セクシャル マジョリティ。 LGBT団体-日本セクシュアルマイノリティ協会(JLGA)

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セクシャル マジョリティ

現在看護師である自分は、一応大学で看護学を学んできました。 看護学と一言でいったとしても、その内容は多岐にわたっています。 基礎、成人、小児、老年、精神、母性、地域、在宅… それらにとどまることはなく、範囲を広げていったとしたら 教員分野や政治・経済、福祉・介護… 多くの分野に関連があり、学べば学ぶほど奥が深い領域なのかもしれません。 なので、看護という領域は白黒はっきりしたものではないと言えます。 特に看護師は医師の診察と治療の補助を行うだけの存在ではないということは声を大にして言いたいです。 セクシャルマイノリティについて日本で社会的に取り上げられるようになってからは そんなに長い年月は立っていないと思われます。 学問的なことを考えるとまだまだ新しい分野であることは間違いありません。 セクシャルマイノリティについては医療分野において密接な関連があると個人的には思っています。 メンタルヘルスの問題、発達段階の考え方、心と体の不一致の捉え方、元の体に戻していく手術… ですが残念なことに、日本の医療の世界では、セクシャルマイノリティについて学術的に学ぶことはあまりありません。 更に言えば、看護学の中で取り上げられることはかなり少ないのが現状です。 実際私も大学で学んだことを振り返ってみると 半陰陽についてとか、病態生理とかで習ったくらいだった気がします。 そして母性の先生から男性的なことに対してセクハラ的なことを言われたとか…。 そんな程度しか思い出すことができないくらいです。 LGBTの人は約5. 2%存在すると言われています。 その割合は左ききの人、AB型の人の割合と同じくらいだと言われています。 更に言えば1クラス40人として考えると1人はLGBTであるという割合であり 日本の人口で割り出すと約680万人とも言われているのです。 この数字、少ないと思いますか? 自分は決して少ないとは思いません。 ちなみに統合失調症の人は人口の0. 5〜1. 5%と言われているため、圧倒的にLGBTの割合の方が高いのです。 話を戻すのですが、この割合をもとに考えてみれば 多くの人と関わることとなる、その人のライフスタイルや家族などにも踏み入ることとなる看護師が セクシャルマイノリティのことをあまり勉強せず関わっているという現状を不思議に思ってしまいます。 それどころか日本の医療がセクシャルマイノリティに向ける目は冷ややかなものが多いのも現状です。 男と女がこの世にいて、男と女が恋に落ち、結婚し、子供を生み育てる。 それが普通です、当たり前です。 と、未だに日本の社会は子供たちに教えています。 その他の選択肢は教育の中では未だに排他されてきています。 選択肢はそれしかないと刷り込まれれば、その他の道であると自覚したとき、「おかしい」という認識となります。 そして社会的に普通でないことは気持ち悪いと、おかしいのだとテレビとかで取り上げられてしまい マイノリティであることは隠さなければならない、自分はおかしいのだからと考えるようになります。 そしていつの間にかマイノリティはさけられ、隅に追いやられているのです。 日本の医療の基盤は、未だに男性と女性です。 そして恋愛、家族の形も異性愛が普通であり、男女が結婚し子供を生み育てるというものです。 セクシャルマイノリティの人が、その概念に基づき医療を提供されたとしても その人にとっては苦痛かもしれないと、考えたことはあるでしょうか。 セクシャルマイノリティについて、看護分野でさけられてきてしまった現実によって セクシャルマイノリティについて看護師が考える機会は与えられずにいます。 本当にこのような現状で、患者さんは病気とまっすぐ向き合えるのでしょうか。 例えば性別違和感がある人が心と一致していない自分の体を見られることが、どれほど辛いことか 同性を愛し、同性のパートナーがいて、その人がお見舞いにきたとき ひそひそと看護師が噂をしている、話題となっていると知ったら、どんなに心苦しいことか。 人が人を愛し、その人を心配している、病気が良くなってほしいと願うこと それは異性だろうと同性だろうと、性別に違和感があろうと、違いのない想いです。 どの人にも安全で安楽な医療を提供でき、その患者さんが病気と向き合えるように支援するというのならば 看護の世界においてセクシャルマイノリティについて組み込んでほしいと 自分は願っています。 そしてこの文章によって 今看護師である人たちが、セクシャルマイノリティの存在を身近に感じてくれて どういうことなのかと少し考える機会となるのであれば幸いです。 kai.

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セクシャルマイノリティの定義とは

セクシャル マジョリティ

このコラムを読んでいる人の中で、海外で生活したことがある人、もしくは、海外で生活してみたいと考えている人はどのくらいいるでしょうか。 現在、日本には223万人を超える外国人が暮らしています。 この中で、永住者の次に多いのが留学生で、およそ21万人の留学生が大学や専修学校、日本語学校などで学んでいます。 留学生は、第二言語で修学や研究を行うハードルに加え、自らの文化的背景や価値観とまったく異なる社会で生活しているために、さまざまな課題や困難に直面することがあります。 家族や友達がそばにいないため、ソーシャルサポートが少なくなったり、異文化に触れることで自分のアイデンティティが変化したり、また、マイノリティ(少数派)に対する偏見や差別を経験したりすることがあります。 その「当たり前」は、 すべての人にとって当たり前か? マジョリティ(多数派)側の人たちにとっては気づきにくいかもしれませんが、日本には、国籍以外にも、民族、宗教、性的指向、ジェンダー、障がいの有無、出自などにおいて多様な背景を持つ人々がいます。 マジョリティ側の人たちにとっては当たり前とされる価値観が、マイノリティにとっては当たり前でないことが多々あります。 マリノリティであるがゆえに世間のステレオタイプを押し付けられたり、差別を経験したりすることもあります。 しかし、同じ日本人であっても、日本国内で暮らす日本人はマジョリティですが、フランスで生活していればマイノリティになるように、マジョリティかマイノリティかというのは、環境に大きく依存します。 私の研究では、マイノリティの中でも特に留学生がどのような経験をしているかに注目しています。 どのような要因が留学生の文化受容に影響をおよぼし、困難な状況を招いているのか、どのようにしたら彼ら彼女らが健康な学生生活を送っていけるのかということを、個人的要因と社会的要因の両方から探っています。 カウンセラーの役割とは、面談室で目の前に座っているクライアントに心理援助を行うことに加えて、社会の構造に目を向け、マイノリティの生きにくさにつながっているかもしれない「マジョリティの当たり前」を見いだし、それらが少しずつ変わるよう働きかけていくことでもあります。 多様な人たちが生きやすい社会を作っていくことが必要なのです。

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セクシャルマイノリティと看護

セクシャル マジョリティ

Q1 セクシュアル・マイノリティとはどのような人たちのことを指すのですか? セクシュアル・マイノリティとは、現在の社会のなかで「これが普通」「こうあるべき」だと思われている「性のあり方」に当てはまらない人たちのことを、まとめて指す総称のことです。 「性のあり方」には、いろいろな側面があります。 生物学的にオスであるかメスであるか(=セックス)、という問いにかぎらず、社会的にどのような性役割(=ジェンダー)を持って生きているのか、あるいは誰とどのような恋愛や性愛の関係を持つのか/持たないのか(=セクシュアリティ)、ということなどの「さまざまな要素」が複雑に絡んでいます。 これらの要素は、個人の意思では変えることができない(「好きでやっているんでしょ」とは言えないような)部分を多く含んでいます。 「性のあり方」は個人の尊厳に根本的に関わってくる問題として、個々人のあり方に目を向ける姿勢が大切です。 わたしたちの社会には「性のあり方」をめぐる、さまざまな「これが普通」「こうあるべき」といった規範があります。 そのなかでも、もっとも強烈なものは、「この社会には男と女しかいない(そして、それは身体の性別で生まれつき定められている)」ということと、「人は誰しも異性を好きになるものだ」というものです。 これらの規範からはずれている人たちを、狭義でセクシュアル・マイノリティと呼びます。 「性のあり方」の規範は、客観的な事実だから支持されているというよりは、実際には「だってそういうものでしょ」という多数派の人たちの、「これまでの社会のなかで刷り込まれてきた無意識」によって支持されています。 それによって、規範に乗れない人たちは「良くない」「そうあるべきでない」「自然でない」というレッテルを貼り付けられるという憂き目にあっています。 実際には、ある人にとって何が「自然」であるかは、もう少し丁寧に語られる必要があります。 半世紀前には、白人と黒人の結婚は「不自然」とされていました。 また、自然界では1500種を超える動物において、同性間の性行為が認められています。 オスどうしで生涯をともにするペンギンのカップルや、ボノボの性行為の半数以上がメスどうしで行われていることを、人間の同性愛と関連づけて話すのは厳密には正確ではないかもしれません。 ですが、「自然はつねに多様性をはらんでいる」というのは、おそらく真理ではないでしょうか。 Q2 どのようなカテゴリーがあるのですか? よく使われる主なカテゴリーに、LGBTというものがあります。 それぞれ、L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)の頭文字をとって並べた言葉です。 カタカナでちょっと馴染みにくいかもしれませんが、ひとつずつ詳しく見てみましょう。 L:レズビアン(女性を恋愛や性愛の対象とする女性) G:ゲイ(男性を恋愛や性愛の対象とする男性) B:バイセクシュアル(男女どちらにも恋愛や性愛の対象が向く人。 あるいは、同性か異性かなどという問いそのものを拒否する人) LGBTと並んでいるアルファベットの最初の3文字は、「恋愛や性愛の対象とする相手の性別」(性的指向)に関するマイノリティを表しています。 わたしたちの社会では「異性愛」(ヘテロセクシュアル)が前提として語られることが多く、またさまざまな社会的な制度も「異性愛」だけを想定して構築されていることが大半です。 しかし実際には、同性に魅かれたり、男女どちらにも(あるいは性別にこだわりなく)恋愛をする人々も、この社会で一緒に暮らしています。 すでにみなさんがご存じのように、「異性愛」の人々の恋愛の仕方はさまざまです。 年上好きや、ツンデレ屋がいれば、束縛するタイプも、セックスが好きな人もいます。 LGBの人たちも(異性愛の人たちがそうであるように!)、恋愛観や好きなタイプ、心地よいつき合い方、セックスに対する考え方は一人ひとり違います。 その意味では「LGB」や「異性愛」というカテゴリーで括ってはみたものの、一人ひとりが個別の性を生きているという視点が、より正確かもしれません。 また、Aセクシュアルといって、恋愛や性愛への関心が無かったり、関心が希薄であったりする人々を指す言葉もあります。 T:トランスジェンダー(出生時に応じて割り振られたジェンダーと、自らのアイデンティティが一致しない人の総称。 いわゆる身体の性別と心の性別が一致せず違和感を持つこと。 あるいは、既存のジェンダーのあり方に疑問を付し、それを越えようとする人。 LGBTという単語の、最後の1文字は「自分の性別をどう捉えているか」に関するマイノリティを表しています。 「身体の性別と心の性別が一致しない」というと、性同一性障害という言葉が思い浮かんだ方もいるかもしれません。 性同一性障害は、トランスジェンダーのなかでも、「医療を必要とする人たち」を指した医学的な概念になります。 外見上の性別を変えるために、性ホルモンや外科手術などの医学の力を借りることがしばしばあるために、このような疾患名がついていますが、実際にはすべての人が医療を必要としているわけではなく、さらにはトランスジェンダーが疾患であるかどうかについては、国際的な議論も起きています。 Q3 セクシュアル・マイノリティの方はどれくらいいるのですか? セクシュアル・マイノリティは、人種におけるマイノリティなどと異なり、「見た目では分からない」ことが多いため、アンケート調査によって統計が取られています。 「同性に魅かれたことがあるか?」という質問に対しては、世界中(日本を含む)でさまざまな調査がなされていますが、だいたい人口の3~5%の人が「ある」と回答をしています。 人口の3~5%というと、20~30人に1人の割合が「同性に魅かれたことがある」経験をしていることになります。 これはつまり、学校のクラスのなかに1~2人はLGBの当事者がいるくらいの割合です。 「左利き」の人が存在する割合と同じ、という表現がなされることもあります。 一方で、「自分のことをトランスジェンダーだと思うか?」という質問に対しては、いろいろな数字が出ています。 トランスジェンダーのうち医療機関を受診して性同一性障害の診断を得る人の割合は数千人~数万人に1人と言われていますが、医療機関を受診する人たちはトランスジェンダーの一部にすぎないため、潜在的には性別への違和感を覚えている人たちはもっとたくさんいることが予想されます。 2012年の国連開発計画のレポートでは、トランスジェンダーの存在する割合は300人に1人と指摘されています(タイ、アメリカで個別に取った「自分のことをトランスジェンダーだと思うか」という調査結果に由来するもの)。 日本でも、トランスジェンダーの当事者が、「自分の学校にも、もう1人当事者がいた」という語りをすることは頻繁にあるため、「数百人に1人」くらいが妥当な数字だと思われます。 【次ページにつづく】.

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