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「」「切符」• 総革装。 緑革貼函。 段ボール夫婦外函。 A5変型版。 本文2色刷)が1,000部あり。 仕様は上記と同様。 月報:「雪翁はもういない」。 《評伝・三島由紀夫 19》佐伯彰一「伝記と評伝(その10)」。 《同時代評から 19》虫明亜呂無「『』をめぐって」• 収録作品:「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「憂国」「アラビアン・ナイト」「」「ミランダ」「」• 『三島由紀夫短篇全集』〈下巻〉(新潮社、1987年11月20日)• セット機械函。 四六判。 2段組。 収録作品:「家庭裁判」から「」までの73篇。 四六判。 2段組。 セット機械函。 収録作品:「」「女は占領されない」「」「プロゼルピーナ」「」「」「」「」「」「美濃子」「恋の帆影」「」「サド侯爵夫人」「憂国」「」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「わが友ヒットラー」「」「」「文楽 椿説弓張月」「」「」〔初演一覧〕• 『決定版 三島由紀夫全集20巻・短編6』(新潮社、2002年7月10日)• 布クロス装。 箔押し2色。 四六判。 旧字・旧仮名遣い。 装幀:新潮社装幀室。 装画:。 口絵写真1頁1葉(著者肖像)あり• 月報:「優しく澄んだ眼差し」。 「商人根性」。 《小説の創り方》20「精霊の来訪」• 収録作品:「憂国」「苺」「帽子の花」「魔法瓶」「月」「葡萄パン」「真珠」「自動車」「可哀さうなパパ」「雨のなかの噴水」「切符」「」「」「」「孔雀」「朝の純愛」「」「」「」「時計」「蘭陵王」、参考作品21篇、異稿5篇、創作ノート• 仕様は上記と同様。 月報:「厳粛なる快楽」、「ファインダーの中の三島さん」、〔天球儀としての劇場4〕田中美代子「政治劇のあとに」• 収録作品:「喜びの琴」「美濃子」「恋の帆影」「サド侯爵夫人」「撮影台本 憂国」「アラビアン・ナイト」「朱雀家の滅亡」「ミランダ」「」「『喜びの琴』創作ノート」「『美濃子』創作ノート」「『恋の帆影』創作ノート」「『アラビアン・ナイト』創作ノート」「『朱雀家の滅亡』創作ノート」「『ミランダ』創作ノート」• 『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」 DVD 』(新潮社、2006年4月28日)• 月報:追加収録〔評論〕〔アンケート〕〔書簡〕、正誤補訂一覧追加• 収録内容:DVD『憂國』1枚、小冊子(ブックレット)68頁 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , pp. 414-416に所収• , pp. 35-64• , pp. 107-119• 118-131)• 41-44)• 424-427)• 540-561)• 791-795)• 422-424)• 「三島由紀夫翻訳書目」(, pp. 695-729)• 「第五章 文と武の人」(, pp. 144-205)• 「『憂国・映画版』」(, pp. 386-388)• , pp. 281-286、, pp. 172-176に所収• , pp. 238-239• 「第二部 三島由紀夫と私 一 出会い」(, pp. 54-62)• , pp. 791-792• 239-260)• 「文芸時評」(三社連合 ・・ 1960年12月27日号)。 , p. 237に所収。 , pp. 236-237• 「『憂國』にみる三島由紀夫の危険な美学」(文学的立場 七 1966年7・8月合併号)。 , p. 238• ・・「創作合評」( 1961年2月号)。 , p. 237• 「逆説としての殉死『憂國』」(, pp. 236-249)• 221-243)• , p. 386• 江藤淳『全文芸時評』上巻(、1989年)に所収。 , p. 236• , pp. 55-69に所収• , pp. 411-415に所収• 佐藤秀明編『三島由紀夫・美とエロスの論理』(、1991年)に所収。 , pp. 385-386• , p. 244• , pp. 627-629に所収• 「受賞を逸した三島の『憂国』 盛会だったツール映画祭」(夕刊 1966年2月3日号)。 ブックレットpp. 47-48に所収• 「戦りつすべき映画の詩」(・夕刊 1966年3月22日)。 ブックレットpp. 54-55に所収。 , p. 237• , pp. 153-155• 「三島由紀夫『憂国』秘話・周辺のゲイ・エロティックアート03」• 『決定版 三島由紀夫全集20巻 短編6』 、2002年7月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集24巻 戯曲4』 新潮社、2002年11月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集31巻 評論6』 新潮社、2003年6月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集33巻 評論8』 新潮社、2003年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集34巻 評論9』 新潮社、2003年9月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集35巻 評論10』 新潮社、2003年10月。 ; ; 山中剛史編 『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』 新潮社、2005年8月。 三島由紀夫 『決定版 三島由紀夫全集別巻 映画「憂国」 DVD 』 新潮社、2006年4月。 - 初版は1968年9月。 『殉教の美学』(新装版) 、1979年6月。 - 『磯田光一著作集1 三島由紀夫全論考 比較転向論序説』(小沢書店、1990年6月)に所収。 『最後のロマンティーク 三島由紀夫』 、2006年3月。 井上隆史; 佐藤秀明; 編 『三島由紀夫事典』 、2000年11月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の時代』 勉誠出版〈三島由紀夫論集I〉、2001年5月。 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹編 『三島由紀夫の表現』 勉誠出版〈三島由紀夫論集II〉、2001年5月。 『回想回転扉の三島由紀夫』 文藝春秋〈〉、2005年11月。 『三島由紀夫の世界』 講談社、1968年12月。 ; 編 『三島由紀夫事典』 、1976年1月。 松本徹 『三島由紀夫を読み解く』 〈NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界〉、2010年7月。 『文芸時評』 、1969年6月。 関連項目 [ ]•

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