八王子 ホストクラブ。 八王子 S エス

カミカゼニュース : 八王子ホスト失踪事件 ホストクラブ経営、土田正道さん(当時43歳)が失踪した事件

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「Getty Images」より 天皇陛下の生前退位により、30年の歴史を終える「平成」。 5月1日から新元号「令和」に改元される。 バブルの崩壊とともに始まった平成を、各紙がさまざまな視点から回顧している。 筆者は2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして稼働してきた。 本記事では、これまで傍聴してきた刑事裁判を1年に1件ずつ紹介しながら、平成の事件を振り返ってゆきたい。 【平成の事件10】八王子カリスマホスト殺害事件 <2014年傍聴@東京地裁立川支部> 2010年11月、八王子市内のホストクラブ『バリカン』を経営していた土田正道さん(43=当時)が失踪。 「西東京のカリスマ」と呼ばれていた土田さんはかねてより知人に「丸1日連絡が取れなくなったら警察に相談してほしい」と話していた。 捜査員らは交友関係や金銭トラブルなどを徹底的に調べ上げた結果、2013年のホスト仲間ら7人の逮捕で全貌が明らかになる。 その年、土田さんの遺体が同市内の民家に運び込まれたという情報が寄せられた。 捜査員らが民家を家宅捜索した結果、汚水槽から顔の骨の一部とインプラントを発見する。 このインプラントが生前の土田さんのものと一致した。 犯行を主導したのは土田さんの後輩で、金銭トラブルを抱えていたホストクラブ店長・玄地栄一郎(31=逮捕時)と、インプラントが見つかった民家所有者の息子でホストの阿部卓也(同26)だった。 玄地は公判を待たずに拘置所内で首に靴下を巻き自殺している。 阿部には懲役20年の判決が下された。 阿部は店内で土田さんを射殺後、遺体を衣装ケースに入れ、寸胴鍋、コンロなどとともに、父親の家に運び込んでいた。 遺体を鍋に入れ、パイプ洗浄剤などの類いの強アルカリ性の薬剤を大量に投入し、コンロの火をつけ、薬剤で煮溶かしていたのだ。 阿部には当時妻がおり、その妻は阿部から『父親を飲みに連れて行ってほしい。 その間に死体を溶かす』と頼まれていた。 そのため前日の夜から阿部父は元妻と飲みに出かけていた。 しかし、予想に反してなかなか遺体の処理が終わらず、結局朝に。 それでも遺体は溶かしきれなかった。 阿部父が帰宅したとき目の当たりにしたのは、自分の息子が遺体を鍋で煮込んでいる場面だった。 「息子をそのままにしておけない、息子を犯罪者にするわけにはいかない。 鍋もあって、死体もそこにまだあって、どうにもできず、しかも卓也も『頼むから続けさせれくれ』と言うので通報できなかった」 公判でこう振り返った阿部父は、その後、息子の願いを聞き入れ、リビングに座り、遺体が溶けるのを待ち続けたという。 「キッチンには入らなかったので鍋の中も見てません。 溶けるときの音は聞こえてました。 けっこう大きな、ジュッて音だったんで」 ところが翌日になっても息子の仕事は終わらない。 結局、阿部父もついに死体損壊に関与してしまった。 「骨を砕くのを手伝いました。 初めは息子は『何もしなくていいから』と言っていたんですが、だんだん焦ってきたようで、鍋から骨出して、砕き始めて、その音が大きくなってきて、けっこう見るに見かねて『手伝うよ』って。 気持ち悪いっていうか、なんで私がやんなきゃいけないんだという思いはありました。 偶然に事件に巻き込まれながら、最終的には主体的に関与してしまったのも、全て息子への愛情ゆえか。 阿部父には今年1月、執行猶予判決が下されている。 「土田さんは怖い人でした。 少しでもミスがあれば、殴られたり、裸踊りをさせられたりしました。 同僚と殴り合いをさせられたり、電話に出れなかったことでまた殴られたり、花火を向けられてヤケドを負ったり、『ラーメンをおごれ』と言われて財布に金がないと、ボコボコにされたり、顔にマジックで『僕はチンカスです、バカです、ホモです』って書かれて笑い者にされたり、立ち方が気に入らないと殴られて、うずくまると頭にオシッコをかけられる……」 実行犯の阿部は、生前の土田さんによるパワハラがあったことを公判でこう語っている。

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カミカゼニュース : 八王子ホスト失踪事件 ホストクラブ経営、土田正道さん(当時43歳)が失踪した事件

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「Getty Images」より 天皇陛下の生前退位により、30年の歴史を終える「平成」。 5月1日から新元号「令和」に改元される。 バブルの崩壊とともに始まった平成を、各紙がさまざまな視点から回顧している。 筆者は2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして稼働してきた。 本記事では、これまで傍聴してきた刑事裁判を1年に1件ずつ紹介しながら、平成の事件を振り返ってゆきたい。 【平成の事件10】八王子カリスマホスト殺害事件 <2014年傍聴@東京地裁立川支部> 2010年11月、八王子市内のホストクラブ『バリカン』を経営していた土田正道さん(43=当時)が失踪。 「西東京のカリスマ」と呼ばれていた土田さんはかねてより知人に「丸1日連絡が取れなくなったら警察に相談してほしい」と話していた。 捜査員らは交友関係や金銭トラブルなどを徹底的に調べ上げた結果、2013年のホスト仲間ら7人の逮捕で全貌が明らかになる。 その年、土田さんの遺体が同市内の民家に運び込まれたという情報が寄せられた。 捜査員らが民家を家宅捜索した結果、汚水槽から顔の骨の一部とインプラントを発見する。 このインプラントが生前の土田さんのものと一致した。 犯行を主導したのは土田さんの後輩で、金銭トラブルを抱えていたホストクラブ店長・玄地栄一郎(31=逮捕時)と、インプラントが見つかった民家所有者の息子でホストの阿部卓也(同26)だった。 玄地は公判を待たずに拘置所内で首に靴下を巻き自殺している。 阿部には懲役20年の判決が下された。 阿部は店内で土田さんを射殺後、遺体を衣装ケースに入れ、寸胴鍋、コンロなどとともに、父親の家に運び込んでいた。 遺体を鍋に入れ、パイプ洗浄剤などの類いの強アルカリ性の薬剤を大量に投入し、コンロの火をつけ、薬剤で煮溶かしていたのだ。 阿部には当時妻がおり、その妻は阿部から『父親を飲みに連れて行ってほしい。 その間に死体を溶かす』と頼まれていた。 そのため前日の夜から阿部父は元妻と飲みに出かけていた。 しかし、予想に反してなかなか遺体の処理が終わらず、結局朝に。 それでも遺体は溶かしきれなかった。 阿部父が帰宅したとき目の当たりにしたのは、自分の息子が遺体を鍋で煮込んでいる場面だった。 「息子をそのままにしておけない、息子を犯罪者にするわけにはいかない。 鍋もあって、死体もそこにまだあって、どうにもできず、しかも卓也も『頼むから続けさせれくれ』と言うので通報できなかった」 公判でこう振り返った阿部父は、その後、息子の願いを聞き入れ、リビングに座り、遺体が溶けるのを待ち続けたという。 「キッチンには入らなかったので鍋の中も見てません。 溶けるときの音は聞こえてました。 けっこう大きな、ジュッて音だったんで」 ところが翌日になっても息子の仕事は終わらない。 結局、阿部父もついに死体損壊に関与してしまった。 「骨を砕くのを手伝いました。 初めは息子は『何もしなくていいから』と言っていたんですが、だんだん焦ってきたようで、鍋から骨出して、砕き始めて、その音が大きくなってきて、けっこう見るに見かねて『手伝うよ』って。 気持ち悪いっていうか、なんで私がやんなきゃいけないんだという思いはありました。 偶然に事件に巻き込まれながら、最終的には主体的に関与してしまったのも、全て息子への愛情ゆえか。 阿部父には今年1月、執行猶予判決が下されている。 「土田さんは怖い人でした。 少しでもミスがあれば、殴られたり、裸踊りをさせられたりしました。 同僚と殴り合いをさせられたり、電話に出れなかったことでまた殴られたり、花火を向けられてヤケドを負ったり、『ラーメンをおごれ』と言われて財布に金がないと、ボコボコにされたり、顔にマジックで『僕はチンカスです、バカです、ホモです』って書かれて笑い者にされたり、立ち方が気に入らないと殴られて、うずくまると頭にオシッコをかけられる……」 実行犯の阿部は、生前の土田さんによるパワハラがあったことを公判でこう語っている。

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遺体を鍋で煮溶かした八王子カリスマホスト殺人事件 関係者らの人間模様

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2010年11月25日、東京・八王子のクラブ「バリカン」で、同店経営者の土田正道さん(43=当時)が殺害された。 それは土田さんの遺体が溶かされ、跡形もなく処理されていたからである。 捜査が大きく進展したのは昨年4月、共犯者の自宅汚水槽から、インプラントの部品が発見されたことだった。 警視庁捜査一課の執念の捜査により、これが土田さんのものであることを突き止める。 そして同年9月、共犯者や主犯が次々に逮捕された。 土田さんだけでなく逮捕された者たちも皆「バリカン」の関係者だった。 同店の共同経営者、玄地栄一郎元被告(32=当時)は事件を主導したとされるが、昨年、立川拘置所で自殺を遂げ、本件での公判には至らなかった。 実行犯の阿部卓也被告(27)も「バリカン」の元ホスト。 懲役20年の判決を受け控訴している。 インプラントの部品が見つかったのは卓也の父親である阿部秀樹(59=当時)の自宅。 卓也の当時の妻(31=当時)は、土田さんの遺体を「バリカン」から秀樹宅に運搬し、その後、骨を遺棄する際にも秀樹と卓也を河原まで連れて行った。 関係者らの公判は昨年から東京地裁立川支部で開かれていたが、今年10月、拳銃調達役である平正喜被告(31)に懲役20年が言い渡され、ひとまず一審は終結した。 それぞれの思惑、動機、いろいろ明らかにされたが、なんといってもこの事件の特異性は遺体の処理方法だろう。 これに関わった、阿部秀樹の公判でそのおぞましさが明らかにされた。 明らかになったおぞましい遺体処理方法 「その日の朝8時頃帰宅すると、卓也がいて、台所には鍋がありました」 卓也被告は土田さんを殺害後、遺体と寸胴鍋、コンロなどを秀樹宅に運び込んでいた。 遺体を鍋に入れ、パイプ洗浄剤などの類いの強アルカリ性の薬剤を大量に投入し、コンロの火をつけ、薬剤で煮溶かしていたのだ。 元妻は卓也から「父親を飲みに連れて行ってほしい。 その間に死体を溶かす」と頼まれていた。 そのため前日の夜から秀樹は元妻と飲みに出かけていたのだ。 しかし、予想に反してなかなか遺体の処理が終わらず、結局朝に。 それでも遺体は溶かしきれなかった。 秀樹が帰宅したとき目の当たりにしたのは、自分の息子である卓也被告が遺体を鍋で煮込んでいる場面だった。 「息子をそのままにしておけない、息子を犯罪者にするわけにはいかない。 鍋もあって、死体もそこにまだあって、どうにもできず、しかも卓也も『頼むから続けさせてくれ』と言うので通報できなかった」 公判でこう振り返った秀樹は、その後、息子の願いを聞き入れ、リビングで遺体が溶けるのを待ち続けたという。 「キッチンには入らなかったので鍋の中も見てません。 溶けるときの音は聞こえました。 けっこう大きな、ジュッて音だったんで」 くつろぐ場所であるはずのリビングで身の毛もよだつ時間を過ごした。 ところが翌日になっても息子の仕事は終わらない。 結局、秀樹もついに死体損壊に関与してしまった。 秀樹「骨を砕くのを手伝いました。 初め卓也は『何もしなくていいから』と言っていたんですが、だんだん焦ってきたようで、鍋から骨出して、砕き始めて、その音が大きくなってきて、見るに見かねて『手伝うよ』って」 弁護人「どんな気持ちでした?」 秀樹「気持ち悪いっていうか、なんで私がやんなきゃいけないんだという思いはありました。 偶然に事件に巻き込まれながら、最終的には主体的に関与してしまったのも、全て息子への愛情ゆえか。 秀樹には今年1月、執行猶予判決が下されている。 著者プロフィール ライター 高橋ユキ 福岡県生まれ。 2005年、女性4人のグループ「霞っ子クラブ」を結成。 著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などを発表。 現在フリーライターとして活躍。 近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店) 外部サイト.

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