イスラム 教 聖地。 Sma STATION!!

メディナとは

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彼は神の言葉を聞き 商人の仕事ではなく「 預言者」 として生きていくことを決めた。 しかし、商人として努力していたムハンマドが 仕事そっちのけで預言者としての 布教活動しているのをみた周りの人々は 「アイツ・・・かわっちまったなぁ」 とハブられてしまう・・・10年で信者は60人。 なかなか人気が出なかった・・・。 「みんな・・・神は1つだよ。 多神教はやめよ。 その神を信じその言葉を信じれば、 みんなが救われるんだ。 そう神が教えてくれた。 ねぇ・・・みんな・・・!!!」 メッカを追われたムハンマドは 「メディナ」 という場所に移動した。 例えば「タピオカ」。 これはもともと台湾のお茶屋さんが新しいことを始めようとお茶に「タピオカ」を入れたのが始まりで、地元では全然受けなかった。 しかし、少し範囲を広げ宣伝してみるとめっちゃ受け入れられて、爆発的なヒットをし、地元の人も「おじさんスゴ!」って手のひらを返したというお話がある。 なので、ムハンマドの活動が実を結び メディナで大ヒット! 信者数を増やし、再びメッカへ舞い戻り、 自らの地元メッカを聖なる地とした。 イスラーム教徒が増えたもう1つの理由 それが「教義の受け入れやすさ」 です。 ユダヤ教・キリスト教・仏教と解説をしてきましたが 実は一番ルールに厳しくないのが このキリスト教なのです。 人間は神が創造した「アダムとイヴ」 が始まりで。 二人の愛から人類は始まるとされる。 よってその男女の二人が離れることは 神様に背くこと。 「ユダヤ教」 正統派はネットもテレビも見ません。 ユダヤの教え以外は完全にシャットアウトします。 その日は神に祈る日。 「仏教」 自分自身をみつけ、しっかりと修行をする。 と記事で説明しました。 皆さん、「修行僧」をイメージしてください。 不殺生で生き物を殺さない。 とか 不安な人に仏教を伝えなさい。 などいろいろある。 イスラームも色々有りますが・・・基本的には、1日5回、ちゃんとメッカの方角に祈りを捧げれば、それでよしっ!!!なんです。 実は離婚も「3回申告制度」 1回目「お前とはやっていけない」 2回目「やっぱりお前とはやっていけない」 3回目「やっぱりだめだ!離婚したい!」 これで離婚成立です。 笑 これだととっかえひっかえ男が結婚してしまいます。 なので、イスラームの結婚は最初 女性のご実家に結納金をお支払いします。 でね、金持ちの場合、 「やっぱりやめる。 別れて大切さに気付いた。 ・・・ ・・・ ・・・ しかし。 これで終わり。 というわけにも いかなかった。 我々はこの後起きる大問題の渦中に生きていて この問題は 一生終わることはないだろうと言われる。 同じ神を信仰していて、それぞれに経典があり 教義が有り もちろん特徴も。 しかし、宗教の始まりとされる 聖地パレスチナ ここで起きた新たな問題が 人々を大きく苦しめることになる。 それはまた近いうちに・・・ 宗教いかがでしたか? これを気に「世界の歴史」に興味が出ましたか? なぜこの世に「宗教が存在しているのか」 それは「神が人類に、心と行動の掟(ルール)を与えたから」.

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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地の場所は?対立は?

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二大聖地メッカとメディーナ (イスラム世界のこれが常識から抜粋) メッカはイスラームの第一の聖地であり、メディーナは第二の聖地である。 両聖地は、合わせて「アル=ハラマイン(二聖地)」と呼ばれる。 両聖地は、サウジアラビア国にあり、異教徒の立ち入りは禁じられている。 メッカは、預言者ムハンマドの生誕地で、イスラーム発祥の地である。 メッカには、常に世界中からムスリムが巡礼のために集まってくる。 イスラム世界の首都と見なされている。 メッカの中心には、聖モスク(ハラーム・モスク)があり、77万人を収容できる。 「ここでの礼拝は、10万倍の価値がある」とムハンマドは伝えている。 聖モスクの中央には、カーバ聖殿がある。 カーバ聖殿こそが、ムスリムの礼拝の方向(キブラ)である。 メッカの人口は、2004年時点で130万人。 住民の多くは、巡礼に関連した職業についている。 メッカの生活は、巡礼者によって支えられている。 メディーナは、ムハンマドが没した地であり、ムハンマドが10年間をすごした町である。 町の中心にある「預言者モスク」は、ムハンマドの住居兼モスクだった建物が原型である。 ここに、ムハンマドらの墓がある。 ムハンマドは亡くなった後、妻のアーイシャの部屋に埋葬された。 預言者モスクでの礼拝は、1000倍の価値があるとされる。 現在は43万人を収容できる。 メディーナの人口は、2004年時点で92万人。 ナツメヤシ栽培を仕事にしている者も多い。 ムハンマドは、メッカとメディーナを聖域と定め、狩猟や草木の伐採を禁じた。

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六信五行とは?【イスラムの最重要な義務】

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イスラム教の聖地はどこ? 以下が3大聖地と言われるものです。 詳しくご紹介します。 町の中心に ハラーム・モスク(聖モスク)があり、この中に「 カーバ神殿」があります。 イスラム教徒はすべて、この カーバ神殿の方向(メッカの方向と言い換えても可)に向かって礼拝します。 イスラム教徒は一生に一回、メッカに巡礼する義務があります(体力的、経済的に許す場合のみ)。 これはイスラム教徒の代表的な義務「六信五行」の1つです。 (参考:) カーバ神殿については、下で説明します。 ムハンマドがかつて暮らしていた家の横に彼が礼拝していた場所があり、それが今は 預言者モスクになっています。 このモスクの一角に ムハンマドの墓廟が組み込まれています。 メッカを訪れた巡礼者はメディナも訪れるのが普通です。 メッカ&メディナの略史: メッカとメディナについて理解するために、簡単な歴史をご紹介します。 ムハンマドがメッカでイスラムを興した当時、メッカにはカーバ神殿を中心に 多神教が栄えていました。 ムハンマドは人々の迫害を受けたため、西暦622年に70人余りの信者とメディナに移住。 これがいわゆる「 遷都(ヒジュラ)」で、後にこの年が ヒジュラ暦(イスラム暦)元年とされました。 ムハンマドはメディナでイスラームを布教。 630年にメッカに侵攻し、メッカの人々はムハンマドに全面降伏しました。 カーバ神殿とは? カーバは黒色の布(キスワ)で覆われている。 キスワの4面にはコーランの章句が金糸で刺繍されている。 その一角に黒石が埋め込まれている。 これは天から落下してきた隕石で、神との契約を象徴しているとされる。 カーバ神殿は、メッカのハラームモスクの中心にある石造りの立方体の建物のことです。 (「カーバ」とは「立方体」の意味) イスラム教徒は礼拝時、必ずカーバ神殿の方向に向かって礼拝します。 この方向のことを「 キブラ」と言います。 (キブラについては、こちらを参考に:) 「神殿」と言われますが、神を祀った場所ではなく、神体も祭壇もありません。 中は空洞です。 カーバはいつできた?なぜ中は空洞なのか? 伝承によれば、人類最初の預言者アダムとその妻がカーバ神殿を築いたとされます。 しかし大洪水で跡形もなく破壊され、その後、神の命を受けた 預言者アブラハム(イスラムでは「イブラヒーム」という)が再建しました。 カーバ神殿には、その建設時にイブラヒームが使用した踏み台(「 イブラヒームの立処」)が残っていて、ガラスケースの中で保管されています。 *イブラヒームがいつ頃の人かはイスラムでは伝えられていませんが、ユダヤ教徒やキリスト教徒ではないこと、偶像崇拝を嫌い、多神教徒ではなかったことが書かれています。 カーバ神殿にある「 イブラヒームの立処」。 カーバ建設時にイブラヒームが使用した踏み台で、今はガラスケースの中に保管されている。 預言者ムハンマドがイスラムを興した当時、メッカの人々は多神教徒で、カーバ神殿の中には多神教の御神体が祀られていました。 (預言者ムハンマドが青年の時は、カーバは彼の背丈ぐらいの大きさだったそうです。 ) ムハンマドがメディナに遷都後、再びメッカに戻った際、人々が全面降伏しました。 そしてカーバ神殿の中にあった多神教のご神体が破棄され、カーバがイスラムの聖地とされました。 コーランの中で、神がカーバ神殿に巡礼することを命じています。 「この聖殿に巡礼することは、人間としてアッラーに対する(神聖な)義務である」(3章97節) メッカ、メディナはイスラム教徒以外は入ることができませんが、エルサレムは異教徒にも開かれています。 イスラム教の聖地について知りたい方の参考になったら嬉しいです。 世界でなぜイスラム教徒が増え続けているかがわかります。 これ1冊でイスラムのイメージが変わります。

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