カトリック 中央 協議 会。 バチカンの組織

【カトリック中央協議会】髙見三明大司教 広島と長崎への米軍による原爆投下75周年に当たって

カトリック 中央 協議 会

活動内容 [ ] (WCC)、アジア教会協議会(CCA)および各国の教会協議会(NCC、海外の教会協議会と並記する場合の日本キリスト教協議会の略称はNCCJ)と同様に、キリスト教の神学的潮流を背景とした運動を担い、プロテスタント諸教派とともにも含めている(カトリックは正式加盟していないが、一部の活動には参加している)。 間相互の和解と対話、一致、宣教協力のための活動を行なっている。 ただしは参加していない。 声明の発表 [ ] 2002年(平成14年)1月7日、日本の・夫妻の待望の第一子・長女の誕生の一連のによる報道を『狂騒ともいうべき、異常で過剰な及びへの祝意・賛美の宣伝で埋め尽くされた』と評し『こうした押しつけがましい態度は許されるのか。 天皇・皇太子夫妻・はそれほど特別で偉い存在なのか』として今後、・・が祝意の強制・押しつけを行わないように、と抗議した。 2003年(平成15年)、や(問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会)と「日本は分断の受益国であることを認め、の歴史責任問題を一日も早く解決し、と日本の交渉再開、に対する政策、を中止すべきだ」と共同宣言を発表した。 2004年(平成16年)6月に、日本の国旗「」・国歌「」の強制に反対する声明を発表した。 2010年(平成22年)8月に同協議会委員会が・と共に・(当時)の参拝に対して、を理由に中止を求める共同声明を発表した。 2010年(平成22年)8月13日に韓国キリスト教教会協議会と共同で「韓日強制併合100年 韓国・日本教会共同声明」を発表し、(による)の無効化と日本政府の賠償、に向けた努力等を訴えた。 2011年(平成23年)8月11日、・「建設」募金を開始。 2015年、4月1日、韓国基督教総連合会などの連名で、の世界遺産登録に反対する「日本の帝国支配に関連する世界文化遺産を登録する日本の試みを非難する共同声明」を発表。 2015年10月17日、韓国キリスト教教会協議会と共同声明文を発表。 米国の韓国に対する配置や北朝鮮への制裁を非難し、日本に対しても慰安婦問題に関する真の謝罪と賠償を含めた「正しい歴史認識」 の徹底を求めた。 同年8月31日には、「現政府の『札束で相手の頬を打つ』手法がここにも表れている。 『少女像』に込められた被害女性たちの人生の傷がこんな方法で癒されるはずがない。 それどころか益々傷を深めることになるであろう」「『和解・癒し』を実現し、未来を志向したいのであれば、まず我国が犯した罪を認め、被害者に謝罪し、神と世界の前で悔い改めて、出直すことが必要である」と撤回を求める声明を発表した。 2019年10月21日、天皇即位儀礼の費用を公金から支出する事に対して「天皇制は宗教色が強い。 政教分離の原則に反する」と反抗声明を出した。 基本姿勢 [ ] 日本のキリスト教界が中、自ら積極的に戦争協力を行なった反省に立ち、(当時の日本側の呼称:、第二次世界大戦におけるアジア・太平洋戦線)を「日本国家によるのである・地域への」と規定し、韓国の諸教会とともにを追及している。 特にでは韓国のキリスト教団体と協力して喧伝を続け、国際問題とすることに成功した。 2010年(平成22年)には、と共同で、(による)の無効化と日本政府の賠償、克服とに向けた努力を両国政府に促す内容を盛り込んだ「韓日強制併合100年 韓国・日本教会共同声明」を発表した。 2018年にはの呼びかけに応じて「広げよう 安倍9条改憲NO!3000万人署名」に信者50名を率いて参加した。 、、であった・などへの植民地政策、発電、問題、・(教育を盛り込んだ)改定、参拝、制度、に対しても、批判的な立場からの取り組みを行なっている。 また、慰安婦問題についても、を強く追及しており、韓国やなどから元慰安婦の女性たちを招いて、日本政府に抗議集会を行っている。 また、「財団法人基督教視聴覚センター」を設立し、そのビル内を「」に提供している。 活動内容に対する批判に対しては、・団体などのであるとして対立姿勢を掲げている。 加盟教派・団体 [ ] 教派・教団 [ ] 、、、、、 団体 [ ] 、、、、、、、 准加盟 [ ] (AHI)、、、、、、、、、、、、、、、、、、(五十音順) 部門加盟・参加など [ ]• 教育部• 、が加盟• 信仰と職制委員会• (司教協議会)との協力• 平和・核問題委員会• カトリック()および集会から委員出席• 靖国神社問題委員会• カトリック(カトリック正義と平和協議会)から委員出席 歴代議長 [ ]• :1948年(昭和23年) - 1959年(昭和34年)• :1966年(昭和41年) - 1968年(昭和43年)• :1982年(昭和57年) - 1985年(昭和60年)• :1997年(平成9年) - 2000年(平成12年)• :2000年(平成12年) - 2006年(平成18年)• :2006年(平成18年) - 2012年(平成24年)• :2012年(平成24年) - 2018年(平成30年)• 渡部信:2018年(平成30年) - 脚注 [ ] []• ハンギョレ. 2019年7月18日. の2019年8月5日時点におけるアーカイブ。 2020年5月27日閲覧。 日本キリスト教協議会 靖国神社問題委員会 2002年1月2日. 2012年11月8日閲覧。 クリスチャントゥデイ. 2003年11月3日. 2020年5月27日閲覧。 日本キリスト教協議会 2004年6月7日. 2012年11月8日閲覧。 毎日jp 毎日新聞社. 2010年8月3日. の2010年8月8日時点におけるアーカイブ。 2020年5月27日閲覧。 聯合ニュース. 2010年8月13日. 2020年5月27日閲覧。 日本キリスト教協議会(NCC). 2010年8月13日閲覧。 [ ]• [ ]• クリスチャントゥデイ. 2015年4月23日. の2015年6月18日時点におけるアーカイブ。 2020年5月27日閲覧。 キリスト新聞. 2015年11月14日. 2020年5月27日閲覧。 クリスチャントゥデイ. 2016年2月29日. 2020年5月27日閲覧。 クリスチャントゥデイ. 2016年8月31日. 2020年5月27日閲覧。 上野輝将「」『女性学評論』第20巻、神戸女学院大学、2006年3月、 43-67頁、 :、 、 2020年5月27日閲覧。 聯合ニュース. 2010年8月13日. 2020年5月27日閲覧。 しんぶん赤旗 日本共産党. 2018年2月20日. 2020年5月27日閲覧。 クリスチャントゥデイ. 2014年7月18日. 2020年5月27日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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日本のカトリック聖職者による性的虐待、中央協議会が調査状況を説明 : 社会 : クリスチャントゥデイ

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2019年の教皇フランシスコ訪日から明けた今年は、太平洋戦争での沖縄戦、広島・長崎の被爆、戦争の終結、そして国際連合創設75周年です。 世界は今、新冷戦、東アジアの不安定な情勢、核の脅威、地球環境の危機などが予断をゆるさない状況にあります。 本日、わたしたち司教団は、沖縄慰霊の日の平和巡礼への参加を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止せざるをえませんでした。 しかし、心は常に沖縄の人々とともにありたいと願っています。 沖縄に建つ戦争犠牲者に対する慰霊と不戦の誓いの原点である魂魄の塔に想いを馳せ、平和についてのわたしたちの考えを述べ、これからの行動指針としたいと思います。 1.魂魄の塔に思いを馳せる 終戦の年、沖縄は本土決戦を一日でも遅らせるための「捨石」とされ、住民を巻き込んだ悲惨な地上戦が繰り広げられました。 歴史上、最も凄惨な戦闘と言われるこの沖縄戦では、日米両軍が我が物顔でこの小さな島のありとあらゆるものに対し、蹂躙の限りを尽くしました。 鉄の暴風ともよばれる激烈な戦闘の後には、戦争犠牲者の遺骨が累々と野ざらしにされていました。 この遺骨を住民たちが自らの手によって集め、慰霊碑を建て、祈りの場としました。 この「魂魄の塔」は、数ある慰霊碑の中でも特別な意味を持っています。 元々は住民自らの手によってなされた遺骨収集による骨塚でした。 それが、やがて沖縄の人々の戦争犠牲者に対する慰霊の原点と見なされるようになり、さらに、名もないごく普通の人々の反戦平和への希求の原点、不戦の誓いの原点ともなっているのです。 沖縄県平和祈念資料館の出口に、「むすびのことば」として次のように刻まれています。 (略)戦争をおこすのは たしかに 人間です しかし それ以上に 戦争を許さない努力のできるのも 私たち 人間 ではないでしょうか (略) これが あまりにも大きな代償を払って得た ゆずることのできない 私たちの信条なのです 戦争、基地、軍備増強に反対する沖縄の人々の切実な叫びは、「戦争というものは これほど残忍で これほど恥辱にまみれたものはないと思う」 に至った沖縄戦の体験からきているのです。 しかし、こうした沖縄県民の信条の訴えにもかかわらず、この沖縄を「捨石」とした扱いは75年を経てもなお、その自己決定権を無視するという事実をもって脈々と続けられています。 あらゆる戦争を憎み、命を大切にしようとする沖縄県民の訴えに応え、今日、「魂魄の塔」に思いを馳せて、すべての戦争犠牲者のために祈りを捧げつつ、平和希求への決意を新たにし、行動を起こしましょう。 人のいのちは何ものにも替えがたいとする沖縄の「ヌチドゥ宝」の心と、「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコ訪日のテーマは重なっています。 「いのちと美に満ちているこの世界は、何よりも、わたしたちに先立って存在される創造主からの、すばらしい贈り物」 です。 「『わたしたちが、自分たち自身のいのちを真に気遣い、自然とのかかわりをも真に気遣うことは、友愛、正義、他者への誠実と不可分の関係にある』(回勅『ラウダート・シ』70)のです」。 それゆえ、戦争だけは、どんな理由があっても絶対に起こしてはなりません。 わたしたちキリスト者は、こうした沖縄の人々の叫びと教皇フランシスコの言葉に共鳴し、戦争放棄と恒久平和を訴えます。 「すべての人との平和」 こそ、神の望みだからです。 2.カトリック教会の非暴力による平和への立場 聖ヨハネ・パウロ二世教皇は39年前(1981年2月)広島で、次のような力強いメッセージを述べました。 「戦争は人間のしわざです。 戦争は人間の生命の破壊です。 戦争は死です。 ……過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。 ……人類同胞に向かって、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。 」 このアピールに応えて、日本の司教団は、翌年、平和について考え、平和のために祈り行動するため「平和旬間」(8月6日~15日)を設け、平和や人権の問題について積極的に発言し始めました。 日本司教団の発言は、2017年「世界平和の日」の教皇メッセージと重なります。 教皇は、「積極的非暴力」の立場を表明して、「非暴力がわたしたちの決断、わたしたちの人間関係、わたしたちの活動、そしてあらゆる種類の政治の特徴となりますように」と述べています。 またこの立場は、同年8月に教皇が『カトリック教会のカテキズム』の死刑に関する記述を変更し、「死刑は許容できません。 それは人格の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」(2267)と、死刑廃止の立場を明確にしたことにもつながります。 さらに同年9月20日、バチカンは、核兵器禁止条約に他の2カ国と共に最初に署名・批准し、11月には国際シンポジウム「核兵器のない世界と包括的軍縮の展望」を主催しました。 その場で教皇は次のように述べました。 「核兵器使用の脅威、またその保有自体も、断固非難されるべきです。 ……その意味で、被爆者のかたがた、つまり、広島と長崎の爆弾で被害を受けた人々、また核実験による犠牲者の証言は貴重です。 そのかたがたの預言的訴えが、とりわけ若い世代にとって、警告となるはずです」。 「核抑止論」については、聖ヨハネ23世教皇がすでに回勅『地上の平和』(1963年)の中で次のように述べています。 「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります。 わたしは、これが到達可能な目標であることを主張します」(60)。 3.教皇訪日平和メッセージ 昨年11月、教皇フランシスコは、平和の巡礼者として「すさまじい暴力の犠牲となった罪のない人々を思い起こし、現代社会の人々の願いと望みを胸にしつつ、じっと祈るため」 、長崎と広島を訪れました。 教皇は、誰よりも平和を希求する高齢化した被爆者たち、「平和のために自らを犠牲にする若者たちの願いと望み」、「いつの時代も、憎しみと対立の無防備な犠牲者」である「貧しい人たちの叫び」、「声を発しても耳を貸してもらえない人たちの声」、「現代社会が置かれている増大した緊張状態……を、不安と苦悩を抱いて見つめる人々の声」 、小さくともつねに軍備拡張競争に反対する声 といった、さまざまな声を代弁して世界に訴えました。 教皇は誰をもはばからず、平和という究極のモラルに向き合い、特に軍備と核兵器について踏み込んだ強いメッセージを述べました。 「軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。 ……武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。 これらは天に対する絶え間のないテロ行為です」。 「戦争のために原子力を使用することは、……これまで以上に犯罪とされます。 人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反する犯罪です。 原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。 核兵器の所有は、それ自体が倫理に反しています」。 そして、教皇はすべての人々に呼びかけます。 「核兵器から解放された平和な世界。 ……この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。 個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。 核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。 」カトリック教会にとって、「民族間、また国家間の平和の実現」に向けて努力することは、「神に対する、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。 」教会は、「核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際条約に則り、たゆむことなく、迅速に行動し、訴えていきます」。 教皇のこの発言に呼応して、日本カトリック司教協議会は、昨年12月、会長名の文書で、首相宛てに「核兵器禁止条約への署名・批准を求める要請」を行いました。 米国カトリック司教協議会国際正義と平和委員会も教皇フランシスコの広島・長崎での発言を支持し、「米国は非核化・軍縮の先頭に立つべきである」と政府に働きかけていくとの声明を発表しました。 またカナダ とドイツの司教団 は、すでに昨年、バチカンの核兵器廃絶方針を支持する声明を出していましたが、最近の教皇の姿勢に促されて、核抑止政策に甘んじてきた態度を改めると表明しています。 4.平和は希望の道のり 今年は、朝鮮戦争開戦70周年でもあります。 同じ民族が戦うという悲劇も、35年に及んだ日本による朝鮮統治政策と無関係ではありません。 朝鮮戦争は今なお禍根を残し、日本を含む東アジアは冷戦体制を引きずり、大国の利害の狭間で戦争の火種を抱えており、平和への進展が不透明のままです。 東アジアの平和構築にいかに貢献していくかは、わたしたち日本の教会が教皇フランシスコの言葉に従うことができるか否かを明らかにする試金石だといえましょう。 そのためにもわたしたちはこうした過去としっかりと向き合い、将来に対する責任を担い続ける決意を新たにするものです。 教皇は今年の「世界平和の日」メッセージで、平和への歩みは「障害や試練に直面する中で歩む希望の道のり」、つまり、「真理と正義を求め、犠牲者の記憶を尊重し、報復よりもはるかに強い共通の希望に向けて一歩ずつ切り開いていくという、忍耐力を要する作業」と述べました。 そして、「たとえ克服できそうもない障害に直面しても、わたしたちを踏み出させ、前に進む翼を与えてくれる」希望の徳をもって、「神という共通の源に根差した、対話と相互信頼のうちに実践される真の兄弟愛を追い求めなければなりません。 平和への願いは、人間の心に深く刻まれています」と、平和を実現するために、希望の翼を広げるよう促しました。 パウロが、「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい」(コロサイ3・15)と勧めているとおりです。 激戦地、安里に建つ教会に集う方々、および各地の共同体と心をひとつにして、神に願い求めます。 教皇フランシスコの日本訪問によってわたしたちがいただいた平和への意志と希望に、イエス・キリストの復活のいのちと聖霊の息吹が豊かに注がれますように。 2020年6月23日 日本カトリック司教団 戦後75年司教団メッセージ動画 注• 司教団メッセージ『平和の決意』1995年• 沖縄県平和祈念資料館 展示むすびのことば• ヘブライ12・14、ローマ12・18参照• 教皇庁主催の国際シンポジウム「核兵器のない世界と包括的軍縮の展望」参加者との謁見時のあいさつ、『教皇フランシスコ講話集5』250頁• 同34~35頁• 「平和のための集いでのスピーチ」同35頁• 「核兵器についてのメッセージ」同19~20頁• David J. Malloy, Chairman of the U. Canadian Conference of Catholic Bishops, 2019: Statement on Nuclear Weapons, Ottawa. The German Commission for Justice and Peace, June 2019: Outlawing Nuclear Weapons as the Start of Nuclear Disarmament, Berlin. 英語版 75 Years after the War — A Peace Message from the Catholic Bishops of Japan Protect all life Peace is the path of hope.

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【カトリック中央協議会】髙見三明大司教 広島と長崎への米軍による原爆投下75周年に当たって

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6月21日、「カトリック神父による性虐待を許さない会」が発足した。 1年前、月刊「文藝春秋」(19年3月号)で一人の男性が幼少期に神父に強いられた性的虐待を実名で告発したのをきっかけに、各地で被害者が沈黙を破り始めたのだ。 彼ら、彼女らは本格的な被害者支援はおろか実態調査にさえ動き出さない日本のカトリック教会に、憤りを強めている。 この日、長崎市内で開かれた緊急集会で、長崎大司教区(教区長・高見三明大司教)の神父から長時間にわたって胸をもまれるわいせつ行為の被害に遭った50代の女性信徒が、こんな言葉を口にした。 だが神父の過ちに触れる時、長崎大司教区はその逆で、厄介者を排除する——。 その行動の背景を探っていくと、億単位の信徒からの献金を1人の神父が詐欺的投資に投じて消失させていた。 聖職者たちは教会を私物化し、保身のためには信徒を傷つける、およそキリスト教の教えとは無縁の体質に成り果てていた。 (全2回の1回目/ 後編に続く ) 司祭研修会で起きた「魔女狩り」 きっかけは、2019年2月4日、原爆投下の爆心地に近い浦上にある大司教館の会議室で開かれた、司祭研修会と題した会議でのことだった。 「わがの思い通りになると思うなよ」 広い会議室の前列から荒っぽい長崎弁を浴びせたのは、やくざではなく、黒い立ち襟の祭服に身を包んだ約150人の神父のうちの1人だった。 矛先を向けられた50代の女性職員は、強張った顔のまま下を向いていたという。 女性職員は大司教区が設置する「子どもと女性の人権相談室」の室長。 03年、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世からヒエラルキーの頂点に立つ大司教に任命された高見三明氏(74)は、16年からは国内16の教区(それぞれが独立の宗教法人)を束ねる包括宗教法人「カトリック中央協議会」(東京都江東区)のトップ、司教協議会会長も務める。 昨年、教皇フランシスコが長崎を訪問した際は案内役を担った。 なぜ日本のカトリック教会のトップに立つ高見氏の足元でパワハラが起こるのか。 「その原因はお金の話だった」と証言するのは別の大司教区関係者だ。 3億円もの教会資金を消失させた神父 「最初に、高見大司教様から、教区本部事務局長のA神父様が、2億か3億円の教会のお金を意思決定機関である顧問会に諮ることもなく独断で投資商法につぎ込んでいて、そのほとんどが焦げついてしまったまま——という驚くべき事実が明らかにされたのです」 日本のカトリックでは神父の名に「様」をつけて呼ぶ。 中でも教区本部事務局長は、大司教から数えて3番目にあたる高位職のエリートだ。 A神父は現在54歳で上五島出身。 1992年に司祭に叙階された後、離島の主任神父、東京の中央協議会への出向を経て、2010年から14年まで大司教区の会計を担当する法人事務所長、14年から19年1月まで事務局長を務めていた。 大司教区の広報誌「カトリック教報」(19年8月号)によれば、教区本部の収入は6. 6億円。 その半分にも相当する巨額のお金をどのように引き出したのかは後述するが、まずは関係者の証言を続ける。 「A神父様は怪しい人物に言われるがままにお金を引き出していて、当時、大司教に助言していた弁護士は横領や背任が成立すると見ていました。 ところが、大司教区はA神父様の事務局長職を解く一方、被害届は出さない、その代わり、A神父様には自首させる、という方針を決めた。 A神父様は当初、受け入れていたにもかかわらず、地元警察署に行く段階になって一転、『教会のためにやった』と手のひらを返してしまった。 それが冒頭の女性室長へのパワハラだった。 「A神父様が『自分の自由になる金だと思っていた』と弁解した、と高見大司教様は説明したのですが、その言葉を引き取ったのがナンバー2の司教総代理の神父様でした。 A神父が取り調べと前後して書いた弁明の手紙を手に『A神父は〈自分の裁量(権限)のある金だと思っていた〉という言い方をしたはず。 彼を貶めるため、意図的に事実と違う言い方を使って高見大司教様に伝えた者がいる』とおっしゃった。 その可能性があるのは警察の取り調べに付き添っていった女性室長しかいない、と」(前出・関係者) 前出の神父が補う。 「A神父の行為は犯罪と見る弁護士を連れてきたのが、人権分野での大司教の相談役だった女性室長。 シスターではなくケースワーカーの経験を持つ信徒です。 突然、壇上で糾弾されることになった女性職員は『私には味方がいません』と消え入りそうな声で話していた」 この吊し上げによって、なぜか「A神父の使い込み事件」は「信徒の越権行為によって引き起こされたこと」と断じる風向きとなり、議場の神父から冒頭の野次も出た。 その空気は異様で「ある神父様が『信徒のお金なんだから本人に返してもらうべきでは』と口にしたら、目上の神父からたしなめられたと聞いた」(出席神父から聞いた信徒の証言)。 女性は急性ストレス性胃腸炎で倒れ、一時入院 さらに当初は自首を求めていたはずの高見大司教はこの頃から「弁護士と女性の意見に巻き込まれた」と周囲に漏らしてA神父を庇い始め、結局、この19年の7月に九州の別の教区に異動させただけで賠償責任も問わずじまい。 その一方、くだんの女性室長が仕事の報告にやってくると怒鳴りあげ、その声を聞いたシスターや神父から「言い過ぎです」といさめられることがあったという。 女性室長は翌8月には急性ストレス性胃腸炎で倒れ、県内の病院に一時は入院。 今年に入り高見大司教は顧問会で「数人から彼女に不服の意見が寄せられている。 私もそう感じる」などとあからさまにそしるようになり、女性室長は6月下旬になって職場を休んでいるという。 なぜ教会でパワハラが起きたのか。 なぜA神父は使い込みの責任を問われるどころか開き直り、高見大司教以下、大司教区も不問としたのか——。 原因となった資金のやり取りについて取材を重ねるうち、私は3つの資料を入手した。 それらを読み進めると、驚くべき事実経過が明らかになった。 長崎大司教区が交わした「覚書」 1つ目は「覚書」と頭書きされたA4判の1枚紙。 2つ目は「貸金についての返済請求計画書」と書かれた、これまた1枚の紙。 いずれも作成日は17年1月12日だ。 さらに3つ目は、その前日にあたる1月11日、A神父の後任の法人事務所長を任されていたB神父が、資金回収に向け、弁護士に助言を求めるために作成したA4判5枚のメモ書きだった。 第1の証拠、「覚書」の冒頭はこう始まる(「甲」や「乙」の人称表記は記事向けに改めた)。 〈カトリック長崎大司教区 教区会計 B神父とKは、以下の事項に関して合意した〉 K氏という人物は、漢字とローマ字で名前をサインし、英語で書かれた住所はUAE(アラブ首長国連邦)の「フジャイラ貿易センター」の事務所の私書箱になっている。 そんなK氏との間で、大司教区が締結した覚書のポイントは、次の2つだ。 K氏の会社は5か月前に倒産していた 〈Kは、長崎大司教区に対して返済されていない1億4651万2273円を返済するために、2017年1月31日までに、実効性のある返済計画を、B神父に提出することとする〉 〈2013年9月9日に、長崎大司教区がKの事業に対して行なった1億円の投資に関して、KはB神父に出資証書を提出する〉 約1億5000万円を貸し付け、それとは別に1億円を出資しているので、K氏に渡った金は約2億5000万円になる。 ではいつ渡したのか。 第2の資料、債務残高を確認するために作成された「貸金についての返済請求計画書」によれば、13年7月30日に5000万円、9月下旬には3回に分け計1億円が貸し付けられている。 前述の「1億円の投資」は7月の貸付と9月下旬の貸付に挟まれた9月9日。 これに対して返済は14年から15年にかけて3回、計1800万円の返済があったように記載されているが、その後の支払いはない。 加えて不可解なのは、この2枚の書面が交わされた時期だ。 法人登記によれば、覚書が交わされる5か月前の16年8月、K氏が社長を務める「株式会社アール・アイ・イー」はすでに倒産している。 倒産企業の社長であるK氏との間で債権債務の存在を確認したとしても大司教区が貸金を回収できるかと言えば、極めて疑わしいし、出資証書を受け取ったとしても紙切れ同然に違いない。 K氏とは、一体何者なのか? そもそも、このK氏とは、一体何者なのか。 貸し付けや投資が行われた当時、K氏が配っていた名刺が、少なくとも3枚あった。 アール社と、国際NGOと称する「GSI-ARMS」(肩書きは事務局長)の「本部」は東京・表参道に住所があり、地図検索すればグッチやドルチェ・アンド・ガッバーナの経営法人が入居する、13階建ての瀟洒なビル。 もう一つの「NPO法人セルフケア総合研究所」(副理事長兼事務局長)の所在地は恵比寿ガーデンプレイスタワーだ。 ただ、足を運んでみると、2か所とも同じ業者が運営するレンタルオフィスで、そこには3法人とも現在は存在しない。 国際協力NGOセンター(東京・新宿区)に問い合わせたが、「そのような仕組みは内部にはないし、外部でも聞いたことがない」。 「セルフケア総合研究所」は内閣府のNPOデータベースに登録こそあるが、事業報告書によれば、「覚書」作成の17年の当時でさえ、すでに収入も支出もゼロで、実質的な活動実態はないことは明らかだった。 献金を預かる立場として見れば、そもそも回収が危うい相手に財産を委ねたA神父の13年の貸し出しが最初の背信行為だ。 だが、それにも増して信じがたいのは、17年の覚書である。 なぜなら「A神父個人の独断」を「大司教区が結んだ契約」として追認する最悪の選択で、信徒は再び裏切られたことになるからだ。 にもかかわらず、大司教区はなぜ、あえて追認するような覚書を締結したのか。 可能性は2つだ。 (1)A神父が貸し付けた当時のK氏は貸出先として健全だと判断できる事情があった、あるいは(2)事を荒立てずに隠蔽したかった——。 この点を見極める手がかりになるのが、貸し出しの経緯を記した3つ目の資料だ。 後編では、資料から明らかになった事実を整理していこう。 こちらもフォローをお願いします。 消えたカトリック教会の献金3億円。 投資先は「アラブの石油プロジェクト」だった! へ続く (広野 真嗣/文藝春秋).

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