ここ なっちゃん 新しい 怖い 話。 おじいちゃんが: 洒落にならない怖い話のまとめ

中村ゆりか、“カワコワ”な悪女役に充実感「新しい一面を出せた」

ここ なっちゃん 新しい 怖い 話

A子ちゃんは昔から変わった子だった。 私はA子ちゃんと家が近所で同級生。 いわゆる幼馴染みだった。 友達というほど親しくもなく、知り合いというほど遠くもなく、たまに一緒に遊んだりする程度の、そんな関係だった。 中学2年の時のことだ。 私達が通う公立中学には、学校中から恐れられている女子のグループがあった。 全員暴走族に入っているという噂で、恐喝や暴力が日常茶飯事。 先生もお手上げ状態で、よほどのことがない限り、関わらないようにしていた。 その女子グループのリーダーというのが、冗談みたいな話だが、プロレスラーのような体格でゴリラのような顔をした女の先輩で、陰でジャイアンというあだ名で呼ばれていた。 ある日、A子ちゃんは、そのジャイアン先輩と廊下ですれ違いざま、「ゴリラそっくり」とつぶやいた。 当然、激昂した先輩は、A子ちゃんに殴る蹴るの暴行を加えた。 先生が止めに入るまで暴力は続き、ぐったり倒れたA子ちゃんの顔はパンパンに腫れて血だらけだった。 「A子ちゃん。 大丈夫!?」 偶然、居合わせた私が駆け寄ると、A子ちゃんは口角を上げて嬉しそうにニヤッと笑みを浮かべた。 嘘なんかじゃなく、こんな酷い目にあって、A子ちゃんは恍惚とした表情を浮かべていたのだ。 A子ちゃんは、肋骨を数本折る重傷で、入院をよぎなくされた。 私がお見舞いに訪れると、ベッド脇の棚の上に一枚の油絵があった。 A子ちゃんが描いたものだ。 病室から見た景色を描いた風景画だった。 「見て。 また、すごくよく描けたよ」 A子ちゃんは嬉しそうに私に絵を見せてきた。 A子ちゃんの夢は画家になることだった。 幼稚園に上がった頃には、画用紙にクレヨンで絵を描きながら、すでにそんなことを言っていた気がする。 A子ちゃんは、一度、絵を描き始めると、周りの声が聞こえなくなるほど没頭する。 寝食を忘れて絵を描き続けるので、心配したA子ちゃんのお母さんは画材一式を捨てようとしたくらいだ。 小学校に上がると、A子ちゃんの絵に対する情熱は薄れるどころかさらに膨れ上がり、その頃から、口癖のように言い始めた。 「芸術家は、不幸じゃないといい作品が作れないのよ」 今思えば、A子ちゃんがそんなことを言い始めたのは、耳を自ら切り落とし最期には拳銃自殺をした画家の巨匠ゴッホの生涯を本で読んだあたりからだった気がする。 思うに、虐げられた悔しさや怒りをエネルギーに変えて作品を生むということと、不幸だからいい作品が描けるということが、A子ちゃんの中ではごっちゃになってしまったのだろう。 A子ちゃんは、小学校高学年になると、わざわざ橋の欄干にあがって片足歩きしてみたり、怒ると怖いと有名な先生に石を投げつけてみたり、自ら危険に飛び込むような真似を進んでし始めた。 そうして、怪我をしたり怒られたりして、溜まった鬱屈を絵に叩き込んだのだ。 実際、A子ちゃんは子供離れした鬼気迫るタッチの絵を描き上げ、いくつものコンクールで受賞を果たした。 それがさらにA子ちゃんの奇行に拍車をかけた。 自らを不幸な境遇に陥れ、絵に昇華する。 A子ちゃんは、不幸な目に遭うたび、本当に嬉しそうな顔で言った。 「これでまた絵が描ける」 高校進学とともにA子ちゃんとは学校が離れ離れになったが、たまに家の近所で見かけると、身体はいつも生傷がたえなかった。 「また絵を見に来てね」 そう言われたが、私は一度も約束を守らなかった。 A子ちゃんと関わり続けたら、狂気の世界へ連れていかれてしまうような気がしたのだ。 A子ちゃんが家出をしたという話を母から聞いたのは高校3年の春だった。 あまりタチの良くない男に引っかかって、その男と一緒に駆け落ち同然で姿をくらませたのだという。 母はA子ちゃんの身を案じていたが、私にはわかっていた。 全て絵を描くために違いないと。 悪い男の元に自ら飛び込み、不遇の中で創作を続けるつもりなのだ。 不幸な目に遭いながら恍惚とした表情を浮かべるA子ちゃんの姿が目に浮かび、私は身震いをした。 高校を卒業すると、私は東京の大学に進学した。 目標や夢があったわけではない。 周りのみんなが進学するからただそれに倣っただけだ。 サークルやバイトに明け暮れ、それなりに忙しかったが、心はいつも虚しかった。 そういう時、なぜか必ず、A子ちゃんのことを思い出した。 絵画だけに情熱を注ぎ、例え身を滅ぼそうと迷うことなく突き進めるあのエネルギーが、少し眩しかったのかもしれない。 無為のうちに大学生活の貴重な時間はあっという間に過ぎていき、3年になって就職活動に明け暮れるようになると、余計にそんなむなしい考えに取り憑かれるようになった。 驚くべき再会があったのは、就職面接を終えて帰った雨の日のことだった。 重く垂れ込めた雨雲のせいで日中にも関わらず辺りが暗かったのを覚えている。 大粒の雨の中、傘を差してアパートまでの帰り道を歩いていると、向こうから傘も差さずに裸足で歩いてくる女性の姿があった。 髪はずぶ濡れで顔と首に張りつき、着ている物も薄いワンピースだけ。 ギョッとして目を疑った。 一瞬お化けを見たのかと思ったくらい、その女性は異様だった。 足が凍ったように動かなくなり、こちらに向かってくる女性から視線を外せなくなった。 それが、A子ちゃんだと気づいたのは、まさに私の横を通り過ぎる時だった。 「・・・A子ちゃん?」 私が声をかけると、A子ちゃんは私の方を向いて微笑みを浮かべ、膝から崩れ落ちた。 息が荒く、すごい熱だった。 私は、A子ちゃんに肩を貸し、私の自宅アパートまで連れていった。 濡れた服を着替えさせた後、布団にくるめて解熱剤を飲ませた。 薬が効いてくると、容体はだいぶ安定したように見えた。 A子ちゃんの見た目は変わっていなかったけど、髪はまるで手入れされていないし肌荒れもひどく、年齢以上に老けてみえた。 一体、どういう生活を送っているのだろうか。 聞くと、昨夜から一晩中、雨に打たれていたらしい。 「まだ絵を描いてるの?」 私が尋ねるとA子ちゃんは目を輝かせていった。 「もちろん」 その日の夜、A子ちゃんの体調が回復すると、私達はお互いの空白期間を埋めるように話をした。 といっても私にはたいした話などないので、ものの数十分で終わってしまった。 一方のA子ちゃんの話は予想通りの壮絶なものだった。 高校時代に知り合った男と駆け落ち同然で東京に出たが、男は、案の定、ろくでなしだった。 働きもせず一日中家でゴロゴロしており、お金がなくなると、A子ちゃんに夜の店で働くことを強要した。 あえて断ると、タバコの火を身体に押し付けられ、暴力を振るわれた。 A子ちゃんは、年齢をいつわりキャバクラで働き始めたが、店のNO. 1の上客にわざと近づいて、そこでもイジメられるようになった。 家では奴隷のように扱われ、店ではモノのように軽んじられる生活の中、A子ちゃんは創作活動を続けた。 「いっぱい、いい絵が描けたんだよ」 A子ちゃんは、無邪気な子供のように笑って話した。 そんな生活を数年続けたが、男が新しい女を見つけて状況が変わった。 A子ちゃんは、荷物も取らせてもらえず、家を追い出された。 それ自体はA子ちゃんからしたら、さらに不幸に追い込まれる喜ばしいことなのだが、今まで描いた絵や画材まで荷物と一緒に取られてしまったので困っているという。 行くあてもなく街をさまよっていたら、偶然、私と再会したというわけだ。 「いかなくちゃ」 話を終えると、A子ちゃんは、布団から抜けて立ち上がった。 「行くってどこに?」 まだふらつく足取りでキッチンに行くと、A子ちゃんは包丁を手に取った。 「これ借りるね」 「ちょっと!何考えてるの」 「あいつを殺して、捨てられる前に絵を取り戻さないと。 それに、クズ男を殺して刑務所に入るなんて、そんな不幸なことないでしょ?」 A子ちゃんは、そう言って、クツクツと笑った。 狂っている・・・。 そう思ったけど、黙って行かせるわけにはいかなかった。 このまま行かせてしまっては、A子ちゃんのお母さんにも申し訳が立たない。 「ダメだよ。 絵は私が取り戻してあげるから、A子ちゃんはここにいて」 必死でなんとか説得して、その男のもとには私が交渉に行くことになった。 男は、想像通りの人物だった。 澱んだ暗い目つきをしていて、小動物のように落ち着きがない。 けど、A子ちゃんの親類だと名乗ると、あっさりと絵を引き渡してくれた。 「もう、あんな女と関わりたくない」 怯えたように言い捨てたのが印象的だった。 聞くつもりはなかったが、彼もまたこの数年間、A子ちゃんの恐ろしさを味わっていたのかもしれないと思った。 絵を取り返すと、A子ちゃんはとてもご機嫌になった。 私は、A子ちゃんのお母さんに連絡を取ってもらうため、母に連絡を入れた。 ところが、しばらく待って、A子ちゃんのお母さんから返ってきた返事に絶句した。 『A子のことは放っておくつもりですので、A子からの連絡は不要です』 さすがに母も私も困惑した。 A子ちゃんのお母さんは、A子ちゃんを見捨てるつもりなのだろう。 「あんた、しばらく一緒にいて面倒みてあげなさいよ。 幼馴染みでしょう?」 母の身勝手な提案に腹が立ってしょうがなかった。 けど、追い出すわけにもいかず、なし崩し的に私はA子ちゃんと私の部屋で暮らすことになった。 しばらくは、A子ちゃんの精神状態も落ち着いていてよかった。 同居人がいるこんな暮らしも悪くないかなと思いかけたりもした。 けど、やはり、A子ちゃんは昔と変わらずA子ちゃんだった。 日に日に「新しい絵が描けないの」と言って、落ち着きをなくし情緒不安定になり始めた。 どうも私との生活ではストレスが少な過ぎて、創作が進まないらしい。 私は私で就活がうまくいっておらず、そんなA子ちゃんの面倒を見るのが余計に辛かった。 どうしてA子ちゃんの世話を私が押しつけられなければならないのか、全く納得いかなかった。 いつ爆発してもおかしくない不穏な空気が私とA子ちゃんの間に漂い始めた。 そんなある日のことだった。 その日は、比較的、A子ちゃんのメンタルが落ち着いていたので2人で公園に絵を描きにいった。 はじめは筆が進んでいたもののA子ちゃんは途中で投げ出してどこかに行ってしまった。 私はこの先、A子ちゃんを抱えてどうすればいいのか途方に暮れていた。 「この絵はあなたが描いたものですか?」 突然声をかけられびっくりした。 髭を生やした銀髪のおじさんがA子ちゃんの描きかけの絵を熱心に眺めていた。 「いえ、それは・・・」 「完成したら、是非見せてください」 そう言って銀髪の男性は名刺を差し出して、去っていった。 名前と連絡先があるだけのシンプルな名刺だった。 スマホで名前を調べてみると、現代画家の有名な人だとわかった。 その瞬間、私の中に、天啓が降ってきた。 全ての問題を解決するアイディア。 そうだ、きっとこの方法なら、、、 「今日は、個展の打ち合わせで遅くなるから」 メイクをしながら鏡の奥に写った扉の向こうに私は呼び掛けた。 返事はない。 私はイライラして立ち上がり、扉を開け放った。 「ちょっと聞いてるの?」 薄暗い部屋の中、チャリチャリと鎖を引きずる金属音がする。 「起きてるなら返事しなさいよ」 足を鎖で繋がれたA子ちゃんが、のっそりと上半身を起こした。 「まだ半分もできていないじゃない。 個展まで時間がないんだから、今日中に仕上げるのよ」 私はA子ちゃんの髪を鷲掴みにして、乱暴にキャンパスの前の椅子に座らせた。 A子ちゃんは、骨と皮のように痩せ細った腕をロボットのように機械的に動かして筆を取り、黙って作業を再開した。 「今日中に仕上げれなかったら、またご飯抜きだから。 あ、そうだ。 また、絵が売れたのよ。 今度は軽井沢あたりに別荘でも買おうかと思ってるの。 全部、A子のおかげ。 ねえ、どんな気分?富も名声も奪われて、幼馴染みに監禁されながら絵を描かされ続けるのは」 私が言い捨てると、A子ちゃんは筆を激しく動かしながら、恍惚とした表情で微笑みを浮かべた・・・。 516 -, ,• ジャンル• 142• 391• アクセスランキング• アーカイブ•

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【超閲覧注意】洒落にならない「怖い話」まとめ…最強レベルの短編怪談

ここ なっちゃん 新しい 怖い 話

私が7年前に故郷で体験し、 東京に逃げてきた後もずっと続いている話。 私の生まれ育った集落は、 人口100人にも満たないような 所謂限界集落というやつだった。 子供は、私、A、A弟、B、B姉、C、D、Eの8人。 基本的には、 私、A、A弟、B、Cの5人組で遊ぶことが多かった。 毎年6月の終わり頃、 住民は、集落の外れにある神社で 「茅(チガヤ)」で編んだ大きな輪をくぐり、 無病息災を願う。 茅の輪くぐりといって、 そこそこメジャーな夏越しの祓の儀式なんで 知ってる人も多いと思う。 輪をくぐるときは、初めに差し出す足から、 右廻り・左廻り、となえことばなど 細かい作法がたくさんあったらしい。 といっても、 子供は厳格に作法を守らねばいけなかった訳ではなく、 私もそこまで詳しくは知らなかった。 ただ、絶対に破ってはならない決まりが三つ。 1茅の輪をくぐったあと、 「そみんしょうらい、そみんしょうらい」 と2回唱える。 2茅の輪をくぐったあと、 真っ直ぐ進んで御神体に御参りを済ませるまでは 絶対に振り向いてはならない。 3帰り際、 茅を輪から引き抜いて持ち帰ってはならない。 これは、親やじーちゃんばーちゃんから、 毎年かなりキツく言い聞かされた。 7年前の5月の末頃(ちょうどこの時期だ)、 私達はいつものように仲良し5人組で遊んでいた。 神社に続く道には大木がたくさん植わっているので、 そこでかくれんぼをした。 すぐそこに見える境内には、 茅の輪くぐりのための準備がされている様子が窺い知れた。 一通り遊んで休憩になったが、 Aがあることを提案する。 A「チガヤ(子供たちの間では、茅の輪ではなくチガヤと呼んでいた)くぐるときさ、 決まり破ったらどうなるんかな?」 あ、方言キツいんで なるべく会話は標準語で書きます。 A弟「兄ちゃんまた変なこと考えてるー」 Aは普段から面白いことを考えつくのが得意で、 新しい遊びなんかもよく思いついては私達の間で流行らせていた。 このときも、いつもの遊びに飽きてきて、 遊び半分に考えついたんだろう。 私「絶対ダメってあんなに言われるけど… 確かに破ったらどうなるっていうんだろね」 C「怒られるって…やめとこうよ」 A「何言ってんだよ。 誰も見てないだろ?」 茅の輪くぐりの日は、皆が境内に集まって、 一人一人順番に本殿前へと進み、 輪をくぐって参拝し、境内へと戻ってくる。 確かに、何故か誰も見ていないところで、 1人でくぐるようになっていた。 結局、CやA弟は尻込みし、 B、私、それに言いだしっぺのAは当然だが賛成したため、 3人で決まりを破ってみて、 どうなるのか確認することになった。 しかし、大人たちに厳しく言われていたこともあり、 一度に3つの決まりを全て破るのにはやはり抵抗があった。 そこで、ちょうど3人いるし、 1人で1つずつ破ってみることにした。 チガヤを引き抜くのはどう考えても一番ハードルが高かったので、 言いだしっぺのAが実行することに。 Bは1つめの決まりを破り、となえことばを言わない。 私は2つめの決まりをやぶり、 輪をくぐってすぐに振り返る、 ということになった。 1か月後、いよいよ実行の日がやってきた。 Aに話をふっかけられてから、 決まりを破ったらどうなるのか気になって気になって仕方なかったので、 私は少しワクワクしていた。 昼過ぎに神社に行くと、 すでにBはくぐり終えていたらしく、 境内に腰掛けて私に手を振った。 私はBの所へ行き、隣に座った。 私 「アレ、どうだった?(小声)」 アレというのは当然、決まりを破る計画のことだ。 B 「となえなかったよ。 まあこの通り何も起こってないさ。 当たり前だよなー。 (小声)」 私 「そっか、まあそうだよね(笑)。 次、私行ってきます!」 母がくぐり終えて戻ってきたタイミングで、 私は奥の本殿前へと進んだ。 一人きりの本殿は、 やたらと静まりかえっていた。 しかし私は、 誰かに見られているような気がして急に怖くなった。 心の中で、 母が昔教えてくれたとなえことばを 「はらえたまへ、きよめたまへ…(後は忘れました)」 とうろ覚えながらに繰り返し、 ゆっくりと輪をくぐった。 振り返ろうとしたその瞬間、 背後に何か物凄い気配を感じた。 直感的にヤバい!と思い、 咄嗟に前に向き直る。 そのまま数分間が経った。 いや、実際には数十秒程度だったかもしれない。 耳のすぐ脇を生温い風が掠め、 同時に人間のものとは思えないほどの低い声が聞こえた。 何と言っていたのかは今でも分からないが、 そのとき本殿には私しかいなかったことは確かだ。 初夏の蒸し暑さにもかかわらず、 全身が総毛立った。 結局、私は恐怖のあまり振り返ることができなかった。 そのまま本殿に御参りし、 境内へと戻った。 Bにこのことを話すも笑い飛ばされ、 少しムキになった。 Cもやってきて、 茅の輪くぐりを済ませたあと3人で駄弁っていた。 夕方ごろになって、 A一家がやってきた。 B 「あ、A来た。 おーい、遅かったな」 言い忘れていたが、 日没後に茅の輪くぐりをすることは禁止されていた。 A 「お前ら、アレやってみた?」 Aは計画について尋ねた。 B 「俺は別に何もなかったよ。 私ちゃんはオバケにあって真っ青だったけど」 私「それはもういいって… まあ、結局振り返らなかった」 A 「マジかよビビリか。 じゃあ俺が振り向くのとチガヤ持ってくんのと両方やってくるわ」 C 「マジでやるの?」 私もやめたほうがいいんじゃないかと思ったが、 もしかしてAが私と同じようなことになったら Bも信じるんじゃないかと考え、言い出さなかった。 このときAを止めなかったことを どれだけ後悔したかしれない。 Aは本殿の方へ歩いていってしまった。 B、Cと話していると、 ほどなくしてAが戻ってくる。 別に変わった様子はなかった。 私「どうだった!?振り返った?」 A 「やっぱ何もないじゃん。 チガヤもあるから見せてやるよ、 あっち行こうぜ」 大人に見つかるとタダでは済まないと思い、 遊びに行くフリをして木の陰に行った。 ちなみに、 このときA弟は輪くぐりをしに本殿へ行っていた。 Aがポケットからチガヤを引っ張り出す。 私、A、B、C「…」 私達はしばらく声を出すことができなかった。 草色をしていたはずのチガヤは どす黒く変色していた。 A「…何だコレ。 気持ち悪ぃな」 C「それ本当に、輪から引き抜いてきたものなの?」 B「お前(A)の体温で枯れたんじゃねえの? ポケットに入れっぱなしだったんだろ?」 私はかなり怖かったが、 Bの言った通りだと思うことにした。 Cはそれでも不安そうにあれこれ言っていたと思う。 Aはそれ以上チガヤを持ち歩くのはさすがに抵抗があったらしく、 その場に捨てていた。 A弟が怖がって大人に知らせたら困ると思い、 A弟にはこのことは秘密にすることになった。 やがて最後の2、3組が茅の輪くぐりを終え、 皆帰って行った。 それから数日経ったあと、 Aが遊びの途中に頭痛を訴え、 外に出て来なくなった。 Aが体調を崩してから3日目の晩、 Aの父親が血相変えて私の家に飛んできた。 私たち家族は夕飯を食べていたが、 玄関口で母と何事か話したあと、 母が見たことないような怖い顔で 「すぐに出るから、上着着てきなさい」 と言った。 当時の自分にとってはかなり遅い時間だったので、 外に出掛けるなんて只事ではなかった。 母と私は、A父とともにAの家へと急いだ。 道中、母とA父は小声で話し続けていた。 「耳」、「伝染」、「虫」、「A弟(名前)」という単語だけ 断片的に聞き取れたのを覚えている。 Aの家に上がると、 A弟、B、C、何故かAの近所のSさん、 それに神社の神主さんまでもが揃って座っていた。 子供は皆、蒼白な顔で俯いていた。 神主「これで全員か。 改めて何があったか聞かせてもらうぞ」 私「えっと、何がって…?」 S「茅の輪くぐりの日に決まっとろうが! お前ら決まりを破ったろう!?何をした!」 Sさんは猛烈に怒っていた。 いきなり怒鳴られてビクッとしたが、 A弟、B、Cの方を向いても反応はない。 神主「Aは今誰かに会えるような状態ではない。 というより、見ない方が良いだろう。 A弟から、君たちが決まりを破る計画を立てていたことは聞いた。 具体的に何をしたのか教えてほしい」 私とB、Cは代わる代わる事の顛末を話した。 Aが決まりを破る提案をしたこと。 私、A、Bの3人で実行しようとしたこと。 Bはとなえことばを言わなかったが 何も起こらなかったこと。 私が振り向きざまに奇妙な体験をしたこと…。 Aがチガヤを引き抜いた下りを話しているとき、 青かったA父の顔色は紙のように真っ白になっていた。 S「それじゃ、チガヤを引き抜いたのは… 引き抜いた張本人は、Aなんだな? お前らはAが持ち帰ったソレを見たんか?」 C「真っ黒に色が変わっていました… それで、怖くなって、秘密にしようって…」 Cの声は震えていた。 そのとき、 A母が襖を開けて部屋に入ってきた。 神主「Aはもうどうすることもできん… 古い、強い呪いだ。 一度発症すると対処法はない」 A母「…そうですか」 実の子が、恐らくは死の宣告をされたのに、 A母は泣きも取り乱しもしない。 明らかに異常だった。 皆が黙りこくっていると、 神主さんは再び子供たちのほうに向き直る。 神主「君たちは黒くなったチガヤを見たんだな? 清めをするから今から本殿に向かう。 念のためA弟も来なさい。 後、後ろを振り向いた者は他にいないな?」 私(…振り向かないで良かった) こんな時でさえ やはり我が身かわいさにこんなことを考えていたと思う。 私達は黙々と歩いて神社に向かった。 Sさんも付いてきた。 本殿に着くと、 既に何らかの連絡があったらしく、 大人が3、4人くらい集まっていた。 神主「辛いだろうが一晩だけ我慢しなさい。 君たちの生死がかかっているんだ」 ガクブルしながら本殿の奥、 明かりもない真っ暗な部屋へと通される。 そこから先はもう思い出したくもない。 Sさんや大人たちは 何度も何度も酒や酢のような液体を飲ませ、 吐き出させた。 神主さんは外でずっと祈祷のようなものを行っていたと思うが、 よく覚えていない。 とにかく地獄のような一夜だった。 夜も白んできたとき、 神主さんが薄暗くなった部屋に入ってきた。 神主「これでひとまずは終わったが、眠りたいか?」 当然だが、私達の誰も眠気は全く無かった。 それを見て取ったらしく、 神主さんは今回の出来事、 茅の輪くぐりの本当の由来について語り出した。 神主「茅の輪くぐりというのは、夏越しの祓で、 無病息災を願って行われる。 全国的にもまあまあ有名な儀式だ。 君たちもここまでは知っているな?」 神主「その昔、そみんしょうらい、こたんしょうらい、という名の兄弟がいた。 神様がこの2人に宿を求めたところ、 そみんしょうらいは貧しいながらも神様を手厚くもてなした」 神主「しかし、こたんしょうらいは裕福であったにもかかわらず、 それを拒んだ。 そこで神様は、そみんしょうらいだけに茅の輪を腰につけるよう教えた」 神主「数年後、その土地に疫病が流行した。 茅の輪をつけたそみんしょうらいの家は無事だったが、 こたんしょうらいの家は病に倒れた。 これが茅の輪くぐりの由来とされている」 神主「しかし、この土地の茅の輪くぐりは、 全国に広まっているものとは全く違う由来をもつ」 神主さんの話は以下のようなものだった。 ある時、山に隔絶されたこの土地で 原因も正体も分からない疫病が発生し、 どんどん拡大する。 住民は病に怯え、助けを求めるも、 当然山向こうの集落の人間はこちらに来ることを拒んだ。 そんなある時、集落に1人の男が現れ、 未だ茅の輪くぐりが伝わっていなかった集落にこれを広めた。 すると、疫病の流行はこれを境にぴたりと止まる。 茅の輪くぐりは風習として続けられたが、 くぐり終えたあと、変死を遂げる者が続出する。 その死に方が酷いもので、全身に発疹ができ、 悪臭を発しながら皮膚が爛れる。 あるとき変死者の腹を裂くと、 身体の中を無数の虫が食い荒らしていたらしい。 さらに、変死者の誰もが、茅の輪くぐりのあと、 背後におかしなモノを見たと言う。 住民たちはこれを、 病を広めた祟り神の怒りだと考えた。 茅の輪をくぐって振り向くと、 浄化された空間に入れずに怒っている祟り神の姿が見えるらしい。 その姿を見た者は祟りを受け、 不治の病に侵される。 茅の輪は、チガヤを清め、 祈祷を込めて編み込まれている。 引き抜かれ、浄化の力を失ったチガヤは、 茅の輪の内側を狙う祟り神にとって格好の依り代になるらしい。 それに触れたAを救う方法はないそうだ。 B、C、A弟は次の日から高熱を出した。 Sさんは、悪いモノを出し切ったから B、C、A弟はもう大丈夫だと言った。 しかし、私だけは数日経っても何もおきない。 そして、2週間後Aが亡くなった。 私達は物凄いショックを受けた。 友人の死は、 子供にとって大きすぎる出来事だった。 Aは大量の虫を吐いて死んだと、 後に大人たちの会話から漏れ聞いた。 B、C、A弟の熱は3日続いて治ったが、 私達はその後も大人に言われて神社に通った。 私を見る神主さんの目は、 何故か日に日に厳しいものになっていた。 一月が過ぎた頃、 神主さんは私だけを呼び出した。 神主「私(名前)は、ここを出た方が良いかもしれん。 一月様子を見たが、一向に離れる気配がない」 私 「…出るっていうのは?」 神主「君は、茅の輪くぐりの日に振り向いてはいないし、 チガヤに触れてもいないんだな?」 神主「しかし、君が感じたという気配と声だ。 それに、抜けたのだとしたら、 これだけ待って何も起こらないのはおかしい」 清めのあと、 私だけが熱を出さなかったことだろう。 神主「どうやら君は、依り代として祟り神に狙われた。 私では祓えない。 どうすることもできない」 神主「君が憑かれると、きっとこの集落は全滅する。 君ももちろん死ぬだろう…君としてはだが」 神主「遠い土地で、ここを忘れて生活しろ。 それでもいつかは限界がくる。 奴は縁を辿るんだ。 君の延命と、我々のためでもある」 もう何も考えることはできなかった。 私と父は2人きりで東京に移り住んだ。 父は他所の土地の出身、 母は集落の出身だったので、 粘りに粘って父だけが付いてくることを許された。 今思えば、 父はきっと私のために死ぬつもりだったのだろう。 その父が3ヶ月まえに他界した。 昨日、玄関に封筒が落ちていた。 宛名もなければ送り主も書いていない。 中には、思い出したくもない、忘れるはずがない、 真っ黒に染まったあのときのチガヤの穂が入っていた。 これで終わりです。 それだけのことです。 私はきっと見つかってしまいました。 身辺を整理して、 3日後、故郷に帰ろうと思います。 7年ぶりの故郷です。 どうなっているのかは終ぞ分かりません。 連絡もずっと取っていませんでしたから。 ここに越してきてから、 なるべく人とは関わらないようにしていました。 しかし、生きてればまあ、 何らかの縁はあるもので。 神様と結びたくもない最悪な縁を結んでしまったかと思えば、 父の小さな小さな葬儀のとき、 とてもよくしてくれた人がいたり。 なるべくキレイにしてから帰ります。 覚えててもあまり碌なことはないと思うので、 まあそこそこにして流してください。

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禁后(パンドラ)1/7

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禁后 -パンドラ 私の故郷に伝わっていた「禁后」というものにまつわる話です。 どう読むのかは最後までわかりませんでしたが、私たちの間では「パンドラ」と呼ばれていました。 私が生まれ育った町は静かでのどかな田舎町でした。 目立った遊び場などもない寂れた町だったのですが、一つだけとても目を引くものがありました。 町の外れ、たんぼが延々と続く道にぽつんと建っている一軒の空き家です。 長らく誰も住んでいなかったようでかなりボロく、古くさい田舎町の中でも一際古さを感じさせるような家でした。 それだけなら単なる古い空き家…で終わりなのですが、目を引く理由がありました。 一つは両親など町の大人達の過剰な反応。 その空き家の話をしようとするだけで厳しく叱られ、時にはひっぱたかれてまで怒られることもあったぐらいです。 どの家の子供も同じで、私もそうでした。 もう一つは、その空き家にはなぜか玄関が無かったということ。 窓やガラス戸はあったのですが、出入口となる玄関が無かったのです。 以前に誰かが住んでいたとしたら、どうやって出入りしていたのか?わざわざ窓やガラス戸から出入りしてたのか? そういった謎めいた要素が興味をそそり、いつからか勝手に付けられた「パンドラ」という呼び名も相まって、当時の子供達の一番の話題になっていました。 この時点では「禁后」というものについてまだ何も知りません。 私を含め大半の子は何があるのか調べてやる!と探索を試みようとしていましたが、普段その話をしただけでも親達があんなに怒るというのが身に染みていたため、なかなか実践できずにいました。 場所自体は子供だけでも難なく行けるし、人目もありません。 たぶん、みんな一度は空き家の目の前まで来てみたことがあったと思います。 しばらくはそれで雰囲気を楽しみ、何事もなく過ごしていました。 私が中学にあがってから何ヵ月か経った頃、ある男子がパンドラの話に興味を持ち、ぜひ見てみたいと言いだしました。 名前はAとします。 A君の家はお母さんがもともとこの町の出身で、他県に嫁いでいったそうですが、離婚を機に実家であるお祖母ちゃんの家に戻ってきたとのこと。 A君自身はこの町は初めてなので、パンドラの話も全く知らなかったようです。 その当時私と仲の良かったB君・C君・D子の内、B君とC君が彼と親しかったので自然と私達の仲間内に加わっていました。 五人で集まってたわいのない会話をしている時、私達が当たり前のようにパンドラという言葉を口にするので、気になったA君がそれに食い付いたのでした。 「うちの母ちゃんとばあちゃんもここの生まれだけど、その話聞いたらオレも怒られんのかな?」 「怒られるなんてもんじゃねえぜ? うちの父ちゃん母ちゃんなんか本気で殴ってくるんだぞ!」 「うちも。 意味わかんないよね」 A君にパンドラの説明をしながら、みんな親への文句を言い始めます。 ひととおり説明し終えると、一番の疑問である「空き家に何があるのか」という話題になりました。 「そこに何があるかってのは誰も知らないの?」 「知らない。 入ったことないし聞いたら怒られるし。 知ってんのは親達だけなんじゃないか?」 「だったらさ、何を隠してるのかオレたちで突き止めてやろうぜ!」 Aは意気揚揚と言いました。 親に怒られるのが嫌だった私と他の三人は最初こそ渋っていましたが、Aのノリにつられたのと、今までそうしたくともできなかったうっぷんを晴らせるということで、結局みんな同意します。 その後の話し合いで、いつも遊ぶ時によくついてくるDの妹も行きたいという事になり、六人で日曜の昼間に作戦決行となりました。 当日、わくわくした面持ちで空き家の前に集合、なぜか各自リュックサックを背負ってスナック菓子などを持ち寄り、みんな浮かれまくっていたのを覚えています。 前述のとおり、問題の空き家はたんぼに囲まれた場所にぽつんと建っていて、玄関がありません。 二階建の家ですが窓まで昇れそうになかったので、中に入るには一階のガラス戸を割って入るしかありませんでした。 「ガラスの弁償ぐらいなら大した事ないって」 そう言ってA君は思いっきりガラスを割ってしまい、中に入っていきました。 何もなかったとしてもこれで確実に怒られるな…と思いながら、みんなも後に続きます。 そこは居間でした。 左側に台所、正面の廊下に出て左には浴室と突き当たりにトイレ、右には二階への階段と、本来玄関であろうスペース。 昼間ということもあり明るかったですが、玄関が無いせいか廊下のあたりは薄暗く見えました。 古ぼけた外観に反して中は予想より綺麗…というより何もありません。 家具など物は一切なく、人が住んでいたような跡は何もない。 居間も台所もかなり広めではあったもののごく普通。 「何もないじゃん」 「普通だな~何かしら物が残ってるんだと思ってたのに。 」 何もない居間と台所をあれこれ見ながら、男三人はつまらなそうに持ってきたお菓子をボリボリ食べ始めました。 「てことは、秘密は二階かな」 私とD子はD妹の手を取りながら二階に向かおうと廊下に出ます。 しかし、階段は…と廊下に出た瞬間、私とD子は心臓が止まりそうになりました。 左にのびた廊下には途中で浴室があり突き当たりがトイレなのですが、その間くらいの位置に鏡台が置かれ、真前につっぱり棒のようなものが立てられていました。 そして、その棒に髪がかけられていたのです。 どう表現していいかわからないのですが、カツラのように髪型として形を成したものというか、ロングヘアの女性の後ろ髪がそのままそこにあるという感じです。 伝わりにくかったらごめんなさい 位置的にも、平均的な身長なら大体その辺に頭がくるだろうというような位置で棒の高さが調節してあり、まるで「女が鏡台の前で座ってる」のを再現したみたいな光景。 一気に鳥肌が立ち 「何何!?何なのこれ!?」 と軽くパニックの私とD子。 何だ何だ?と廊下に出てきた男三人も意味不明な光景に唖然。 D妹だけが、あれなぁに?ときょとんとしていました。 「なんだよあれ?本物の髪の毛か?」 「わかんない。 触ってみるか?」 A君とB君はそんな事を言いましたが、C君と私達は必死で止めました。 「やばいからやめろって!気持ち悪いし絶対何かあるだろ!」 「そうだよ、やめなよ!」 どう考えても異様としか思えないその光景に恐怖を感じ、ひとまずみんな居間に引っ込みます。 居間からは見えませんが、廊下の方に視線をやるだけでも嫌でした。 「どうする…?廊下通んないと二階行けないぞ」 「あたしやだ。 あんなの気持ち悪い」 「オレもなんかやばい気がする」 C君と私とD子の三人はあまりに予想外のものを見てしまい、完全に探索意欲を失っていました。 「あれ見ないように行けばだいじょぶだって。 二階で何か出てきたって階段降りてすぐそこが出口だぜ?しかもまだ昼間だぞ?」 AB両人はどうしても二階を見たいらしく、引け腰の私達三人を急かします。 「そんな事言ったって…」 私達が顔を見合わせどうしようかと思った時、はっと気付きました。 D妹がいないのです。 私達は唯一の出入口であるガラス戸の前にいたので、外に出たという事はありえません。 広めといえど居間と台所は一目で見渡せます。 その場にいるはずのD妹がいないのです。 「おい、もしかして上に行ったんじゃ…」 その一言に全員が廊下を見据えました。 「やだ!なんで!?何やってんのあの子!?」 D子が涙目になりながら叫びます。 「落ち着けよ!とにかく二階に行くぞ!」 さすがに怖いなどと言ってる場合でもなく、すぐに廊下に出て階段を駆け上がっていきました。 階段を上り終えると、部屋が二つありました。 どちらもドアは閉まっています。 まずすぐ正面のドアを開けました。 その部屋は外から見たときに窓があった部屋です。 中にはやはり何もなく、D妹の姿もありません。 「あっちだな」 私達はもう一方のドアに近付き、ゆっくりとドアを開けました。 D妹はいました。 ただ、私達は言葉も出せずその場で固まりました。 その部屋の中央には、下にあるのと全く同じものがあったのです。 鏡台とその真前に立てられた棒、そしてそれにかかった長い後ろ髪。 異様な恐怖に包まれ、全員茫然と立ち尽くしたまま動けませんでした。 「ねえちゃん、これなぁに?」 不意にD妹が言い、次の瞬間とんでもない行動をとりました。 彼女は鏡台に近付き、三つある引き出しの内、一番上の引き出しを開けたのです。 「これなぁに?」 D妹がその引き出しから取り出して私達に見せたもの… それは筆のようなもので「禁后」と書かれた半紙でした。 意味がわからずD妹を見つめるしかない私達。 この時、どうしてすぐに動けなかったのか、今でもわかりません。 D妹は構わずその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取り出しました。 全く同じもの、「禁后」と書かれた半紙です。 もう何が何だかわからず、私はがたがたと震えるしか出来ませんでしたが、D子が我に返りすぐさま妹に駆け寄りました。 D子ももう半泣きになっています。 「何やってんのあんたは!」 妹を厳しく怒鳴りつけ、半紙を取り上げると引き出しを開け、しまおうとしました。 この時、D妹が半紙を出した後すぐに二段目の引き出しを閉めてしまっていたのが問題でした。 慌てていたのかD子は二段目ではなく三段目、一番下の引き出しを開けたのです。 ガラッと引き出しを開けたとたん、D子は中を見つめたまま動かなくなりました。 黙ってじっと中を見つめたまま、微動だにしません。 「ど、どうした!?何だよ!?」 ここでようやく私達は動けるようになり、二人に駆け寄ろうとした瞬間、ガンッ!!と大きな音をたてD子が引き出しを閉めました。 そして肩より長いくらいの自分の髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしたのです。 「お、おい?どうしたんだよ!?」 「D子?しっかりして!」 みんなが声をかけても反応が無い。 ただひたすら、自分の髪をしゃぶり続けている。 その行動に恐怖を感じたのかD妹も泣きだし、ほんとうに緊迫した状況でした。 「おい!どうなってんだよ!?」 「知らねえよ!何なんだよこれ!?」 「とにかく外に出てうちに帰るぞ!ここにいたくねえ!」 D子を三人が抱え、私はD妹の手を握り急いでその家から出ました。 その間もD子はずっと髪をびちゃびちゃとしゃぶっていましたが、どうしていいかわからず、とにかく大人のところへ行かなきゃ!という気持ちでした。 その空き家から一番近かった私の家に駆け込み、大声で母を呼びました。 泣きじゃくる私とD妹、汗びっしょりで茫然とする男三人、そして奇行を続けるD子。 どう説明したらいいのかと頭がぐるぐるしていたところで、声を聞いた母が何事かと現われました。 「お母さぁん!」 泣きながらなんとか事情を説明しようとしたところで母は私と男三人を突然ビンタで殴り、怒鳴りつけました。 「あんた達、あそこへ行ったね!?あの空き家へ行ったんだね!?」 普段見たこともない形相に私達は必死に首を縦に振るしかなく、うまく言葉を発せませんでした。 「あんた達は奥で待ってなさい。 すぐみんなのご両親達に連絡するから。 」 そう言うと母はD子を抱き抱え、二階へ連れていきました。 私達は言われた通り、私の家の居間でただぼーっと座り込み、何も考えられませんでした。 それから一時間ほどはそのままだっと思います。 みんなの親たちが集まってくるまで、母もD子も二階から降りてきませんでした。 親達が集まった頃にようやく母だけが居間に来て、ただ一言、「この子達があの家に行ってしまった」と言いました。 親達がざわざわとしだし、みんなが動揺したり取り乱したりしていました。 「お前ら!何を見た!?あそこで何を見たんだ!?」 それぞれの親達が一斉に我が子に向かって放つ言葉に、私達は頭が真っ白で応えられませんでしたが、何とかA君とB君が懸命に事情を説明しました。 「見たのは鏡台と変な髪の毛みたいな…あとガラス割っちゃって…」 「他には!?見たのはそれだけか!?」 「あとは…何かよくわかんない言葉が書いてある紙…」 その一言で急に場が静まり返りました。 と同時に二階からものすごい悲鳴。 私の母が慌てて二階に上がり数分後、母に抱えられて降りてきたのはD子のお母さんでした。 まともに見れなかったぐらい涙でくしゃくしゃでした。 「見たの…?D子は引き出しの中を見たの!?」 D子のお母さんが私達に詰め寄りそう問い掛けます。 「あんた達、鏡台の引き出しを開けて中にあるものを見たか?」 「二階の鏡台の三段目の引き出しだ。 どうなんだ?」 他の親達も問い詰めてきました。 「一段目と二段目は僕らも見ました…三段目は…D子だけです…」 言い終わった途端、D子のお母さんがものすごい力で私達の体を掴み 「何で止めなかったの!?あんた達友達なんでしょう!?何で止めなかったのよ!?」 と叫びだしたのです。 D子のお父さんや他の親達が必死で押さえ 「落ち着け!」 「奥さんしっかりして!」 となだめようとし、しばらくしてやっと落ち着いたのか、D妹を連れてまた二階へ上がっていってしまいました。 そこでいったん場を引き上げ、私達四人はB君の家に移りB君の両親から話を聞かされました。 「お前達が行った家な、最初から誰も住んじゃいない。 あそこはあの鏡台と髪の為だけに建てられた家なんだ。 オレや他の親御さん達が子供の頃からあった。 あの鏡台は実際に使われていたもの、髪の毛も本物だ。 それから、お前達が見たっていう言葉。 この言葉だな?」 そういってB君のお父さんは紙とペンを取り、「禁后」と書いて私達に見せました。 「うん…その言葉だよ」 私達が応えると、B君のお父さんはくしゃっと丸めたその紙をごみ箱に投げ捨て、そのまま話を続けました。 「これはな、あの髪の持ち主の名前だ。 読み方は知らないかぎりまず出てこないような読み方だ お前達が知っていいのはこれだけだ。 金輪際あの家の話はするな。 近づくのもダメだ。 わかったな?とりあえず今日はみんなうちに泊まってゆっくり休め。 」 そう言って席を立とうとしたB君のお父さんにB君は意を決したようにこう聞きました。 「D子はどうなったんだよ!?あいつは何であんな…」 と言い終わらない内にB君のお父さんが口を開きました。 「あの子の事は忘れろ。 もう二度と元には戻れないし、お前達とも二度と会えない。 それに…」 B君のお父さんは少し悲しげな表情で続けました。 「お前達はあの子のお母さんからこの先一生恨まれ続ける。 今回の件で誰かの責任を問う気はない。 だが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ?お前達はもうあの子に関わっちゃいけないんだ」 そう言って、B君のお父さんは部屋を出ていってしまった。 私達は何も考えられなかった。 その後どうやって過ごしたかもよくわからない。 本当に長い1日でした。 それからしばらくは普通に生活していました。 翌日から私の親もA達の親も一切この件に関する話はせず、D子がどうなったかもわかりません。 学校には一身上の都合となっていたようですが、一ヵ月程してどこかへ引っ越してしまったそうです。 また、あの日私達以外の家にも連絡が行ったらしく、あの空き家に関する話は自然と減っていきました。 ガラス戸などにも厳重な対策が施され中に入れなくなったとも聞いています。 私やA達はあれ以来一度もあの空き家に近づいておらず、D子の事もあってか疎遠になっていきました。 高校も別々でしたし、私も三人も町を出ていき、それからもう十年以上になります。 ここまで下手な長文に付き合ってくださったのに申し訳ないのですが、結局何もわからずじまいです。 ただ、最後に… 私が大学を卒業した頃ですが、D子のお母さんから私の母宛てに手紙がありました。 内容はどうしても教えてもらえなかったのですが、その時の母の言葉が意味深だったのが今でも引っ掛かっています。 「母親ってのは最後まで子供の為に隠し持ってる選択があるのよ。 もし、ああなってしまったのがあんただったとしたら、私もそれを選んでたと思うわ。 それが間違った答えだとしてもね」 スポンサーリンク 代々、母から娘へと三つの儀式が受け継がれていたある家系にまつわる話。 まずはその家系について説明します。 その家系では娘は母の「所有物」とされ、娘を「材料」として扱うある儀式が行われていました。 母親は二人または三人の女子を産み、その内の一人を「材料」に選びます。 男子が生まれる可能性もあるはずですが、その場合どうしていたのかはわかりません 選んだ娘には二つの名前を付け、一方は母親だけが知る本当の名として生涯隠し通されます。 万が一知られた時の事も考え、本来その字が持つものとは全く違う読み方が当てられるため、字が分かったとしても読み方は絶対に母親しか知り得ません。 母親と娘の二人きりだったとしても、決して隠し名で呼ぶ事はありませんでした。 忌み名に似たものかも知れませんが、「母の所有物」であることを強調・証明するためにしていたそうです。 また、隠し名を付けた日に必ず鏡台を用意し、娘の10、13、16歳の誕生日以外には絶対にその鏡台を娘に見せないという決まりもありました。 これも、来たるべき日のための下準備でした。 本当の名を誰にも呼ばれることのないまま、「材料」としての価値を上げるため、幼少時から母親の「教育」が始まります。 選ばれなかった方の娘はごく普通に育てられていきます 例えば… ・猫、もしくは犬の顔をバラバラに切り分けさせる ・しっぽだけ残した胴体を飼う 娘の周囲の者が全員、これを生きているものとして扱い、娘にそれが真実であると刷り込ませていったそうです ・猫の耳と髭を使った呪術を教え、その呪術で鼠を殺す ・蜘蛛を細かく解体させ、元の形に組み直させる ・糞尿を食事に 自分や他人のもの など。 全容はとても書けないのでほんの一部ですが、どれもこれも聞いただけで吐き気をもよおしてしまうようなものばかりでした。 中でも動物や虫、特に猫に関するものが全体の3分の1ぐらいだったのですが、これは理由があります。 この家系では男と関わりを持つのは子を産むためだけであり、目的数の女子を産んだ時点で関係が断たれるのですが、条件として事前に提示したにも関わらず、家系や呪術の秘密を探ろうとする男も中にはいました。 その対応として、ある代からは男と交わった際に呪術を使って憑きものを移すようになったのです。 それによって自分達が殺した猫などの怨念は全て男の元へ行き、関わった男達の家で憑きもの筋のように災いが起こるようになっていたそうです。 そうする事で、家系の内情には立ち入らないという条件を守らせていました。 こうした事情もあって、猫などの動物を「教育」によく使用していたのです。 「材料」として適した歪んだ常識、歪んだ価値観、歪んだ嗜好などを形成させるための異常な「教育」は代々の母娘間で13年間も続けられます。 その間で三つの儀式の内の二つが行われます。 一つは10歳の時、母親に鏡台の前に連れていかれ、爪を提供するように指示されます。 ここで初めて、娘は鏡台の存在を知ります。 両手両足からどの爪を何枚提供するかはそれぞれの代の母親によって違ったそうです。 提供するとはもちろん剥がすという意味です。 自分で自分の爪を剥がし母親に渡すと、鏡台の三つある引き出しの内、一番上の引き出しに爪と娘の隠し名を書いた紙を一緒に入れます。 そしてその日は一日中、母親は鏡台の前に座って過ごすのです。 これが一つ目の儀式。 もう一つは13歳の時、同様に鏡台の前で歯を提供するように指示されます。 これも代によって数が違います。 自分で自分の歯を抜き、母親はそれを鏡台の二段目、やはり隠し名を書いた紙と一緒にしまいます。 そしてまた一日中、母親は鏡台の前で座って過ごします。 これが二つ目の儀式です。 この二つの儀式を終えると、その翌日~16歳までの三年間は「教育」が全く行われません。 突然、何の説明もなく自由が与えられるのです。 これは13歳までに全ての準備が整ったことを意味していました。 この頃には、すでに母親が望んだとおりの生き人形のようになってしまっているのがほとんどですが、わずかに残されていた自分本来の感情からか、ごく普通の女の子として過ごそうとする娘が多かったそうです。 そして三年後、娘が16歳になる日に最後の儀式が行われます。 最後の儀式、それは鏡台の前で母親が娘の髪を食べるというものでした。 食べるというよりも、体内に取り込むという事が重要だったそうです。 丸坊主になってしまうぐらいのほぼ全ての髪を切り、鏡台を見つめながら無我夢中で口に入れ飲み込んでいきます。 娘はただ茫然と眺めるだけ。 やがて娘の髪を食べ終えると、母親は娘の本当の名を口にします。 娘が自分の本当の名を耳にするのはこの時が最初で最後でした。 これでこの儀式は完成され、目的が達成されます。 この翌日から母親は四六時中自分の髪をしゃぶり続ける廃人のようになり、亡くなるまで隔離され続けるのです。 廃人となったのは文字通り母親の脱け殻で、母親とは全く別のものです。 そこにいる母親はただの人型の風船のようなものであり、母親の存在は誰も見たことも聞いたこともない誰も知り得ない場所に到達していました。 これまでの事は全て、その場所へ行く資格 神格? を得るためのものであり、最後の儀式によってそれが得られるというものでした。 その未知なる場所ではそれまで同様にして資格を得た母親たちが暮らしており、決して汚れることのない楽園として存在しているそうです。 最後の儀式で資格を得た母親はその楽園へ運ばれ、後には髪をしゃぶり続けるだけの脱け殻が残る…そうして新たな命を手にするのが目的だったのです。 残された娘は母親の姉妹によって育てられていきます。 一人でなく二~三人産むのはこのためでした。 母親がいなくなってしまった後、普通に育てられてきた母親の姉妹が娘の面倒を見るようにするためです。 母親から解放された娘は髪の長さが元に戻る頃に男と交わり、子を産みます。 そして、今度は自分が母親として全く同じ事を繰り返し、母親が待つ場所へと向かうわけです。 ここまでがこの家系の説明です。 もっと細かい内容もあったのですが、二度三度の投稿でも収まる量と内容じゃありませんでした。 なるべく分かりやすいように書いたのですが、今回は本当に分かりづらい読みづらい文章だと思います。 申し訳ありません。 本題はここからですので、ひとまず先へ進みます。 実は、この悪習はそれほど長く続きませんでした。 徐々にこの悪習に疑問を抱くようになっていったのです。 それがだんだんと大きくなり、次第に母娘として本来あるべき姿を模索するようになっていきます。 家系としてその姿勢が定着していくに伴い、悪習はだんだん廃れていき、やがては禁じられるようになりました。 ただし、忘れてはならない事であるとして、隠し名と鏡台の習慣は残す事になりました。 隠し名は母親の証として、鏡台は祝いの贈り物として受け継いでいくようにしたのです。 少しずつ周囲の住民達とも触れ合うようになり、夫婦となって家庭を築く者も増えていきました。 そうしてしばらく月日が経ったある年、一人の女性が結婚し妻となりました。 八千代という女性です。 悪習が廃れた後の生まれである母の元で、ごく普通に育ってきた女性でした。 周囲の人達からも可愛がられ平凡な人生を歩んできていましたが、良き相手を見つけ、長年の交際の末の結婚となったのです。 彼女は自分の家系については母から多少聞かされていたので知っていましたが、特に関心を持った事はありませんでした。 妻となって数年後には娘を出産、貴子と名付けます。 母から教わった通り隠し名も付け、鏡台も自分と同じものを揃えました。 そうして幸せな日々が続くと思われていましたが、娘の貴子が10歳を迎える日に異変が起こりました。 その日、八千代は両親の元へ出かけており、家には貴子と夫だけでした。 用事を済ませ、夜になる頃に八千代が家に戻ると、信じられない光景が広がっていました。 何枚かの爪が剥がされ、歯も何本か抜かれた状態で貴子が死んでいたのです。 家の中を見渡すと、しまっておいたはずの貴子の隠し名を書いた紙が床に落ちており、剥がされた爪と抜かれた歯は貴子の鏡台に散らばっていました。 夫の姿はありません。 何が起こったのかまったく分からず、娘の体に泣き縋るしか出来ませんでした。 異変に気付いた近所の人達がすぐに駆け付けるも、八千代はただずっと貴子に泣き縋っていたそうです。 状況が飲み込めなかった住民達はひとまず八千代の両親に知らせる事にし、何人かは八千代の夫を探しに出ていきました。 この時、八千代を一人にしてしまったのです。 その晩のうちに、八千代は貴子の傍で自害しました。 住民達が八千代の両親に知らせたところ、現場の状況を聞いた両親は落ち着いた様子でした。 「想像はつく。 八千代から聞いていた儀式を試そうとしたんだろ。 八千代には詳しく話したことはないから、断片的な情報しか分からんかったはずだが、貴子が10歳になるまで待っていやがったな。 」 と言って、八千代の家へ向かいました。 八千代の家に着くと、さっきまで泣き縋っていた八千代も死んでいる…住民達はただ愕然とするしかありませんでした。 八千代の両親は終始落ち着いたまま 「わしらが出てくるまで誰も入ってくるな」 と言い、しばらく出てこなかったそうです。 数時間ほどして、やっと両親が出てくると 「二人はわしらで供養する。 夫は探さなくていい。 理由は今に分かる。 」 と住民達に告げ、その日は強引に解散させました。 それから数日間、夫の行方はつかめないままだったのですが、程なくして八千代の家の前で亡くなっているのが見つかりました。 口に大量の長い髪の毛を含んで死んでいたそうです。 どういう事かと住民達が八千代の両親に尋ねると 「今後八千代の家に入ったものはああなる。 そういう呪いをかけたからな。 あの子らは悪習からやっと解き放たれた新しい時代の子達なんだ。 こうなってしまったのは残念だが、せめて静かに眠らせてやってくれ。 」 と説明し、八千代の家をこのまま残していくように指示しました。 これ以来、二人への供養も兼ねて、八千代の家はそのまま残される事となったそうです。 家のなかに何があるのかは誰も知りませんでしたが、八千代の両親の言葉を守り、誰も中を見ようとはしませんでした。 そうして、二人への供養の場所として長らく残されていたのです。 以上で話は終わりです。 最後に鏡台の引き出しに入っているものについて。 空き家には一階に八千代の鏡台、二階に貴子の鏡台があります。 八千代の鏡台には一段目は爪、二段目は歯が、隠し名を書いた紙と一緒に入っています。 貴子の鏡台は一、二段目とも隠し名を書いた紙だけです。 八千代が「紫逅」、貴子が「禁后」です。 そして問題の三段目の引き出しですが、中に入っているのは手首だそうです。 八千代の鏡台には八千代の右手と貴子の左手、貴子の鏡台には貴子の右手と八千代の左手が、指を絡めあった状態で入っているそうです。 もちろん、今現在どんな状態になっているのかはわかりませんが。 D子とE君はそれを見てしまい、異常をきたしてしまいました。 厳密に言うと、隠し名と合わせて見てしまったのがいけなかったという事でした。 「紫逅」は八千代の母が、「禁后」は八千代が実際に書いたものであり、三段目の引き出しの内側にはそれぞれの読み方がびっしりと書かれているそうです。 空き家は今もありますが、今の子供達にはほとんど知られていないようです。 娯楽や誘惑が多い今ではあまり目につく存在ではないのかも知れません。 地域に関してはあまり明かせませんが、東日本ではないです。 それから、D子のお母さんの手紙についてですが、これは控えさせていただきます。 D子とお母さんはもう亡くなられていると知らされましたので、私の口からは何もお話出来ません。 その後、老朽化などの理由でどうしても取り壊すことになった際、初めて中に何があるかを住民達は知りました。 そこにあったのは私達が見たもの、あの鏡台と髪でした。 八千代の家は二階がなかったので、玄関を開けた目の前に並んで置かれていたそうです。 八千代の両親がどうやったのかはわかりませんが、やはり形を成したままの髪でした。 これが呪いであると悟った住民達は出来るかぎり慎重に運び出し、新しく建てた空き家の中へと移しました。 この時、誤って引き出しの中身を見てしまったそうですが、何も起こらなかったそうです。 これに関しては、供養をしていた人達だったからでは?という事になっています。 空き家は町から少し離れた場所に建てられ、玄関がないのは出入りする家ではないから、窓・ガラス戸は日当たりや風通しなど供養の気持ちからだという事でした。 こうして誰も入ってはいけない家として町全体で伝えられていき、大人達だけが知る秘密となったのです。 ここまでが、あの鏡台と髪の話です。 鏡台と髪は八千代と貴子という母娘のものであり、言葉は隠し名として付けられた名前でした。 ここから最後の話になります。 空き家が建てられて以降、中に入ろうとする者は一人もいませんでした。 前述の通り、空き家へ移る際に引き出しの中を見てしまったため、中に何があるかが一部の人達に伝わっていたからです。 私達の時と同様、事実を知らない者に対して過剰に厳しくする事で、何も起こらないようにしていました。 ところが、私達の親の間で一度だけ事が起こってしまったそうです。 前回の投稿で私と一緒に空き家へ行ったAの家族について、少しふれたのを覚えていらっしゃるでしょうか。 Aの祖母と母がもともと町の出身であり、結婚して他県に住んでいたという話です。 これは事実ではありませんでした。 子供の頃に、Aの母とBの両親、そしてもう一人男の子 Eとします を入れた四人であの空き家へ行ったのです。 私達とは違って夜中に家を抜け出し、わざわざハシゴを持参して二階の窓から入ったそうです。 窓から入った部屋には何もなく、やはり期待を裏切られたような感じでガクッとし、隣にある部屋へ行きました。 そこであの鏡台と髪を見て、夜中という事もあり凄まじい恐怖を感じます。 ところが四人のうちA母はかなり肝が据わっていたようで、怖がる三人を押し退けて近づいていき、引き出しを開けようとさえしたそうです。 さすがに三人も必死で止め、その場は治まりますが、問題はその後に起こりました。 その部屋を出て恐る恐る階段を降りるとまたすぐに恐怖に包まれます。 廊下の先にある鏡台と髪。 この時点で三人はもう帰ろうとしますが、A母が問題を引き起こしてしまいました。 私達の時のD妹のように引き出しを開け中のものを出したのです。 A母が取り出したのは一階の鏡台の一段目の引き出しの中の「紫逅」と書かれた紙で、何枚かの爪も入っていたそうです。 さすがにやばいものでは、と感じた三人はA母を無理矢理引っ張り、紙を元に戻して帰ろうとしますが、じたばたしてるうちに棒から髪が落ちてしまったそうです。 空き家の中で最も異様な雰囲気であるその髪にA母も触れる勇気はなく、四人はそのままにして帰ってきてしまいました。 それから二、三日はそのまま放っておいたらしいですが、親にバレたら…という気持ちがあったので、元に戻しに行く事になります。 B両親はどうしても都合があわなかったため、A母とE君の二人で行く事になりました。 夜中に抜け出し、ハシゴを使って二階から入ります。 階段を降り、家から持ってきた箸で髪を掴んで何とか棒に戻しました。 さぁ早く帰ろうとE君は急かしましたが、ホッとしたのかA母はE君を怖がらせようと思い、今度は二段目の引き出しを開けたのです。 「紫逅」と書かれた紙と何本かの歯が入っていました。 あまりの恐怖にE君は取り乱し泣きそうになっていたのですが、A母はこれを面白がってしまい、E君にだけ中が見えるような態勢で三段目の引き出しを開けたそうです。 E君が引き出しの中を見たのはほんの数秒ほどでした。 何があった~?とA母が覗き込もうとした瞬間、ガンッ!!と引き出しを閉め、ぼーっとしたまま動かなくなりました。 A母はE君が仕返しにふざけてるんだと思ったのですが、何か異常な空気を感じ、突然怖くなって一人で帰ってしまったのです。 家に着いてすぐに母親に事情を話すと、母親の顔色が変わり異様な事態となりました。 E君の両親などに連絡し、親達がすぐに空き家へ向かいます。 数十分ぐらいして、家で待っていたA母は親達に抱えられて帰ってきたE君を少しだけ見ました。 何かを頬張っているようで、口元からは長い髪の毛が何本も見えていたそうです。 この後B両親も呼び出され、親も交えて話したそうですが、E君の両親は三人に何も言いませんでした。 ただ、言葉では表せないような表情でずっとA母を睨み付けていたそうです。 この後、三人はあの空き家にまつわる話を聞かされました。 E君の事に関しては、私達に言ったのと全く同じ事を言われたようでした。 そして、E君の家族がどこかへ引っ越していくまでの一ヵ月間ぐらいの間、毎日A母の家にE君の両親が訪ねてきていたそうです。 この事でA母は精神的に苦しい状態になり、見かねた母親が他県の親戚のところへ預けたのでした。 その後A母やE君がどうしていたのかはわかりませんが、A母が町に戻ってきたのはE君への償いからだそうです。 禁后 -パンドラを読んだ感想 怖い話を読んだ感想や思った事をを下記欄にコメントしよう。

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