手の甲 親指 付け根 名前。 手の甲が痛い:医師が考える原因と受診の目安|症状辞典

【患者体験談】親指の付け根あたりに痛みを感じる「母指CM関節症」

手の甲 親指 付け根 名前

ほくろ占いは、体のいろいろな部分に現れるほくろで、その人の性格や運勢などを知ることができます。 顔のほくろは、目に付きやすくネットや雑誌などで数多く取り上げられていますが、手の甲のほくろとなると、あまり取り上げられていないようです。 手の甲は職場などでは、結構目にすることがあるかもしれません。 しかし、それ以外ではなかなか他人の手の甲のほくろを見ることはないと言えます。 親しい間柄になったとしても、手の甲は気にしないことが多いようです。 手の甲のほくろも手相同様に、現れる位置によって様々な意味合いを持っています。 その人の性格に関わる要素を元に運気の強弱が示されるとされています。 ほくろは先天的なものの他に日焼けなどで後天的に現れるものがありますが、薄くなることがあっても消えることは稀なようです。 手の甲のほくろの意味を読み取る際には、各指の延長上のラインで見る場合と各指と手の甲で分けて見る場合があります。 ここでは延長線上の意味に手の甲の意味を加え説明しています。 手の甲にほくろがある場合、位置に関係なく共通して手先が器用と言う意味合いがあります。 そこから「器用ぼくろ」とも呼ばれています。 手の甲にほくろがある人は、細かい作業に向いていて、職人や技術職で力が発揮できるとされています。 結構なんでも器用にこなせる分、器用貧乏となりがちです。 1つの事に集中し深く突き詰めるような努力をしないと何一つ大成しないことにもなります。 手先の器用さ以外には、対人関係が良好な人が多いとされています。 職場では人の気持ちのくみ取りやすく、信頼されるはずです。 職場の環境が良好となり、能力が存分に発揮しやすいと言えます。 優れた能力と精神的な強さがあり高く評価されたり、チームなどを率いるリーダーとして力が発揮できます。 それでは、この手の甲のほくろを位置別に解説していきます。 手の甲で左手親指の延長線上にほくろがある場合、生まれながらに行動的で精神力が強いされます。 何事にも向上心を持ち、努力を惜しまないようです。 性格的に真面目で、自立心が強いとされます。 人に指図されるよりも自分で判断して行動することを好みます。 先天的に活動的なエネルギーに満ちあふれ、勝負運が強いとされています。 特に意識をしていなくても、仕事やスポーツなどで人と競う形になると、思っていた以上の力が発揮でき、勝ちを手にすることが多いようです。 野心や野望と言うものを持っていて、常にステップアップを目指しています。 その分、出世が早いとされます。 恋愛面では、相手に対する攻めの姿勢が強いので、人によっては嫌われる可能性があります。 あまり強気で行かない方が良いと頭でわかっていても、どうしてもガツガツとして形になりがちです。 手の甲で左手人差し指の延長線上にほくろがある場合、人の気持ちを察することに優れるとされます。 話をしているうちに、自然と相手の気持ちが感じ取れたりするようです。 回りくどい難解な言い方をされても、たちどころに理解し、人に対する気配りや配慮が、誰に教えられることもなく自発的にできてしまうので、人から好かれるはずです。 この立ち振る舞いを活かせば、仕事面では、高く評価されることは間違いありません。 人の上に立ち、リーダーとして率いていく力を生まれながらに持っていることになります。 チームワークが必要な組織において重要な存在になります。 成功したり出世する時期は、普通の人よりもかなり早いとされます。 家庭においても家族をまとめ上げることに長けているので、家庭円満となるはずです。 ほくろの位置が、人差し指の付け根に近いほど成功しやすく、指先に近いほど先駆者になると言われています。 手の甲で左手中指の延長線上にほくろがある場合、人生が平穏無事になるとされます。 特に何の努力もしていないのに、運勢がスムーズに進むようです。 生まれながらにして家族運が良好で、のびのびと育っているとされます。 結婚して家族を持っても家庭は円満となり安泰となります。 人生において、何らかの失敗はつきものですが、例え失敗をしても、致命的な結果にはならないようです。 危うい状況になっても、自然と回避することができ、大きなトラブルにはならないとされます。 その分、成功や高い評価につながりやすくなります。 後悔が少なく充実した人生が歩めるはずです。 特に左手のほくろの場合、より一層家庭的な部分がより強調されると言われています。 一家の大黒柱となったり、家族を支えることで充実感が味わえる人が多いとされます。 また家族関係がもたらす幸福が多いようです。 手の甲で左手薬指の延長線上にほくろがある場合、結婚することで運勢が開けるとされます。 結婚する前では不運が続いていたとしても、結婚を契機に運勢が急に変わり始め好転するようです。 結婚後にいろいろな努力をしなくても、自然と様々な運気が上昇し始めると言われています。 ほぼ理想としている相手と巡り会い夫婦関係が順調となり、子宝にも恵まれます。 結婚生活は平穏な毎日となり、幸せが実感できるはずです。 金運などその他の運気も上昇しているので、周りに様々な幸せが集まってきます。 このほくろがツヤの良い活きぼくろの場合、運命の出会いが近いことも示唆します。 またこのほくろは「モテぼくろ」とも呼ばれ、異性を惹きつける魅力を生まれながらに持っていることになります。 モテるために必要な能力が、生来備わっていて、恋愛に不自由しないと言われています。 手の甲で左手小指の延長線上にほくろがある場合、子宝運に恵まれるとされます。 生活態度などが不摂生でも、生まれながらに子宝に恵まれる運命にあるようです。 この授かった子供が成長すると、将来大きな目標を達成したり、稀に見る出世を遂げると言われています。 ただ子供に期待をかけ過ぎて思わぬ方向に進むこともあるので、子供の意思を尊重することも大切です。 男女を問わず、子供との関係性が良好で、子供を育てることに関心が高く、育児などの分担もスムーズになると言われています。 特に左手のほくろの場合、子供運が良好となり、子供から愛され、手がかからないとされます。 子供の性格が穏やかなものになり、親子不和はまずありえないようです。 思い通りに育てられ、年を重ねても慕い慕われる親子関係になります。 晩年期に子供から恩返しをされる可能性が高くなります。 手の甲で右手親指の延長線上にほくろがある場合、何事にも諦めない粘り強さを持つとされます。 この屈強な精神力は自らの努力で手にしている人が多くなります。 目標達成や成功に向けて努力を惜しまないとされます。 こそこそとしたことを好まず、課題や問題的に対して正々堂々と立ち向かうようです。 本来消極的だったとしても、活動的な姿勢になるように自らを変えて、後天的に積極性が増したことが考えられます。 勝負運の強さも様々な経験を重ねて培われてきたとされます。 仕事やスポーツなどで人と競う場合、勝ちを強く意識することで、思った以上の力が発揮できると言われています。 恋愛においても攻めの姿勢が強いとされますが、右手にほくろがある場合、それをコントロールすることができます。 相手の状況に応じられるので、あまりガツガツすることはないはずです。 手の甲で右手人差し指の延長線上にほくろがある場合、人をを引っ張っていく強い力を持つとされます。 人の上に立ち率いるというリーダーとしての素質を自らの努力で手にしたことになります。 後天的にリーダー気質となり、チームなどの中心的な存在になっています。 部下などの気持ちを読み取ることにも優れ、どこをどう説得すれば、その人を納得させて戦力とできるかの知識を持っています。 頼りがいのあるリーダーとは、どのようなものなのかを部下の視点から見ることができます。 常に相手の立場に立つことができ、人から慕われるはずです。 仕事面では、対人関係が良好でまとめ上げる力があるので、高く評価されます。 家庭においても、家族一人一人の気持ちに寄り添えるので、わだかまりなく接することができます。 自ら獲得した素養によって家庭が円満となります。 手の甲で右手中指の延長線上にほくろがある場合、人生を安泰にする素養を後天的に手にしたとされます。 仕事や家庭における様々なトラブルに対処する術を経験の中から学び自分のものにしている人が多いようです。 トラブルに対処するばかりでなく、事前に回避するという考えも持ち、トラブルの火種を消すことにも優れています。 家庭内での不和も何らかの傾向から察知して、大事にならないうちに収められるはずです。 特に右手のほくろの場合、仕事運が良好になるとされています。 職場の環境が充実し、上司や同僚に恵まれることが考えられます。 仕事を楽しむことができ、大きな成果を導き出す可能性が高くなります。 仕事を通して、様々な幸運に囲まれ、人生の充実感を得ることができます。 手の甲で右手薬指の延長線上にほくろがある場合、恋愛や結婚で開運できるようになったとされます。 生来、恋愛や結婚に興味は薄かったとしても、それらを意識するようになってから、何かと運勢がスムーズに運ぶようになったようです。 愛に恵まれているのですが、相手の気持ちになってみたり、深い愛情を注ぐ結果として、幸せつかんでいるはずです。 結婚生活を円滑にするにはどうしたら良いかの知識を自らの力で手にしています。 人気者になっている人が多いのですが、どのようにすれば人気が得られるかを心得ているとされています。 このほくろがツヤの良い活きぼくろの場合、予期せぬ出会いが近いことを示します。 またこのほくろは「モテぼくろ」とも呼ばれ、右手にある場合、異性を惹きつける魅力を自ら演出することに優れていることになります。 手の甲で右手小指の延長線上にほくろがある場合、コミュニケーション能力が高く子宝運に恵まれるとされます。 対人関係でコミュニケーション能力の大切さを痛感して能力を高めた人が多いようです。 コミュニケーション能力が高いので、自らの意志や考えが相手に伝わりやすく、対人関係の行き違いがまずありません。 周囲の人を説得することに優れているので仕事面では高く評価されやすくなります。 自分の発した考えによって社会を動かす能力もあるはずです。 人に対する影響力が大きい存在になります。 左手同様に子宝運にも恵まれていますが、後天的に授かったもので、運勢的な変化があると弱まる可能性があります。 また子供運も状況次第で変化しやすくなります。 左手の各指の延長線を除いた左手の甲を見て、そこにほくろがある場合、価値観がしっかりとしているとされます。 こだわりが強く、なかなか揺るぐことがない考えを持っているようです。 周囲の意見に左右されず、自らの考えに基づいて行動ができます。 意見などがブレないので、人から信頼されます。 自立心も旺盛で、人に指図されることを好まないようです。 人を引っ張っていくというリーダー的素質を持っています。 どんな分野においても人をまとめることに優れ大きな力が発揮できます。 このほくろが活きぼくろの場合、これらの要素がより一層強まることになります。 一方死にぼくろでは、意見などを押し通す頑固者となったり、協調性を乱す厄介者といった面が強くなります。 右手の各指の延長線を除いた右手の甲を見て、そこにほくろがある場合、強い信念を持つようになったとされます。 優柔不断な面などがあり、損をしたことをきっかけに自らの力で信念を持つようになった人が多いようです。 性格に明るさや爽やかさがあるとされます。 人を惹きつける魅力にもあふれ、考え方が揺るがないので、信頼度が高くなります。 困りごとが生じた際には、誰かしら手を差し伸べてくれる人が出てきます。 また人を統率する能力を後天的に獲得した証としても知られています。 このほくろが現れていて、掌の人差し指の付け根の領域から人差し指へと伸びる縦線があれば、より自立心が旺盛になり努力を惜しまないとされます。 さらにこのほくろが活きぼくろの場合、これらの要素がより一層強まります。 一方死にぼくろの場合、一言多いことが災いして対人関係が破綻しやすいとされます。 よくほくろと勘違いされる三角点が左手の甲にある人がいます。 これはほくろではなく、三角状に配した3つの点を刺青として入れているものです。 基本的にこれらの点は地位、名誉、財産を表し、生まれながらの運命としてそれらに恵まれることを願っているとされます。 左手の場合、あまり努力などはせずに地位、名誉、財産を手にしたい、もしくは手にするための三角点とも言えます。 これは刺青なので、消すことも刻むことも自在ですが、消す人は少ないようです。 以前は、少年院上がりといった悪いイメージがありましたが、実際に少年院などでは、このような刺青はしないと言われています。 ほくろではないのですが、ほくろ占いの範疇に入り、それなりの意味を持っているものです。 ほくろと勘違いされる三角点が右手の甲にある人がいます。 これはほくろではなく、三角状に配した3つの点を刺青として入れているものです。 基本的にこれらの点は地位、名誉、財産を表し、それらを獲得する証として刻まれます。 右手の場合、自ら努力して、地位、名誉、財産をつかみとれることを願う三角点となります。 人から尊敬されるにはどのようにしたら良いかや、大金を手にするには何が一番良いか、などに対する努力を惜しまないとされます。 いろいろなきっかけなどをもたらす人脈作りにも余念がないようです。 人生を実りあるものにするたくましさがある人に好まれています。 この三角点の刺青には悪いイメージもありますが、最近ではそれも払拭されたようです。 一般的に右手を利き手にしている人が多いため、左手は利き手でない手になり、生来の資質を示します。 左利きの人は左右の手の説明が反対になります。 左手の手首の甲にほくろがある場合、いろいろな運気が向上し、自立心が強いとされます。 自分が決めた道でコツコツと努力して成果を手にするはずです。 何事も前向きに捉えるので、成功する可能性が高くなります。 しっかりとした自分の考えを持ち、それを主張することを好みます。 プライドが高めで、こだわりが強く、頑固な面があるようです。 バイタリティーにあふれ、精神的にも体力的にも強く、最後までやり遂げる力を持ちます。 中途半端で投げ出すことは好みません。 また自分の能力に過信する傾向にあります。 一般的に右利きの人が多いため、左手は利き手でない手になり、現在から将来の資質を示すことになります。 左利きの人は左右の手の説明が反対になります。 右手の手首の甲にほくろがある場合、人の気持ちを察することに鈍感とされます。 性格的に穏やかな人が多いのですが、時として、人の気持ちを考えない言動に出てしまい、対人関係をこじらせたりします。 何事も器用にこなせるので、人からの評価は高くなります。 何事も深く考えないで口にしてしまう傾向にあります。 人の立場を単純に自分に置き換えて判断しようとするので、とんちんかんな結論に至るかもしれません。 また起伏の激しい運勢になるかもしれないという、警告のメッセージが込められていることもあるようです。 掌と手の甲の間にあたる手の側面にほくろがある人は、気持ちを伝えるコミュニケーション能力が苦手とされます。 ここに現れるほくろは、警告の要素が強いので注意が必要と言われています。 気持ちのやりとりが一方通行になりがちで、苛立つことが多くなるようです。 仕事などで行き違いが多く、上手く捗らないことが多くなります。 恋愛面では、片思いになることが多かったり、順調に進展しないことが多くなります。 恋愛相手とのいさかいや、夫婦間のケンカが絶えないかもしれません。 対人運ばかりでなく、健康運など様々な運気が低迷し苦労が多くなるようです。 周りに山積する健康や対人関係の問題をクリアすると、少しずつ運気が向上するとされます。 ほくろには、生きぼくろと死にぼくろがあります。 生きぼくろは、色ツヤが良く、形が整っていて程良い盛り上がりがあるものを指します。 死にぼくろは、色ツヤが悪く、形に歪みなどがあり、平坦もしくは凹んでいるような印象があるものを指します。 この生きぼくろが現れていれば、吉相の要素を持って意味合いを強めることになります。 一方の死にぼくろだと、意味合いを弱めネガティブな面を際立たせることになります。 手の甲に現れるほくろも例外なく、生きぼくろと死にぼくろの見立てによって意味合いが変わってきます。 自立心が強く前向きに捉える点は、生きぼくろなら大きな成功につながります。 しかし死にぼくろの場合だと、こだわりの強さや人の気持ちに鈍感といったことにつながり、失敗を引き起こしやすくなるわけです。 穏やかな性格は消極性、真面目さは融通が利かないことになります。 それぞれ意味合いを把握した上で、生きぼくろかそうでないかを見れば、ほくろのメッセージを的確に読み取れるのです。 手の甲にほくろがあると皮膚がんやその他のガンを含む病気の可能性が示唆されたことがありました。 しかし、たまたま連動しているように見えた症例はあったのですが、一般的な手の甲のほくろとの関連性は実証されていません。 ただ大きさが6ミリ以上だったり、形がいびつなものや突然大きくなるものは、ホクロの癌とも呼ばれるメラノーマなどの可能性が高くなります。 皮膚科などに行って診てもらった方が良さそうです。 メラノーマの症状には次のようなものが挙げられます。 1~2年以内に薄い褐色が濃い黒色に変化することが多く、色調に濃淡が混じったり、部分的に色が抜けることがあります。 1~2年以内に直径2~3ミリのものが5~6ミリ以上になった場合、メラノーマの初期症状の可能性があります。 ほくろに似た色素斑の周囲がギザギザだったり、しみ出しがある場合や、色素斑の一部に腫れや瘤のようなものがあることがあります。 またほくろよりも固さが増しています。 これらは手の甲以外のほくろ状のものにも言えることです。 手の甲のほくろを読み取る際は、各指の延長線上で見る場合と、各指と手の甲とを分けて見る場合があります。 いずれにしましても、手の甲のほくろは「器用ぼくろ」とも呼ばれ、位置に関係なく共通して手先が器用とされます。 細かい作業に向いていて、何事も器用にこなすことができるようです。 この他の詳細な意味合いは、現れているほくろの位置で異なっていきます。 親指の延長線上では、精神力や勝負運の強いとされます。 人差し指の延長線上では、人の気持ちを察することに長け、中指の延長線上では、人生安泰の証となります。 薬指の延長線上では、結婚によって開運し、小指の延長線上では、子宝やコミュニケーション能力に恵まれるとされます。 左手の場合、先天的で特に努力することもなくその意味を持つことになり、右手の場合、後天的で、自らの努力によって、そこに示される意味合いを獲得していることになります。 手の甲だけを見た場合、しっかりとした価値観や信念を持つことになります。 また三角点というほくろに間違われる刺青は地位、名誉、財産を表します。 このようにほくろには、いろいろな意味合いが秘められています。 大きさなどによっては、皮膚がんの可能性もあるので、健康のサインとしても見ることができます。 ほくろに関わる知識を把握して、暮らしに役立てたいものです。

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手の骨の出っ張りの名前は?手のくるぶしの正体や読み方は?

手の甲 親指 付け根 名前

この項目では、人間の腕の末端の器官について説明しています。 その他の動物の器官については「」をご覧ください。 からの先までの部分。 の末端にある器官。 当記事。 日本ではの左右のから出ている長い部分 、腕 arm も「手」とよく呼ばれる。 この記事でも若干ふれるが、参照のこと。 組織を人とて、組織でちょうど人体の手はたらく人のこと。 はたらく。 組織のメンバー。 「手が足りない」(=人が足りない)「手がいる」など。 手をはたらかせてすること。 術、手段、方法のこと。 幅広い用法がある。 、などで一回の動作の単位。 において、パート、器楽部分、楽器の旋律、旋律型、および、技法等を指す。 や各種の技の種類を数えるときの単位。 手で指すもの。 「上手(かみて)」(=うえのほう)「山手(やまて)」(=やまのほう)など。 で、特定産地の作品を模倣したもの。 とはことなり、生産者・消費者の双方に模倣であるとの合意があるもの。 用例:、、等。 図-2: 手の骨格。 手首に近い舟状骨(Navicular)と月状骨(Lunate)は識別しやすい。 赤線で囲まれた部分(FLEXOR)は骨に筋肉・腱が接合する部位。 手の骨 [ ] 手のは、(近位のからへ、、、の 4個と、遠位の橈側から尺側へ、、、の 4個)と 5本に加え、・・が第二指(人差し指)から第五指(小指)に各 3本ある。 第一指(親指)には中節骨は無く基節骨と末節骨で構成されている。 これら 27本の骨を合わせて手を構成している。 指の名については「指」のページの一項「」を参照のこと。 手の皮膚 [ ] それぞれの指の先端にはがあり、それを取り巻く部分の皮膚(触球)は感覚が鋭敏であり細かい作業などがこなせる。 爪に続く手の甲(手背)側の皮膚は、掌側と異なりゆとりがあり、つまむことができる。 これは屈曲の目的を果たすために必要なことである。 掌、および、掌側の指の皮膚は身体の他の部位と異なり、皮脂腺が無く・掌紋がある。 また、が少ないため、人種を問わず他の部位より白く見えることになる。 指の節や、掌には深浅さまざまな溝(運動ひだ)が走っている。 指紋・掌紋はヒトに特有のものではなく、霊長類に広く見られるものである。 これには、掌の作用と同様に、木から落ちないための滑り止めの働き、霊長類の樹上生活における適応進化の結果であったとの説がある。 手の窪み [ ] 手の親指を伸ばして反らした時、親指の付け根に出来る三角形の窪みを「」、「解剖学的嗅ぎ煙草入れ」、「スナッフボックス」、あるいは、単に「タバコ窩(-か)」という。 手のサイズ [ ] 日本の経済産業省が人間生活工学研究センター(HQL)に委託し、2004-2006年に行った人体寸法の調査(6700人を対象 )では、若年層ほど男女とも「手が華奢(きゃしゃ)」な傾向がある、とのデータが得られた。 同センターは2010年にも、9項目(手長、手幅1(斜め)、手掌長、第二指長、第二指近位関節幅、第二指遠位関節幅、手首囲、手囲、握りこぶし囲)の調査を実施している。 右手と左手 [ ] 左手 左 と右手 右 人には、基本的には、一対の手、つまりとがある。 日本語では、古風には、右手を「馬手(めて)」、左手を「弓手(ゆんで)」と言う。 ここには武士の記憶が織り込まれている。 から続くならわしで、(「武士は」といわれるように)武士には馬を駆りつつ弓を引くこと、「騎乗での」が必須で、それを行う時は、右手に馬のを持ち、左手にを持ったので、それぞれ「馬手(めて)」「弓手(ゆんで)」と言うようになったとされる。 右手と左手は(形としては)関係にある。 である。 ただし、一般に、各人、右手を使うほうが得意とする人と、左手を使うほうが得意とする人がいる。 両手のうちで、動かしやすかったり、思い通りに器用に動かせたり、より力がいれられるほうの手をという。 右手のほうが器用な人をと言い、左手のほうが器用な人をと言う。 右手と左手は(形状はほぼ対称だとしても)としては、非対象になっていることが多いのである。 人類全般では、右利きの比率のほうが高い。 欧米人でも右利きのほうが多い。 ただし、欧米人では日本人よりも左利きの割合(比率)が高い。 世界的に、『右手を「清浄の手、聖なる手」、左手を「不浄の手」』とする観念が存在する。 これは、世界的に存在する『右を善、左を悪』とする観念と関係がある。 世界的に、右手は剣や矛など武器を持つ手であり「攻撃・破壊」を、左手は盾を持つ手であり「防御・創造」を、象徴する。 中国の伝統的な挨拶では、左手の「掌」に右手の「拳」を付けて(あるいは、包み込んで)礼をする(拱手)。 右手は陽で左手は陰であり、右手の拳は「陽(太陽)」を、左手の掌は「陰(月)」を表している。 生理学・医療 [ ] 脳と手 [ ] ここ数十年の()の成果によって、脳のどの部分でどのようなことが行われているのかかなり理解されるようになってきており、身体の各部位が脳内のどこに割り当てられる(割り当てられる傾向がある)のかも分かっている。 (「脳内マップ」などと呼ばれるものも作成されている)「手」は、の中では、(舌・口と同様に)人体の他の部分の実際のサイズの比率のと比較してかなり広い面積が割り当てられていることが明らかにされている。 人間にとっての手の重要さ、脳が扱う身体活動の中に占める手の活動の割合の大きさが判る。 (肉体の実サイズでは、例えば腹や腿のほうが大きいのに、脳の中の割り当て領域の広さでは、腹や腿よりも手のほうが大きいのである) なお、手の指の中では、への割り当て領域が相対的に大きい。 人が「外界への物理的(即物的)な働きかけ」の大部分は手を介して(手を経由して)行われている。 日々そうした活動を積み重ねていることで、脳の割り当て領域は広がってゆく。 手は鋭敏なでもある。 手当、手技 [ ] 医療と手とは、古くから密接な関係がある。 もともと、癒す人(ヒーラー、医療者 等)が、病んでいる人の患部などに手を当てることは、医療の原点であった。 ここから日本語の「 手当て(てあて)」という表現が生まれた。 病む人に、いたわる心を込めて自らの手でやさしく触れることは、現代でも医療やケアの原点や基本としての意味を持っている。 また病む人に手で触れることの効果は単なる風習や迷信などに留まるものではなく、手で触れられていることによる安心感が病む人や傷ついた人の内に良い心理的効果を生み病状を快方に向かわせる効果があることは、近年の医学的で実証的な研究でも明らかにされている。 また、現代でも、全般に(例えば通常医療のの場でもの場でも広く)手によるは行われており、をうながしたり、滞留した等の移動を促すことで、治癒を促す効果がある、を高める効果が期待できるとされている。 様々な機器が登場した現代でも、機械よりも人間の本物の手で触れてもらうほうを好む患者は多い。 医療者自身の手による技は「手技(しゅぎ)」という。 また、手によるマッサージは医療者などの業者にしてもらうだけでなく、自分自身で行うこともでき、「セルフマッサージ」という。 セルフマッサージは(無料であるため、金銭的な統計には現れにくいが、実際には家庭内で非常に広く行われており)としても、またとしても広く行われている。 自分で自分の指先あたりを揉む《爪揉み》は非常に手軽なであり、それを勧めている医師もいる。 また、特に誰から教えてもらわなくても、人は身体に不調な部分があると本能的にそこを手でさすったりする。 医療で手が重要な役割を果たしている一例として、としてのも挙げられよう。 患部に布などを当てがって掌で押さえつける圧迫止血法が、負傷時における治療の第一歩である。 これは、やり方さえ理解していれば一般人であっても可能で、優れて有効的かつ実質的な応急処置手段である(詳しくはのページを参照のこと)。 文化と手 [ ] 手によるコミュニケーション [ ] 人は手でもを行う。 手話 [ ] 握手 ヨーロッパや米国では、ビジネスの場などで互いに挨拶する時、まずまっさきに手と手を握り合う( を行う)のが一般的である。 また、相手が自分を騙そうとしている時など(口先だけだと、うまく取り繕う詐欺師などがいるが)、握手をすることで、手のこわばり具合(度合い)や 汗のかきかたなどで なんとなく察知できることもある、と言い、そういう意味でも、念のため握手をして確認したくなる、と言う。 逆に言うと、握手を拒まない、握手を積極的にするということは、「私にやましいところはありません」「あなたに対する敵意を隠したりしていませんよ」「あなたはです」などという意味・気持ちがほのめかされることになる。 外交の場などでの握手 の場では、首脳同士や大使同士は、基本的にまず握手から始める。 しばしば、握手のしかたに両者(両国)の関係が現れる。 良好な関係の場合は、気持ちのこもった 掌にも適度な力の入った握手が行われる。 反対に仲が悪い国の首脳同士などでは、(嫌っているほうが)掌に力も入れず、(まるで相手の手に触れているのが嫌だと言わんばかりに)握るとほぼ同時に 短い時間ですぐ切り上げてしまう。 会談などが成功のうちに終わった場合、最後に再び熱心に握手をし、友好関係・同盟関係などにあることを確認しあい、その状態で(握手をしたままで)記念撮影などを行うのが一般的である。 手と手が触れ合うことは、重要なコミュニケーションの経路のひとつなのである。 「の手」(1508年) では、時、両手をかるく組む、ということが多い。 右手の指と左手の指を交互に交差させて祈るのである。 では、祈願・請願する時、いくつかの形があるが、ひとつは手を平らにして手を合わせる方法がある()。 手の平をわずかに湾曲させ(「卵型」にしておいて)左右の手を合わせる宗派(あるいは個々の人)もいる。 がある場合は、たとえば、両手のに数珠を(ひとひねりなどして)かけたうえで、両手を合わせる、などということが行われる。 修験道や密教では、手で特定の形をつくる(を切る)ことがある。 では、(おじぎをして)両手をパンパンと2度打ち合わせて(2拍手)、手を合わせておいて祈る、というのが作法だとされている。 合掌は、仏前・神前のみならず、日本では食事の前後など、の気持ちを表す時(を意識する時)にも行われる。 (「感謝しております」などという意味で、書簡などの末尾に「合掌」と記す人もいる。 ) 神話 [ ] 両性具有の創造神の右手は「ヘテペトの手」と呼ばれ、それ自体が女神として神格化され、アトゥム神の女性的部分・女性原理を象徴する。 の2代目の王とされるはいろいろな神話に登場する。 にいたミダスはを助けたことでに感謝され、触れたもの全てを黄金にする能力をもらう。 しかし何でも黄金にする手に困り、この「けがれ」をパクトロス川で払うためににやってくる。 彼は川に黄金を残し(砂金の起源説話)た後、初代王のと女神に養子として認められ、次の王となる。 キリスト教の論では、「父は、その両手である子とによって、万物を創造し、また、これを救いたまう」、という言い方もされる。 奇跡・治癒 [ ] 強い霊力・霊性を持つ人物、あるいは、子供などの無垢なる者が病人に手で触れることで、疾病が快癒するという伝承は世界各地に見られる。 にもそのようなものが含まれている。 においては、王が患部に触れることで病気を治癒するという「 ()」が信じられた。 作家・は代表作『』の第3部「王の帰還」において、これを踏まえつつ「王の手」を描いた。 傷口や疾病の部位を本能的に手で押さえたり、かばおうとすることは、原初的な医療の形態であろうが、のような立場で手を当てるという行為は21世紀現在のにおいても一部の儀式やとして見出すことができる。 こういった「触れる」行為が何らかののイメージと強く結びついている傾向は、今もなお文化の別なく広い範囲に様々な類型として存在し続けているのである。 手相占い [ ] 掌の溝やひだの状態によって、その手の持ち主の過去や未来(運勢)が判る、と考えるのがである。 音楽や楽器と手 [ ] ギターの・と左手。 楽器の演奏の習得のなかには、様々な「手の形」をつくり、それを(理屈ではなく)身体で(手の感覚で)覚える、というプロセスも含まれている。 、、 等々は基本的に手・指を使って演奏するものである。 ピアノの演奏は掌が大きいほうが有利である。 手を開いたときに、親指から小指までの距離が短いと、ピアノの演奏では不利になる。 ピアノの楽曲では片手で1オクターブの和音(例えば「A」(ハ長調のラ)と、その1オクターブ上のAを同時に押さえるような和音)は頻出するので、親指の先と小指の先の間隔が1オクターブより小さい人は、演奏できる楽曲がかなり限られてしまう。 また、「かろうじて1オクターブを押さえられる」程度では、ミスタッチが増える。 しかも、指が太くてしっかりとしていた、と言われている。 それに対して、の手は、指が長く細くて、とても繊細な手をしていたと言われている。 ひとりひとりのピアニストの手の性質の違いが、得意とする演奏スタイルの違いとなり、結果として、作曲する楽曲の曲風・曲調の違いともなって現れることになるのである。 拘束や罰 [ ] が使用されるのは、なんらかの犯罪者や敵対者(手合い)に対してであり、詐欺などとの犯罪とは別に、直接的な収奪や略奪には手が使われる。 特に盗みと手の関係は深く、「手癖が悪い」「手が長い」などと表現することがある。 文化によっては(例えばで)他者の財物を盗んだ者に対して、手のなどの刑を課している(もっとも、そういった文化で必ずその刑が執行されていたわけではなく、様々な条件をつけてかなり融通を利かせていたことが多かった)。 手はまた、人間の自由と同列にも見なされ得る。 その一つの表象がである。 また、古い言葉では捕縛することを手当てといい、手当者という言葉が重罪の囚人のことを意味した。 動物の前肢 [ ] 詳細は「」を参照 日常的には人間以外の動物の器官を「手」と呼ぶことがあるが、それはあくまで俗用で(主に、子供などが)呼ぶことがある [ ]。 学術論文、生物学の教科書などではこれを「手」とは書かない。 哺乳類の前肢 [ ] 現世()の動物では、特ににおいて生態に応じた形状の特化が確認できる。 樹上生活を送る動物の多くは手に(かぎづめ)を持ち、これを樹木に引っ掛けて移動するが、は木や物を しっかりと掴むことのできる構造の手(と他の指との対向性)を進化させ、鉤爪の代わりに、指の末端を補強する役割を持つ(ひらづめ)を発達させた。 霊長類の始原的動物が鉤爪を捨てて木の枝を握ったことは、後世の子孫の一つであるにとってはその誕生の第一条件と言ってよい。 、、、など主たる海生哺乳類の手は、基本構造こそ陸上哺乳類と同じであるが、水中生活への進化適応の結果として魚の(ひれ)のような形態に変化している(など例外はある)。 は指の間にを有する(は前肢には持たない)。 では第1指(ヒトのに相当)に(かぎづめ)があり、他の4本の指は伸張して皮翼を張る骨組みの役割を担っている(図-1の2. 参照)。 現生の四足歩行をする哺乳類の指も生態に適った進化を遂げており、はその手足に、足音を消す働きを持ち衝撃をも吸収する(しょきゅう。 肉球)を発達させている。 有蹄哺乳動物(や、など)では、体重を支えたり走ったりするための(ひづめ)が高度に発達し、指は(退化的進化)を遂げて消失もしくは痕跡化しているものが多い。 この方向性で最も進化を進めているのはであり、彼らは第3指()一つで大地に立っている。 また、四足歩行をする動物の常として、前肢と下肢に著しい差異は見られず、とほぼ同様の構造体である。 両生類・爬虫類・鳥類の前肢 [ ] とでは、やといった手足を持たないものが存在する。 海生類は鰭状の手足を発達させているが、過去に目を向ければ海生爬虫類のほとんど全てが鰭状の手足を具えていたことに気づく。 のは、鉤爪を持つ第1・第2・第3指と、胴体との間に皮翼を張るための長い第4指を発達させていた(第5指は退化。 図-1の1. 参照)。 やといった大型の植物食恐竜や現生のは、長鼻目と同じく、体重を支えることのできる分厚い蹄を持っている。 肉食性と樹上生のものは鉤爪を持つタイプが多く、特に現生のものでは種による著しい形態的差異は認められない。 これは彼らに多様性が無いからではなく、現世が哺乳類隆盛の時代であることに起因する。 の前肢は、となった(俗用、日常的には、食用の鳥類の翼を「手羽」と呼ぶことはある)。 軽量化を課題とした鳥類は進化して第1指を矮小化させ、第4指と第5指は退化・消滅させている。 第2指と第3指は癒着して前腕の一部となり、翼を構成する(図-1の3. 参照)。 小型(前肢を有する)から分化したと考えられている。 方向・位置関係を表す「手」 [ ] 「手」は、手を用いて指すものも意味し、も意味する。 「(やまて、やまのて)」と言えば、山のほう、山側、という意味になる。 「上手(かみて)」と言えば、上の方向、という意味になる。 また「その建物は右手(みぎて)にございます」「左手(ひだりて)にございます」と言えば、「その建物は右の方向(右側)にあります」「左の方向にあります」といった意味になる。 決して「その建物は右の手の平の中にあります」などという意味ではない。 他 [ ] 上述の「手」の用法とは、造語法がかなり異なっているが、 軸の方向関係、の三次元空間内での相互の関係などを人に伝えるために、(結局、手というのは、幼いころから人の目前にあって、皆にとって馴染みの存在、いちいち図・写真などを持ち出さなくても、文字で書いても皆が自分の手を見れば伝わり、説明の助けとして用いやすいので)自然科学の領域で、右手や左手を持ち出すことがある。 そして特定の用語、固定的な表現となっていることがある。 「」「右手の法則」など。 親指、人差し指、中指などを、それぞれ何か(何らかの力などのベクトル)に見立てて(重ねあわせて)聞き手に簡単に伝えることができる。 右手と左手は鏡像関係にあり、ベクトルの異なった関係を指すのに便利なのである。 図-3:直進と回転の関係を表す「右手」 親指を開いたまま、残りの4本の指を軽く握る。 親指の付け根から先に向かう方角が直進運動、直線等を表し、4本の指の付け根から先に向かう方角が、回転運動、巻き等の方角を表す(図-3)。 なおの作るの方向。 直線の電流に対し、磁場は電流を中心とした同心円を成す。 磁場の方向は「右手」である。 詳しくは、「」、「」を参照。 の向き一般を表す。 詳しくは、「」を参照。 三本の直線の関係• の取り方。 「手」と「腕」 [ ] 日本ではの左右の肩から出ている長い部分、腕も「手」と呼ばれる。 日本語()の「て」はもともと肩から出ている長い部分全体を指していた。 漢字の「手」は、手首あたりから指先あたりの形を表したが変化したものだと漢字辞典などでは解説されている。 英語では手首から指先、手を「ハンド」 と言う。 日本の界は腕や手でボールを扱った反則を「ハンド」と呼ぶことがあるがこれは hand のことではなく、「ハンドリング」 を略したものである。 日本語における「手」を含む言葉 [ ] 和語における「て」は古くから広い意味範囲をもって使われてきており、では30を超える語義を示しているほどである。 古くでは「価」の字を「テ」と読む例があり、経済(その原初的形態としての交換行為)とのつながりが考えられる。 上手(かみて)・下手(しもて)といったように方角・方向を意味する用法もある。 なお、上手(じょうず)・下手(へた)と読んだ場合には「ある行為・行動に対する習熟」の意となるように、手による動作が、次いで援用して手によらずともあらゆる動作・手段・方法、および、その行動の主体が広く「手」と呼ばれたのである。 人を象徴する手 [ ] 「動作の主体」まで「手」で代表されるということの一例は、手は「仕事」(職業、生業)を象徴し、それはその人自身をも指し示すということである。 動作や仕事に「手」を付けることで職業や役割になることは、「手」がいかに「人」を例えているのかが理解できる。 「受け手」「聴き手」といった使い方も馴染みのものであろう。 社会 [ ] 人の個のつながりとして、手は手話やなどの手による直接的な触れ合いは、意思の疎通や感情を伝える点において人の社会では重要である。 手は、指を有し把持機能を持つ特徴から、「手組(てぐみ)」とは仲間や組織を作ることであり、「手切(てぎれ)」とは人間関係を断ち切ることでもある、このような言葉に見られるように、人と人とのつながりの象徴ともなる。 そして、そうした関係構築に際して、身体の中で「手」は非常に良く動く部位であるため、音声言語によらず感情や意志の伝達を行う手段として選ばれやすい。 人の歴史は共同体の消長における繰り返しの中での戦いの歴史でもあるため、敵や相対する者に対しても手による表現が使われてきた「手合い」は対戦相手や見下したものに対する表現であり、「手向い」や「手返し」は謀反や反抗などを表現している。 その他にも戦闘集団においての下位のものを「手駒」といい社会集団でも古い言い方では「手下」という。 経済 [ ] 手間・手配 [ ] 仕事や労力を総称して「手間」といい、その仕事がないことを、「手空き・手明き」という。 仕事を割り当てる準備する、人員の配置をすることなどを「手配」という。 上述の「手当て」と同じ漢字で、送り仮名を使わず「手当」とした場合、日本語においては通常指すものが異なり、「手間賃」と同意としての「労働などに対して報酬として与える金銭」あるいは「基本給のほかに支給する金銭」の意となる。 また、古い文章などでは「心付け」の意でも用いている。 実際には治療の「てあて」を「手当」とする場合や、その逆も多く、日本語本来の区別ではなく近代以降便宜的にそのようになされたのみであろう。 また、手配と同様に「前もって行う準備」・「人員の手当てをする」も手当てといいなどと用い、これは手が手段・方法・対処などを意味する例と言えよう。 手形 [ ] 現代、身元確認の一手段として指紋押捺がある。 これは拡大鏡などの道具が無かったころには利用することができないものであった。 しかし、大まかな指紋と指の節の幅・長さ、そして、掌の形状および掌紋などの関係性から、「手形」は唯一性を持つもの経験的に知られており、個人認証の手段であった。 そのため、証書類に署名の代替として用いられることが多く、ここから証書を「手形」と呼ぶようになったとされる。 通行手形などもこれに含まれるが、現代はと言うと、一定金額の支払いを委託もしくは約束したを指す。 手仕事 [ ] 以降、機械による工業製品の大量生産が行われると、様々な理由から「手仕事」は減少したが、大量生産が難しいものや、手仕事でしかできない技術の高い職人による生産や、人の手が生み出す物ならではの温もりと味わいが見直あり、「手作り」のものが根強く残っている。 手作りにおいては丹精込めて作り上げることや仕事をすることを、「手塩に掛ける」や「手間暇掛ける」などという。 の分野では、手で直接的に製品を作り上げている場合に「手工芸」と手を強調した表現も使われる。 技としての手 [ ] 手は日本伝統の技芸などでは、特定の技法やそれによって構成されるものを指したりする。 「本手」とは伝統音楽において本格的な手(曲)・本来の手(曲)、あるいは元々の旋律を指し、「派手」は前者の、「替手」は後者の対義である。 また、歌・唄に対して「手」と呼ぶときは、に対する、あるいは楽器が奏する旋律、旋律型、技法を指す(旋律型としての「楽の手」、技法としての(わごん)の「折る手」やの「押し手」、の「摺り手」など)。 なお「」は、などの音楽において、唄と唄との間に置かれた長大な器楽部分であり、まさに手によってなされる事の意である。 また、「合いの手」は唄と唄の間をつなぐ、手事よりも短い旋律であり、これも同様の意味から来ており、本来、手拍子とは無関係とされる。 また、従来の曲に新しいパートを付ける(、アレンジする)事を「手付け」と呼ぶ。 これに対し、唄を付けるのが「節付け」である。 相撲などでいう「決まり手」も決まり技という意味で使われる。 の挌闘術であるは、のことであり、これはにおいて(腕)が武装・軍備を指すこととも通じる。 はかつて唐手と書いてトウテイ(トウティ)と読み( 参考:)、から伝わった挌闘技法(をベースにしている)を意味した。 脚注 [ ] [] 注• やでは行為後は(で拭くのではなく)手桶の水を流しながら左手で周囲の汚れを洗い落とすのが習慣だったため、後の時代ではトイレ備え付けのシャワーホースを使って肛門周囲を水洗浄することが通常になったとは言え、かつての習慣から左手は衛生面で不潔(不浄)な手とされており、食事の際には左手を隠し、右手でつかんで食べる文化がある。 公の食事の席では左手を出すのは無礼な行為とされている。 ただしやでも左利きの人はいる。 この場合食事は右でその他の動作は左で行う(ただしインドでこの食事文化が厳格なのは右手の指先だけで食べる習慣があるであり、ではほとんど意識されていない)。 割り当て領域の場所は、遺伝である程度は傾向づけられているが、各人がどんな活動をどの程度行うか、行わないか、ということで、領域が広がったり狭くなったりする。 例えば脚ばかりを使う人は、脚に割り当てられる領域がいくらか広がってゆく。 頻繁に使うと、(神経網、シナプスが枝を伸ばし)結果として若干 割り当て領域が広がる。 人にとって、口によるコミュニケーションが主たるものでついそちらばかりに気をとられがちだが、実は、「目は口ほどにものを言う」と言われており、目にも人の感情がしっかりと現れている、人の眼をよく見ると 人の気持ちが良く分かる、とか、「あの人は口では何も言わなかったけれど、眼に感情が現れていた」とか、「眼をよく見たほうがコミュニケーションも円滑になりますよ」といった意味である。 そして、実は人は手でもコミュニケーションを行っている。 しばしばが示す、さまざまな手の形。 例えば聖書の次の箇所である。 がある町におられたとき、そこに全身レプラ(重い皮膚病)にかかった人がいた。 この人はイエスを見てひれ伏し、「主よ、あなたならばわたしを清くすることがおできになります」とのべた。 イエスが手を差しのべてその人に触れ、「よろしい。 清くなれ」と言われると、たちまちにしてその病は消え去った。 — 『』5章12~13• ロイヤル・タッチはの一種に対して有効な治療とされ、時代が下って~ごろにも儀礼化して盛んに行われ、は戴冠式で2,000人に触れたという。 この治療対象は瘰癧(るいれき。 頸部リンパ節結核。 、別名:the king's evil)で、日本などでは珍しかったと思われるが、近世までのヨーロッパでは生活環境の違いなどから、儀礼的な行為も含め、ずっと多かった模様である。 やなど、でも前足に特徴のある場合はそれを「手」ということもあるが、これもあくまで俗用である。 [ ]• 生物学では、手を「の」と言うことがある。 これは学問的で正式な表現である。 だが、逆向きに、動物の前肢を「手」と呼んでしまうのは、あくまで俗用であり、学問的ではない。

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手の骨の出っ張りの名前は?手のくるぶしの正体や読み方は?

手の甲 親指 付け根 名前

いしがみ整形外科クリニック 院長 石神 等• 日本整形外科学会 認定専門医• 日本骨粗鬆症学会 認定専門医• 「ドケルバン病」という病気の名前を聞いたことがないという人も多いかもしれません。 以前は、美容師さん・ピアニストさんなど一部の職業の人に多い「職業病」とも呼ばれていましたが、実は最近になって一般の人の罹患が増えているのです。 以下のような症状に心当たりはありませんか?• 親指を広げたり、力を入れたりすると、親指が痛くなる• 何かを持った拍子に手首にビリっと痛みを感じる もしかしたら、その痛みは、手の腱鞘炎のひとつ、「ドケルバン病」が原因かもしれません。 ドケルバン病の症状• 親指を動かしたり(広げたり)、力を入れたりすると、親指側の手首が痛くなる• 親指側の手首あたりが腫れる• 年齢別にみてみると、発症のピークが2回あるとされています。 ピークその1:妊娠・出産時期:20~30代 ・授乳や沐浴で赤ちゃんの頭を支える時など、親指を広く開く動作を頻繁にすることで、親指に負担がかかる ・妊娠・出産によるホルモンの関与 ピークその2:更年期:50代~60代 ・閉経に伴うホルモンバランスの変化 ・家事による手の酷使 また、以下のような職業や特徴に当てはまる人が発症しやすいと言われています。 料理人・美容師・ピアニスト・テニスプレーヤー・ゴルファーなど、指(特に親指)や手首を酷使する人 ドケルバン病は、手の細かい動きを必要とする・長時間にわたって手首を酷使するような職業の人たちが罹りやすく、「職業病」とも呼ばれています。 仕事でパソコンのキーボード操作をよくする人 パソコンのキーボードを打つ時には、意外と親指を使っているのです。 また、キーボードを打つ角度によっては、手首に負担をかけている場合もあります。 簡単!「ドケルバン病」セルフチェック ドケルバン病セルフチェックには、以下の3つの方法があります。 どの方法でも痛みが増すようであればドケルバン病の疑いがあるので、早めに整形外科を受診しましょう。 手を出して、親指を内側に倒す• 親指を内側に入れて、握りこぶし(グー)をつくる• 手首を手のひら側に、できる限り折り曲げる• 同時に、その2つの腱を覆う腱鞘も厚くなり、腱の通り道が狭くなってしまいます。 さらに、腱の滑りも悪くなるので、親指・手首を使うとより炎症が広がり、腫れや痛みといった不快症状が酷くなるという悪循環に陥ります。 そのため、ドケルバン病は「 狭窄性腱鞘炎(きょうさくしょうけんしょうえん)」とも呼ばれています。 また、近年、よくスマートフォンを使う人たちが、「ドケルバン病」と診断されることもあり、「スマホ腱鞘炎」という別名も付けられています。 ドケルバン病になりやすい時期の一つ、妊娠・出産時期には、「プロゲステロン」という、妊娠の維持に必要なホルモンが通常期よりも多く分泌されています。 一方、更年期の時期には、卵胞ホルモンとも呼ばれる「エストロゲン」が閉経に伴い、減少していきます。 エストロゲンは、女性らしい体つきを作る、髪や肌の潤いを保つ働きだけでなく、腱や関節を柔軟に保つという作用を持っているため、減少することで腱や腱鞘が炎症を起こす原因になります。 ドケルバン病の治療方法 ドケルバン病には、大きく分けて3つの治療法があります。 ドケルバン病の治療で一番大事なことは、「親指・手首をできる限り動かさず、休ませること」です。 患部の安静(添え木で固定する場合も)• 投薬治療(湿布など消炎鎮痛剤)• 患部の温め 軽症であれば、これらを行うことで、ほとんどのケースで痛みや腫れなどの症状が改善します。 手術では、トンネルの屋根を開いて中の通り道を広げるように腱鞘を切開し、鞘を開きます。 その際、腱鞘の中にある2つの腱を分けている壁も切除することとなります。 局所麻酔による日帰り手術(所要時間:15分~30分程度)が可能ですが、大事な知覚神経がそばを通っているので、経験豊富な整形外科医による執刀してもらうことをお勧めします。 ドケルバン病の予防法 家事やスマートフォンの操作など、日常生活で親指や手首を使う動作は意外と多く、知らぬ間に負担をかけていることも少なくありません。 また、スマートフォンの片手操作も親指・手首に負担大です。 両手で操作するようにしましょう。 更年期前後には、積極的に大豆製品を摂取したいですね。 放置は禁物。 しかし、いざ自力で手を使わないように生活しようとしても、これがとても難しく、手に痛みが出て初めて、使用頻度の多さに気づく方も多いのです。 また、痛み以外にもしびれ・力が入らなくなってきた場合などは、重症化や別の病気(手根管症候群や関節の変形など)の可能性もあり、治療に時間を要することになりかねません。 当院では、患者さん一人一人の症状に向き合って診察し、保存的治療から、手術可能な医療機関紹介まで安心できる治療を心がけています。 よく使う手だからこそ、「おかしいな」と思った時、症状が良くなっていかない場合には放置せず、できるだけ早めに治療を受けましょう。

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