スペイン 風邪 死亡 率。 新型コロナウイルスと「スペイン風邪」の比較によって、“怪しげな統計”に基づく数字がひとり歩きしている

スペイン風邪と闘った文豪 芥川龍之介は再感染、与謝野晶子は家族に

スペイン 風邪 死亡 率

・初めて公開された新型コロナウイルスCOVID-19の画像。 なぜ100年前の日本人は新型インフルエンザであまり死亡しなかったのか 1918年から流行が始まった新型インフルエンザのパンデミックだったスペインかぜは、世界人口の3分の1が感染したとされています。 そして、2005年のアメリカの研究においては、最大で 1億人以上が亡くなったとされています。 感染率や致死率は国や地域により差があったのですが、 「致死率がとても低い国」には、日本が含まれていました。 日本にはスペインかぜについてのかなり正確な統計が残っていて、致死率については、統計上の問題なのか、数値に幅がありますけれど、 日本でのスペインかぜでの致死率は、 0. 2300万人が感染して、38万人が亡くなるというのは、確かに大きな厄災ですが、それでも、致死率の点からだけでは、世界平均より極端に低いのです。 感染率そのものは特に低いわけではなく、当時の日本国民の 4割くらいがスペインかぜに感染したと思われますが、しかし、 死者が少なかったということは「重症化する人が少なかった」ということだと言えます。 私はこの、 なぜ日本の致死率は極端に低かったのか ということについて以前から考えていましたけれど、「過去のことだし、別にいいや」と、最近はどうでもよくなっていたのですが(おいおい)、最近の新型コロナウイルスの流行の中で、また考えるようになりました。 インフルエンザにしてもコロナウイルスにしても、高齢者や基礎疾患のある人の重症化とは別に、一般の元気な方々が重症化する原因として、 「 サイトカインという物質が過剰に放出される」 ということがあります。 サイトカインとは体内にあるタンパク質のことで、これが悪い物質であるわけではなく、病原体に感染した際などに免疫機能としての反応を起こしてくれる物質であり、病原体を排除するインターフェロンなどの放出させることで、病原体を速やかに排除させるという意味で重要な物質です。 しかし、風邪などを引いた時に身体に起きることなどを考えれば、病原体に対しての身体の反応は、悪寒だったり嘔吐だったり、倦怠感、頭痛、発熱であったりと、苦痛を伴う反応が多いものです。 それがあまりに進行すると、身体の危険度も高まることになってしまいます。 このように、 サイトカインの「過剰な放出」により、症状が激しくなってしまうことがあるのです。 それが重症化に結びついてしまう。 若くて病気のない元気な人が重症化する場合、 「免疫反応によりサイトカインが過剰に放出し、結果として、免疫系が自分を守るのではなく、自分を攻撃するものとなってしまう」ことにより、悪化してしまうという場合があるのです。 スペインかぜでは、亡くなった人たちの多くが若い世代でしたが、それは普通のインフルエンザと違う(普通は乳幼児や高齢者の死亡率が高くなります)状況でした。 その理由のひとつに、サイトカインの過剰な放出(サイトカインストーム)があったのではないかという推測はあります。 また、2009年の新型インフルエンザのパンデミックでも若い世代の死亡率が高かったのですが、サイトカインストームが理由であった可能性があります。 そして、現在流行している新型コロナウイルスでも、このようなサイトカインストームが起きる可能性はあると思われます。 そういう意味では「感染しないように気をつける」ということは大事なことなのかもしれないですが、しかし、新型コロナウイルスの場合、これだけ感染力が強い上に、エアロゾル感染の可能性も高くなっている中で、「感染しないようにする」という完璧な手段は存在しないと思われるわけで、それよりも、 「重症化しないためにはどうするべきか」 ということを考えたほうがいいのかなと思っていました。 それで、1918年のスペインかぜで、日本人の致死率がとても低かった理由は、 おそらくは、当時の多くの日本人には「サイトカインの過剰な放出」があまり起きていなかったのではないかと考えていたのです。 そうしましたら、最近、アメリカ国立衛生研究所のライブラリーで、以下のふたつの医学論文を見つけました。 論文の表現はどちらも難しいものですが、ごく簡単に理解したところでは、 「フコイダンはサイトカインの発現パターンを変化させ、肺炎の症状を抑制する」 というようなもののようです。 つまり「 重症化を防ぐ」と。 どうやら、ワカメとかモズクとかメカブとかに含まれるフコイダンには、ウイルス感染時に、サイトカインの過剰な放出を抑制して、症状を鎮める作用があるようなのです。 さらに、2014年の科学記事で、以下のようなものを見つけました。 アメリカの代替医療やホメオパシーなどの研究が専門の科学者のページです。 ・ (紅藻エキスはエボラ、HIV、SARS、C型肝炎と戦う) 「紅藻」というのは、たくさんの種類がある海藻のカテゴリーですが、食用としてわかりやすいものとしては「岩のり」とか「テングサ(寒天やところてんの材料)」、あるいはフノリなどで、日本人にはそれほど特別なものではありません。 この記事の中で注目したのは、2006年に、 アメリカ保健福祉省が、この紅藻から抽出させる成分を「特許申請した」ことが記されていたことでした。 国の機関が岩のりの成分を特許申請しているのです。 この「 米国特許 」を見てみますと、 紅藻から抽出された成分に、抗 RNA ウイルス作用があることが書かれています。 インフルエンザウイルスもコロナウイルスも RNA ウイルスですが、 そのようなウイルスに感染にしくくなると書かれているのです。 特許の説明の中には、「ニュージーランドの海で採取された紅藻から抽出されたグリフィスシンという成分を投与した後」として、以下の文章がありました。 メカブやモズクなどの海藻に含まれるフコイダンは、サイトカインを抑制して症状を和らげ、岩のりとかトコロテンなどのグリフィスシンという成分は、ウイルス感染そのものを抑制する。 これをまとめていて、自分でも、 「ホンマかいな」 と思いました。 「メカブとかトコロテンがそんなスーパーな食べ物なのかよ」 などと、他の資料などを見ていたのですが、ふと見た「マップ」を眺めていて、 「あ」 と驚いたことがありました。 スペインかぜの死者数の都道府県別の比較を見てみると まず、以下の図は、東京都健康安全研究センターの「」という資料にある 「 スペインかぜの都道府県別の月別死亡者数」です。 資料では、全期間のマップが載せられていますが、表示が小さくなってしまいますので、わかりやすい部分として、日本で最もスペインかぜの感染が激しかった、 ・1918年11月 ・1920年02月 のスペインかぜの死亡者数のマップです。 茶色が濃くなるほど死亡率が高く、緑は死亡率が低いことを示します。 実際のマップに県名は書かれていませんが、特に死亡率が「低い」都道府県を書き込ませていただいています。 2018年11月と1920年2月のスペインかぜの都道府県別の死者数 ・ 一回目の流行の時には、山形や宮城、山梨などが死亡率が大変に低く、そして、二回目の流行では、青森などの東北と、石川や福井などの死亡率がとても低いのですが、この二回目のスペインかぜの流行期だった 1920年2月のこの分布図と、 「とてもよく似た傾向のあるマップ」を見つけたのです。 それは、下のマップです。 ・ 二回目のスペインかぜの流行時に、著しく死者が少なかった県の色がとても濃くなっていますが、これは何の分布を示す図だと思われますか? 実はこれは、 ワカメの消費量上位5位 1位 岩手県 2位 静岡県 3位 秋田県 4位 宮城県 5位 福井県 () 海藻の消費量と、スペインかぜの死者数の率がわりと「逆相関」でリンクしているのです。 もちろん全部がそうではないですが、全体として、海藻の消費が多い県のスペインかぜでの致死率が低く、海藻の消費の少ない県はその逆となっている傾向はかなりあります。 スペインかぜは 100年前ですので、今とは消費量は変わっているかもしれないですが、都道府県別の比較としての傾向はそんなに変わっていないのではないかなと思います。 なお、さきほどのスペインかぜの死亡者数の都都道府県別の比較で最も注目すべき県は、実は、 「沖縄県」 です。 沖縄はスペインかぜの一回目の大流行の際も、二回目の大流行の際も、どちらも薄い緑であり、つまり、スペインかぜの流行期間の全体において、沖縄では死者は少なかったといえそうなのです。 つまりは、「 沖縄では重症者が少なかった」といえるかと思います。 そして、沖縄で独占的に生産されているもののひとつは「 もずく」なんですね。 他の県の順位を示す必要がないほどなんです。 1位 沖縄県 生産量 15,336トン 日本での生産の 99. もずくは先ほどの論文でご紹介しましたように、サイトカインを抑制するフコイダンを豊富に含んでいる食品です。 もずくの「消費量」の分布のほうはデータが見当たらなく、正確にはわからないのですが、しかし、これだけ生産している沖縄で消費量が低いとも考えられず、また、スペインかぜの流行した 100年前は、現在のような全国規模の流通がそれほど発達していなかったと思われますので、むしろ、 当時の沖縄の人は、今よりもずくをよく食べていたのではないかと考えられます。 最近は周囲にあまり沖縄料理屋さんがないですので、あまり行かなくなりましたが、かつてはよく沖縄料理屋さんに行っていました。 以前住んでいた東京の西荻窪という街には、沖縄料理屋さんがたくさんあったんです。 それで知ったのですが、私たちのもずくの食べ方は、三杯酢とかそういう食べ方ばかりですが、沖縄料理では、天ぷらにするんです。 もずくの天ぷらは沖縄のソウルフードとさえ言われています。 ですので「食べる量が違う」。 三杯酢などのもずくをどんぶり一杯食べるのは難しいですが、天ぷらだと、食べるもずくの量そのものがとても多いのですね。 沖縄では昔からそのような食べ方をしていたと思いますので、たくさんもずくを食べていたんだと思います。 その結果として、沖縄の多くの人たちは「 フコイダン大量摂取人」ということになり、新型インフルエンザのような重篤な感染症でも重症化する率が低かったのだろうと推測します。 沖縄も、今は昔とは食生活が変わったでしょうけれど、そういう食文化だったことが、先ほどのような「スペインかぜの低い死亡率」に結びついたのだろうなと。 まあ、この海藻消費量のマップの比較だけで、どうこう言うつもりはないですが、先ほどのフコイダンに関しての2つの論文や、アメリカ保健福祉省の「紅藻」の成分に関しての特許取得などを見ましても、少なくとも、 「海藻を食べることは感染症の流行の時期に悪いことはない」 と思います。 なお、世界で海藻を日常的に食べる国は、日本と韓国くらいだと思いますが、そうです( 742万人が感染し 14万人が死亡)。 致死率 0. ちなみに、私はめかぶとかワカメとか大好きなんですけれど、日常的に食べ始めたのは、東京に出てきてしばらく経ってからでした。 私は北海道出身ですけれど、何となく北海道は海藻類をたくさん食べているような雰囲気があるかもしれないですけど、 「全然食べない」 のです。 少なくとも、私が子どもや少年のときには、ダシをとる昆布以外では見ることもなかったですからね。 実際、今でもデータを見ますと、北海道では昆布の消費は全国 38位、ワカメの消費に至っては、全国 44位でした。 今でも北海道では海藻はあまり食べられていないようです。 なお、今回の海藻のことを調べていたのは、この数日なんですが、調べた後に、子どもに、 「 2日に 1度はメカブかモズクを食べるように。 買っておきますから」 と言いつけるほどにもなっています。 幸い、子どもはメカブが好きですので大丈夫でしょうけれど。 ただ、スペインかぜの時の状況を見ましても、日本では「感染率が下がっているわけではない」ですので、 フコイダンの効果は、サイトカインの抑制で重症化を防ぐことにあると思われ、感染の予防とは関係ないようです。 感染そのものの抑制効果に関しては、アメリカ保健福祉省が特許をとった紅藻がいいのでしょうね。 紅藻に関しては、に紅藻類の一覧と説明があります。 食用としては、以下のようなものがあるらしいですが、知らないものも多いです。 食用の紅藻 ・イワノリ ・トサカノリ ・イギス ・エゴノリ ・ギクンナンソウ ・フノリ ・テングサ 新型ウイルスどうのこうのということではなくとも、風邪や感染性胃腸炎などの今のような感染症が流行しやすい時期に海藻類をよく食べるのは悪いことではないと思います。 なお、フコイダンや紅藻などの医学的研究が、日本よりも、むしろ西欧で活発な理由は、西欧では海藻を食べる習慣がまったくないからだと思います。 なので、あちらの国ではサプリメントなどにして服用するしかないようなのです。 フコイダンのサプリメントは存在しますが、私たち日本人は素直に海藻からとればいいのだと思います。 恵まれた食習慣だと実感します。 1918年のスペインかぜで日本の致死率が著しく低かった理由を探っているうちに突き当たった「抗ウイルス策あるいはサイトカインストーム防御策」。 それは海藻とフコイダンに INDEEP ********** 引用ここまで ********** 確か昨日の閣議でも今、日本でコロナウイルスは流行していると言えるのかそうでないのかといったどうでもいいような内容が話し合われたなんて報道もあったようですが、こんな全く感染拡大の抑制に何ら意味のない話し合いをするような政府などあてにせず、意味のない外出をできるだけ避けせっせとぬるぬる海藻をよく食べて重症化を防ぎましょう。

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人類史上最悪のパンデミック 新型コロナ以前にも、人類は何度となく伝染病に襲われてきました。 その中でも、人類史上最悪のパンデミックを起こしたのが、1918年に大流行した スペイン風邪でした。 その大したことなさそうな名称とはうらはらに、当時の地球人口のおよそ26%にあたる 5億人が発症し、そのうち 5000万〜1億人が命を落としたとされています。 死亡者数で言えば、あの悪名高いペストをも抑えて1位であります。 しかも、高齢者よりむしろ若者の方が致死率が高いという…。 オーストラリアなど緊急的に鎖国した一部を除き、欧米、アジア、アフリカのほぼ全ての国でパンデミックが起こり、被害が酷いところでいうと、インドでは全人口の5%(1500万人)、タヒチ島では全人口の14%、サモア諸島では何と全人口の20%が息絶えました。 アメリカでは平均寿命が12歳も下がったと言われています。 日本でも全人口の40%(2300万人)が感染し、死者は39万人に上りました。 現代でもこういうノーガードのおっさんいる スペイン風邪が流行した1918年は、第一次世界大戦が大詰めを迎えた頃でしたが、スペイン風邪によって戦闘不能者が続出したことが戦争終結を早めた要因のひとつだったとされています。 ちなみに第一次世界大戦の戦死者がおよそ900万人。 スペインかぜでの死者の1〜2割に過ぎません。 スポンサードリンク どこから始まった? コロナと同様に、スペイン風邪もどこで最初に発生したかは諸説あってはっきりとした結論が出ていません。 しかし、最初に公式に記録された集団感染は、アメリカ合衆国カンザス州の米軍訓練キャンプでした。 1918年3月初旬のある朝、訓練キャンプのコック料理人がインフルエンザのような症状を訴え、ランチタイムにはさらに107人の兵士が同様の症状を訴えたのです。 わずか5週間後には1000人以上の兵士が感染し、最終的に47人が死亡しました。 この訓練キャンプには100万人の新兵が集る超過密な施設でしたが、まだスペイン風邪の恐ろしさを認識していない米軍は、新兵達をウイルスと一緒にヨーロッパへと派遣してしまったのでした。 うがいは大事 スポンサードリンク なぜこんなに感染拡大しちゃったのか 第一次世界大戦終結が早まったのはスペイン風邪のせいですが、スペイン風邪が世界に広がったのは第一次世界大戦のせいと考えられています。 第一次世界大戦という戦争には、いくつかの特筆すべき点があります。 塹壕戦がメイン 第一次世界大戦で目覚ましい活躍をした新兵器の一つが、そして 鉄条網でした。 それまでの戦争というのは、勇猛な騎兵が突撃すればなんとかなるという素朴なもの。 死者が200〜300人も出れば、それはもう大被害という扱いだったわけです。 しかしそんな騎兵隊の突撃も鉄条網を張り巡らせ機関銃を配備した陣地に対しては無力。 完全に無力なのであります。 いつものように突撃しようものなら鉄条網に引っかかり、そこでモタモタしているうちに 600発/分の速度で弾丸をぶち込まれ皆殺しにされてしまうのでした。 で結局、守備側の方が圧倒的に有利なものだから、戦況は膠着状態になってしまいます。 塹壕を掘って、その中で敵の重火器から身を守る。 背後に回られるとヤバいので、塹壕はどんどん横に広げざるをえない。 こうして、かの有名な 西部戦線では、イギリス海峡からスイス国境まで、全長750kmにわたる塹壕が掘られました。 赤い線が西部戦線ね これがずーーーーっと続いていく この塹壕の辛いところは、超環境が悪いところ。 所詮は単なる溝でしかないので、雨が降れば汚水まみれの泥が溜まる。 しかも、見方の兵士が密集している。 もう伝染病にかかるしかない!みたいな環境なのです。 グローバルネットワーク もう一つ第一次世界大戦で注目したいのが、 世界中から人と物資が集まってきたという点。 主な戦場はヨーロッパですが、軍需物資はそれこそ世界中から集められました。 イギリス、アメリカ、インド、オーストラリアからは兵士と軍需物資が。 中東からは石油が。 アルゼンチンからは穀物と牛肉が。 マレー半島からはゴムが。 コンゴからは銅 弾丸の材料が。 その 全ての物資の終着点が西部戦線で、その塹壕の中で培養されたウイルスが空の容器と共に各国へと送り返されたのです。 スポンサードリンク 終息 スペイン風邪の流行は、大きく分けて3波に分けられます。 第一波は、1918年春のアメリカでの流行。 アメリカ人がスペイン風邪をヨーロッパに持ち込んだ可能性が高い。 この時点ではそこまで凶悪な致死性はなかったみたい。 第二波は、1918年の秋頃。 例のグローバルネットワークによる感染拡大。 拡大していく中でウイルスが変異して死者が急増したのもここ。 第三波は、1919年の春から秋にかけて。 第2波と同じく世界で再流行した上、医師や看護師の感染者が多く医療崩壊を起こしてしまったため、犠牲者が増えました。 しかし、新たな感染者は徐々に減少し、1920年にはもうほぼ終息を迎えました。 なんかよく分からないけど終息 スペイン風邪が終息した理由にもまた諸説ありますが、ウイルスが変異を繰り返す中で致死性の低い株になったというのが有力です。 ウイルスはすごいスピードで変異を続けていくわけですが、致死性の高い株の宿主はわりと早く死ぬので感染が広まりにくい。 で、致死性の低い株が感染拡大していった結果として、みんなが免疫を獲得していったという仕組み。 免疫を獲得するまでに甚大な被害がありましたが、こうしてなんとなくスペイン風邪は終息したのでした。 今は医療が発達しているから、当時ほど死者を出さずに免疫が獲得できる気がしますが、これからどうなりますかね。 参考文献、サイト様.

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じゃあ、スペイン風邪の時はどうだったのか。

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偶然か必然か、去る事約100年前に、スペイン風邪という感染症に、人類は直面した。 しかし日本では、その教訓を忘れ去り、研究もさほどされていなかった。 そこで今回漢方医学の側面から歴史を学び、100年前の教訓を生かしてみたいと思う。 スペイン風邪とは一体どんな風邪だったのか? 「スペイン風邪」(インフルエンザ)は全世界で5億人が感染して、一説によると 約2000万〜4000万人以上の死者を出した。 日本では45万人が感染し、約38万人が死亡した。 アメリカ中西部から発生したという説があり、第1波は3月、第2波は9月に世界中で起こり、多くの死者を出した。 くしくも、第一次世界大戦中であった。 スペイン風邪によるアメリカの死者は、大戦中の戦死の5万人を超え、5万7千人と戦死者を上回った。 戦争当事国(アメリカ他)はそのスペイン風邪の感染状況を隠蔽し、結果的に約4カ月間で世界に広まった。 中立国のスペインで明るみに出た事で、スペイン風邪と命名された。 日本では、第1波は統計的には残っておらず、統計で残っているのは第2波からである。 第1波はおそらく春(5月頃)と言われており、そして秋の第2波は国内でも2116万人が感染し25万人が死亡、致死率は1. 5%で多くの死者が出たとされる。 第3波は国内で242万人が感染し12万人が死亡、致死率なんと5. 3%と約5倍に上がり、強毒性に変異したと考えられている。 そして発生から収束まで約3年を費やした。 また、今回の新型コロナ感染症に酷似の事象もあった。 日本の戦艦矢矧(はやぎ)がシンガポールに寄港した際、たった4時間の下船で船員が感染、全船員469名のうち約9割が罹患し、48名の船員が死亡した。 まるで、ダイヤモンドプリンセス号をみているようである。 時の歌人で作家の与謝野晶子は1918年(大正7年)11月10日、横浜貿易新報に投稿した「感冒の床から」で、自分の息子が罹ったことでその怖さを訴えたが国の対応は今の政府のように呑気な対応で、世の中に政府提案が統一されていないと嘆いた。 彼女はのちに、「人知を尽くして天命を待つ」と成す術がない事を表現し、投稿として残している。 その過去に学ぶ事は、今回重要な事だと思う。

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