みんみん 相模 大野。 ・13 東京都内: 写真撮っけど,さすけねがい?

大野山―富士山や相模湾の眺めが素晴らしい―

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概要 [ ] 古くからの集落は沿いの段丘下に位置し、には上流側から上矢部村、淵野辺村、鵜野森村、上鶴間村が成立していた。 集落の西側の段丘上には(相模原台地)が広がっており、水が乏しいために原野となっていた。 江戸時代初期の年間の矢部新田を最初に境川沿いの村を本村とするが行われ、次いで淵野辺新田、が開かれた。 後も台地の開拓は続けられ、(明治13年)の中和田新開、(明治15年)の篠原新開、(明治20年)の谷口新開、(明治21年)の中村新開が開拓された。 (明治22年)の施行に際して、上矢部村、矢部新田村、淵野辺村、鵜野森村、上鶴間村が合併し、新たに 大野村を称した。 旧村を引き継ぐ、、、鵜野森、の5大字を編成し、村役場はそれらのほぼ中間に位置する大字淵野辺の字下長久保(現・三丁目)に置いた。 村域に鉄道が敷設されたものの、付近以外は全体的に農村としての性格はあまり変化がなかった。 しかし、(昭和11年)以降、陸軍施設が相次いで移転・開設されたことに伴い、農村から軍都としての様相を濃厚にあらわしてきた。 相模原町発足の経緯については、及びを参考にされたい。 沿革 [ ]• (明治22年) の施行により、上矢部村・矢部新田村・淵野辺村・鵜野森村・上鶴間村が合併し、 大野村になる。 面積は25で、当時は高座郡で最大の村であった。 人口:3,888人((明治23年))、4,640人((明治43年))、11,745人((昭和16年))• (明治41年) 横浜鉄道(現:(JR東日本))が敷設され、村域に淵野辺駅が開設される。 (昭和2年)4月1日 小田原急行鉄道(現:)小田原線が敷設される。 (昭和4年)4月1日 小田原急行鉄道江ノ島線が敷設され、村域に東林間都市駅(現:)が開設される。 また、小田原線との分岐点に大野信号所(とは別)が開設される。 (昭和13年) 村域に小田原急行鉄道の相模原駅(現:)が開設される。 (昭和13年)4月1日 大野信号所が通信学校駅(現:)に昇格する。 (昭和16年) 高座郡・麻溝村・新磯村・大沢村・大野村・・・の新設合併により 相模原町になる。 相模原町役場が淵野辺(現大野北出張所付近)に置かれたが、同年9月1日に旧上溝町役場に移転した。 大野村役場は相模原町役場大野出張所となる。 (昭和23年)4月1日 相模原町役場出張所を支所と改称する。 大野出張所は大野中支所(現:大野中出張所)となり、旧大野村域内に大野北支所(現:大野北出張所)・大野南支所(現:大野南出張所)が新設される。 参考文献 [ ]• 相模原市史 関連項目 [ ]•

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教職員人事異動 : 相模原市 小中学校 教員 異動・退職等 2018/03/30

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私〔三日画師〕が,あちこちぶらぶら出歩いた時に撮った写真をネタにしたブログ。 商店街や路地裏,駅前の雑然としたごく日常の風景を臆面もなく大量に公開。 「写真撮っけど,さすけねがい?」を標準語に直すと「これから写真を撮りますけど,撮ってもいいでしょうか?」という意味• デジタルカメラ,パソコン,音楽,鉄道,その他あれこれに関して,三日画師がかすかだる。 ツッコミは「かすかだんでねぇ!」でお願いします。 屁理屈を言う・生意気なことを言う,という意味• 長辺480pixelの写真を,ブログ記事に対応したアルバム毎にExif情報付きで保管• 興味あるもの・面白いものを適当に放り込む。 Tumblr ごった煮ページ• iPhoneの写真撮影アプリInstagramで日々撮りまくる。 InstaWeatherを使って天気や気温も記録する。 日々の行動記録• Flickr! 内に保存してある写真を,北海道・東北・関東・中部・関西・中国・四国・九州・その他に分類• レトロ風 立川屋台村パラダイス「ヤタパラ」 立川駅南口(ホテルメッツ立川)の横を多摩都市モノレールが通る。 多摩都市モノレールの立川南駅。 朝っぱらから立川駅南口の数カ所に人だかりができている。 どれもパチンコ屋。 若い人が多くてびっくり。 信じられない光景だ。 東側を見る。 ペデストリアンデッキが2005年に見たときと同じ状態で,中途半端なところで工事が止まったままだ。 ぽつんと新しい区割りの中に取り残されていた「らーめん立川や」の建物がなくなっている。 立川南口すずらん通り商店街。 毎年5月初旬に開催される「立川フラメンコ」は,このすずらん通り商店街を中心に行われるらしい。 今年は,調べてみたら5月6日,この写真を撮った翌日に開催されたようだ。 立川南口すずらん通り商店街。 すずらん通りから立川南口いろは通り商店街に抜ける。 正面のビルは立川駅南口の駅ビル「グランデュオ立川」。 立川南口いろは通り商店街。 いろは通りからすずらん通りへ抜ける。 立川南口いろは通り商店街には飲食店が多い。 このあたりはいろは通り商店街とすずらん通り商店街の境界か。 立川フラメンコの旗がなびく。 錦町一丁目西交差点から西側のウインズ通りを見る。 ここもいろは通り商店街。 左側には巨大なウインズ立川A館がある。 正面はグランデュオ立川。 錦町一丁目の路地。 「ウインズ通り」の街路灯が花に埋もれている。 錦町一丁目のウインズ通り。 錦第二公園の遊具。 中央線の下をくぐって曙町二丁目へ。 一瞬,草間彌生のデザインかと思った地下道のペイント…… 飲食店が多い柳通り商店街。 柳通り商店街。 最近はアイドルだけじゃなくてクラブ(接待飲食店)も集団だ。 なんだか変。 曙町二丁目の柳通り商店街の中に,ぽつんとタチカワ屋台村パラダイスがある。 立川屋台村パラダイスには櫓を模したシンボルタワーがある。 隅には小さな社もある。 よく見るとわかるように,立川屋台村パラダイスはレトロな飲食店街ではなく,意図的に作った昭和30年代の立川らしいレトロ風の空間である。 ウェザリングがなかなか上手く,やり過ぎると「いかにも」という感じになる一歩手前で抑えていて,それっぽい感じが良く出ていると思う。 まだ午前中なのでシャッターが閉まったままの店が多い。 開店準備をしていたエスニック酒場のニイちゃんが,笑顔とカタコトの日本語で「イイトコデショ」というので,いい飲み屋街なのだと思う。 タチカワ屋台村パラダイスとシンボルタワー。 あとは,本物のレトロとレトロ風のどっちがいいかという問題になる。 タチカワ屋台村パラダイスの西側のアーチ。 周辺はビル街になりつつある。 家系ラーメンの「立川つばさ家」は営業中だった。 柳通り商店街。 タチカワ屋台村パラダイスは,柳通りのこの丸芝印刷の横の細い路地が,立川駅からの入口になっている。 少しわかりにくいのが難点かもしれない。 柳通りにある立川郵便局。 柳通りから立川駅北口へ。 立川駅北口。 立川駅北口の西側を多摩都市モノレールがゆく。 パラパラと小雨が降ってきた。 立川駅北口の伊勢丹立川店。 多摩都市モノレールの立川北駅に隣接しているが,たしか繋がってはいなかったはず。 多摩都市モノレールの立川駅がJR立川駅の真上に作られず,立川北駅と立川南駅の二つに分かれているの理由がいまだによくわからない。 「もともと北口にだけ駅が作られる計画だったが,南口の商店街の要望で南口にも駅が作られた」という説もあるようだが,乗り換えのために歩かされる利用客にとっては,いい迷惑でしかないと思う(特に雨の日)。 8-4ED Limited DC WR 【参考】 ・ 飯能駅から西武池袋線〜西武新宿線〜西武国分寺線と電車を乗り継ぎ,9年ぶりに国分寺駅で下車してみた。 国分寺駅北口前。 国分寺市悲願の国分寺駅北口再開発事業がやっと動きだし,駅前に更地が広がっている。 呼び込みやビラ配りが多い。 9年前の2005年5月22日に撮影した国分寺駅北口前の写真。 このとき既に駅前には再開発のための更地ができていて,もう何年も前に再開発事業が終わっているのかと思ったが,9年経って,まだ既存店舗の取り壊しが終わったばかりの段階だった。 西側の西武多摩湖線の駅に向かって歩行者用通路が延びている。 国分寺駅北口前から東側のタクシー・路線バス乗り場を見る。 国分寺駅北口のタクシー・路線バス乗り場。 この角度だと9年前からほとんど変わっていない。 国分寺駅北口前。 西武多摩湖線のホームに続く通路(跨道橋)。 西口から西武バスの国分寺駅北入口バスのりばへ続く国分寺西通り商店街。 西通り商店街の駅前部分は完全に更地になっている。 西通り商店街跡から国分寺駅北口を見る。 南口側には丸井国分寺店がある。 街路灯の表示を見ると,国分寺駅北口の正面よりも東側まで西通り商店街が延びていたようだ。 タクシー・バス乗り場から北に延びる国分寺北口駅前商店街。 西側半分が更地になっている。 西通り商店街を振り返る。 西通り商店街の東側に続くのが大学通り商店街。 大学通り商店街から西通り商店街側を振り返る。 大学通り商店街。 大学通り商店街。 大学通り商店街。 通りの先には早稲田実業高校,そして東京学芸大学がある(大学まではちょっと距離があるけど)。 大学通り商店街の突き当たりにはビジネス千成ホテルがある。 大学通り商店街の西側を振り返る。 大学通り商店街の北側の路地を入ると…… 名曲喫茶「でんえん」がある。 名曲喫茶「でんえん」。 石蔵を利用した店舗だ。 国分寺駅北口再開発事業で整備される北口駅前広場へのアクセス道路。 国分寺本町一丁目交差点から二丁目交差点までは,既に16メートル幅の道路が完成している。 国分寺北口駅前商店街の本町二丁目交差点から国分寺駅北口方向を見る。 西側(写真右側)が更地になっている。 国分寺北口駅前商店街の本町二丁目交差点の北側を見る。 大学通り商店街と同様の,昔ながらの商店街になっている。 こちらはバス通りで,片側一車線だが車の通行量も多い。 この北口駅前通りにも拡幅計画(拡幅して中央通りと名称も変わるらしい)はあるようだが,まだ動きは見られない。 本町二丁目北交差点。 角にたばこ屋がある風景は,9年前から変わりがない。 本町二丁目北交差点から東側に入ったところにある洋食フジランチ。 こういう「町の洋食屋」を日常的に利用できる近所の人がうらやましい。 創業昭和七年の老舗多根果実店のフルーツパーラー。 再開発で北口前からこっちに移転してきたらしい。 本町二丁目北交差点から北側は八日会商店街となる。 本町二丁目北交差点で停まっているのは,国分寺市のコミュニティバス「ぶんバス」の本多循環。 本町二丁目北交差点の西側の本町三丁目には飲食店が多い。 「いっぱいやっぺ」と,うどんの国分寺甚五郎は人気店。 午後6時近くなり,日が傾いてきた。 定食の「吉田屋」。 しばらく休止させていただきますと書かれた貼り紙があった。 国分寺駅方向に続くスナック街。 国分寺駅北口再開発地区。 どのような街になるのか,とても気になる。 西通り商店街へ。 写真の突き当たりに国分寺駅北入口バスのりばがある。 西通り商店街。 西通り商店街から国分寺駅北口方向を見る。 国分寺駅北口。 国分寺駅北口の階段。 国分寺駅北口。 呼び込みやビラ配りが多くて,ちょっとイヤな雰囲気。 8-4ED Limited DC WR 【参考】 ・ 宵待ち大好き 東京都町田市 大きな商業施設が複数あるにもかかわらず,相模大野駅の周辺の賑わいがイマイチだったのは,暑さのせいなのか,それとも町田との競合が難しかったのか。 それを確かめようと,ちょっとだけ町田に寄ってみた。 小田急の町田駅南口を出る。 小田急の町田駅は,どちらかというと町田駅の東側,東口はどちらかというと北側,北口は西側,西口は南側にあって,個人的にはちょっとわかりにくいんじゃないかと思っている。 まぁ,でも小田急線が東西に延びていると思い込めば(実際は南北なのだが),あながち間違ってるとも言えないか……。 小田急町田駅南口から東口方向を見る。 東口前の広場でなにか催し物をやってる。 町田駅南口の前に広がるレンガ通り商店街(町田中央商店街)。 南側から町田駅南口側を見る。 町田中央商店街,通称レンガ通り。 小田急線の駅前に碁盤の目状に広がっている。 元はホンタマ醤油の工場があった場所である。 ホンタマ醤油の工場がここにできたのは大正8年。 小田急小田原線の開業は昭和2年のことだから,小田急線よりも先に工場ができていたことになる。 明治41年に開通した横浜線の原町田駅が少し南側にあったから,ひょっとしたら貨物輸送に便利な場所だったのかもしれない。 まだ周辺は「原町田」の名前に近い,畑や原っぱが広がっていたことだろう。 しかし,その後,小田急線の駅が醤油工場敷地のすぐ前に作られると,戦後の復興にあわせて次第に町が大きくなり,昭和29年に工場跡地を繁華街にするために郊外の森野に移転したという。 レンガ通りは,ホンタマ醤油の工場跡地に計画的に作られた市街地だから,碁盤の目状になっているのだ。 まだ醤油工場があった頃の原町田駅・新原町田駅は,東武野田線の野田駅のように,醤油や米麹の匂いがしていたに違いない。 レンガ通り商店街。 レンガ通り商店街。 町田中央商店街(レンガ通り商店街)。 このまま写真を撮り続けていると,町田中央商店街だけで日が暮れてしまう気がした。 町田中央商店街(レンガ通り商店街)。 レンガ通り商店街。 川島屋。 レンガ通り商店街。 昭和30年頃に計画的に街が作られたとすれば,共同ビル形式のマーケットになっていても不思議じゃないのだが,この町田中央商店街(レンガ通り)には戸建ての店舗が並んでいる。 よくあるチェーン店ばかりの繁華街になっていないのがいい。 きものの店,おむすびの店……。 正面の突き当たりが小田急町田駅南口。 金子園とジーンズショップマルカワ本店。 長崎屋町田店がある町田一番街商店街。 町田街道である。 一番街商店街から町田中央商店街を見る。 一番街商店街の小田急町田駅東口方向を見る。 やっぱり人通りがすごく多い。 相模大野駅周辺の人通りが寂しい感じだったのは,暑すぎる天候のせいではなかったようだ。 一番街商店街を東へ。 一番街商店街をさらに東へ。 小田急の町田駅方向を振り返る。 原町田中央通り交差点。 両側に町田東急ツインズWEST,EAST,109が並ぶ。 以前は,この交差点やその北側(北東側)は道路になっておらず,JR町田駅前が鳩専用の広場のようになっていた。 ここに道路計画があり,遠い将来には,多摩センター止まりになっているモノレールが町田まで延びてくるときに,ここの道路の上に延びて来るものだと思っていたら,道路だけが先にできていた。 まぁ,そんなモノレールの話も,さすがに現在では夢物語になったと思われる。 北側から原町田中央通り交差点に集まってくる二番街商店街。 原町田中央通り交差点。 右側が一番街商店街(幸町商店街)。 町田中央商店街(レンガ通り)とは別のところにできた,紛らわしい名前の原町田中央通りで,商店街が完全に分断されている。 元気のない街であれば,商店街にとって致命的な状況になりかねない道路である。 原町田中央通り交差点から小田急町田駅方向を振り返る。 JR町田駅方向を見る。 このあたりが一番街商店街なのか幸町商店街なのかはよくわからない。 かつては,ここに都南デパートというマーケット商店街があった。 これは1998年8月に撮影した都南デパート。 キノシタ食堂とか,南側の入口にあったラーメン屋「一龍」とか,懐かしく思う人は多いんじゃなかろうか。 原町田中央通り交差点。 人々がどこを歩いているかを見れば,横断歩道の位置が的外れな場所に付いていることがわかる。 左が一番街商店街,右が二番街商店街。 どちらも正確には幸町商店街かも。 蛇足だが,では,「町田二番街商店会」が「町田ニ番街商店会(カタカナの「ニ」)」になっている。 良くあることだけど,「二」と「ニ」がすぐに区別の付かないパソコンを使ってるのかな。 もう21世紀なんだし,そういうフォントしか表示できないパソコンは買い換えようよ。 一番街商店街から原町田中央通り交差点を越えると,幸町商店街になる。 乾物屋さんが多いのが町田の商店街の特徴。 街の歴史を物語っていて面白い。 幸町商店街から町田パークアベニュー商店街に続く路地。 幸町商店街。 あいかわらず人通りが多い。 幸町商店街から原町田4丁目商店街へ変わるあたり。 カラオケ店やゲームセンターが多い。 どちらも,生まれてこの方,縁がないのでよくわからない。 幸町商店街。 クレープ店が人気のようだ。 原町田4丁目商店街から幸町商店街方を見る。 原町田4丁目商店街から北に延びる路地。 路地に入ると,商店街の賑やかさから逃れられて,ちょっとだけホッとする。 原町田4丁目商店街。 立て看板が林立していて,見苦しいところも……。 そういえば,カラオケやパチンコ,ゲームセンターと同様に,インターネットカフェやコミックカフェとやらにも,まったく縁のない,一度も利用したことがない生活を私は送っている。 つまらない人生なのかな……とは思ってないけど。 まちの家ぽっぽ町田の前,茶の湯道具のさがみやさんのシャッターが閉まってて,ちょっと心配だ。 町田仲見世商店街の入口が見えてきた。 町田仲見世商店街の北側の入口の正面。 おっ,テントのイラストが変わってる。 町田仲見世商店街の入口からさらに東側は,原町田4丁目商店街から原町田3丁目商店街へと続いている。 このあたりにも乾物屋さんが多い。 以前は建物の横に巨大なイラストが描かれていたが,それが見つからない。 豚骨ラーメンの博多っ子のある路地。 町田とは不似合いな感じで聳え立った東急ドエルサウスフロントタワー町田ウィング(長すぎ……)の前をかためる,第一ビル。 さて,仲見世商店街に突入。 もう引き返せない。 親切な靴のリペア屋さん。 韓国屋台の南大門。 沖縄料理ニライカナイ……。 町田で沖縄が楽しめるらしい。 以前は,こういう古いマーケット風の商店街は老朽化も激しく,ごっそりと無くなってしまうことも多くて,ここ町田仲見世商店街も行く末が心配だった。 先になくなってしまった同じ町田の都南デパートも,道路建設という事情もあり,あっという間に無くなってしまった。 古いマーケットがシャッター街になってしまうと,なかなか客足は戻らない。 しかし,仲見世商店街は違う。 店舗面積が狭く,賃料も安いのだろう。 どんどん若い経営者が進出しているように見える。 歩くたびに店ができている。 店が変わっている。 若者向けの店が増えている。 今では,古くて寂れた商店街だというイメージはない。 これは,吉祥寺のハーモニカ横丁,あるいは下北沢に起こっている現象と同じだと思う。 若い人が新しく店を出すのに,こういう古いマーケットが適しているのだろう。 仲見世飲食街。 仲見世商店街の一本左側に形成されている。 人気のカレー屋があったりなんかして,侮れない。 仲見世飲食街。 右側では沖縄料理のニイちゃんが料理中。 仲見世商店街へ戻る。 まぐろのマルハチ。 オリオンビールが飲める沖縄料理のニライカナイの前を通る。 仲見世商店街。 タイの屋台料理,旅人食堂。 仲見世飲食街への通路。 タイ屋台料理の旅人食堂の前には石を売る店。 こういうごった煮的な雰囲気は,嫌いじゃない人も多いと思う。 マクドナルドのキャラクターが窓の上で食べたそうにしているハンバーガーの店もある。 仲見世商店街の入口には人気の大判焼き・たい焼きの店がある。 向かい側の小籠包屋も人気だったと思うが,シャッターが閉じていた。 町田仲見世商店街の南側の入口。 町田仲見世商店街の南側の入口はターミナルロード商店街に面している。 仲見世商店街をもう一度のぞき込む。 西隣に延びる仲見世飲食店街。 久しぶりにアサノのカツカレーを食っていこうかと思ったが,店の前にまで行列ができていた。 ここは注文を受けてから狭い調理場で揚げ始めるので,時間が掛かることでも有名。 行列に並んでいたら,いつ食べられるかわからないので,残念ながらあきらめる。 ケーキを切った先端のようなここの店も,ラーメン屋じゃなくなった後も,なにか行列ができている。 路地の先に東急ドエルサウスフロントタワー町田ウィング(長げぇよ)が見える。 さらっと晩飯を食った後,すっかり日没してしまった。 ターミナルロード商店街。 ここから町田で一番賑わっているターミナルロードと町田パークアベニュー商店街を通って,帰りの小田急町田駅に向かう。 ターミナルロード商店街と町田パークアベニュー商店街の境界となる十字路。 十字路をぐるっと見回す。 まずは北側。 東側,ターミナルロード商店街側だ。 北側の路地。 ここを北に歩くと,幸町商店街と原町田4丁目商店街の境となる部分に突き当たる。 町田パークアベニュー商店街を西へ。 左側はJORNA,町田東急ツインズが並ぶ。 町田で一番の商店街だ。 109の前で原町田中央通りによって流れが寸断される。 でも,寸断されても流れが途切れない。 コビルナ町田。 コルビナかと思ったら媚びるなだった。 町田パークアベニュー商店街から,中央商店街,町田駅前商店街とが混在してどこがどうだかわからないエリアへ。 町田パークアベニュー商店街を振り返る。 町田駅前商店街……かな。 午後7時半,人通りはまだまだ絶えない。 町田駅間商店街のマクドナルド。 駅は近い。 さらっと町田の中心商店街を歩いたが,町田の中心街の一部である。 JR町田駅にそって,丸井やルミネが連なっており,さらに小田急線の反対側にも街が延びている。 5-4. 平和通りにあるサンク吉祥寺ビルの方向を見る。 駅ビル「ロンロン」の西側の入口が見える。 右側が平和通り。 ダイヤ街チェリーナード方向を見る。 ドーム状に見えるのがチェリーナードのアーケード。 ダイヤ街チェリーナード方向の黒山の人だかりを見ると,ちょっと足がすくむ。 ハーモニカ横丁(吉祥寺北口駅前商店連合会)。 メンチカツが人気のミートショップ・サトウのある一郭。 たくさんの乾物が並ぶ土屋商店。 サトウの行列は元町通り方向にまで伸びている。 平和通り方向を見る。 ハーモニカ横丁の漬物専門店清水屋。 のれん小路はとても細い路地だ。 5年前に来たときにもハーモニカ横丁には若い人の店が増えてるという印象を持ったが,人通りはさらに増えている。 若い人が店を出せるってこと(雰囲気も含めて)は,とても良いことだと思う。 人通りが多いし,テイクアウトした食べ物を食べながら歩いている人(立ち止まって食べている人も)が多くて,写真を撮るのはかなり難しくなった(だから何が悪いという話ではない。 念のため)。 ガネーシャのカリーも健在。 小さな店だけどなかなか美味い。 おきなわ市場。 右側がのれん小路。 ゆであげ生麺のスパ吉。 VIC。 ビデオ・インフォメーション・センターだそうだ。 餃子のみんみん。 BBQ Jolly-pad。 関係ないけど iPad 欲しいなぁ。 おふくろ屋台一丁目一番地。 ハーモニカ横丁の最も東側にある仲見世通り。 そういえば,ハーモニカ横丁には鉄道模型で有名な歌川模型店があったのだが,店主のおじさんがお亡くなりになって店を畳み,現在は二代目が別の場所で営業中だそうだ。 仲見世通り。 店もいろいろ変わっている。 仲見世通りを南に歩くと吉祥寺ロンロンの前に出る。 「40年の感謝をこめて 吉祥寺ロンロン さよならSALE」どんな駅ビルになるんだろう。 吉祥寺ロンロンの前から仲見世商店街(ハーモニカ横丁)の入口を見る。 吉祥寺ロンロン前のバス停から,平和通り越しにハーモニカ横丁側を見る。 ハーモニカ横丁入口前の横断歩道。 この平和通り,交通量が少ないためか,横断歩道以外のところを横断する人が多い。 ただ,中にはバスが来ているのすら見ずに渡るアンポンタン(もうお年を召している御方もいるので,直ることはないのだろう)までいるので,歩道際に並んでいる放置自転車とともに,何やら面倒なことになっている。 平和通り。 吉祥寺駅の南口側,中央線と京王井の頭線に沿ったパークロード商店街へ。 一般車は入れないが,バスが駅前まで乗り入れている。 これはなかなか良い試みだと思う。 パークロード商店街。 謹賀新年の垂れ幕は,ちょっと賞味期限が切れてるような気がする。 左側が吉祥寺駅。 井ノ頭ビル御案内がなんだか凄い。 京王井の頭線吉祥寺駅と一体化したユザワヤのビル。 老朽化のため取り壊されて新しいビルになるということで,取り壊される前の写真を撮っておこうと思って吉祥寺に来たのに,こんなに暗くなってしまった。 ヨドバシカメラの東側等,まだ回れていないところがいっぱいあるが,人多くて疲れてしまった。 近いうちにもう一回来たい気分だ。 8 ED SDM 遠き痴情自画自賛 武蔵野市吉祥寺 吉祥寺の伊勢丹が3月に閉店,京王井の頭線の駅が入っているユザワヤのビルが老朽化で取り壊し予定,JRの駅ビル「ロンロン」も改修工事のために閉店(新しいビルは「アトレ吉祥寺」となるらしい)……ということで,一気に変わってしまいそうな吉祥寺に行ってみることにした。 である。 中央線緩行線に乗って吉祥寺駅で下車。 吉祥寺駅北口。 吉祥寺大通り。 天気が良すぎてコントラストが大きすぎ……。 JR吉祥寺駅北口。 「吉祥寺駅」の文字が毛筆体なのが珍しいかも。 北口バスロータリー横の横断歩道。 横断歩道を渡って商店街へ。 右が吉祥寺サンロード,左がダイヤ街チェリーナード。 人通りがものすごく多くて,この時点でもう疲れてしまった……。 駅前のバスロータリーを見る。 吉祥寺名物のコミュニティバス「ムーバス」。 通常のバスが通る幹線道路だけではなく,狭い生活道路にも乗り入れられるように小型のバスが使用されている。 全蓋式アーケードのある吉祥寺サンロード商店街。 人・人・人……。 吉祥寺サンロード商店街には,伊勢丹吉祥寺店ご愛顧感謝閉店セール,3月14日(日)閉店の垂れ幕が。 伊勢丹吉祥寺店の閉店は商店街への影響も大きいことだろう。 ペニーレーン。 伊勢丹の本館と新館の間の通りである。 パチンコ屋が集まっている一郭。 伊勢丹吉祥寺店本館の横,月窓寺の門前。 伊勢丹の駐車場の待ち行列ができている。 ムーバスのFF. 伊勢丹前バス停。 左側のビルが伊勢丹吉祥寺店本館。 吉祥寺サンロード商店街に戻る。 吉祥寺サンロード商店街の南側を見る。 吉祥寺大通りにあるヨドバシカメラ吉祥寺店。 元近鉄百貨店。 いい店いい街サンロード・美味健楽・一店逸品街……。 吉祥寺駅前郵便局。 右が月窓寺。 吉祥寺バウスシアター。 吉祥寺サンロード商店街を北へ歩くと五日市街道にぶつかる。 五日市街道からサンロード商店街のアーケードを見る。 吉祥寺サンロード商店街を南へ戻る。 ペニーレーン。 奥に伊勢丹の本館と新館を結ぶ連絡通路が見える。 伊勢丹の連絡通路を西側から見る。 ロフトの前から南に延びるプチロード。 ロフトの前から。 プチロードからロフトの方向を見る。 プチロードには雑多な飲食店が並んでいて良い感じだ。 元町通り。 伊勢丹新館の南側の通りである。 元町通り。 レンガ館モール。 元町通り。 左側が伊勢丹吉祥寺店新館。 元町通りの西側には東急百貨店吉祥寺店がある。 ダイヤ街チェリーナードへ。 ディスカウント・ストア「ロヂャース」。 「ロジャース」ではない。 レンガ館モールの前から南に延びる通り。 ダイヤ街チェリーナード。 吉祥寺パルコの北側の通り。 写真の枚数が多くなってしまったので,とりあえず吉祥寺街歩きの前半はここまで。 ハーモニカ横丁などは別エントリーにする。 8 ED SDM 野暮用で町田へ。 新横浜駅(横浜市港北区)で横浜市営地下鉄からJR横浜線に乗り換える。 綺麗に整備された新横浜駅前。 町田駅(東京都町田市)に到着。 ターミナル口へ向かう。 ホームには柵が設けられていて,この付近には電車が停まらないようになっている。 JR横浜線と小田急線が交差する町田駅は,かつてJR(国鉄)の駅が原町田駅,小田急線の駅が新原町田駅となっていて,両駅は現在よりもかなり離れて位置していた。 通勤時間帯には両駅間を駆け足で乗り換える客が多かったことから,途中の商店街はマラソン道路と呼ばれていたというのは有名な話である。 JR(当時は国鉄)の駅を小田急側に移動することによって不便な乗り換えはだいぶ改善したが,かつての原町田駅の改札口に近い側(現ターミナル口)には電車が停まらなくなってしまった。 そこでホームの両側に柵を設け,ターミナル口への通路としているのである。 跨線橋を上った後も長い通路が続く。 東急ハンズの前から町田の街を見る。 かつての駅前通りでもある公民館通り。 昔の町田の繁栄の中心だったところであり,古い商業ビルにその名残が見られたのだが,商業の中心が小田急町田駅側に移っていくとともに,古い商業ビルの跡地には巨大なサウスフロントタワーが建築され,現在では商店街としての機能はほとんど無くなっている。 【参考写真】 1996年12月に撮影した公民館通り。 リコーのDC-1で撮影。 再び横浜線町田駅へ。 隣の古淵駅(神奈川県相模原市)で下車する。 約20年ぐらい前に設置された横浜線の中でも新しい駅である。 道路を横断できそうでできない……,好きになれそうにない街である。 国道16号線の大野台入口交差点。 ここに架かっているのは新しいタイプの歩道橋なのだが,なんだか使いにくい感じがした。 歩道橋へのアプローチ。 野暮用が終わり,さっさと帰る途中の新横浜駅。 それほど複雑ではないはずの駅構内だが,わかりにくい案内板と工事中であることが相まって,妙に混雑していた。 5-5. 6 AL ・Canon IXY DIGITAL 800 IS 野暮用もあって中央線の三鷹駅で下車した。 三鷹で下車したのは何年ぶりだろうか。 その昔,三鷹駅北部の某研究所に出張したときと,中央線緩行線に103系電車が走っていた頃に撮影のために下車したぐらいしか記憶にない。 まずは駅の北側に出る。 三鷹駅の北口側は三鷹市ではなく,実は吉祥寺と同じ武蔵野市であるというのはよく知られている。 街路樹の銀杏が印象的な駅前だが,商店街らしきものは無い。 銀杏の葉っぱが綺麗に輝いていた。 うっかり「若い芽を摘む親の目地域の目」と読んでしまった。 三鷹駅北口の味気ないビル。 駅周辺に商店街らしきものが無かったため,駅前広場をぐるりとまわって駅に戻ってしまった。 工事中のペデストリアンデッキから三鷹駅南口を見おろす。 ここが三鷹市の表玄関になる。 ペデストリアンデッキは人通りが多い。 周囲の道路とペデストリアンデッキの間には,上りと下りのエスカレーターが設置されている。 三鷹駅前なのに,なぜか「代官山のマンション」のチラシを配る人がたくさんいた。 南口側のメインストリートだが,商店街という雰囲気がまったく感じられなかった。 中央線沿線は,東中野,中野,高円寺,阿佐ヶ谷,荻窪,西荻窪,吉祥寺……と,それぞれ活気のある商店街を抱えた駅が続くのだが,不思議なことにここ三鷹駅周辺には商店街らしきものが見あたらない。 桜の木と小さな橋が見える。 玉川上水である。 三鷹駅の真下を玉川上水が横切っているのだ。 駅ビルやスーパーマーケットがあれば生活に困らないのかもしれないが,商店街や飲食店街の無い街はちょっと寂しいような気がする。 冬型の気圧配置になると日本海側とは逆で晴天になる東京だが,吹く風はさすがに冷たい。 このまま街を歩いても暖まれそうにないので,新宿に戻り,先日修理に出したニコンのレンズを受け取りに行くことにする。 新宿ニコンプラザから京王百貨店や新宿駅南口方向を眺める。 修理に出したレンズが「規格範囲内」「異常なし」でそのまま戻ってくるのが怖かったが,不具合が無事に発現し,調整されて戻ってきた。 国分寺市は,国府のあった府中市の北側に位置し,市名の由来となった武蔵国分寺は各国に存在した国分寺の中でも大きな規模を誇っていたそうだ。 現在の人口は約10万人。 武蔵野の面影をわずかながら残す,東京郊外の文教都市となっている。 JR中央線国分寺駅北口前。 以前のこぢんまりした駅前には更地が広がっていた。 東側にはタクシープールとバス専用のロータリーがある。 以前からの駅前広場である。 JR国分寺駅の北口。 南口側には新しい大きな駅ビルが立っているが,古くからの街が広がる北口側はこれから再開発されようとしているところである。 国分寺駅の南側には野川の河岸段丘があって,地形的にはなかなか面白いのだが,今日は北口側を歩くことにする。 西通り商店街。 北口では最も賑やかな商店街である 西通り商店街を歩き続けると,そのまま大学通りとなる。 大学通りの先には東京学芸大がある。 名曲喫茶。 店の横の自家畑が店名の由来だろうか。 あちらこちらに区画整理事業による空き地がある。 いくつかの空き地は野花に埋もれていた。 「いっぱいやっぺ」の看板が気になる。 「いっぱいやっぺ」と言われたら,そりゃ寄らずに居られない……が,まだ店は開いてなかった。 「角のタバコ屋」は商店街の定番である。 ぶらぶらしているうちにJRの駅前まで戻る。 写真の順番がバラバラのようにも見えるが,ほぼ歩いた順番通りに並べている。 西武多摩湖線の国分寺駅へ向かう。 西武多摩湖線の国分寺駅横には小さなバスターミナルがある。 しかし,バスターミナルで下車し西武多摩湖線の電車に乗ろうとしても,駅の入り口はJR国分寺駅側にしか存在しない。 すぐ横にホームがあるのに不便だと思うのだが,バスから乗り換える客は少ないのだろう。 国分寺駅を出た電車が小平方面へ走り去る。 線路横の道路はバス専用道路になっていて,歩行者すら歩くことができない。 坂道を下っていくと,「だんごの輪島」の看板が目に入る。 元ボクサーの輪島功一の店らしい。 輪島は元Jミドル級(現在の言い方だとスーパーウェルター級)の世界チャンピオンである。 ミニマム級やライトフライ級ではなく,世界的にも選手層の厚い階級の元チャンピオンなのだ。 柳斎斗戦だったかエディ・ガソ戦だったかは忘れたが,タイトルマッチなのにラジオ中継しかなく(当時福島県には民放が少なかったからかもしれない),ラジオにかじりつくようにして試合の様子を聴いたことを思い出す。 そんな輪島がバラエティ番組でイジられているのを見ると,妙に悲しい気分になる。 国分寺駅を発車し,東村山駅を目指す西武国分寺線の電車。 駅を出てしばらくはJR中央線と平行して走る。 北側の土手にはまだ緑が残る。 西武多摩湖線の国分寺駅は,JR国分寺駅に直角にぶつかるかたちで設けられている。 周辺にはまだビルが少ない。 西武国分寺線の電車に乗ることにする。 同じ西武鉄道でも多摩湖線と車両に違いがあって面白い。 小川駅で拝島線の電車に乗り換える。 電車は厳つい感じの面構えである。 玉川上水駅で多摩モノレールに乗り換える。 モノレールは高架を走り,線路脇にフェンスなどが無いため車窓がとても楽しい。 根が単純なものだから,高いところからの景色が見えるだけで嬉しくなってしまう。 立川の中心街には新しいビルが立ち並んでいる。 ビル群よりも,空き地の真ん中に残る白いガードレールの歴史が気になったりする。 立川駅を見下ろす。 小雨が降り出したためか,人通りが少ない。 多摩川を渡ると日野市に入る。 奥に見える橋は,国道16号線の日野橋である。 日野市の甲州街道付近。 農地が中心だった地域に住宅化の波が押し寄せている状況がよくわかる。 多摩動物公園駅を過ぎると緑豊かな丘陵地帯となる。 周辺一帯には中央大学をはじめとする大学のキャンパスが点在する。 写真の左下は京王動物園線の多摩動物公園駅である。 京王線の地下化による立体交差事業が始まり,10年後には大きく変貌しそうな調布駅周辺を歩いてみることにした。 調布駅で下車し,バッグから自慢のデジカメCOOLPIX5700を取り出して電源を入れた……が,うっかりして記録メディアを入れてくるのを忘れてしまった。 COOLPIX5700の弱点であるバッテリ寿命をカバーするため,ちゃんと満充電の予備バッテリも用意したのに,肝心のメディアを忘れるとは……。 で,常時持ち歩いているOptioS5iを使うが,こっちは1週間ぐらい充電していないのでバッテリが怪しい状態だった。 京王線調布駅。 人口20万人を抱え,古くから甲州街道の宿場町として栄えた街の駅としては,非常にこぢんまりした印象である。 まずは駅の東側に向かうが,歩道だか何だかわからないガードレールが歩行のジャマになっている。 道路との段差も大きく,なぜこのようになっているのか理解できない状況である。 ここまで来ると,事態が飲み込めた。 要は道路の拡幅事業に対して,ここのラーメン屋さんがジャマになっているので,前後の歩道を無理に整備して店の立ち退きを促しているのだ。 プラタナスの木も風前の灯火といった様相である。 歩行者は,ラーメン屋の横まで歩いてきたら,狭くて大きな段差を飛び降りなければならない。 歩行者が健康になるようにとの調布市の配慮なのだろう(……まさか)。 調布駅から線路沿いに東側に歩いていくと,「調布百店街」という商店街がある。 飲食店を中心にした商店街である。 甲州街道と駅前通りの交差点はスクランブル交差点になっており,人通りが絶えない。 スクランブル交差点の横から深大寺方向へ伸びるのが天神通り商店街。 布田天神の参道である。 ここから深大寺にかけては,なぜかゲゲゲの鬼太郎関係のモニュメントが作られている。 と,ここまで来たところでOptioS5iのバッテリが切れてしまった。 妖怪のたたりだろうか。 今日は町田市の北部,里山の風景が残る小野路(おのじ)町を歩くことにする。 福島県の三春町から関東に出てきたばかりの頃,地図を見ていて「小野路町」という字面が,三春と同じ田村郡にある「小野新町(おのにいまち)」に似ていて思わず目がとまった。 それが気になって訪ねてみたところ,その美しい街並みや周囲の里山に魅了されてしまい,それからはのんびりした風景を見たくなったときにはこのあたりを歩くことにしている。 多摩ニュータウンの南端にある南野地区が出発点。 ここから北にはきれいに区画された多摩ニュータウンが広がっている。 そこから南は急に幅員が狭くなった下り坂になっている。 坂の下にはニュータウンの開発からのがれた町田市小野路町がある。 緑の多い急坂を下ると小野路町だ。 が,多摩センターのモノレールをそのまま延ばすと,この小野路町の上をモノレールが通ることになる。 坂の途中から横道に逸れると,そこには鬱蒼とした木々の間を縫うような小道が続く。 今日は快晴。 紫外線の多そうな太陽光も,木々に囲まれた小道では気持ちの良い木漏れ日となる。 おっと,小道が三つに分岐している。 左側から,緑が深く日当たりが悪そうな道,最も順調そうで高いところを通る道,太陽の光がさんさんと降り注ぎそうな明るい道,とりあえず全部歩いてみたいところだが,そういうわけにもいかない。 なんとなく最も左側の道を選んでみた。 意外にも明るいところに出た。 畑に植えられているのは青ネギだろうか。 田舎育ちの私にとっては原風景のような小道となった。 雑木林が広がる。 ところどころで椎茸を作っているのを見かけた。 昔は炭を作ったりもしたのだろう。 緑のトンネルが続く。 あちらこちらでウグイスが鳴いている。 見事な幽霊(ゴースト)も出た。 鳥のさえずりと風の音しか聞こえなかったところに爆音が轟いた。 オフロードバイクだった。 次から次へ,6,7台はいただろうか。 なんとも無粋な行為である。 彼らは立派なヘルメットをかぶっていて気にならないだろうが,小道はしばらくホコリまみれになった。 鳥もいなくなってしまった。 トンネルを抜けたところで,歩いてきた道を振り返る。 三方向に分岐している。 歩いてきたのは真ん中の道だが,さて,こちらから歩いていくとしたら,どの道を選ぶだろうか。 想像すると面白い。 規則正しく並んだ切り株は桑の木である。 懐かしいネギ坊主。 坂をどんどん下ると,ちょうど「小野路」のバス停となる。 小野路のバス停から南側は,道路の幅が狭いままの区間が残っている。 車のすれ違いもままならない。 小野路町は古くから栄えた町のため伝統的な建築物もあり,道路の拡幅が進まなかったのだろう。 狭い通りをバスも通る。 当然他の車とすれ違うことはできないため,はるか彼方に対向車を見つけると,すれ違いのできる場所で対向車を待つことになる。 特に整理員も信号機もない状態で,それなりにうまく通行できているところが面白い。 この小野路町宿でも,道路の拡幅工事のためのセットバック,立ち退きが始まったようである。 小野路町の事情では拡幅は無理ということで,近くにバイパスでも通すのかと思っていたから,ちょっと驚いた。 以前は古い宿場町の名残がそこかしこに残っていたのだが,それがどんどん失われているようだ。 小野路町宿の集落の中程にある中宿のバス停。 バス停の横だけは道幅が広がっている。 南の鶴川側から多摩センター行きのバスが宿の集落に入ってきた。 このあたりは昔の宿場町の雰囲気を残している。 とはいえ,この近くには「煙草屋」という名前の古い酒屋さんがあって,店頭には見事な杉玉(酒林)がぶら下がっていて感激ものだったのだが,そこはすっかり更地になってしまっていた。 見事な塀は,新撰組ゆかりの小島家(現在は小島記念館)。 ツツジが綺麗だ。 ここの道路が拡幅されるのだ。 ちょっと信じられない。 ソメイヨシノは葉桜になったが,八重桜が満開である。 薄紅色が綺麗だ。 ソメイヨシノに比べて派手なためか人気のない八重桜だが,カメラマンの中にはソメイヨシノのような限りなく白っぽい花びらでも八重桜のようなピンク色に見せかけることに必死なひとも多い。 鶴川まであれこれよそ見しながら歩くことにする。 交通量は多くなり,周辺には新しい住宅地が広がりつつあるが,まだまだ里山の風景が残っている。 鶴川まで歩くつもりだったが,2kmぐらい歩いたところで「小野路」交差点に到達。 「小野路」の文字を見たら後ろ髪を引かれたような気がして,多摩センター行きのバスに乗り,今度は小野路の街並みをバスの中から見ることにする。 ここを通らなければならないバスの運転手には,ストレスのたまりそうな通りである。

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相模川自然の村公園: みんみんみんと♪

みんみん 相模 大野

大野キリスト教会は、あなたがすばらしい人生を手に入れて歩む、そのお役に立ちたいと願っています。 まず、受け取ってほしいのが、イエス・キリストの真理の教えです。 聖書の教えはいつの時代にも変わることのない真理です。 私たちの人生を新しくしてくれます。 また、教会のいろいろな人に出会ってほしいと願っています。 きっと、心の通い合う友人を見つけることができるでしょう。 ぜひ礼拝にお出かけください。 私たちは共に集まって神さまを礼拝します。 礼拝とは、神さまが創造主であり、愛に富んだ方であり、すばらしい方であることをほめたたえるときです。 私たち人間は、このすばらしい神さまと共に歩み、御手の中で生かされているので、安心してすべてを委ねることができます。 神さまの確かな約束の前に、私たちの不安や恐れは消え、新たな生きる力が与えらます。 あなたを、お待ちしています。 心から神様にささげる 礼拝について クリスチャンの一週間は、日曜日の礼拝から始まります。 神様がどんな時も一緒にいてくださった一週間に感謝し、新しい一週間を神様に期待して歩みだす時です。 礼拝Iと礼拝IIは共通の内容です。 オルガン演奏で讃美歌を歌い、聖書交読などをする伝統的な礼拝スタイルです。 礼拝III(シーカーズ)は、ギターやドラムを使ったバンド形式での賛美など、カジュアルなスタイルの礼拝です。 どちらの礼拝に出席されても、心から歓迎します。 礼拝の流れは、受付でお配りする「週報」に掲載されています。 聖書や聖歌・讃美歌の貸し出しも行っていますので、心配せずにご来会ください。 主とは神。 私と一緒に歩んでくださるお方です。 一方的な愛と恵みを注いでくださる神様を信じて歩む毎日は、喜びに満ちています。 苦しいとき、悩みにまみれたとき、もがいて言葉にならないとき。 どのような時にも神様は共にいてくださいます。 私たちが物事に取り組む時、自分の力を信じ、知恵を絞り最大限の結果を得ようと頑張ります。 うまくいった時は自分の力を誇りに思うでしょう。 うまく行かないときは、自分以外の事柄にその責を見つけようとするかもしれません。 自分のコントロールの及ばない事柄が目の前にあるとき。 途方もなく周りに押しつぶされるように感じるとき。 人間はもがき苦しみます。 でも、うまくいっても、いかなくてもそのすべてに責任を持ってくださる神様とは、どのようなお方でしょうか。 神様と共に歩む人生とは、どのような歩みでしょうか。 変わらない神様の愛。 神様は辛抱づよく待っておられます。 あなたを待っておられます。

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