下町 ゴリラズ。 「#ゲイホイホイ」のプチ炎上と「TOOT×下町ゴリラズ」を眺めて、俺たちは一人ひとりの石原さとみを大事にしなければならないと改めて思った回

「#ゲイホイホイ」のプチ炎上と「TOOT×下町ゴリラズ」を眺めて、俺たちは一人ひとりの石原さとみを大事にしなければならないと改めて思った回

下町 ゴリラズ

今日は父の日ですね。 僕は20年父親には連絡取ってないし、会ってないのは30年くらいか。 3歳のときに親が離婚したんですよね。 最近は落ち着きましたが、特に10代とか20代は無い物ねだりの人生でした。 あれがあれば幸せなんだ、父親がいればとか、兄弟がいればとか、普通の家庭だったらとか・・・ そんなマインドだったら永遠に欲がでて幸せにはなれないんじゃないかなと思うようになっていた。 過度な装飾を削っていってそれで残ったものに幸せを感じられる大人になろうとおもう。 贅沢はしなくてもいいから 仕事で誰かのためになれて 週末は仲間とアメフトやって たまに焼き肉とビールが飲める人生なら 幸せなんだろうと最近は思う。 一応空に向かってありがとうと言っておこう。 不便ではあったけど、幸せに生きてると。 父親も生きてればどこかの空で繋がってるだろう 笑.

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日本アメフト社会人Xリーグとは?2019年に新チーム加入の下町ゴリラズ!?

下町 ゴリラズ

加藤良と申します。 この度、新設するアメリカンフットボールチーム『下町ゴリラズ』 の代表を務めることになりました。 まずは自己紹介を兼ねて私の競技歴を簡単に紹介いたします。 アメリカンフットボールというスポーツ、 そして選手も身近に感じてもらいたいと思い 上記をチームコンセプトの一つにしました。 そこで、何度も落胆したことがあります。 運動能力、モチベーションがX1の選手とさほど変わらないX2の選手がいるのに、 その努力が報われないというケースが多いという現状です。 特に、もちろんすべてのチームではありませんが、 《リーグ戦で勝ち上がり、X2からX1に上がれる資格を得たとしても、スポンサー不在で資金が足らず昇格を辞退する》というケースが他チームでは起こっており、同じ選手としていじらしい気持ちになりました。 そして選手の面でも課題があります。 やる気、運動能力が高いのにうまくなれる環境がなくほとんどの選手が今まで培ったアメフト貯金を切り崩しながら、選手生活を送っています。 若い夢のある選手が、今は1部に挑戦するレベルではないけど、ゴリラズで成長して次のステージに挑戦する準備ができる!そんなプラットフォームを作りたいと思っております。 『下町ゴリラズ』は、アメフトと真摯に向き合っている選手達が報われ、応援してくれる方々と共にスポーツの醍醐味を感じていけるチームを作りたいと思い立ち上げました。 まずは社会人でも競技を続ける選手を増やすこと、また未経験でも始められる環境をつくること、そして競技人口を増やすことで日本のフットボールの発展につながると思っております。 〈活動場所〉 墨田区、葛飾区、台東区、江東区 〈練習頻度〉 まずは土曜日か日曜日の週1回行うことを予定してます。 少しでも共感できる人は連絡ください。 ・アメフトに本気で打ち込める人 ・成長意欲のある人 ・思考に柔軟性のある人 ・すぐに行動に移せる人 ・仲間を大切にできる人 ・自分の考えをしっかり相手に伝えられる人 ・まずは自身の半径5メートルの人の役に立てるように振舞える人 アメフトの上手い下手は問いません。 真摯にアメフトと向き合える人を全力でサポートをしていきます。 2020年にX1昇格をかけた入替戦に出場できるようチーム作りをしていきます。 みんなが努力し、積み重ねてきたものを花咲かせる場所、一緒に作っていきましょう。 今では形を変えて、多くの事業主、フリーランスのクリエイターがたくさんいます。 良いものを作れば売れるという時代が終わり、これからは個人、組織同士が繋がって、一緒に新しい価値を生み出していく時代になりました。 ゴリラズではアメフトというスポーツを媒体にして、多くの個人の方々、お店の方々、 企業の方とつながって、新しい文化やビジネスを作って盛り上げていきたいと思っております。 例えば ・街の清掃活動 ・学校や施設でのイベントの手伝い ・行政のイベントの参加 ・チームメンバーで飲食店に伺う ・企業やお店のPR活動を行う などチームをあげて様々な取り組みをしていきます。 デザインの候補は後程アップいたします。 選手、スタッフと同じ目線でフィールドに立って間近でチームを感じることができます。 私達はチームの活動を応援してくださる方々を募集しております。 『下町ゴリラズ』は本気で日本のアメリカンフットボール業界を変えたいと思っています。 遠い目標のようですが、才能を持っているのに環境や境遇で埋もれてしまっている選手を数多く見てきたので、決して不可能なことではないと思っております。 スポーツは周りのサポートがあってこそのもの。 どんなに才能のある有名選手であっても、周りのサポート無しでは偉業を達成できないものです。 全力でアメフトと向き合う選手達をぜひ応援してください。 皆様の支えで選手達が大きく成長し、大きく羽ばたく姿をお見せできるようなチームを作れるよう邁進します。 そして我々はスポーツという媒体を通して、自分たちが暮らす下町の活性化のお手伝いを行い地域を盛り上げていくことをお約束いたします。 『下町ゴリラズ』の理念に共感してくれる方々、ご応募、ご支援よろしくお願いします。 目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。 FAQ Q. 支払い方法は何がありますか? A. クレジットカードの決済はいつ行われますか? A. 「All-or-Nothing」では募集期間中に目標金額を達成した場合、「All-In」では目標金額の達成・未達成に関わらず、プロジェクトは成立となります。 募集期間内にプロジェクトが成立した場合のみ、支援金の決済が実行されます。 募集期間内にプロジェクトが成立しない場合は、支援金の決済は実行されません。 その場合はプロジェクトオーナーに支援金は支払われず、選択したリターンの発送(履行)もありません。 プロジェクトに関する質問はどうすればいいですか? A. プロジェクト内容に関するご質問やご意見は、プロジェクトオーナーへCAMPFIREのメッセージ機能をご利用ください。 間違って支援した場合はどうなりますか? A. 選択したリターンの変更・キャンセル・返金は一切受け付けておりません。 リターンの変更・キャンセル・返金については、各プロジェクトオーナーへ直接お問い合わせください。

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社会人アメリカンフットボールチーム【下町ゴリラズ】立ち上げ

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こういう内容は保険の営業の時とか心を許した人にしか話さないんだけどね。 ちょっと長くなるけどお付き合いください。 学生時代から今に至るまでのキャリアとスポーツです。 いや〜薄いですね。 少し行間埋めていきますね。 高校に入るまでの話でいうと僕は結構貧乏育ちなんです。 母子家庭でしたし。 それこそ家賃15000円で汲み取り式のトイレで恥ずかしくて友達を家に呼べなくて 笑 それでも母親はギャンブル好きという地獄。 中学時代は制服でパチンコ屋に行っては母親をつまみ出したりしてました。 あと生徒会長でした。 そんな大嫌いな親でしたけど、やっぱり褒めてもらいたいってのは子供心にあったのかな。 まぁ、褒めてはくれなかった。 バレーでもそれなりに活躍したので日本一の環境でやりたいって筑波大を目指し始めて。 全く勉強してなかったから受かるわけもなく。 予備校いく金もないから、10万円だけ親戚から借りて上京して新聞配達しながら予備校通いました、それも2年 笑 朝2時に起きて朝刊配って、予備校行って勉強して 昼は菓子パン食べて、夕刊配って勉強して・・・ お昼に白飯食ってるやつが恨めしがった 笑 戦時中みたいですね。 お金がないから滑り止めなんてないよね。 筑波一本で、前記後期前記後期前記の5回目で合格。 このタイミングで親が倒れる。 さすがに途方に暮れた。 でもやっぱり日本一とか日本代表になりたくて、大学から始めても代表を目指せるものでアメフトになった。 学生選抜とか海外のトライアウトに招聘してもらったりはしたけど、まだ夢の半ば。 でも日本一は届かなかった。 今度はプロスポーツを目指そうと思って競輪に挑戦。 オービックから2人競輪に転向していたのもあって。 1日100kmとか。 でも母親が危篤ということでお世話になった師匠にお礼とお詫びをして実家に帰省。 トレーナー業界へ。 でもやりたいことで稼ぐという難しさも学んだ。 20歳の子と給料同じってのは少し辛かったな。 大変だったけど、充実はしていた。 けど2015年に母親の容態が悪化して帰省。 そこで帰らぬ人となった。 ただ最後を看取ることができたのが幸いだった。 胃瘻で1年以上頑張るのは凄いって医師がびっくりしていた。 でも僕が殺したようなもの。 もともと親の治療費稼ごうと思っていたからここで燃え尽きた。 Aマニュライフ生命(ボブスレー) 心機一転してマネジャーとして転職。 自分のチームをつくる喜びを経験できた。 B保険代理店(アメフト) 採用した子が成績が怪しくなってきて、僕はもう一度チャンスをと思って引き連れて転職。 そこの水が合わなかったのかみんな辞めてしまって、僕も途方に暮れた Cオフェンスライン(アメフト) 同時にジムも運営していたが、やめた最大の理由はアメフトのチームをつくるなら出資者から借りたお金を一括で返済しろと言われたこと。 そんな契約ではなかったのに。 僕はアメフトチームを選び経営権を譲った。 ちなみに譲った時が1番利益がでているいい状態ではあった、その後はご存知の通り。 Dタピオカ屋(アメフト) お世話になった人が持ち家のテナントで店をやりたいと言うから手伝った。 3ヶ月休み無しで毎日13〜15時間は働いたかな。 先月末に限界をむかえて倒れ、救急車で運ばれた E下町ゴリラズ合同会社(アメフト) 今ここ。 という感じで履歴書の行間を埋めてみた。 もっとエピソードはあるんだけどね(汗) もともとは親に褒められたい一心で上を上を目指していた。 親が死んだときはどうしようもない感情が溢れたのを覚えている。 そこは今では自分の中ではちゃんと消化できたつもり。 僕は薄っぺらな人生を歩んできたかもしれないが、 ・勉強やスポーツは金持ちとか貧乏関係なく努力すればそれなりに報われること ・何かに挑戦したいと思えば、貧乏だろうが手を差し伸べてくれる人がいること そんなことを伝えていきたいと思って生きている。 経済的な理由で何かを諦めてしまう子が減るように。 バラバラなことをしているようだけど、僕の生き方のどこかが誰かのためになるのであればそれだけで意味があるかなと思う。 書き殴ったので読みづらかったらごめんなさい。 そんな僕の今まででした。

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