こく し ぼう 弟。 まんが王国|無料漫画・電子コミックが3000作品以上!

ぼうぎれ を ドイツ語

こく し ぼう 弟

1,2. (イ) 世 せ 界 かいの 分 ぶん 裂 れつはどのように 深 ふかまっていますか。 (ロ)この 記 き 事 じではどんな 点 てんを 考 かんがえますか。 「 子 こどものころから 不 ふ 公 こう 正 せいばかり 見 みてきました。 それで, 国 くにの 政 せい 治 じ 体 たい 制 せいを 否 ひ 定 ていし, 過 か 激 げきな 思 し 想 そうに 染 そまるようになりました。 何 なん 年 ねんもテロリストの 男 だん 性 せいと 付 つき 合 あっていました」。 こう 述 のべるのは 南 みなみヨーロッパの 姉 し 妹 まいです。 アフリカ 南 なん 部 ぶのある 兄 きょう 弟 だいは 以 い 前 ぜん, 暴 ぼう 力 りょくを 問 もん 題 だい 解 かい 決 けつの 正 せい 当 とうな 手 しゅ 段 だんと 考 かんがえていました。 こう 述 のべています。 「 自 じ 分 ぶんの 部 ぶ 族 ぞくが 最 もっとも 優 すぐれていると 信 しんじていました。 ある 政 せい 党 とうに 入 はいり, 敵 てきを 槍 やりで 殺 ころすよう 教 おしえられました。 自 じ 分 ぶんと 同 おなじ 部 ぶ 族 ぞくでも 他 たの 政 せい 党 とうの 支 し 持 じ 者 しゃは 敵 てきでした」。 中 ちゅう 央 おうヨーロッパに 住 すむある 姉 し 妹 まいはこう 言 いいます。 「 国 こく 籍 せきや 宗 しゅう 教 きょうの 違 ちがう 人 ひとたちを 憎 にくんでいました。 偏 へん 見 けんがありました」。 2 この3 人 にんのような 見 み 方 かたが 世 せ 界 かい 中 じゅうで 広 ひろまっています。 暴 ぼう 力 りょく 的 てきな 独 どく 立 りつ 運 うん 動 どうが 盛 さかんになり, 政 せい 治 じ 的 てきな 分 ぶん 裂 れつが 深 ふかまっています。 多 おおくの 国 くにでは 外 がい 国 こく 人 じんに 対 たいする 敵 てき 意 いも 強 つよまっています。 聖 せい 書 しょの 予 よ 告 こくどおり, 終 おわりの 日 ひの 今 いま, 多 おおくの 人 ひとが「 容 よう 易 いに 合 ごう 意 いしない 者 もの」となっています。 () 世 せ 界 かいがますます 分 ぶん 裂 れつしていく 中 なか,クリスチャンはどうすれば 一 いっ 致 ちを 保 たもてるでしょうか。 イエスが 地 ち 上 じょうにいた 時 ときも, 政 せい 治 じに 関 かんして 様 さま 々 ざまな 意 い 見 けん があり, 分 ぶん 裂 れつが 見 みられました。 イエスはどのように 行 こう 動 どうしたでしょうか。 3つの 点 てんを 考 かんがえましょう。 イエスが 独 どく 立 りつ 運 うん 動 どうにかかわらなかったのはなぜですか。 イエスは,クリスチャンが 政 せい 治 じ 的 てきな 問 もん 題 だいにおいて 中 ちゅう 立 りつを 保 たもつべきことをどのように 教 おしえましたか。 暴 ぼう 力 りょくに 訴 うったえるのが 間 ま 違 ちがっていることをどのように 教 おしえましたか。 3,4. (イ)イエスの 時 じ 代 だいのユダヤ 人 じんは,どんな 政 せい 治 じ 的 てきな 期 き 待 たいを 抱 いだいていましたか。 (ロ)イエスの 弟 で 子 したちは, 周 しゅう 囲 いのユダヤ 人 じんの 見 み 方 かたからどんな 影 えい 響 きょうを 受 うけていましたか。 3 イエスが 良 よい 知 しらせを 伝 つたえていたユダヤ 人 じんの 多 おおくは,ローマからの 独 どく 立 りつを 望 のぞんでいました。 当 とう 時 じ, 熱 ねっ 心 しん 党 とうと 呼 よばれる 国 こっ 家 か 主 しゅ 義 ぎ 的 てきなグループが 人 ひと 々 びとの 独 どく 立 りつ 心 しんをあおっていました。 そのグループには,ガリラヤ 人 じんユダの 考 かんがえに 従 したがう 人 ひとが 大 おお 勢 ぜいいました。 ユダは 偽 にせメシアでした。 ユダヤ 人 じんの 歴 れき 史 し 家 かヨセフスはこう 述 のべています。 「[ユダは] 同 どう 郷 きょうの 者 ものたちを 扇 せん 動 どうして 反 はん 乱 らんを 起 おこした。 彼 かれは,ローマ 人 じんに 貢 みつぎを 支 し 払 はらうことに 同 どう 意 い……する 者 ものは 臆 おく 病 びょう 者 ものだと 言 いって 彼 かれらを 厳 きびしく 非 ひ 難 なんした」。 ユダはローマ 人 じんによって 処 しょ 刑 けいされました。 () 熱 ねっ 心 しん 党 とうの 支 し 持 じ 者 しゃの 中 なかには, 目 もく 標 ひょうを 達 たっ 成 せいするために 暴 ぼう 力 りょくに 訴 うったえる 人 ひとたちもいました。 4 一 いっ 般 ぱんのユダヤ 人 じんも 政 せい 治 じ 的 てきなメシアの 到 とう 来 らいを 待 まちわびていました。 メシアがイスラエルに 栄 えい 誉 よをもたらし,ローマの 圧 あっ 制 せいから 解 かい 放 ほうしてくれることを 期 き 待 たいしていました。 () 彼 かれらはメシアがイスラエルに 王 おう 国 こくを 設 せつ 立 りつすると 信 しんじていました。 そうすれば, 離 り 散 さんしていた 大 おお 勢 ぜいのユダヤ 人 じんは 故 こ 国 こくに 戻 もどれる,と 考 かんがえていました。 バプテストのヨハネもイエスにこう 尋 たずねました。 「あなたが 来 きたるべき 方 かたなのですか。 それとも,わたしたちはほかの 方 かたを 待 まつべきでしょうか」。 ()ヨハネは,ユダヤ 人 じんの 願 ねがいを 実 じつ 現 げんさせる 人 じん 物 ぶつがほかにいるのか 知 しりたかったのかもしれません。 エマオへの 道 みちで, 復 ふっ 活 かつしたイエスに 会 あった 2人 ふたりの 弟 で 子 したちは,メシアに 対 たいする 希 き 望 ぼうが 実 じつ 現 げんしていない,と 述 のべました。 ( を 読 よ む。 )その 後 ご, 使 し 徒 とたちも「 主 しゅよ,あなたは 今 いまこの 時 ときに,イスラエルに 王 おう 国 こくを 回 かい 復 ふくされるのですか」とイエスに 尋 たずねました。 () 5. (イ)ガリラヤの 人 ひと 々 びとがイエスを 王 おうにしようとしたのはなぜですか。 (ロ)イエスは 彼 かれらの 考 かんがえをどのように 正 ただしましたか。 5 ガリラヤの 人 ひと 々 びとがイエスを 王 おうにしたいと 思 おもったのも,そのような 期 き 待 たいを 抱 いだいていたからでしょう。 イエスなら 理 り 想 そう 的 てきな 指 し 導 どう 者 しゃになると 考 かんがえたに 違 ちがいありません。 素 す 晴 ばらしい 話 はなしをし, 病 びょう 気 きを 治 なおし, 食 たべ 物 ものを 与 あたえることのできる 人 じん 物 ぶつです。 イエスは 約 やく5000 人 にんの 男 おとこたちに 食 たべ 物 ものを 与 あたえた 後 のち, 人 ひと 々 びとのそのような 気 き 持 もちを 感 かんじ 取 とりました。 どうしたでしょうか。 「イエスは, 彼 かれらが, 自 じ 分 ぶんを 王 おうにするためとらえに 来 こようとしているのを 知 しり, 再 ふたたび 山 やまの 中 なかにただ 独 ひとりで 退 しりぞかれ[まし]た」。 () 翌 よく 日 じつ,ガリラヤの 海 うみの 対 たい 岸 がんに 集 あつまった 人 ひと 々 びとの 気 き 持 もちは 幾 いくらか 収 おさまっていたことでしょう。 イエスは, 自 じ 分 ぶんの 最 もっとも 大 たい 切 せつな 務 つとめが 何 なにかを 説 せつ 明 めいしました。 イエスが 地 ち 上 じょうに 来 きたのは, 食 たべ 物 ものを 与 あたえるためではなく, 永 えい 遠 えんの 命 いのちを 得 えるのに 必 ひつ 要 ような 事 こと 柄 がらを 教 おしえるためです。 こう 述 のべました。 「 滅 ほろびる 食 しょく 物 もつのためではなく, 永 えい 遠 えんの 命 いのちへとながく 保 たもつ 食 しょく 物 もつのために 働 はたらきなさい」。 () 6. イエスは, 地 ち 上 じょうで 政 せい 治 じ 権 けん 力 りょくを 得 えようとしていなかったことをどのように 明 あきらかにしましたか。 ( 冒 ぼう 頭 とうの 挿 さし 絵 えを 参 さん 照 しょう。 ) 6 イエスが 亡 なくなる 少 すこし 前 まえのことです。 ある 弟 で 子 したちはイエスがエルサレムに 王 おう 国 こくを 設 せつ 立 りつすることを 期 き 待 たいしていました。 それでイエスは ミナに 関 かんする 例 たとえを 話 はなし, 彼 かれらの 考 かんがえを 正 ただしました。 その 例 たとえによると,「 高 こう 貴 きな 生 うまれの 人 ひと」であるイエスはしばらくの 間 あいだ, 旅 りょ 行 こうに 行 いきます。 ()またイエスは,ローマの 総 そう 督 とくポンテオ・ピラトに 対 たいして, 自 じ 分 ぶんが 政 せい 治 じ 的 てきに 中 ちゅう 立 りつであることをはっきり 伝 つたえました。 ピラトはイエスに「あなたはユダヤ 人 じんの 王 おうなのか」と 尋 たずねました。 ()ピラトはイエスが 政 せい 治 じ 的 てきな 混 こん 乱 らんを 引 ひき 起 おこすことを 恐 おそれていたのかもしれません。 イエスは,「わたしの 王 おう 国 こくはこの 世 よのものではありません」と 答 こたえました。 () 政 せい 治 じに 関 かん 与 よするつもりはありませんでした。 天 てんの 王 おう 国 こくで 支 し 配 はいすることになっていたからです。 それでピラトに 対 たいし, 地 ち 上 じょうでの 自 じ 分 ぶんの 務 つとめは「 真 しん 理 りについて 証 あかしすること」であると 述 のべました。 ( を 読 よ む。 ) 世界の様々な問題に気を奪われていますか。 それとも神の王国に思いを向けていますか。 (7節を参照。 ) 7. 独 どく 立 りつ 運 うん 動 どうを 心 こころの 中 なかでも 支 し 持 じしないようにすることが 簡 かん 単 たんではないのはなぜですか。 7 わたしたちも 自 じ 分 ぶんたちの 務 つとめを 理 り 解 かいしていれば, 政 せい 治 じ 的 てきな 独 どく 立 りつ 運 うん 動 どうを 支 し 持 じすることはないでしょう。 心 こころの 中 なかでさえそうしないはずです。 もちろん,それは 簡 かん 単 たんなことではありません。 ある 旅 りょ 行 こうする 監 かん 督 とくはこう 述 のべています。 「この 地 ち 域 いきの 人 ひと 々 びとは,ますます 強 つよい 意 い 見 けんを 持 もつようになっています。 ナショナリズムが 広 ひろがっており, 政 せい 治 じ 的 てきに 独 どく 立 りつすれば 生 せい 活 かつが 良 よくなると 考 かんがえています。 そのような 中 なか, 兄 きょう 弟 だいたちはクリスチャンの 一 いっ 致 ちを 守 まもり, 王 おう 国 こくの 良 よい 知 しらせを 一 いっ 生 しょう 懸 けん 命 めい 伝 つたえています。 神 かみが 不 ふ 公 こう 正 せいを 正 ただし, 様 さま 々 ざまな 問 もん 題 だいを 解 かい 決 けつしてくださることを 確 かく 信 しんしています」。 1 世 せい 紀 きのユダヤ 人 じんはどんな 苦 くるしい 状 じょう 況 きょうに 置 おかれていましたか。 8 社 しゃ 会 かいの 不 ふ 公 こう 正 せいが 政 せい 治 じ 論 ろん 争 そうにつながることは 少 すくなくありません。 イエスの 時 じ 代 だい, 税 ぜい 金 きんが 大 おおきな 政 せい 治 じ 問 もん 題 だいになっていました。 ガリラヤ 人 じんユダが 反 はん 乱 らんを 起 おこしたのは,ローマが 税 ぜいを 徴 ちょう 収 しゅうするため 人 ひと 々 びとに 登 とう 録 ろくを 求 もとめたからです。 ローマの 支 し 配 はい 下 かにあったユダヤ 人 じんは, 商 しょう 品 ひんや 土 と 地 ちや 家 いえなど 様 さま 々 ざまなものに 税 ぜい 金 きんを 課 かされていました。 収 しゅう 税 ぜい 人 にんの 汚 お 職 しょくも 横 おう 行 こうしていました。 収 しゅう 税 ぜい 人 にんは 競 きょう 売 ばいで 収 しゅう 税 ぜい 権 けんを 買 かい, 税 ぜいを 多 おおめに 受 うけ 取 とって 利 り 益 えきを 得 えていたようです。 エリコに 住 すむ 収 しゅう 税 ぜい 人 にんの 長 ちょうザアカイは,お 金 かねをゆすり 取 とって 私 し 腹 ふくを 肥 こやしていました。 () 他 たの 多 おおくの 収 しゅう 税 ぜい 人 にんもそうしていたことでしょう。 9,10. (イ)イエスの 敵 てきたちは,イエスをどのように 政 せい 治 じ 論 ろん 争 そうに 巻 まき 込 こもうとしましたか。 (ロ)イエスの 対 たい 応 おうから 何 なにを 学 まなべますか。 ( 冒 ぼう 頭 とうの 挿 さし 絵 えを 参 さん 照 しょう。 ) 9 イエスの 敵 てきたちは, 税 ぜいの 問 もん 題 だいでイエスをどちら かの 側 がわに 付 つかせようとしました。 これは 巧 こう 妙 みょうなわなでした。 敵 てきたちは「 人 じん 頭 とう 税 ぜい」の 問 もん 題 だいを 持 もち 出 だしました。 ユダヤ 人 じんは 皆 みな,1デナリをローマに 払 はらわなければなりませんでした。 ( を 読 よ む。 )ユダヤ 人 じんは 人 じん 頭 とう 税 ぜいに 不 ふ 満 まんを 抱 いだいていました。 ローマに 支 し 配 はいされていることを 思 おもい 知 しらされたからです。 この 問 もん 題 だいを 持 もち 出 だした「ヘロデの 党 とう 派 は 的 てき 追 つい 随 ずい 者 しゃ」は,イエスがこの 税 ぜいを 払 はらうべきではないと 言 いえばイエスを 扇 せん 動 どう 罪 ざいで 訴 うったえられる,と 考 かんがえたのかもしれません。 逆 ぎゃくに,イエスがこの 税 ぜいを 払 はらうべきだと 言 いえば 人 ひと 々 びとはイエスから 離 はなれていく,と 思 おもったのでしょう。 10 イエスは 税 ぜいの 問 もん 題 だいで 注 ちゅう 意 い 深 ぶかく 中 ちゅう 立 りつを 保 たもち,こう 言 いいました。 「カエサルのものはカエサルに,しかし 神 かみのものは 神 かみに 返 かえしなさい」。 ()イエスは 収 しゅう 税 ぜい 人 にんの 汚 お 職 しょくが 横 おう 行 こうしていることを 知 しっていました。 でも, 政 せい 治 じ 論 ろん 争 そうに 巻 まき 込 こまれて, 大 たい 切 せつな 点 てんを 見 み 失 うしなうことはありませんでした。 問 もん 題 だいを 本 ほん 当 とうに 解 かい 決 けつできるのは 神 かみの 王 おう 国 こくだけであるということです。 わたしたちにとって 優 すぐれた 手 て 本 ほんです。 たとえ 特 とく 定 ていの 主 しゅ 張 ちょうが 正 ただしいように 思 おもえても, 政 せい 治 じ 論 ろん 争 そうに 巻 まき 込 こまれてはなりません。 神 かみの 王 おう 国 こくと 神 かみの 義 ぎを 求 もとめます。 不 ふ 公 こう 正 せいが 見 みられても,ああすべきだとかこうすべきだと 述 のべたりはしません。 心 こころの 中 なかでそう 考 かんがえることもしません。 () 11. 不 ふ 公 こう 正 せいをなくしたいという 気 き 持 もちを,どうすれば 正 ただしい 方 ほう 向 こうに 向 むけられますか。 11 多 おおくの 兄 きょう 弟 だい 姉 し 妹 まいはかつて 政 せい 治 じに 対 たいして 強 つよい 意 い 見 けんを 持 もっていましたが, 見 み 方 かたを 変 かえることができました。 英 えい 国 こくのある 姉 し 妹 まいはこう 言 いいます。 「 大 だい 学 がくで 社 しゃ 会 かい 学 がくを 学 まなび, 急 きゅう 進 しん 的 てきな 見 み 方 かたを 持 もつようになりました。 わたしたち 黒 こく 人 じんの 権 けん 利 りを 擁 よう 護 ごしたいと 思 おもいました。 不 ふ 公 こう 正 せいなことばかり 経 けい 験 けんしていたからです。 議 ぎ 論 ろんで 相 あい 手 てを 打 うち 負 まかすのは 得 とく 意 いでした。 でも 議 ぎ 論 ろんに 勝 かっても 気 き 持 もちは 晴 はれませんでした。 不 ふ 公 こう 正 せいをなくすには 人 ひとの 心 こころから 人 じん 種 しゅ 偏 へん 見 けんを 取 とり 除 のぞく 必 ひつ 要 ようがある,ということに 気 きづいていなかったのです。 聖 せい 書 しょを 学 まなんで,まず 自 じ 分 ぶんの 心 こころを 変 かえなければならないことが 分 わかりました。 わたしを 辛 しん 抱 ぼう 強 づよく 援 えん 助 じょしてくれたのは 白 はく 人 じんの 姉 し 妹 まいです。 今 いまわたしは 手 しゅ 話 わ 会 かい 衆 しゅうで 正 せい 規 き 開 かい 拓 たく 奉 ほう 仕 しを 行 おこない,あらゆる 人 ひとに 良 よい 知 しらせを 伝 つたえています」。 イエスは 弟 で 子 したちにどんな「パン 種 だね」を 避 さけるよう 警 けい 告 こくしましたか。 12 イエスの 時 じ 代 だい, 宗 しゅう 教 きょうは 政 せい 治 じと 結 むすびついていました。 「キリスト 時 じ 代 だいのパレスチナの 日 にち 常 じょう 生 せい 活 かつ」( 英 えい 語 ご)という 本 ほんには,「ユダヤ 人 じんの 宗 しゅう 派 はは 政 せい 党 とうのようなものだった」と 記 しるされています。 イエスは 弟 で 子 したちに「じっと 見 み 張 はっていて,パリサイ 人 びとのパン 種 だねとヘロデのパン 種 だねに 気 きを 付 つけなさい」と 言 いいました。 ()「ヘロデ」とはヘロデの 党 とう 派 は 的 てき 追 つい 随 ずい 者 しゃたちのことでしょう。 パリサイ 人 びとはユダヤ 人 じんがローマから 独 どく 立 りつすることを 支 し 持 じしていました。 マタイの 記 き 述 じゅつによると,イエスはこの 時 とき,サドカイ 人 びとについても 警 けい 告 こくしました。 サドカイ 人 びとはローマの 支 し 配 はいが 続 つづくことを 望 のぞんでいました。 彼 かれらの 多 おおくはローマの 支 し 配 はいのもとで 政 せい 治 じ 権 けん 力 りょくを 得 えていたからです。 イエスは 弟 で 子 したちに,この3つのグループのパン 種 だねつまり 教 おしえを 避 さけるよう 強 つよく 警 けい 告 こくしました。 ()イエスがこの 警 けい 告 こくを 与 あたえたのは, 人 ひと 々 びとが 自 じ 分 ぶんを 王 おうにしようとしてから 間 まもなくのことです。 13,14. (イ) 政 せい 治 じや 宗 しゅう 教 きょうの 問 もん 題 だいは,どのように 暴 ぼう 力 りょくや 不 ふ 公 こう 正 せいにつながりましたか。 (ロ) 不 ふ 公 こう 正 せいを 正 ただそうとして 暴 ぼう 力 りょくに 訴 うったえるべきでないのはなぜですか。 ( 冒 ぼう 頭 とうの 挿 さし 絵 えを 参 さん 照 しょう。 ) 13 宗 しゅう 教 きょうが 政 せい 治 じと 結 むすびつくと, 暴 ぼう 力 りょく 事 じ 件 けんが 生 しょうじ やすくなります。 祭 さい 司 し 長 ちょうたちとパリサイ 人 びとはイエスを 殺 ころそうとしました。 その 理 り 由 ゆうの 一 ひとつは,イエスが 弟 で 子 したちに 中 ちゅう 立 りつを 保 たもつよう 教 おしえたことです。 祭 さい 司 し 長 ちょうたちとパリサイ 人 びとは, 人 ひと 々 びとがイエスの 教 おしえに 従 したがい, 自 じ 分 ぶんたちから 離 はなれていくことを 恐 おそれました。 そうなれば, 政 せい 治 じ 上 じょうの 権 けん 力 りょくや 宗 しゅう 教 きょう 上 じょうの 権 けん 力 りょくを 失 うしなうかもしれません。 こう 述 のべています。 「 彼 かれをこのままほっておけば,みんなが 彼 かれに 信 しん 仰 こうを 持 もつだろう。 そして,ローマ 人 じんたちがやって 来 きて, 我 われ 々 われの 場 ば 所 しょも 国 こく 民 みんも 奪 うばい 去 さってしまうだろう」。 () 大 だい 祭 さい 司 しカヤファは 率 そっ 先 せんしてイエスを 殺 ころす 計 けい 画 かくを 立 たてました。 () 14 カヤファは 夜 や 間 かんに 兵 へい 士 したちを 遣 つかわしてイエスを 捕 とらえようとします。 イエスはその 計 けい 画 かくを 知 しっていたので, 使 し 徒 とたちと 最 さい 後 ごの 食 しょく 事 じをした 時 とき, 剣 つるぎを 手 てに 入 いれるようにと 言 いいました。 使 し 徒 とたちは2 本 ほんの 剣 つるぎを 持 もっていました。 イエスが 大 たい 切 せつなことを 教 おしえるにはそれで 十 じゅう 分 ぶんでした。 ()その 晩 ばん,ペテロは 暴 ぼう 徒 との 一人 ひとりに 剣 つるぎで 襲 おそいかかりました。 夜 や 間 かんにイエスを 捕 とらえるという 不 ふ 公 こう 正 せいに 憤 ふん 慨 がいしたのでしょう。 ()しかしイエスはペテロにこう 言 いいました。 「あなたの 剣 つるぎを 元 もとの 所 ところに 納 おさめなさい。 すべて 剣 つるぎを 取 とる 者 ものは 剣 つるぎによって 滅 ほろびるのです」。 ()この 強 きょう 力 りょくな 教 きょう 訓 くんは,その 晩 ばんイエスが 祈 いのりの 中 なかで 述 のべたことと 調 ちょう 和 わしています。 弟 で 子 したちは 世 よのものになってはならないということです。 ( を 読 よ む。 ) 不 ふ 公 こう 正 せいを 正 ただすために 戦 たたかうのは 神 かみです。 15,16. (イ) 聖 せい 書 しょを 学 まなび, 憎 にくしみを 捨 すてることができた 兄 きょう 弟 だい 姉 し 妹 まいの 例 れいを 挙 あげてください。 (ロ) 今 いまの 世 せ 界 かいには,どんな 対 たい 照 しょう 的 てきな 状 じょう 態 たいが 見 みられますか。 エホバはどう 感 かんじておられるはずですか。 15 冒 ぼう 頭 とうに 出 でてきた 南 みなみヨーロッパの 姉 し 妹 まいも 同 おなじ 教 きょう 訓 くんを 学 まなびました。 こう 述 のべています。 「 暴 ぼう 力 りょくで 不 ふ 公 こう 正 せいを 正 ただせるわけではありません。 かえって 怒 いかりや 憎 にくしみが 募 つのるだけです。 命 いのちを 落 おとす 人 ひとも 大 おお 勢 ぜいいます。 でもわたしは 聖 せい 書 しょを 学 まなんで, 神 かみだけが 世 せ 界 かいを 本 ほん 当 とうに 公 こう 正 せいな 場 ば 所 しょにしてくださることを 知 しりました。 これまで25 年 ねん 間 かん,そのことを 人 ひと 々 びとに 伝 つたえています」。 アフリカ 南 なん 部 ぶの 兄 きょう 弟 だいは 槍 やりを「 霊 れいの 剣 つるぎ」である 神 かみの 言 こと 葉 ばに 持 もち 替 かえ,どの 部 ぶ 族 ぞくの 人 ひとにも 平 へい 和 わのメッセージを 伝 つたえています。 () 中 ちゅう 央 おうヨーロッパの 姉 し 妹 まいはエホバの 証 しょう 人 にんになった 後 のち, 自 じ 分 ぶんがかつて 憎 にくんでいた 民 みん 族 ぞくの 兄 きょう 弟 だいと 結 けっ 婚 こんしました。 3 人 にんともキリストに 倣 ならいたいと 願 ねがい, 考 かんがえ 方 かたを 変 かえることができました。 16 考 かんがえ 方 かたを 変 かえることは 本 ほん 当 とうに 大 たい 切 せつです。 聖 せい 書 しょは 人 じん 類 るいを 激 はげしく 揺 ゆれ 動 うごく 海 うみに 例 たとえています。 そこに 平 へい 和 わはありません。 () 政 せい 治 じ 的 てきな 問 もん 題 だいは 人 ひと 々 びとをかき 乱 みだし, 分 ぶん 裂 れつさせ, 暴 ぼう 力 りょく 行 こう 為 いを 引 ひき 起 おこしています。 しかし,わたしたちクリスチャンは 平 へい 和 わや 一 いっ 致 ちを 保 たもっています。 エホバは, 分 ぶん 裂 れつした 世 せ 界 かいの 中 なかでご 自 じ 分 ぶんの 民 たみが 一 いっ 致 ちしているのを 見 みて,うれしく 思 おもっておられるに 違 ちがいありません。 ( を 読 よ む。 ) 17. (イ)どんな3つの 方 ほう 法 ほうでクリスチャンの 一 いっ 致 ちを 強 つよめることができますか。 (ロ) 次 つぎの 記 き 事 じではどんなことを 考 かんがえますか。 17 この 記 き 事 じでは,クリスチャンの 一 いっ 致 ちを 強 つよめる3つの 方 ほう 法 ほうを 考 かんがえました。 (1) 神 かみの 天 てんの 王 おう 国 こくが 不 ふ 公 こう 正 せいを 正 ただすことを 確 かく 信 しんすること,(2) 政 せい 治 じ 的 てきな 問 もん 題 だいで 中 ちゅう 立 りつを 保 たもつこと,(3) 暴 ぼう 力 りょくを 避 さけることです。 しかし,クリスチャンの 一 いっ 致 ちは 偏 へん 見 けんによって 損 そこなわれることがあります。 次 つぎの 記 き 事 じでは,1 世 せい 紀 きのクリスチャンの 手 て 本 ほんに 注 ちゅう 目 もくし,どのように 偏 へん 見 けんを 克 こく 服 ふくできるかを 考 かんがえます。

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こく し ぼう 弟

下記クリックで好きな項目にジャンプ• 【鬼滅の刃】黒死牟 こくしぼう は嫉妬の化け物? 冒頭で触れた通り、黒死牟は人間時代から実の弟である縁壱に嫉妬心を持っていました。 ここでは簡単に黒死牟の嫉妬にまみれた大まかな描写をまとめました。 子供時代に弟への嫉妬で鼻血を出す 黒死牟の縁壱への嫉妬心が強烈なったのは子供の頃です。 亡くなった母の日記を見て、 縁壱が自分よりも優れている事を自覚したときですね。 その嫉妬は子供とは思えないほど強く、縁壱への憎悪で鼻血を出すほど。 母親が亡くなったことよりも、 縁壱への嫉妬心が優先されて鼻血を出すって相当ヤバいですよね? 黒死牟さんの過去、これは病んでもおかしくないよなー。 見下してた弟が天才だったことと、縁壱が自分の天才っぷりに気づかないのが特に拗れる要因だろう。 強さを求めて妻や子供・家を捨てる 黒死牟は縁壱の強さに嫉妬し、 より強くなるため妻や子供、家を捨てました。 強くなって何かをすると言うよりも「縁壱に負けたくない」という嫉妬心からの行動に見えます。 守るべきものを捨ててまで縁壱の強さに近づこうとする黒死牟の行動には、やはりどこか違和感や恐怖を感じます。 単純な強さというよりも「縁壱の強さ」への執着にも見えます。 縁壱を超えるために鬼になった 縁壱の強さへの嫉妬や執着は黒死牟の大暴走へと繋がっていきます。 縁壱に少しでも近づこうとした黒死牟は、不老不死と言われる鬼になることを選択。 鬼狩りだったのにも関わらず、敵である鬼舞辻無惨の言葉に促されるまま鬼落ちするとは・・・。 一見すると、黒死牟は自分を貫いているようにも見えますが、縁壱へ執着しすぎて完全に自分を見失っている気がしますよね。 関連: 【鬼滅の刃】黒死牟が弟の縁壱を恨む理由を考察 上述したように、黒死牟は縁壱への執着が異常なほど強く、嫉妬心から自分を見失った行動ばかりしていまいます。 ある意味人間臭い行動でもあり、SNSでも黒死牟に共感する人は多いです。 黒死牟さんに共感し過ぎてただの嫉妬に狂ったクズだとは思えない…色んな感情が混ざりに混ざった結果鬼になったんだろうなぁと思うし、鬼になっても報われてないの本当に悲しい…辛い… — 暇人B kai02865310 嫉妬は人間の原動力だよな……。 しかもその嫉妬心は縁壱への憎しみや恨みという形になり、鬼になってからも長年消えることはありませんでした。 なぜ黒死牟は恨みや憎しみを持つほど、縁壱に執着し嫉妬したのでしょうか? 黒死牟が欲しいものを縁壱が全て持っていた 黒死牟が縁壱に嫉妬し憎んだのは、 「黒死牟が欲しかったものを縁壱が全て持っていたから」ではないでしょうか? 「剣技の強さ」「子供の時からの優れた人格」「日の呼吸」など、黒死牟が望んだものを縁壱は幼い頃から手にしていました。 黒死牟が頑張っても手に入れられないものを、弟である縁壱が全て持っていることで兄としてのプライドはズタボロだったはずです。 しかもその望んだものを縁壱は全く欲していないため、その縁壱の態度も憎しみや恨みに変わるきっかけになった可能性は高そう。 黒死牟はプライドが異常に高い 黒死牟は嫉妬の化け物であると同時に、プライドが異常に高い化け物だったのかもしれません。 縁壱に対しても 可哀想と思っているうちは優しかったですが、自分よりも優れていると分かった瞬間に妬み嫉みが湧き出ています。 黒死牟のプライドが高すぎなければ、縁壱を1人の弟として認め憎しみや恨みも感じることはなかった気がします。 黒死牟は消滅するときの回想で 「縁壱になりたかった」と言っていましたよね? 縁壱になれれば常に自分よりも劣っている者ばかりなので、 黒死牟の自己肯定感も満たされると心のどこかで感じでいたのかもしれません。 【鬼滅の刃】黒死牟 こくしぼう が縁壱に嫉妬する理由まとめ 黒死牟は縁壱への嫉妬から鼻血を出し、家族を捨て、鬼落ちした 「嫉妬の化け物」です。 貫禄たっぷりでクールな黒死牟ですが、実は人間臭い部分が多く上弦の陸の獪岳と思考が近い気がしました。 獪岳に血を分けたのも、自分と同じ気配を感じたからかもしれませんね! 関連: 関連:.

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こく し ぼう 弟

スポンサーリンク 【鬼滅の刃】十二鬼月「上弦の壱」 上弦の壱とは鬼の中でも 圧倒的な強さを誇っています。 鬼の中にはランクが作られており「 十二鬼月」と呼ばれている12人の鬼たちが存在しています。 下弦の鬼達は短い間で何回も入れ替わることがありますが、上弦の鬼は100年以上の間ずっとメンバーが変わることがありませんでした。 鬼のランクには、下弦は陸から壱まで、上弦も陸から壱までのクラスがあります。 数字が小さくなるほど鬼の強さは強くなり、一番強いのは上弦の壱です。 その 上弦の壱である黒死牟はとてつもなく恐ろしい強さの鬼であると考えられます。 スポンサーリンク 【鬼滅の刃】「日の呼吸」の使い手? 鬼滅の刃には 呼吸法という大切なものがあります。 『呼吸法』とは、 鬼殺隊の面々が鬼と戦う際に使用する操身術です。 鍛え抜かれた肺により、体の細胞の隅々にまで酸素を行き渡らせることで、身体能力を格段に引き上げることができます。 これを『 全集中の呼吸』と呼び、鬼殺隊士はこの『全集中の呼吸』を応用して、技を繰り出します。 剣士である『柱』は、『水柱』『炎柱』のように使用している呼吸によって呼称が変わります。 現在、鬼殺隊士たちが主に使用している呼吸が 『水の呼吸』『雷の呼吸』『炎の呼吸』『風の呼吸』『岩の呼吸』の5つである。 これらの呼吸から 『花の呼吸』『霞の呼吸』『蟲の呼吸』など、様々な呼吸が派生しています そんな呼吸の中には 「始まりの呼吸」と言われている「日の呼吸」があります。 日の呼吸は今現在の鬼殺隊の隊士たちの中で扱う人間は存在していません。 そのため 最強の呼吸法という事で伝説になっています。 主人公の炭治郎は、なぜか父親の踊っていた舞が日の呼吸の一つの型だった事を知り、技として使うことができるようになりました。 スポンサーリンク 【鬼滅の刃】謎に包まれた黒死牟の過去とは? 黒死牟は鬼になる前になにをしていたのか、また黒死牟はどのような人間だったのか判明していません。 顔の痣はかつて鬼殺隊の隊士の証だとしても、 耳に太陽の紋章の耳飾りが黒死牟にはありません。 見た目は以前の日の呼吸の剣士たちと同じです。 しかし 顔の痣は日の呼吸の剣士が現れると、まわりの他の呼吸の使い手の剣士たちにも出ると言われています。 黒死牟は痣があるので日の呼吸の使い手である剣士がちかくにいたとも考えられます。 何らかの呼吸の使い手であったことは明らかで、鬼殺隊の隊士として戦っていたのかもしれません。 もしかすると今後の物語の中でだんだん過去について明らかになっていくのではないでしょうか。 黒死牟には、 何か鬼殺隊や炭治郎の家族たちと関わりがある事も予想されています。 スポンサーリンク まとめ 上弦の鬼たちの存在は前々から明かされていましたが、黒死牟の素顔や能力などは全く分かりませんでした。 しかし、上弦の鬼最強の 黒死牟とヒノカミ神楽の使い手がよく似ていた事がわかりました。 黒死牟は和服を着ていて、しかも刀を所持していたので、その姿からなんとなく鬼殺隊の隊士を想像してしまいますが、情報は謎に包まれていました。 それに 彼の後ろ姿がヒノカミ神楽の使い手である炭次郎の親父 とよく似ていたのです。 炭治郎の夢の中にもよく似た人物が現れていました。 そんなに強かった黒死牟がなぜ、鬼舞辻無惨に屈してしまい、鬼になってしまったのでしょう。 彼は鬼殺隊の隊士たちと同じように刀を所持していたため、 鬼になる前は鬼狩りをしていたのかもしれません。 今現在も上弦の鬼の中で一番強い鬼なので、鬼になる前の状態でも相当強かったのだと思われます。 黒死牟は、 日の呼吸の使い手で、始まりの呼吸の剣士と何らかの関係があるのではないかということも考えられます。 それから最初の鬼である鬼舞辻無惨をその昔、あと一歩の所まで追い詰めた「 耳飾りの剣士」と、黒死牟はとても良く似ています。 未だにこの「耳飾りの剣士」に怯えるほど、無惨の記憶に刷り込まれているようです。 実際、炭次郎の耳飾りを見た無惨は、態度を急変させて炭次郎に喰ってかかり、その後も異常な執着をみせました。 その後も無惨に「耳飾りの剣士」の記憶が蘇る事から、二人にはかなり深い因縁があるのがわかります。 つまり、最強の鬼狩りが鬼になったのですから、あり得ないほど強いことが想定できますね。 無惨よりも強い可能性があります。 それからもし黒死牟が耳飾りの剣士だとしたら、 耳飾りは「日の呼吸」を伝授された事により炭吉の耳飾りだけ残り、自分の耳飾りは抹消されてしまったのではないでしょうか。 無惨の血により鬼になったという事も考えられるけど、黒死牟が耳飾りの剣士とは同一人物ではない可能性もあるのではないでしょうか。 このように強さや過去、炭治郎との関係などわからないことが多い黒死牟です。 炭治郎や鬼殺隊とどうなっていくのでしょうか。

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