黒崎 井筒屋。 黒崎井筒屋2020年8月17日閉店へ。営業継続を断念。

大正浪漫食堂明治堂 黒崎井筒屋店

黒崎 井筒屋

副都心、黒崎 大学入学を機に鳥取県から福岡県に引っ越してきた1980年代終盤、北九州市はまだ人口が100万人を超えていた。 JR小倉駅の北口はガランとしていて何もなく、街を路面電車が駆け巡り、モノレールとJRは接続されておらず双方の小倉駅は別々の場所にあって、乗り換えのため徒歩5分を強いられた、そんな時代。 当然ながら街並みは現在より古臭かったが、それでも100万人都市である。 鳥取県のド田舎から来た自分にとって当時の北九州市は十分に衝撃的で感動的な大都会だった。 大学の友人たちは皆、「おいらの街」という北九州市のタウン誌を購読していたので、自分も定期的に読むようになった。 バンドメンバー募集を何度か掲載してお世話になったし、北九州という街、そして街に漂う若者文化を知るには貴重な情報源で、大変重宝した。 その「おいらの街」を読み始めた頃、 「北九州市、2大都市比較!」 「東の小倉 vs 西の黒崎」 という特集が掲載されたのを今でも覚えている。 当時は小倉に住んでいて、北九州市に区が幾つあるのかすら知らなかった。 大都会・小倉に匹敵する都市が北九州市の西にもう1つあるのだという。 北九州、すげえ。 初めて黒崎に足を運んだのは、その記事を読んでから1年ほど後。 小倉ほど建物の背は高くなかったが、駅前は賑わっていたし、駅前から南へと延びる2つの商店街も、人があふれるほど存在した。 「 活気ある!」というのが第一印象だった。 北九州の副都心と言われるだけのことはある、と。 転機となった「そごう閉店」 大学を卒業して北九州を離れ、東京の企業に就職した。 しかし北九州など比較にならない「真の大都会」での労働と生活に疲弊し、すぐ北九州に舞い戻った。 (生まれ故郷の鳥取県は選択肢になかった) 大学生時代は数回しか行ったことがなかった黒崎も、社会人となり北九州で再び生活するようになってからは頻繁に通った。 1990年代までは人も多く、活気を保っていたように思う黒崎。 転機となったのは、やはり「 そごうの経営破綻」ではなかったかな。 北九州市には「小倉そごう」と「黒崎そごう」の2店舗が存在した。 黒崎そごうに関しては良く知らないが、小倉そごうはグループの中でも経営的には比較的優秀な方だったと聞いている。 しかし2000年7月、そごうは倒産。 小倉そごうと黒崎そごうも閉店となった。 JR小倉駅前にドーンと建設され、華々しく開業した小倉そごうの閉店は衝撃的だった。 11年間営業していた最新の「コレット」も昨年2月に閉店した。 一方、「黒崎そごう」と「ジャスコ黒崎店」の2つで形成されていたJR黒崎駅前の商業エリアも、黒崎そごう閉店後は後継店舗がなかなか決まらず、さらにジャスコまでも撤退してしまい迷走。 結局、別の場所にあった「井筒屋黒崎店」が駅前に移転するということで決着。 そのまま現在に至っていた。 しかし、我々市民の知らないところでスッタモンダがあったらしい。 井筒屋撤退によるクロサキメイト破綻 2020年1月、クロサキメイトを運営する「メイト黒崎」が経営破綻し、 2020年4月末でクロサキメイトを閉店すると発表。 井筒屋黒崎店が閉店・または完全撤退という 内容ではなく、井筒屋を含む商業ビル、クロサキメイト全体が閉店するというニュースには驚いた。 そこまで黒崎の経済は悪化していたのか、と。 同月にメイト黒崎から発表された「」というリリースによれば、井筒屋黒崎店からの度重なる賃料引き下げ要請に応じてきたものの、2019年には井筒屋側から撤退の申し出があり、賃料引き下げにも応じられず、後継テナントも見つからず、一部フロアが空床となって経営が悪化し、経営破綻となった旨が説明されている。 メイト黒崎のリリースにもある通り、井筒屋黒崎店は既に一部フロアが営業を終了していて空床となっている。 クロサキメイトは2020年4月で閉店となるが、井筒屋黒崎店が完全撤退するのか、この場所で一部フロアのみで継続するのかは、記事執筆時点で明確な発表がない。 おそらく井筒屋も撤退するのではないか(井筒屋だけが残ることはないだろう)という推測も聞くが、どうなるのかは分からない。 【4月2日追記】井筒屋黒崎店は2020年8月17日 月 に営業終了、閉店することを発表しました。 JR黒崎駅前のかなり広い一帯をカバーする商業施設だったクロサキメイト。 「黒崎そごう」の閉店も衝撃だったが、クロサキメイトが消滅することも驚きでしかない。 北九州市に移住してから30年以上、黒崎駅前に当たり前のように存在した商業施設が遂になくなってしまう。 後継店舗も決まらず、このままどうなってしまうのか、誰にも分からない。 反比例するかのように発展するJR黒崎駅 駅周辺の商業施設が次々と消滅していく中、JR黒崎駅だけは反比例するかのように発展を続けている。 黒崎駅の駅舎は2016年に改築工事が完了した。 改札口も「みどりの窓口」も旧駅舎とは違う場所に移転している。 駅前広場のデッキも数年かかった工事が完了し、広くキレイになった。 行く度にいろんなイベントが開催されている。 地上から1段高い場所にあるデッキへは、駅南側に階段だけでなくエスカレーターやエレベーターが設置されているので利便性は良い。 しかし、駅舎のすぐ下にあたるタクシー乗り場との移動手段は現在も階段しか存在しない。 バリアフリーの観点からも、タクシー乗り場のエスカレーター設置は急務だと思うが、どうなってるのだろうか。 駅舎横、「魚民」があるビルの1階に、いつの間にやらスタバ(スターバックス黒崎駅店)が出来ていた。 2019年4月にオープンしたらしい。 そのスタバの横から、線路をまたいで南北に延びる「黒崎駅南北自由通路」も2018年3月に開通。 以前は駅舎近くに別の連絡路があったのだが、こちらに切り替わったらしい。 通勤&帰宅時間帯には線路の向こうにある安川電機の社員が多く通るのかもしれないが、平日昼間にここを人が通る姿はまだ見たことがない。 JR黒崎駅の横にそびえる「コムシティ」。 元は複合商業施設として建設されており、井筒屋が黒崎そごう跡に移転したのと同じ2001年の秋に開業。 しかしテナントの入居トラブルや来訪客の少なさにより、コムシティは1年ちょっとで経営破綻。 黒崎衰退の象徴的存在などと揶揄されもした。 その後10年近く息をしてなかったコムシティも、八幡西区役所や休日急患センターが移転したり、西鉄バスが1階部分にバスセンターを移設するなどして、現在は商業施設ではなく公共施設や生活利便施設として再生している。 黒崎駅の周辺を散策 JR黒崎駅から南に延びる通称「ふれあい通り」。 ここの風景も30年で様変わりしている。 「長崎屋 黒崎店」の跡地。 2002年2月に閉店し、現在は立体駐車場となっている。 黒崎近郊に住む友人に以前聞いた話だが、2000年7月に「黒崎そごう」が閉店した時は、母体である「そごう」が経営破綻したことが原因だったため、まだそれほど深刻には考えていなかったらしい。 しかし、2001年1月に「トポス黒崎店」が閉店し、次いで2002年2月に「長崎屋黒崎店」が閉店したことで、「あれ? 黒崎の経済、ちょっとヤバいんじゃない?」と危機感を覚え始めたという。 まだ長崎屋がここで営業していた頃に何度か近くまで来たことはあるが、結局一度も中に入ることがないまま、長崎屋黒崎店は消えてしまった。 長崎屋黒崎店の正面には元々「井筒屋黒崎店」があった。 2000年7月に黒崎そごうが閉店した後、井筒屋黒崎店が後継店となって駅前に移転。 その後、ここには井筒屋の系列店である「ブックセンターQUEST(クエスト)」が入居した。 北九州市西部エリアでは最大の書店でもあり、大変活用させてもらったのだが、2014年にクエスト黒崎店は井筒屋黒崎店に移転。 クエストが去った後、入居していたビルは取り壊され、一時的に駐車場と化していたが、この写真を撮影した時はクエスト跡地に分譲マンションが建築中だった。 駅前の井筒屋に移転したクエスト黒崎店も、今回のクロサキメイト閉店により将来がみえなくなった。 近隣の本好きな人たちはいよいよネットでしか本を買えなくなってしまうのだろうか。 その昔、黒崎エリアで最も有名だったラーメン店「唐そば」。 北九州ラーメンとは少し違う珍しい味付けで、2〜3回食べに来たことがあった。 唐そばは1999年12月に閉店。 20年以上経った現在も特徴的な黄色い店舗ビルが残ったままである。 店長の息子さんが後を継ぎ、東京・渋谷駅近くに同じ「唐そば」という名前で出店したと聞く。 渋谷店には行ったことがない。 2つの商店街も景色が一変 JR黒崎駅の駅前広場からエスカレーターで地上に降りると、2つの商店街が延びている。 そのうちの1つ、「カムズ名店街」。 30年ちょっと前、初めて黒崎に来た際に「活気ある!」と感じた話は上で述べたが、その中心地がまさにここ、カムズ名店街だった。 当時は、とにかく人の多さがスゴかったのだ。 当時はスマートフォンなど存在すらしなかったが、今のようにスマホを見ながら歩きでもしたら確実に前方から来る歩行者と衝突してしまうだろう。 そのくらい商店街は人であふれていた。 ぶつからないよう、前方を注意しながら歩く必要があったのだ。 最近の黒崎しか知らない人には想像すら出来ず、ホラ話だと思われるだろう。 しかし、私が鳥取県から北九州にやって来る30年前よりも更に昔は、もっともっと大勢の人で賑わっていたらしいのだ。 当時を撮影した写真で見たのだが、商店街はビッシリと人で埋まってた。 「北九州の副都心」という名に恥じない隆盛っぷりだった。 しかし今では上の写真の通り。 平日昼間ということもあるが、人影はまばら。 シャッターを下ろした店舗も多い。 音楽も流れず、そもそも音声が響いておらず静寂に包まれている。 昔は本当に賑やかな商店街だったのだ。 この商店街にあったCDショップが好きで、いつもここに買いに来ていた。 いつ閉店してしまったんだろう。 カムズ名店街と並行して南に延びるもう1つの商店街、「表参道新天街」。 以前はアーケードがあったのだが、人通りの減少と空き店舗の増加、さらに老朽化もあり、2015年にアーケードは撤去された。 撤去直後、そのことを知らずに商店街を歩いていたら雨が降ってきたらしく、頭部に濡れを感じたのでおかしいなあと思って見上げたら存在したはずのアーケードが消えており、「え!!」と仰天したのを思い出す。 気付くのが遅かった。 以前は「黒崎駅前新天街」という名称だったと記憶しているのだが、現在の正式名称は「表参道新天街」らしい。 アーケードが撤去された後で名称変更したのか、元々そういう名前だったのかは知らない。 クロサキメイトの閉店後、黒崎の経済はますます悪化する。 商店街は廃れ、駅前の大型商業施設も壊滅し、そもそも人の往来が増えない。 復活への起爆剤となりそうな要因も残念ながら見つけられない。 江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、現在もその遺構が残っているし、部分的ではあるが発展を続けているエリアもある。 散策するのが楽しいエリアなのだ。 自治体や各団体が黒崎の活性化実現のため必死で頭を捻ってらっしゃることも知っている。 この街をもっと多くの人に楽しんでもらいたい。 何か妙案はないものか。

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副都心、黒崎 大学入学を機に鳥取県から福岡県に引っ越してきた1980年代終盤、北九州市はまだ人口が100万人を超えていた。 JR小倉駅の北口はガランとしていて何もなく、街を路面電車が駆け巡り、モノレールとJRは接続されておらず双方の小倉駅は別々の場所にあって、乗り換えのため徒歩5分を強いられた、そんな時代。 当然ながら街並みは現在より古臭かったが、それでも100万人都市である。 鳥取県のド田舎から来た自分にとって当時の北九州市は十分に衝撃的で感動的な大都会だった。 大学の友人たちは皆、「おいらの街」という北九州市のタウン誌を購読していたので、自分も定期的に読むようになった。 バンドメンバー募集を何度か掲載してお世話になったし、北九州という街、そして街に漂う若者文化を知るには貴重な情報源で、大変重宝した。 その「おいらの街」を読み始めた頃、 「北九州市、2大都市比較!」 「東の小倉 vs 西の黒崎」 という特集が掲載されたのを今でも覚えている。 当時は小倉に住んでいて、北九州市に区が幾つあるのかすら知らなかった。 大都会・小倉に匹敵する都市が北九州市の西にもう1つあるのだという。 北九州、すげえ。 初めて黒崎に足を運んだのは、その記事を読んでから1年ほど後。 小倉ほど建物の背は高くなかったが、駅前は賑わっていたし、駅前から南へと延びる2つの商店街も、人があふれるほど存在した。 「 活気ある!」というのが第一印象だった。 北九州の副都心と言われるだけのことはある、と。 転機となった「そごう閉店」 大学を卒業して北九州を離れ、東京の企業に就職した。 しかし北九州など比較にならない「真の大都会」での労働と生活に疲弊し、すぐ北九州に舞い戻った。 (生まれ故郷の鳥取県は選択肢になかった) 大学生時代は数回しか行ったことがなかった黒崎も、社会人となり北九州で再び生活するようになってからは頻繁に通った。 1990年代までは人も多く、活気を保っていたように思う黒崎。 転機となったのは、やはり「 そごうの経営破綻」ではなかったかな。 北九州市には「小倉そごう」と「黒崎そごう」の2店舗が存在した。 黒崎そごうに関しては良く知らないが、小倉そごうはグループの中でも経営的には比較的優秀な方だったと聞いている。 しかし2000年7月、そごうは倒産。 小倉そごうと黒崎そごうも閉店となった。 JR小倉駅前にドーンと建設され、華々しく開業した小倉そごうの閉店は衝撃的だった。 11年間営業していた最新の「コレット」も昨年2月に閉店した。 一方、「黒崎そごう」と「ジャスコ黒崎店」の2つで形成されていたJR黒崎駅前の商業エリアも、黒崎そごう閉店後は後継店舗がなかなか決まらず、さらにジャスコまでも撤退してしまい迷走。 結局、別の場所にあった「井筒屋黒崎店」が駅前に移転するということで決着。 そのまま現在に至っていた。 しかし、我々市民の知らないところでスッタモンダがあったらしい。 井筒屋撤退によるクロサキメイト破綻 2020年1月、クロサキメイトを運営する「メイト黒崎」が経営破綻し、 2020年4月末でクロサキメイトを閉店すると発表。 井筒屋黒崎店が閉店・または完全撤退という 内容ではなく、井筒屋を含む商業ビル、クロサキメイト全体が閉店するというニュースには驚いた。 そこまで黒崎の経済は悪化していたのか、と。 同月にメイト黒崎から発表された「」というリリースによれば、井筒屋黒崎店からの度重なる賃料引き下げ要請に応じてきたものの、2019年には井筒屋側から撤退の申し出があり、賃料引き下げにも応じられず、後継テナントも見つからず、一部フロアが空床となって経営が悪化し、経営破綻となった旨が説明されている。 メイト黒崎のリリースにもある通り、井筒屋黒崎店は既に一部フロアが営業を終了していて空床となっている。 クロサキメイトは2020年4月で閉店となるが、井筒屋黒崎店が完全撤退するのか、この場所で一部フロアのみで継続するのかは、記事執筆時点で明確な発表がない。 おそらく井筒屋も撤退するのではないか(井筒屋だけが残ることはないだろう)という推測も聞くが、どうなるのかは分からない。 【4月2日追記】井筒屋黒崎店は2020年8月17日 月 に営業終了、閉店することを発表しました。 JR黒崎駅前のかなり広い一帯をカバーする商業施設だったクロサキメイト。 「黒崎そごう」の閉店も衝撃だったが、クロサキメイトが消滅することも驚きでしかない。 北九州市に移住してから30年以上、黒崎駅前に当たり前のように存在した商業施設が遂になくなってしまう。 後継店舗も決まらず、このままどうなってしまうのか、誰にも分からない。 反比例するかのように発展するJR黒崎駅 駅周辺の商業施設が次々と消滅していく中、JR黒崎駅だけは反比例するかのように発展を続けている。 黒崎駅の駅舎は2016年に改築工事が完了した。 改札口も「みどりの窓口」も旧駅舎とは違う場所に移転している。 駅前広場のデッキも数年かかった工事が完了し、広くキレイになった。 行く度にいろんなイベントが開催されている。 地上から1段高い場所にあるデッキへは、駅南側に階段だけでなくエスカレーターやエレベーターが設置されているので利便性は良い。 しかし、駅舎のすぐ下にあたるタクシー乗り場との移動手段は現在も階段しか存在しない。 バリアフリーの観点からも、タクシー乗り場のエスカレーター設置は急務だと思うが、どうなってるのだろうか。 駅舎横、「魚民」があるビルの1階に、いつの間にやらスタバ(スターバックス黒崎駅店)が出来ていた。 2019年4月にオープンしたらしい。 そのスタバの横から、線路をまたいで南北に延びる「黒崎駅南北自由通路」も2018年3月に開通。 以前は駅舎近くに別の連絡路があったのだが、こちらに切り替わったらしい。 通勤&帰宅時間帯には線路の向こうにある安川電機の社員が多く通るのかもしれないが、平日昼間にここを人が通る姿はまだ見たことがない。 JR黒崎駅の横にそびえる「コムシティ」。 元は複合商業施設として建設されており、井筒屋が黒崎そごう跡に移転したのと同じ2001年の秋に開業。 しかしテナントの入居トラブルや来訪客の少なさにより、コムシティは1年ちょっとで経営破綻。 黒崎衰退の象徴的存在などと揶揄されもした。 その後10年近く息をしてなかったコムシティも、八幡西区役所や休日急患センターが移転したり、西鉄バスが1階部分にバスセンターを移設するなどして、現在は商業施設ではなく公共施設や生活利便施設として再生している。 黒崎駅の周辺を散策 JR黒崎駅から南に延びる通称「ふれあい通り」。 ここの風景も30年で様変わりしている。 「長崎屋 黒崎店」の跡地。 2002年2月に閉店し、現在は立体駐車場となっている。 黒崎近郊に住む友人に以前聞いた話だが、2000年7月に「黒崎そごう」が閉店した時は、母体である「そごう」が経営破綻したことが原因だったため、まだそれほど深刻には考えていなかったらしい。 しかし、2001年1月に「トポス黒崎店」が閉店し、次いで2002年2月に「長崎屋黒崎店」が閉店したことで、「あれ? 黒崎の経済、ちょっとヤバいんじゃない?」と危機感を覚え始めたという。 まだ長崎屋がここで営業していた頃に何度か近くまで来たことはあるが、結局一度も中に入ることがないまま、長崎屋黒崎店は消えてしまった。 長崎屋黒崎店の正面には元々「井筒屋黒崎店」があった。 2000年7月に黒崎そごうが閉店した後、井筒屋黒崎店が後継店となって駅前に移転。 その後、ここには井筒屋の系列店である「ブックセンターQUEST(クエスト)」が入居した。 北九州市西部エリアでは最大の書店でもあり、大変活用させてもらったのだが、2014年にクエスト黒崎店は井筒屋黒崎店に移転。 クエストが去った後、入居していたビルは取り壊され、一時的に駐車場と化していたが、この写真を撮影した時はクエスト跡地に分譲マンションが建築中だった。 駅前の井筒屋に移転したクエスト黒崎店も、今回のクロサキメイト閉店により将来がみえなくなった。 近隣の本好きな人たちはいよいよネットでしか本を買えなくなってしまうのだろうか。 その昔、黒崎エリアで最も有名だったラーメン店「唐そば」。 北九州ラーメンとは少し違う珍しい味付けで、2〜3回食べに来たことがあった。 唐そばは1999年12月に閉店。 20年以上経った現在も特徴的な黄色い店舗ビルが残ったままである。 店長の息子さんが後を継ぎ、東京・渋谷駅近くに同じ「唐そば」という名前で出店したと聞く。 渋谷店には行ったことがない。 2つの商店街も景色が一変 JR黒崎駅の駅前広場からエスカレーターで地上に降りると、2つの商店街が延びている。 そのうちの1つ、「カムズ名店街」。 30年ちょっと前、初めて黒崎に来た際に「活気ある!」と感じた話は上で述べたが、その中心地がまさにここ、カムズ名店街だった。 当時は、とにかく人の多さがスゴかったのだ。 当時はスマートフォンなど存在すらしなかったが、今のようにスマホを見ながら歩きでもしたら確実に前方から来る歩行者と衝突してしまうだろう。 そのくらい商店街は人であふれていた。 ぶつからないよう、前方を注意しながら歩く必要があったのだ。 最近の黒崎しか知らない人には想像すら出来ず、ホラ話だと思われるだろう。 しかし、私が鳥取県から北九州にやって来る30年前よりも更に昔は、もっともっと大勢の人で賑わっていたらしいのだ。 当時を撮影した写真で見たのだが、商店街はビッシリと人で埋まってた。 「北九州の副都心」という名に恥じない隆盛っぷりだった。 しかし今では上の写真の通り。 平日昼間ということもあるが、人影はまばら。 シャッターを下ろした店舗も多い。 音楽も流れず、そもそも音声が響いておらず静寂に包まれている。 昔は本当に賑やかな商店街だったのだ。 この商店街にあったCDショップが好きで、いつもここに買いに来ていた。 いつ閉店してしまったんだろう。 カムズ名店街と並行して南に延びるもう1つの商店街、「表参道新天街」。 以前はアーケードがあったのだが、人通りの減少と空き店舗の増加、さらに老朽化もあり、2015年にアーケードは撤去された。 撤去直後、そのことを知らずに商店街を歩いていたら雨が降ってきたらしく、頭部に濡れを感じたのでおかしいなあと思って見上げたら存在したはずのアーケードが消えており、「え!!」と仰天したのを思い出す。 気付くのが遅かった。 以前は「黒崎駅前新天街」という名称だったと記憶しているのだが、現在の正式名称は「表参道新天街」らしい。 アーケードが撤去された後で名称変更したのか、元々そういう名前だったのかは知らない。 クロサキメイトの閉店後、黒崎の経済はますます悪化する。 商店街は廃れ、駅前の大型商業施設も壊滅し、そもそも人の往来が増えない。 復活への起爆剤となりそうな要因も残念ながら見つけられない。 江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、現在もその遺構が残っているし、部分的ではあるが発展を続けているエリアもある。 散策するのが楽しいエリアなのだ。 自治体や各団体が黒崎の活性化実現のため必死で頭を捻ってらっしゃることも知っている。 この街をもっと多くの人に楽しんでもらいたい。 何か妙案はないものか。

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副都心、黒崎 大学入学を機に鳥取県から福岡県に引っ越してきた1980年代終盤、北九州市はまだ人口が100万人を超えていた。 JR小倉駅の北口はガランとしていて何もなく、街を路面電車が駆け巡り、モノレールとJRは接続されておらず双方の小倉駅は別々の場所にあって、乗り換えのため徒歩5分を強いられた、そんな時代。 当然ながら街並みは現在より古臭かったが、それでも100万人都市である。 鳥取県のド田舎から来た自分にとって当時の北九州市は十分に衝撃的で感動的な大都会だった。 大学の友人たちは皆、「おいらの街」という北九州市のタウン誌を購読していたので、自分も定期的に読むようになった。 バンドメンバー募集を何度か掲載してお世話になったし、北九州という街、そして街に漂う若者文化を知るには貴重な情報源で、大変重宝した。 その「おいらの街」を読み始めた頃、 「北九州市、2大都市比較!」 「東の小倉 vs 西の黒崎」 という特集が掲載されたのを今でも覚えている。 当時は小倉に住んでいて、北九州市に区が幾つあるのかすら知らなかった。 大都会・小倉に匹敵する都市が北九州市の西にもう1つあるのだという。 北九州、すげえ。 初めて黒崎に足を運んだのは、その記事を読んでから1年ほど後。 小倉ほど建物の背は高くなかったが、駅前は賑わっていたし、駅前から南へと延びる2つの商店街も、人があふれるほど存在した。 「 活気ある!」というのが第一印象だった。 北九州の副都心と言われるだけのことはある、と。 転機となった「そごう閉店」 大学を卒業して北九州を離れ、東京の企業に就職した。 しかし北九州など比較にならない「真の大都会」での労働と生活に疲弊し、すぐ北九州に舞い戻った。 (生まれ故郷の鳥取県は選択肢になかった) 大学生時代は数回しか行ったことがなかった黒崎も、社会人となり北九州で再び生活するようになってからは頻繁に通った。 1990年代までは人も多く、活気を保っていたように思う黒崎。 転機となったのは、やはり「 そごうの経営破綻」ではなかったかな。 北九州市には「小倉そごう」と「黒崎そごう」の2店舗が存在した。 黒崎そごうに関しては良く知らないが、小倉そごうはグループの中でも経営的には比較的優秀な方だったと聞いている。 しかし2000年7月、そごうは倒産。 小倉そごうと黒崎そごうも閉店となった。 JR小倉駅前にドーンと建設され、華々しく開業した小倉そごうの閉店は衝撃的だった。 11年間営業していた最新の「コレット」も昨年2月に閉店した。 一方、「黒崎そごう」と「ジャスコ黒崎店」の2つで形成されていたJR黒崎駅前の商業エリアも、黒崎そごう閉店後は後継店舗がなかなか決まらず、さらにジャスコまでも撤退してしまい迷走。 結局、別の場所にあった「井筒屋黒崎店」が駅前に移転するということで決着。 そのまま現在に至っていた。 しかし、我々市民の知らないところでスッタモンダがあったらしい。 井筒屋撤退によるクロサキメイト破綻 2020年1月、クロサキメイトを運営する「メイト黒崎」が経営破綻し、 2020年4月末でクロサキメイトを閉店すると発表。 井筒屋黒崎店が閉店・または完全撤退という 内容ではなく、井筒屋を含む商業ビル、クロサキメイト全体が閉店するというニュースには驚いた。 そこまで黒崎の経済は悪化していたのか、と。 同月にメイト黒崎から発表された「」というリリースによれば、井筒屋黒崎店からの度重なる賃料引き下げ要請に応じてきたものの、2019年には井筒屋側から撤退の申し出があり、賃料引き下げにも応じられず、後継テナントも見つからず、一部フロアが空床となって経営が悪化し、経営破綻となった旨が説明されている。 メイト黒崎のリリースにもある通り、井筒屋黒崎店は既に一部フロアが営業を終了していて空床となっている。 クロサキメイトは2020年4月で閉店となるが、井筒屋黒崎店が完全撤退するのか、この場所で一部フロアのみで継続するのかは、記事執筆時点で明確な発表がない。 おそらく井筒屋も撤退するのではないか(井筒屋だけが残ることはないだろう)という推測も聞くが、どうなるのかは分からない。 【4月2日追記】井筒屋黒崎店は2020年8月17日 月 に営業終了、閉店することを発表しました。 JR黒崎駅前のかなり広い一帯をカバーする商業施設だったクロサキメイト。 「黒崎そごう」の閉店も衝撃だったが、クロサキメイトが消滅することも驚きでしかない。 北九州市に移住してから30年以上、黒崎駅前に当たり前のように存在した商業施設が遂になくなってしまう。 後継店舗も決まらず、このままどうなってしまうのか、誰にも分からない。 反比例するかのように発展するJR黒崎駅 駅周辺の商業施設が次々と消滅していく中、JR黒崎駅だけは反比例するかのように発展を続けている。 黒崎駅の駅舎は2016年に改築工事が完了した。 改札口も「みどりの窓口」も旧駅舎とは違う場所に移転している。 駅前広場のデッキも数年かかった工事が完了し、広くキレイになった。 行く度にいろんなイベントが開催されている。 地上から1段高い場所にあるデッキへは、駅南側に階段だけでなくエスカレーターやエレベーターが設置されているので利便性は良い。 しかし、駅舎のすぐ下にあたるタクシー乗り場との移動手段は現在も階段しか存在しない。 バリアフリーの観点からも、タクシー乗り場のエスカレーター設置は急務だと思うが、どうなってるのだろうか。 駅舎横、「魚民」があるビルの1階に、いつの間にやらスタバ(スターバックス黒崎駅店)が出来ていた。 2019年4月にオープンしたらしい。 そのスタバの横から、線路をまたいで南北に延びる「黒崎駅南北自由通路」も2018年3月に開通。 以前は駅舎近くに別の連絡路があったのだが、こちらに切り替わったらしい。 通勤&帰宅時間帯には線路の向こうにある安川電機の社員が多く通るのかもしれないが、平日昼間にここを人が通る姿はまだ見たことがない。 JR黒崎駅の横にそびえる「コムシティ」。 元は複合商業施設として建設されており、井筒屋が黒崎そごう跡に移転したのと同じ2001年の秋に開業。 しかしテナントの入居トラブルや来訪客の少なさにより、コムシティは1年ちょっとで経営破綻。 黒崎衰退の象徴的存在などと揶揄されもした。 その後10年近く息をしてなかったコムシティも、八幡西区役所や休日急患センターが移転したり、西鉄バスが1階部分にバスセンターを移設するなどして、現在は商業施設ではなく公共施設や生活利便施設として再生している。 黒崎駅の周辺を散策 JR黒崎駅から南に延びる通称「ふれあい通り」。 ここの風景も30年で様変わりしている。 「長崎屋 黒崎店」の跡地。 2002年2月に閉店し、現在は立体駐車場となっている。 黒崎近郊に住む友人に以前聞いた話だが、2000年7月に「黒崎そごう」が閉店した時は、母体である「そごう」が経営破綻したことが原因だったため、まだそれほど深刻には考えていなかったらしい。 しかし、2001年1月に「トポス黒崎店」が閉店し、次いで2002年2月に「長崎屋黒崎店」が閉店したことで、「あれ? 黒崎の経済、ちょっとヤバいんじゃない?」と危機感を覚え始めたという。 まだ長崎屋がここで営業していた頃に何度か近くまで来たことはあるが、結局一度も中に入ることがないまま、長崎屋黒崎店は消えてしまった。 長崎屋黒崎店の正面には元々「井筒屋黒崎店」があった。 2000年7月に黒崎そごうが閉店した後、井筒屋黒崎店が後継店となって駅前に移転。 その後、ここには井筒屋の系列店である「ブックセンターQUEST(クエスト)」が入居した。 北九州市西部エリアでは最大の書店でもあり、大変活用させてもらったのだが、2014年にクエスト黒崎店は井筒屋黒崎店に移転。 クエストが去った後、入居していたビルは取り壊され、一時的に駐車場と化していたが、この写真を撮影した時はクエスト跡地に分譲マンションが建築中だった。 駅前の井筒屋に移転したクエスト黒崎店も、今回のクロサキメイト閉店により将来がみえなくなった。 近隣の本好きな人たちはいよいよネットでしか本を買えなくなってしまうのだろうか。 その昔、黒崎エリアで最も有名だったラーメン店「唐そば」。 北九州ラーメンとは少し違う珍しい味付けで、2〜3回食べに来たことがあった。 唐そばは1999年12月に閉店。 20年以上経った現在も特徴的な黄色い店舗ビルが残ったままである。 店長の息子さんが後を継ぎ、東京・渋谷駅近くに同じ「唐そば」という名前で出店したと聞く。 渋谷店には行ったことがない。 2つの商店街も景色が一変 JR黒崎駅の駅前広場からエスカレーターで地上に降りると、2つの商店街が延びている。 そのうちの1つ、「カムズ名店街」。 30年ちょっと前、初めて黒崎に来た際に「活気ある!」と感じた話は上で述べたが、その中心地がまさにここ、カムズ名店街だった。 当時は、とにかく人の多さがスゴかったのだ。 当時はスマートフォンなど存在すらしなかったが、今のようにスマホを見ながら歩きでもしたら確実に前方から来る歩行者と衝突してしまうだろう。 そのくらい商店街は人であふれていた。 ぶつからないよう、前方を注意しながら歩く必要があったのだ。 最近の黒崎しか知らない人には想像すら出来ず、ホラ話だと思われるだろう。 しかし、私が鳥取県から北九州にやって来る30年前よりも更に昔は、もっともっと大勢の人で賑わっていたらしいのだ。 当時を撮影した写真で見たのだが、商店街はビッシリと人で埋まってた。 「北九州の副都心」という名に恥じない隆盛っぷりだった。 しかし今では上の写真の通り。 平日昼間ということもあるが、人影はまばら。 シャッターを下ろした店舗も多い。 音楽も流れず、そもそも音声が響いておらず静寂に包まれている。 昔は本当に賑やかな商店街だったのだ。 この商店街にあったCDショップが好きで、いつもここに買いに来ていた。 いつ閉店してしまったんだろう。 カムズ名店街と並行して南に延びるもう1つの商店街、「表参道新天街」。 以前はアーケードがあったのだが、人通りの減少と空き店舗の増加、さらに老朽化もあり、2015年にアーケードは撤去された。 撤去直後、そのことを知らずに商店街を歩いていたら雨が降ってきたらしく、頭部に濡れを感じたのでおかしいなあと思って見上げたら存在したはずのアーケードが消えており、「え!!」と仰天したのを思い出す。 気付くのが遅かった。 以前は「黒崎駅前新天街」という名称だったと記憶しているのだが、現在の正式名称は「表参道新天街」らしい。 アーケードが撤去された後で名称変更したのか、元々そういう名前だったのかは知らない。 クロサキメイトの閉店後、黒崎の経済はますます悪化する。 商店街は廃れ、駅前の大型商業施設も壊滅し、そもそも人の往来が増えない。 復活への起爆剤となりそうな要因も残念ながら見つけられない。 江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、現在もその遺構が残っているし、部分的ではあるが発展を続けているエリアもある。 散策するのが楽しいエリアなのだ。 自治体や各団体が黒崎の活性化実現のため必死で頭を捻ってらっしゃることも知っている。 この街をもっと多くの人に楽しんでもらいたい。 何か妙案はないものか。

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