ぶっきらぼう 意味。 ぶっきらぼうの意味や類語は?ぶっきらぼうな人・男女が挨拶しない心理も

ぶっきらぼうの意味や類語は?ぶっきらぼうな人・男女が挨拶しない心理も

ぶっきらぼう 意味

スポンサーリンク ぶっきらぼうな人の心理 自分は一番だという心理 ぶっきらぼうな人というのは、自分が一番だと思っている節があります。 優れた人種である自分が、劣った人間と喋るのは時間の無駄だと考えているのです。 こういうタイプは相手の悪い部分しか見ていません。 相手に良いところがあっても、その部分がまったく目に入っていないのです。 これも自分のほうがすごいと思っているからであり、相手と自分自身を比べて優越感に浸っているのです。 こういった人は自尊心の塊であり、優劣でしか人を判断することができません。 それゆえに見下している相手に対して、自然とぶっきらぼうな態度を取ってしまうというわけです。 逆に言えば、すごいと認めている相手に対してはぶっきらぼうな態度は鳴りを潜めるということです。 とはいえ基本的には相手を見下した態度ばかり取っています。 というのも滅多なことでは他者を自分よりも優れていると感じることはなく、大抵の場合は自分よりも下の人間だとしか思わないのです。 このようにずっと相手を見下してばかりいては、いずれは周囲からも見放されてしまいます。 ですので結果的に孤立してしまい、逆に自分が周囲から見下されることになってしまう可能性も少なからずあるのです。 スポンサーリンク 周囲を信用していない ぶっきらぼうな人の心理の一つに、周囲を一切信用していないというものがあります。 周囲に対しては警戒心が先に立ち、心の壁を作ってしまうのです。 相手に心を開いてないからこそ、そっけない、あるいは冷たい態度に自然となってしまいます。 虎の威を借る狐ということわざがありますが、このようなタイプはぶっきらぼうな態度を取ることによって周囲を自分から遠ざけようとしているのです。 つまるところぶっきらぼうな態度を自分自身を守る武器として使っているのです。 そのためひとたび相手に心を開けば、ぶっきらぼうな態度を取ることはなくなります。 これは単純に相手を信用していないからこそぶっきらぼうになっているためであり、信用している相手に対してはぶっきらぼうな態度を取る必要もまったくないのです。 またこういうタイプは同性よりも異性相手に対してのほうが、警戒心が高くなる傾向にあります。 というのも自分を騙そうとしているのではないか、あるいは自分に異性が親しげに近づいてくるのはおかしいなどと猜疑心を抱いてしまうからに他なりません。 世の中には結婚詐欺などもありますから、異性に対してより強い警戒心を抱いてしまうのも致し方ない話と言えます。 緊張している ぶっきらぼうな態度を取ってしまうのは、ひとえに緊張しているからだと考えられます。 緊張のあまり何を言っていいのか分からなくなってしまい、ついついぶっきらぼうな言動をしてしまうのです。 こういった人は周囲から見ても緊張していることが丸分かりな場合が多く、自分でも何を言っているのか理解していない可能性が高いです。 たとえば好きな人相手だと緊張してしまい、何も喋れなくなってしまう人がいますよね。 それと基本的には同じことです。 こういうタイプは相手に対する好意が大きければ大きいほどぶっきらぼうになってしまう傾向にあるのです。 また恋愛感情を抱いている相手でなくても、ただ単に喋るのが恥ずかしかったり、コミュニケーション能力に乏しかったりなどといった理由でぶっきらぼうな態度を取ってしまうこともあります。 とにもかくにも緊張という心理状態に陥っているときほど、ぶっきらぼうになってしまうことは間違いありません。 ただこのような人は親しい相手、たとえば家族や友人だと緊張することもなく普通に話すことができるため、ぶっきらぼうになるということはすなわちまだ相手と親しい関係ではないと言えるのです。 スポンサーリンク 自尊心が強く、無理に人に好かれようとは思わない 多くの人は、「できるだけ人から好かれたい、人に好感を持ってもらいたい」と思うものです。 人に対して愛想よくふるまうのも、そうした心理の表れと考えていいでしょう。 では、なぜ、ぶっきらぼうな人は愛想よく人と接することをしないのでしょうか。 それは、「無理して人から好かれようとは思わない」という心理を持っているからです。 その根底にあるのは、強い自尊心と考えていいでしょう。 自分のことを大切にしようとする意識が強く、「人は人、自分は自分」という考え方を持っているのです。 多くの人は、人との関係性を考えながら、自分はどうあるべきか、自分はどうふるまい、行動すればいいのかを考えます。 しかし、自尊心の強い人は、周囲の人や目の前の相手がどうであれ、「自分は自分」という意識を変えることはしません。 ですから、相手にどう思われようが、自分のスタイルを崩さないのです。 また、自尊心の強い人は、「人に良く思われようとして愛想良くふるまうことは、卑屈な行為だ」と考えます。 卑屈な行為をすることは、強い自尊心が許しません。 「自尊心が傷つけられることを嫌って、あえて愛想のない対応をするのが、ぶっきらぼうな人」という言い方もできるでしょう。 人間嫌いなため、できるだけ人と関わりたくない 人間嫌いなために、人に対してぶっきらぼうな対応をする人もいます。 内向的な性格で、自分の世界に一人で閉じこもることが好きな人が、「人間が嫌い」という心理をもつようになることが多いと考えていいでしょう。 こういう人は、自分の中に引きこもっている状態に安堵を覚えるために、できるだけ人と関わらないようにします。 愛想良くふるまえば、そこに人間同士のコミュニケーションが始まり、心の交流が生まれます。 人間嫌いな人は、そうしたコミュニケーションを煩わしく感じ、心の交流に嫌悪感を覚えるのです。 たとえば、職場や学校、地域コミュニティなどで、朝の挨拶をする場合のことを考えてみましょう。 朝の挨拶をする場合、人から挨拶された時に、愛想良く「おはようございます」と答えれば、相手が「今日は寒いですね」というような話をしてくることもあります。 それが人間同士の自然なコミュニケーションですが、人間嫌いな人は、それがイヤなのです。 人から挨拶されても、目を合わさず笑顔も見せず、小声でぶっきらぼうに「おはようございます」と答えれば、それ以上の にはならないでしょう。 会話しないですむことを望んで、ぶっきらぼうにふるまう人もいるのです。 【関連記事】• スポンサーリンク シャイで、自分の内面を人に見せるのが恥ずかしい 「好きな異性の前では、心とは裏腹に冷たい態度をとってしまう」という人がよくいるでしょう。 いわゆる「好き避け」ですが、それと似た心理から、誰にでもぶっきらぼうに接してしまうケースも少なくありません。 人に愛想良くふるまうことは、つまり、「私はあなたに好感を抱いていますよ」とか「うまくやって行きたいと思ってますよ」といった意思表明と考えていいでしょう。 シャイな人は、そうした自分の内面を、人に見せるのが苦手です。 心の中では「相手に好かれたい、良く思われたい、仲良くしたい」と思っていても、その心を人に知られることを避けようとしてしまうのです。 前項で紹介したタイプは、「人に好かれたい」という気持ちをまったく持っていませんが、こちらのタイプの人は、むしろ、そうした気持ちを人一倍強く持っているために、逆にぶっきらぼうな態度をとってしまうと考えていいでしょう。 先ほど触れた「好き避け」と、その点でもよく似た心理が、そこにはあるわけです。 ですから、このタイプのぶっきらぼうな人は、ひとたび心を開くと、一気に相手と打ち解け、内面をさらけ出すことが少なくありません。 つまり、人並み以上に情が濃く、人間好きなのが、このタイプのぶっきらぼうな人と言っていいでしょう。 「人間は大好き、だけど恥ずかしい」というのが、このタイプのぶっきらぼうな人が抱いている心理なのです。 【関連記事】• ぶっきらぼうな人の心理はわかりにくい いかがでしょうか。 ぶっきらぼうな人は、ただ人とのコミュニケーションが慣れていないだけのケースもあるため、パッと見ただけでは非常にわかりにくいものです。 だからこそ、その人を第一印象で判断するのは危険だといえるでしょう。 もう少し深く付き合ってみて、その人の心理を探ることで、最初から拒絶しないで済みます。 第一印象で選別してしまうと、お互いに損をすることもあるので、やはり歩み寄る勇気というのは大切かもしれませんね。 また、もしあなたの仕事が上手くいっていなかったり、職場での悩みがあるのであれば「」もあわせて読んでみましょう。 きっと今までの悩みや問題が一瞬で解決できるキッカケをつかむことができるはずですよ。

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ぶっきらぼうな人とは?意味や性格の特徴、心理や対処方法を紹介!

ぶっきらぼう 意味

ぶっきらぼうな人が周囲にいないでしょうか。 ぶっきらぼうな顔とは、無表情であったり、ムスッとした不愛想な顔ですし、その動作はツンツンしていたり、つっけんどんであったりすることを言います。 ぶっきらぼうな態度は、もしかして怒っているのではないか、機嫌が悪いのではないだろうかと誤解を招くことも多々あり、周囲からは偉そうにしている、人間嫌いだと思われ人から敬遠されることもあります。 ですが、ぶっきらぼうな人は意外と話してみるといい人であったりすることから広く浅くではなく、狭く深くと言った付き合い方をする人でしょう。 人を寄せ付けない言い方をする ぶっきらぼうな人の話し方は、少し怒ったような言い方であったり、あまり詳細に説明したりするような話かったではありません。 会話を楽しむということはそんなになく、要件だけを伝えるために話すという感じでしょう。 人を突き放すような言い方をしたり、少々悪意のある言い方をするため苦手意識を持つ人が多いでしょう。 まだ言い方だけだとよいのですが、そこへ態度も併せてつっけんどんな態度を取ってしまうため、より人を寄せ付けないオーラが出てしまいます。 スタンドプレーである ぶっきらぼうな人は誰からも一目置かれたいという心理があります。 そのためスタンドプレーが目立ち、他人とは違うということを証明したがります。 ぶっきらぼうであるのは、自分の手の内を見せたくないからであり、他人に厳しいですが自分にも厳しいため融通がきかない面があります。 何事においても不器用 ぶっきらぼうな人の特徴として、不器用であることが挙げられます。 この不器用の意味は器用ではないという意味ではなく、いわゆる残念な人、ということです。 ぶっきらぼうな人は人を寄せ付けず、仕事など集中しているようにも見えますが、一度にいろいろなことをするのが苦手な人が多いため、一つにことに集中し過ぎるため周りが見えなくなる場合が多いでしょう。 対人関係が苦手である ぶっきらぼうな人は対人関係が苦手です。 顔で感情表現ができないのは愛想が悪いのではなく、頭でいろいろなことを考え過ぎて感情表現までたどり着かないということがあります。 結果、無表情のような機嫌が悪いようなイメージを持たれてしまいますが、本人的には考えを巡らせていることが優先であるため必死になっている状態と言えます。 もし彼氏がぶっきらぼうであったら、付き合うには自信が無くなる人がいるのではないでしょうか。 付き合いだして浅いカップルは特にこの先の付き合いかたは分からなくなる場合があります。 彼氏がぶっきらぼうであるとその心理を読むことが困難に近いと思うことでしょう。 ですが悩むことはありません。 なぜなら彼氏側はさほど考えてはいないからです。 彼女が悩むように彼氏もどのように接していけば良いのか手探り状態だと言えます。 距離が縮まるかどうかは時間を掛けていきましょう。 彼女がリードする 彼氏がぶっきらぼうであるならば彼女がその彼氏をリードしていきましょう。 彼氏の表情を変える努力の手伝いをしてあげてください。 彼氏がぶっきらぼうであると彼女や周囲まで暗くなってしまうこともあります。 そんな状況はおすすめできません。 笑顔になるのはなかなか難しいのであれば、気持ちの意思表示をきちんとできるようにリードしてあげましょう。 彼氏はこういう人だと納得する 彼氏がぶっきらぼうであるならば、彼氏はこういう人だと納得して受け入れることも大切です。 彼氏の良いところを知ってカップルになったのですからその良いところを際立たせてあげてください。 ぶっきらぼうな彼の横で笑顔の彼女がいることは彼女の株を挙げるでしょう。 ぶっきらぼうな人の心理とは? ぶっきらぼうな人の挨拶は誰から見ても不自然に思えます。 顔は下げ気味で相手の目をあまり見ないでそっけなくする挨拶は気持ちが良いものではありません。 ぶっきらぼうな人にとって挨拶は苦手です。 相手の目を見れないのは恐怖感や相手にどう思われるか自信がないためです。 声もボソっと言う程度なのでハキハキせず相手には聞こえにくい場合があります。 仲間内であれば相手も理解していますが、初対面や仕事上では直していくべきでしょう。 緊張や不安である ぶっきらぼうな人は自分に自信がありません。 そのため常に緊張や不安な心理状態です。 それを隠すためにポーカーフェイスを装っています。 ポーカーフェイスも素っ気ない話し方もすべて自分を隠す鎧です。 相手に強く見せることで自分の弱さを見せないようにしています。 意外と強気に出てきてもぶっきらぼうな人は内心はドキドキしている状態でいることを理解してください。 ぶっきらぼうな人にイライラする時の対処法とは? ぶっきらぼうな人にイライラする時の対処法として、ぶっきらぼうな人とは気にせず接することも良いでしょう。 お互いに気を遣いながら過ごすことはストレスが溜まりますし、ぶっきらぼうな人自身も気を遣われず自然にしてくれることを望んでいます。 職場であれば周囲の人たちが気にしないことでスムーズに作業が進んでいくでしょう。 そうすることで人間関係もうまくいくことがあります。 こういう人間だと割り切る もしぶっきらぼうな人とさほど距離感を持って接したいと思う場合は、たとえぶっきらぼうな人が周囲にいてもこういう人であると割り切って日々過ごすことも方法です。 ただしその選択をする場合は、ぶっきらぼうな人がよほどの分からずやで一切のコミュニケーションを取らない人である時です。 このような人であるとお互い歩み寄ることはできません。 双方が傷つくことが無い程度に接することに徹しましょう。 ぶっきらぼうな医者との付き合い方とは? 体調が悪いときに医者がぶっきらぼうであることほどガッカリすることはありません。 人は弱っているとき、冷たくされるとより体調が悪化するように感じることは誰もが経験しているでしょう。 もし病院で医師がぶっきらぼうであるときは医師よりも看護師や病院スタッフを頼ることが良いでしょう。 特にかかり付けの病院ではない場合にはなおさらそうするべきです。 医師の性格や態度は病院スタッフであれば承知しているのは当然です。 困惑した顔でスタッフを頼ってみましょう。 助け船を出してくれることでしょう。 良い医者であれば気にしない 腕の良い医者は余計なことは口にしません。 そして患者のためになることだけを考えてくれています。 ですが患者としては目の前の医師を信じることしかできないため、ついそれ以上のものを求めてしまいます。 人は病気になってしまったとき、藁にも縋る思いで良い医者を探します。 少しでも病気が良い方向へ進むためには良いと思う医者を信じ、たとえぶっきらぼうでとっつきにくい人であっても付いていくべきです。 医師は患者もそうですが、病気と向き合ってくれているので、たとえぶっきらぼうであっても気にしないようにしましょう。 違う病院へ行く ぶっきらぼうで信頼できない医者であると判断したら、違う病院へ行くことをお勧めします。 医者も人間です。 やはり相性というものがあります。 違う病院へ行くとなっても近くに病院がなかったり、そうそう病院を変えるという考えができないこともあります。 ですが躊躇している間に病気が進行したり、症状が悪化することは好ましくありません。 思い切った判断をしましょう。 ぶっきらぼうを直す方法とは? もし自分がぶっきらぼうで悩んでいたら直すことを意識してみてください。 ですがそうそう簡単ではないことは想像できます。 もし簡単に直すことができるのであればぶっきらぼうな人は存在しません。 ぶっきらぼうはその性格や家庭環境などの生い立ちからそうなってしまっていることが多いです。 そして人と接することが苦手であるなどコミュニケーションを取ることを避けてしまいます。 それは人間関係が面倒になっている証拠です。 特にコミュニケーションを取らなくても生きて行けるという思いがあります。 ぶっきらぼうを直すことは「人と関わりたくない」という考えから変化させていくことが必要でしょう。 相手の顔を見て話してみる 誰かと接するとき相手の顔を見て話すことが一番大切なことです。 ぶっきらぼうな人はこれができないことが一番の要因です。 人とのコミュニケーションは笑顔を見せることが大切ですが最初から笑顔になることが難しいのであれば、やはり相手の顔をしっかり見て話すことでしょう。 相手からも自分の表情が見えることがコミュニケーションを取る第一歩です。 ぶっきらぼうな人におすすめの本を紹介 自分から敢えてぶっきらぼうにしている人がいますが、どうしても人と接することが苦手でぶっきらぼうになってしまう人もいます。 ぶっきらぼうでいることは損することがあっても得をすることはありません。 周囲と距離を置くことは誤解をされることが多くなります。 最近は人間関係は希薄になっている時代です。 勝手な価値観を押し付けてくる人もいます。 そういう対人関係の中である意味自己主張する必要があります。 自分自身を周囲に分かってもらうためにはぶっきらぼうな人という印象を持たれるよりも、明るい笑顔な人であるという印象のほうがより理解してもらえます。 ぜひぶっきらぼうから笑顔が素敵な人になりましょう。 ドライバーの仕事情報を探す 現在転職先にトラックドライバーを考えている方は豊富なドライバー求人を案件を持つドライバーワークスへ!.

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「ぶっきらぼう」の意味とは?語源、言い換えや例文、性格や英語を紹介!

ぶっきらぼう 意味

「ぶっきらぼう」の語源 ぶっきらぼうは 「打ち切り棒」という言葉からきているとされています。 また打ち切り棒がどうして無愛想、無愛嬌という意味を持つようになったかは2つの説があります。 その2つの説を順番にご紹介します。 1つ目の 「打ち切り棒」はその名の通り打ち切られた木材を表します。 打ち切り棒は綺麗な木材ではなく乱暴にぶった切った木材のため、綺麗にカンナがけなどが行われた木材に比べて乱雑で質素、愛想がないように見えました。 そのため 「打ち切り棒」が無愛想で愛嬌がないさまを指す言葉となりそれが転じ 「ぶっきらぼう」になったというのが1つ目の説です。 2つ目の 「打ち切り棒」は飴のことをさします。 かつて飴を作る際には大きな水飴の塊を細く長く、丸くし、その棒状になったものを切って小さな飴を作っていました 金太郎飴をイメージしていただけるとわかりやすいと思います。 その棒状の飴に端から端まで味や形に変化がない様子を愛想がなく素っ気ないと感じ、現在のぶっきらぼうに転じた、というのが2つ目の説です。 どちらも 「ぶっきら棒」というだけあって棒が語源となっているようです。 またどちらも素朴なものを見てぶっきらぼうだと感じていたようです。 現在とは少し違った意味合いを感じますね。

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