エーゲ 海 に 捧ぐ。 Mgは今の時代にこそ必要? 『エーゲ海へ捧ぐ マグネシウムウォーター500ml』発売のご案内|PRTIMES|時事メディカル

池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第83回】文字で描いた絵画の試み

エーゲ 海 に 捧ぐ

憂った、憂わない、憂っちゃう……。 「憂(うれ)える」の文語の形「憂う(憂ふ)」が現代語に生き残り、そこから本来とは異なる活用が生まれていることを、取り上げました。 文語では下二段活用または上二段活用なのに、五段活用として使われるケースが出てきている、というものです。 文語の形が現代語に生き残り、しばしば使われている動詞はほかにもあります。 本来とは異なる活用のしかたが見られるのは、「憂う」だけではないようです。 この動詞は口語では「捧げる」ですが、書物の献辞などではしばしば「捧ぐ」という文語の形が使われています。 池田満寿夫さんの「エーゲ海に捧ぐ」という小説・映画を思い出す方もいらっしゃるでしょう。 文語の形「捧ぐ」は、前回の「憂う」と同様、現在の新聞にもしばしば登場します。 (注)国の常用漢字表には「捧」が含まれていないため、報道機関の多くは「ささげる/ささぐ」と平仮名で書くのを原則にしていますが、朝日新聞では2010年12月から独自の判断で「捧」を常用漢字並みに使っています。 口語の「捧げる」が下一段活用、つまり「捧げない、捧げます、捧げる、捧げるとき、捧げれば……」と活用するのに対し、文語の「捧ぐ」は下二段活用で「捧げず、捧げたり、捧ぐ、捧ぐるとき、捧ぐれば……」となります。 見出しなどで時々「母に捧ぐ金メダル」のような言い方が出てきますが、体言(名詞など)を修飾する連体形は、口語なら「捧げる」、文語なら「捧ぐる」であるため、このような場合は口語の「捧げる」を使うよう勧めています。 もし五段活用の「捧ぐ」という動詞があれば連体形は「捧ぐ」になりますが、国語辞典を引いてみても、「捧ぐ」を五段(四段)活用としているものは見当たりませんでした。 「憂う」を「五段活用」として載せている三省堂国語辞典も、「捧ぐ」は示していません。 では、仮名漢字変換ソフトではどうなっているでしょうか。 前回述べたように、「憂う」は主要な仮名漢字変換ソフトで「ワ行五段活用」として用意され、「憂わない」「憂った」などと変換されました。 しかし、ガ行五段活用だった場合に想定される別の形、すなわち「ささがない」「ささぎます」「ささいだ」「ささごう」などについては、「捧がない」「捧ぎます」「捧いだ」「捧ごう」といった変換候補は出てきません。 現代語での需要と、文法的な規範とを両立させたものと言えるでしょう。 仮名漢字変換で出てきた「捧ぐ」が実際の文のなかで終止形として使われるか、あるいは連体形として使われるかはユーザー次第ですが、「捧がない」などの形が出てこないのであれば、少なくともこれらの変換ソフトが「捧ぐ」の「五段化」を後押ししている、ということは無さそうです。 とはいえ、ネット上で「捧がない」「捧いだ」「捧ごう」などを検索すると、実際に使っている例を見ることができます。 五段活用である「そそぐ」や「すすぐ」と音が似ていることも影響しているかもしれません。

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エーゲ海に捧ぐ : 作品情報

エーゲ 海 に 捧ぐ

解説 ローマ、ギリシアを舞台に、青春の果てしない欲望、野心、愛を描く。 製作は熊田朝男。 版画家であり、芥川賞作家である池田満寿夫が、自らの小説『エーゲ海に捧ぐ』と『テーブルの下の婚礼』を基に、初めて脚本・監督を担当。 撮影はマリオ・ヴルピアーニとマウリツィオ・マッギ、音楽はエンニオ・モリコーネ、編集はマリオ・モッラ、美術は高橋秀が各々担当。 出演はクラウディオ・アリオッティ、イロナ・スターラ、サンドラ・ドブリ、オルガ・カルラトス、ステファニア・カッシーニ、マリア・ダレッサンドロなど。 1979年製作/日本・イタリア合作 原題:Dedicato al mare Egeo 配給:東宝東和 ストーリー ギリシアの片田舎からローマへ絵を学びに来ているニコス(クラウディオ・アリオッティ)は、貧しさと飢えの中で倦怠の日々を送っていたが、籍を置くアカデミアへも通わず、退屈しのぎに向いの部屋に住む娼婦の裸体を覗き見していた。 彼の下宿には、30歳を少し過ぎたばかりのエルダ(オルガ・カルラトス)と彼女の妹で幼い時の発熱で聴覚を失い、物言わぬリーザ(サンドラ・ドブリ)と、病身の母親がひっそりと暮していた。 そんなある日、エルダとニコスが結ばれ、彼らの愛と性の行為は日毎にエスカレートしていった。 ニコスにはかつて、同級生のアン(マリア・ダレッサンドロ)という恋人がいたが、今はエルダに夢中だった。 病身の母親が死に、エルダと結婚したニコスは、ひょっとしたことから、名の通った画廊の経営者のダンチオに会うチャンスにめぐまれ、そこで、ダンチオの娘アニタ(イロナ・スターラ)に会い、目が合った瞬間、お互いに何かを感じる。 それから、まもなく、ニコスの個展が秋に開かれるという話が進み、アニタは、積極的にニコスを誘ってきた。 エルダの目を盗み、アニタとの情事を続けるニコスを、ただひたすら、いつも見つめている者がいた。 それはリーザだった。 彼女は口に出せないニコスへの想いを、その瞳に秘めていた。 リーザを連れていくという口実で、エーゲ海に行く許しをエルダから得たニコスは、アニタと、その友だちでカメラマンのグロリア(S・カッシーニ)とでエーゲ海に向かった。 まばゆい陽光のもとで、時が過ぎていった。 ニコスは、エルダからの執拗な電話に悩まされていた。 「そこに女がいるんでしょう」嫉妬深く聞いてくるエルダの声に、ニコスは何も答えることはできなかった。 いつの間にか眠ってしまったニコスが、まどろみからさめると、目の前にピストルを手にしたリーザが立っていた。 驚くニコスに、ピストルの引き金がひかれた。

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エーゲ海に捧ぐ : 作品情報

エーゲ 海 に 捧ぐ

映画のストーリー 結末の記載を含むものもあります。 ギリシアの片田舎からローマへ絵を学びに来ているニコス(クラウディオ・アリオッティ)は、貧しさと飢えの中で倦怠の日々を送っていたが、籍を置くアカデミアへも通わず、退屈しのぎに向いの部屋に住む娼婦の裸体を覗き見していた。 彼の下宿には、30歳を少し過ぎたばかりのエルダ(オルガ・カルラトス)と彼女の妹で幼い時の発熱で聴覚を失い、物言わぬリーザ(サンドラ・ドブリ)と、病身の母親がひっそりと暮していた。 そんなある日、エルダとニコスが結ばれ、彼らの愛と性の行為は日毎にエスカレートしていった。 ニコスにはかつて、同級生のアン(マリア・ダレッサンドロ)という恋人がいたが、今はエルダに夢中だった。 病身の母親が死に、エルダと結婚したニコスは、ひょっとしたことから、名の通った画廊の経営者のダンチオに会うチャンスにめぐまれ、そこで、ダンチオの娘アニタ(イロナ・スターラ)に会い、目が合った瞬間、お互いに何かを感じる。 それから、まもなく、ニコスの個展が秋に開かれるという話が進み、アニタは、積極的にニコスを誘ってきた。 エルダの目を盗み、アニタとの情事を続けるニコスを、ただひたすら、いつも見つめている者がいた。 それはリーザだった。 彼女は口に出せないニコスへの想いを、その瞳に秘めていた。 リーザを連れていくという口実で、エーゲ海に行く許しをエルダから得たニコスは、アニタと、その友だちでカメラマンのグロリア(S・カッシーニ)とでエーゲ海に向かった。 まばゆい陽光のもとで、時が過ぎていった。 ニコスは、エルダからの執拗な電話に悩まされていた。 「そこに女がいるんでしょう」嫉妬深く聞いてくるエルダの声に、ニコスは何も答えることはできなかった。 いつの間にか眠ってしまったニコスが、まどろみからさめると、目の前にピストルを手にしたリーザが立っていた。 驚くニコスに、ピストルの引き金がひかれた。

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