大きな古時計。 大きな古時計(平井堅) / コード譜 / ギター

大きな古時計|Grandfather's Clock

大きな古時計

でもこの歌は彼が昔から鼻歌のように歌っていた曲で、全くの新曲ではありません。 この歌はもともとアメリカの歌でした。 日本に来たのは1962年で、 NHK「みんなのうた」で歌われました。 チクタク チクタクと流れるような楽しいリズムで、日本人にすっかり定着しました。 日本語の歌詞は、「一休さん」「ドカベン」などのアニメソングの作詞もある 保富庚午(ほとみこうご)という人で、この訳詩は原詩と少し違いますが、とても日本人の心情にぴったりの歌になり、皆に受けました。 ところで、この歌には日本で歌われるようになる80年前に、アメリカであるいきさつがあって出来た歌でした。 ではそのいきさつを紹介しましょう。 なお 原曲の歌詞と平井堅バーションの歌を下部に表示していますので、ご覧ください。 またこの曲は、日本では 「パイノパイノパイ」(東京節とも言う)の曲で親しまれ、大正時代に流行したコミックソングでした。 さてこの ヘンリー・クレイ・ワーク(Henry Clay Work は1874年、仕事でイギリスのダーラム州ピアスブリッジ(Piercebridge in County Durham)のホテル、「 ジョージ・ホテル(The George Hotel)」に宿泊しました。 そこのホテルのロビーには 大きな古時計がありました。 なかなか立派な時計ですが、よく見ると全く動いていません。 ホテルのロビーで皆が見る時計が止まったままなので、そこの主人に「時計が止まっていますよ」と忠告しました。 ところが主人は平気な顔で、「判っています。 これには理由があるのです」と笑って、その不思議な話を始めたのでした。 ヘンリー・クレイ・ワーク(大きな古時計の作曲者) 「ジョージホテル」はかって、 ジェンキンズという兄弟が経営していました。 そのホテルは、彼らの暖かいもてなしで、地元ではとても評判が良く、旅人にとってもよきホテルでした。 そのホテルのロビーには、 高さが二メートルを超える、 大きな時計が置かれていました。 それは ジェンキンズの兄さんが生まれた日に買って来たものでした。 この時計はとても正確で、その日以来、この大時計はチクタク、チクタクと休むことなく、時を刻み続けました。 宿泊客は、当時の交通手段の馬車の発車時刻をこれで見ていました。 誰もがその時計はこのホテルのシンボルと認めていました。 ある日、独身同士で長く一緒だった弟が、病気で亡くなりました。 そうしたら、それまでづっと、正確に時を刻み続けていた大時計が、 急に遅れるようになりました。 最初は数分程度の遅れでしたが、次第に遅れの度合いは増し、1日に15分も遅れるようになり、いくら修理をしても直りませんでした。 時計の遅れが増したのはそれが古くなったせいかもしれません。 だから 弟の死と時計の遅れは偶然に起こったことかもしれません。 ここまでの話なら、時計の遅れについて、そう言えるかもしれませんが、この時計にまつわる不思議な話はさらに続くのです。 弟の死から1年少したった頃、今度はお 兄さんが後を追うように亡くなりました。 訃報を聞いてかけつけた友人知人たちがホテルのロビーに集まり、挨拶や個人の思い出話をしているさなか、友人の一人が、ふと時計を見て、信じられないような表情でつぶやきました。 「 ・・・・・時計が止まっている」 ホテルのロビーはざわめきました。 しかし驚くことはそれだけではありません。 動きを止めた時計の針が指している時刻、それはお兄さんが息を引き取った時刻とまったく同じ 11時5分で、その事実に気づいた人たちは愕然とその場に立ちすくみました。 彼の死の瞬間の時刻を時計は指していて、動いていたはずの振り子も、その動きをまったく止めてしまっっていたのです。 きっと亡くなったお兄さんは、この時計と長い間心を通わせていたのでろう、と居合わせた人々は思いました。 こうして 大きな時計は、11時5分を指したまま、ホテルのロビーに据え置かれるようになったわけです。 大きな古時計は今でも11時5分で止まっている。 ジョージホテルの主人から聞いた 大きな古時計の不思議なエピソードは、 ヘンリー・ワークに強烈なインスピレーションを与えました。 彼は劇場公演で疲れていたにもかかわらず、その日、一晩中一睡もせずにこの曲を一気に書き上げてしまいました。 イギリスでの公演を終えて、ワークはこの曲を早速アメリカに持ち帰りました。 そしてこの曲を "Grandfather's Clock"(おじいさんの時計)として発表したところ、温かいメロディと不思議な背景の物語と相まって、この歌はまたたく間に多くの人々の賞賛を得て、ついにミリオンセラーになったのです。 ちなみに、この曲が発表される前は、縦型の大きな時計は一般的に「 Coffin Clock(棺おけ時計)」とか「Long case Clock(ロングケース・クロック)」などと呼ばれていましたが、 "Grandfather's Clock"の発表以来、この種の大きな縦型の時計は、その曲のタイトルから "Grandfather's clock"(おじいさんの時計)と一般的に呼ばれるようになり、大ヒット曲は時計の呼び方まで変えてしまったのです。 ところで、これで終わりと思っていたらまだ完結していなかったのです。 この歌には続きがあって、2年後の1878年にワークは "Sequel to Grandfather's Clock" (続・おじいさんの時計) という曲を発表しました。 Sequelとは続編といった意味です。 これはアメリカでもあまりにじみがないそうです。 概略の歌の内容は、その後、 大きな古時計は分解され、装飾されたマホガニーのケースは焚き木にされてバラバラになってしまいます。 前の曲を知っている人にとってはとても悲しい内容です。 続編はワークの完全な創作で、実際のエピソードをもとにしたものではなく、あまり流行らなかったようです。 ここではその曲と歌詞は省略します。 その時に「 大きな古時計」のモデルとなった時計も紹介されていたので、そのことからも、ワークの続編で時計がバラバラにされたのは、全くの創作であることがわかりました。 しかしイギリスの The Goerge Hotelには今でもこの曲のモデルとなった、 大きな古時計が現にあります。 NHK紹介の時計と Goeroge Hotelの時計と、どちらが本当のこの曲のモデルでしょうか?確かに イギリス説では ジェンキンス兄弟は生涯独身で、おじいさんと呼ばれるような孫は居なかったのでおかしい。 アメリカ説も類似の物語がありますが、おかしなところがあり、両方を取り入れた 折半説もあります。 しかしどの時計が本当のこの曲のモデルか結論は出ていません。 今のところはイギリス説が有力なようです。 この歌のモデルになったと言われる、イギリスの The Goerge Hotelは今でも営業し、 11時5分で止まっている大きな古い時計が、有名な曲のモデルとして置かれています。 その周りには、" Grandfather's Clock"の歌詞や誕生のエピソードが記載された新聞記事、作者のH. Workが亡くなったときの新聞記事の写しなどが展示してあるそうです。 今は、特にこれを大きな売り物にしているような感じのHotelではないので、日本で平井堅の歌が流行った頃、日本人が訪ねてゆくと、「ヘーそうなんですか?」と逆に言われるような程度のようです。 そんなわけで、日本人の中には、この曲を日本の歌と思い込んでいる人も多いようです。 他の国ではそれほどではないのに、日本では、どうしてこんなにこの歌は定着したか不思議です。 この歌の日本語歌詞は、ほぼ原曲と同じ内容ですが、言葉使いなどに少し違いがあります。 これにより原曲が少し暗い感じなのに、日本バージョンは、比べると明るい感じの曲になっています。 また原曲は My grandfather's clock(私のおじいさんの時計)ですが、日本バージョンでは単純に「 おじいさんの時計」となっています。 原曲では孫がおじいさんの古時計のことを話しているのですが、日本バージョンでは「私の」を省略し、みんなの「 おじいさん」のように一般化してしています。 だれのことと特定せず、親しみを増した内容になり、いつでもだれでも歌える、懐かしさがこみ上げてくるような気持ちをもてる歌になったのです。 そしてこれが日本人に受けたのでしょう。 日本語の歌は、これはこれで独立した良い歌といえます。 歌って、そのいきさつがわかると、歌っているとき、もっと強い感慨が湧いてきますね。

次の

大きな古時計|Grandfather's Clock

大きな古時計

「大きなのっぽの古時計」ってどんな歌? この曲は1876年にアメリカで発表され、 当時楽譜が100万部以上も売れた ヒット曲で、日本には1940年に 日本へ入ってきました。 そして1962年にNHKの 「みんなのうた」で取り上げられ 日本中に広がりを見せました。 この歌の何がそんなに日本人の心を打ち、 長い年月色あせる事無く 歌い続けられてきているのでしょうか? では、まずが歌詞を見ていきましょう。 「大きなのっぽの古時計」の歌詞は? 大きなのっぽの古時計は 1,2,3番からなる曲です。 それぞれ歌詞を紹介します。 おじいさんが産まれた朝に買ってこられて、 それから長い人生を一緒に過ごし そして最後におじいさんの 旅立ちを見送ったのです。 おじいさんが亡き後、 時計の本体は残っていても時を 刻む事ができなければ人間でいう 「死」を迎えた事と同じです。 大きなのっぽの古時計の歌詞を 深く考えてみると何だか子供が笑いながら 歌う歌ではないような気がしてきます。 当初は「大きなのっぽの古時計」の歌詞は全然違った!? 大きなのっぽの古時計は1940年に 日本へ入ってきた当時、今とは全く違った 歌詞が付けられていました。 1962年にみんなのうたで放送する為に 作詞家の保富庚午さんが 訳詞を付けたのが今の歌詞です。 保富さんはオリジナル曲により 近い訳詞になるよう工夫をしましたが、 テンポや言葉数の都合上 どうしても違うようになった点がありました。 日本ではおじいさんの年齢は100歳だが オリジナル曲では90歳となっている。• 日本では3番までだが オリジナル曲では4番まである。 (オリジナル曲の3番が無くなっている)• 日本語の歌詞とオリジナルの歌詞の訳を 見比べてその違いを知る事も音楽を楽しむ 一つの方法と言えるので気になった人は 一度試してみてください。 「大きなのっぽの古時計」のカバーした人は? 昔は大きなのっぽの古時計が 歌われていたのはNHKの番組内が 多かったのですが、2002年には 歌手の平井堅さんがカバーしました。 メジャーな歌手が子供向けとも 取れるこの歌をカバーした事は 少々驚きがありましたが、 それほど「歌いたい」と思わせる 何かが大きなのっぽの 古時計にはあったのでしょう。 平井堅さんはオリコンで 自身初の1位を獲得しただけでなく、 2003年の選抜高校野球の 入場曲になるなど時代を代表する歌 としても多くの人に認識されました。 他にもアニメやゲーム内で使われたり 電車の発着時の音楽としても使われるなど 多くのシーンで使われています。 「大きなのっぽの古時計」という 歌い出しから歌の題名もそうだと 思っている人が多いですが 正しくは「大きな古時計」です。 幼稚園や保育園、 若しくは小学校で歌った際には 題名も見たり聞いたりしているはずですが 何となく「大きなのっぽの古時計」 と覚えてしまう人が多いようです。 そんな風に、少し間違って覚えていても この曲を知らない人よりも 知っている人の方がかなり 多い事に違いはありません。 これから先、自分の子供や孫に歌って 聞かせてあげる人が減る事は無いでしょう。

次の

大きな古時計 歌詞と解説・日本語訳

大きな古時計

()、BBC男声合唱団(1933年録音)• (1959年、アルバム『Songs Of Our Soil』)• (1961年、アルバム『101 Gang Songs』。 メドレーの1曲として)• (1970年、アルバム『BOSS REGGAE』。 インストゥルメンタル)• ()(1983年、アルバム『Special Delivery』)• ()(1994年、アルバム『Down The Do Re Mi』)• (2003年、アルバム『BORN IN SEATTLE』。 曲名は「Ninety Years」)• (2004年)• 他多数 「 大きな古時計」(おおきなふるどけい、: My Grandfather's Clock)は、の。 「 おじいさんの古時計」というもある。 作詞・作曲はで、に発表され、当時アメリカでが100万部以上売れた。 ワークがを訪問している際に、宿泊先のホテルの主人から聞いたエピソードにヒントを得て歌にしたものである。 My grandfather's clock was too large for the shelf, So it stood ninety years on the floor. It was taller by half than the old man himself, Though it weighed not a penny weight more. It was bought on the morn of the day that he was born, And was always his treasure and pride. But it stopped short, never to go again When the old man died. CHORUS: Ninety years with out slumbering, tick, tock, tick, tock His life seconds numbering, tick, tock, tick, tock It stopped short, never to go again When the old man died. In watching its pendulum swing to and fro Many hours had he spent while a boy. And in childhood and manhood the clock seemed to know And to share both his grief and his joy. For it struck twenty-four when he entered at the door With a blooming and beautiful bride. But it stopped short, never to go again When the old man died. CHORUS My grandfather said that of those he could hire, Not a servant so faithful he found. For it wasted no time, and had but one desire, At the close of each week to be wound. And it kept in its place, not a frown upon its face And its hand never hung by its side. But it stopped short, never to go again When the old man died. CHORUS It rang an alarm in the dead of the night An alarm that for years had been dumb. And we knew that his spirit was pluming for flight That his hour of departure had come. Still the clock kept the time with a soft and muffled chime As we silently stood by his side. But it stopped short, never to go again When the old man died. 歌を担当したのは。 現在日本でよく知られている歌詞は、このときのものである。 後に、NHKのテレビ番組『』などでも歌われるようになった。 NHKの本部が7月にのへ移転する前で、4月からの『』以来12年間続いたの時代で最後の曲となった。 竹口義之作品で渋谷移転後の最初の曲は1974年の『思い出のグリーングラス』。 と昆虫採集(1991年発売『うたの引力実験室』に収録)、(1998年発売『正直な人』収録)、(2002年発売)などの歌手によるカバーが存在する。 頃にが知人の経営するカラオケスナックで歌ったときの音源が2019年発売『石原裕次郎・渡哲也 プライベート』に収録された。 原詞との相違点 [ ] 保富による日本語詞は、英語原詞に近いものだが、以下の相違点がある。 歌詞中のおじいさんの年齢は、原詞では90歳だが、保富による日本語詞では「90年では響きが悪い」との理由で100歳に変更された。 原詞では4番まであり、3番の詩は「おじいさんが時計を褒め称える」内容であるが、保富による日本語詞では3番が丸ごとカットされている。 原詞には「 The old man died(おじいさんが死んだ)」という歌詞が頻繁に出てくるが、保富による日本語詞では保富の意向で3番(英語版の4番に相当)で「へのぼる」とあるのみで直接的には老人の死が表現されていない。 収録作品(「みんなのうた」関連) [ ] オリジナル版• NHK みんなのうた 50 アニバーサリー・ベスト ~おしりかじり虫~ (2011年4月27日 ビクターエンタテインメント) 1973年版を収録• NHK みんなのうた 50 アニバーサリー・ベスト ~大きな古時計~(2011年4月27日 ソニー・ミュージックダイレクト) 2002年版を収録• NHK みんなのうた 第4集(2011年4月22日 NHKエンタープライズ) 1973年版の映像が収録されている。 トリプル・プラチナ()• 第17回ソング・オブ・ザ・イヤー チャート最高順位• 週間1位(4週連続、)• 2002年9月度月間1位(オリコン)• 2002年度年間7位(オリコン)• 2003年度年間98位(オリコン• 1位() シングル 年表 (2002年) 大きな古時計 (2002年) (2002年) に、男性シンガーソングライターのが。 元々は自身のライブで歌っていただけであったが、に、(同曲が『みんなのうた』で紹介されてから40年を迎える)2002年に化することが発表される。 オリジナルとの違いは、2番の一部だけサビがなく、3番でサビの最後の部分が2回歌われている。 日本語詞は保富康午による訳詞。 シングルジャケットには、平井が小学4年生の頃に実家の時計をモデルにして描いた絵が使用されている。 平井は本作でシングルでは初のオリコンチャート1位を獲得し、累計出荷枚数85万枚 (90万枚 とも)を記録する大ヒットとなった。 『』に出場した際に歌われたほか、には第75回開会式の入場行進曲に選定された。 元みんなのうたプロデューサーの川崎龍彦は本番組の楽曲において大きなテーマ、メッセージを扱うことは押しつけがましくなったり、理屈っぽくなってしまうため難しいと述べているが本曲はそのハードルを軽々と超えた楽曲であると語っている。 川崎はこの楽曲を「生と死」を見つけた重いテーマの歌と位置付けており、2002年版のアニメーションを通して、これは「おじいさんの死」を通じて脈々と引き継がれるいのちを歌い上げる賛歌であると語っている。 収録内容 タイトル 作詞・作曲 編曲 時間 1. 「大きな古時計」 (訳詩: 保富康午) 4:46 2. 「Grandfather's clock」 原詞 Henry Clay Work 亀田誠治 4:47 3. 「大きな古時計」 less vocal Henry Clay Work 亀田誠治 4:48 4. 「PAUL」 平井のオリジナル曲。 かつて飼っていた犬に対する思い出をつづった歌で「大きな古時計」と曲のコンセプトが類似するという理由で収録された 平井堅 鈴木大 3:41• 2020 (開催中止) その他の訳詞・替え歌 [ ] 映像外部リンク - - のアルバム『107 SONG BOOK Vol.11 想いでの赤いヤッケ。 』(発売)で、の訳詞によって「おじいさんの古時計」としてカバーされた。 この訳詞では、おじいさんの年齢は80歳である。 にが平井堅によるリメイク版に触発され、「大きな古時計」を「zuzuバージョン」としてでカバーした。 にの『』で披露した際は、「に聞こえる」と紹介された。 関西で放送中の「」のCMでフリーダイヤルを読み上げる際にサビ部分 替え歌 が使用されている。 また、ゼロホームのイメージキャラクター「100年住宅戦隊ゼロ7(セブン)」のテーマソングとして替え歌が使用されている。 続篇・アンサーソング [ ] ワークがに、古時計のその後を歌った続編 Sequel to "Grandfather's Clock"を発表した。 しかし、前作のようなヒットには至らなかった。 その続編では、新しい時計が壁にかけられて古時計が役立たずとなり、古時計はがらくた屋に売り払われ、バラバラに解体されたというのが歌詞の内容となっている。 が2000年7月20日に発売したシングル『あの頃は〜大きなノッポの古時計〜』は、『大きな古時計』のである(イントロで『大きな古時計』の一部の歌詞を歌っている)。 の発売のアルバム『安全第二』に、「豪華な金時計」という曲が収録されている。 絵本 [ ] 本曲を題材とした絵本。 平井堅(作)、(絵)『大きな古時計』ピンナップスアーティスト、2002年、。 (作・絵)、(作)、保富康午(訳)『大きな古時計』、、。 クラシックにおいて [ ] ピアノ伴奏つきのチェロソロ曲として、比較的初心者のチェロ奏者用によく演奏される。 また4パートほどに分けてとしても演奏される事がある。 もちろん編曲の内容によっては相当な難易度となることもあり、プロ奏者がCD収載曲として選択することもある。 評価 [ ] (平成15年)にNPO「日本童謡の会」が全国約5800人のアンケートに基づき発表した「好きな童謡」ではアメリカの楽曲であることを理由に対象外とされたが、第10位に相当する票を集めた。 使用 [ ]• NHKの『』で、英語版「Grandfather's Clock」が歌われた。 アニメ『』関連のアルバムに、の歌う「大きな古時計」が収録されることがある。 アニメ『』から派生したアルバム『クレヨンしんちゃん「どうよう きけばぁ〜」』に、(声優:)の歌う「大きな古時計」を収録。 フェアリーコンサート〜みんなで歌おう童謡まつり〜』に、の歌う「大きな古時計」を収録。 ゲーム『』の挿入歌として、の歌う英語版「Grandfather's Clock」を使用(CD『骨董時計箱』に収録)。 ゲーム『』のエンディング曲として、の歌う「大きな古時計」を使用。 ゲーム『三味線ブラザーズ』に「大きな古時計」を収録。 の到着前のの冒頭に流される。 ゲーム『』関連のアルバム『』に、鷺沢文香(声優:)が歌う「大きな古時計」を収録。 アレンジは烏屋茶房が担当している。 ゲーム『』及びOST『シンクロニカ オリジナルサウンドトラック』に、Mi-yoが歌う英語版「Grandfather's Clock」を収録。 アレンジはA-beeが担当。 の転車台で、転車台回転時のメロディーに使われている。 の信号開通メロディとしても使用されている。 RE540Mの3・4時のメロディとしても使用されている。 この歌を録音した歌手 [ ]• 著作権情報 [ ] によると、翻訳前の元々の作詞・作曲に関しては著作権は消滅している。 但し、「お祖父さんの時計」の訳詞者・門田ゆたか(1975年没)、「大きな古時計」の訳詞者・保富康午(1984年没)、「おじいさんの古時計」の訳詞者・高石ともや(2019年現在存命中)については2018年現在、没後70年経過していないので、これらの訳詞に関する著作権は有効である。 脚注 [ ] []• のカバー版が日本で発売された際に使用された。 原詞の冒頭では、おじいさんの古時計は「棚に置くには大きすぎて、90年間ずっと床に置いてあった」となっている。 そのため grandfather clockは「床置きの大型振り子時計」の意味で用いられるようになった。 、PRTIMES(株式会社テイチクエンタテインメント)、2019年7月17日 15時56分。 、道浦俊彦の平成ことば事情、2002年10月5日。 , 大きな古時計 平井堅 - 2019年1月17日閲覧。 、SANSPO. COM、• 「NHKテキスト みんなのうた」(NHK出版)2017年4・5月号 58頁• 、立命館大学産業社会学部。 チェロ奏者のが2006年発売のアルバム『初恋〜チェロによる日本の旋律』に収録している。 、、2003年6月27日 21:56。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - ()• (1988)• (1989春)• (1989秋)• (1990春)• (1990秋)• (1991春)• (1991秋)• (1992春)• (1992秋)• (1993春)• (1993秋)• (1994春)• (1994秋)• (1995春)• (1995秋)• (1996春)• (1996秋)• (1997春)• (1997秋)• (1998春)• (1998秋)• (1999春)• (1999秋)• (2000春)• (2000冬)• (2001春)• (2001秋)• (2002春)• (2002秋)• (2003春)• (2003秋)• (2004春)• (2004秋)• (2005春)• (2005秋)• (2006春)• (2006秋)• (2007春)• (2007秋)• (2008春)• (2008秋)• (2009春)• (2009秋)• (2010春)• (2010秋)• (2011春)• (2011秋)• (2012春)• (2012秋)• (2013春)• (2013秋)• (2014春)• (2014秋)• (2015春)• (2015秋)• (2016春)• (2016秋)• (2017春)• (2017秋)• (2018春)• (2018秋)• (2019春)• (2019秋).

次の