鈴木 先生 漫画。 鈴木先生

「恵まれてるって、つらい」鈴木先生「手のかからない子」描いた理由

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気持ち悪い。 ただそれだけ。 先生は、中学レベルです。 人気投票に大騒ぎとか生派とか処女派とか、あまりのロリコンぶりに、この漫画は変態礼賛というか力説というか、キモい大人ばかりで教職に対して恨みでもあるんでしょうか?避妊にしても、男目線過ぎて呆れますが、女性は妊娠する危険がある行為だし、中高生が決して安易であったとしても性行為を肯定してる場合じゃないです。 女性はとくにこんな大人に騙されてはいけません。 経験しないほどいいとか、処女のほうがいいとかそんな場合じゃありません。 産む育てるということは経済性の問題や体の負担ばかりじゃありません。 女の子にとってとても貴重な学生時代を永久に台無しにする極めて危険なことを孕んでいるからです。 生派とか言ってる次元で人間としてもクズ同然です。 もし、中学校の生徒同士が合意の上でSEXした時に、生徒の親が他の生徒に我が子を犯されたと学校に苦情を行ってきたらどう対応するのか。 もし、カレーを食べている生徒が「げりみそ」とか言って他の生徒の気分を害しながら食事をし始めたらどう対応すべきなのか。 学校はドロドロしている。 そんな中、教師は人間らしく悩みながら教育者としての日々を過ごす。 面識もなく、生まれた場所やたまたま試験に受かっただけで同い年の数十人の子どもたちが一緒に過ごす。 子どもから大人が顔を出し始める中学校・高校では様々な事が起こる。 どこにでもあるようあ中学2年生の担任を受け持つ鈴木先生の身の回りに起こる様々な事を描き出す。 先生って大変だと思うとともに、社会経験がない人が教育を行うことの難しさを改めて感じさせる。 私はずっと教師たちに恵まれなかったと思っていて、同じように多くの学校では、教師と生徒は多分にすれ違っていると思う。 鈴木は、生徒一人一人の「本当の声」を必死に気づこうとしている。 こんなことが現実の教師に務まるか、そんな余裕はないように思えるが、教育の理想としては、嘗て学生だった身としては、一人でもこうやって本当の声に気づいてくれる教師がいれば、救われる生徒は大勢いると思う。 ずっと教師に気にしてほしいなんて思わない、たった 1 人、分かってくれる大人がそのときにたった 1 人いただけで、子どもたちはずっと前を向いて歩いていけると思う。 信じられる大人が世の中には 1 人でもいるということが知れたことで。 最終巻『鈴木先生外典』では、みんなが鈴木の信者みたいになっているのが理解できなかった、一歩引いていた、という一人の生徒の本音を描く。 私の学生時代も同じだった。 教室のノリにはついていけないし、教師と生徒のお決まりの掛け合いにも一度も笑えなかったし、同窓会にも一度も参加したことがない。 この『鈴木先生外典』をラストに据える武富健治は、やはり、本当に教育の問題に一石を投じたかったのだと思えてくる。 鈴木のやり方だけが正解ではない、それは当たり前で、別のアプローチで生徒に向き合う鈴木ではない教師が必要なんだと、読者に真摯に訴えているように感じた。 私は女ですが周りの女友達に勧めると賛否両論で・・ 特に鈴木先生に対して「キモイ」派と「カッコイイ」派に 大体まっぷたつに分かれます。 しかし面白いことに男はみんなハマるみたいです。 私は鈴木先生はキモイともカッコイイとも感じないです。 強いて言うならカワイイあたりか 笑。 とにかく「まさに先生、まさに男」。 こんな先生いたらたまりません(いい意味で)。 最近の中学生は本当に見た目だけはオトナっぽくなってるから この漫画の絵だと幼く感じるんですけどもし実写なんかにしたら かなりリアリティ増すんじゃないかと、鈴木先生の妄想 笑。 割と考えさせる1・2話とは 一気に趣を変えた3話でドン引きの方もいるかもしれませんね・・ ですが、 この漫画の面白さの本髄はこれが自分の身に降りかかっていないことであることを前提に、 自分の代わりに思いっきり鈴木先生に悩んでもらって それを「おー先生がまた悩んどる悩んどる。 」 と傍観してニヤリとしたり、時には一緒に考えたりする所にあります。 いろんなことに目くじら立てずに1人の男の悩む姿を楽しく見守りましょうよ。 これは近いうち実写の話が出てきそうですね。

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佐藤秀峰が影響を受けた漫画、好きな漫画をご紹介する「僕の好きな漫画」第15回目です。 今回ご紹介するのは武富健治著「鈴木先生」です。 「鈴木先生」(すずきせんせい)は、武富健治による漫画作品。 武富さんの出世作ですね。 「漫画アクション」2005年6月7日号より2011年1月18日号まで連載され、単行本は全11巻が刊行されています。 2007年、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。 その後2011年5月8日号より2012年11月6日号まで、過去を舞台とした『鈴木先生外典』が連載されています。 2011年にはテレビドラマ化、2013年には映画化されていますね。 眼鏡とループタイがトレードマークの中学校教師 鈴木先生が、生徒たちに起こる些細な事件や重大な事件の数々に立ち向かいます。 メジャータイトルであるにも関わらず、コアなファンが多い作品なのではないでしょうか。 実は武富さんとは個人的にお知り合いです。 初めてお会いしたのは数年前、文化庁メディア芸術祭の会議後の打ち上げの席でした。 僕も武富さんも、過去に文化庁メディア芸術祭マンガ部門を受賞したことがあり、その関係で賞のあり方ついて議論する会議に呼ばれたことがありました。 打ち上げの席には同じく受賞経験者の郷田マモラさんもいらっしゃり、武富さんと郷田さんは漫画アクションの編集者数名を引き連れ、一方、僕は掲載誌のモーニングの編集者が来るワケもなく、知らない人ばかりの打ち上げ会場で戸惑っている所、お二人のご厚意で同じテーブルに混ぜてもらったのでした。 以来、武富さんと郷田さんと3人で時々お会いしてお酒を飲んだり、仲良くさせていただいております。 実は武富さんと知り合うまで、僕は「鈴木先生」を読んだことがありませんでした。 いえ、白状しますと、知り合ってからもしばらくは読んでいませんでした。 漫画業界で仕事をしていれば、漫画家の知り合いも増えますし、そのすべて人たちの作品を読むことは物理的に難しくなります。 また、漫画家同士がお互いの作品について語り合うことは楽しい反面、作品への心の底からのリスペクトがない限り、どこかでケンカになってしまう可能性もあります。 ですので、知り合いになっても漫画家という職業についての苦労や楽しさを共有する以上に、作品論には気軽に踏み込まないのがエチケットだったりします。 作品について、自分の感じたことに嘘はつきたくありませんし、「それが武富さんの歓迎しない感想だった場合、どうしよう?」みたいな…。 しかし、そこを乗り越えて「鈴木先生」を読破いたしました。 …いや、マジでおもしろいですね…。 読み出すと止まらなくて、全巻読み終わるまでの1週間はずっと寝不足でした。 武富さんは何度もお会いしていて、非常に紳士な方だと思っていましたが、まさかあんなに変態だったとは…。 ここで、武富さんのプロフィールをご紹介。 幼少時から売れっ子漫画家を目指し、オリジナル漫画を描き続けるが、少年期に白土三平、永島慎二などの作品を知り、次第に文芸路線に作風が変化。 しばらくはメジャー少年漫画も並行して描くが、大学入学後初めて持ち込んだ少年漫画作品がたたかれ自信を喪失。 当時、ドストエフスキーや志賀直哉など、純文学に傾倒した影響もあり、文芸漫画への熱意が高まる。 19歳で描いた「面食いショウの孤独」が講談社アフタヌーン誌の四季賞で準入選(掲載はなし)となるが、その後新作コンテが通らず業を煮やして完成させるがやはり掲載とならず小学館に投稿。 「康子」がビッグコミック賞の佳作に入賞(これも掲載はなし)。 以後大島氏の担当で修行。 しかしやはりコンテが通らず何作品化を無断で完成させ賞に応募するが、「カフェで」が二次審査落ち、そして今でも自作の最高傑作と自認する「掃除当番」は一次審査落ちし、気力を失う。 しばらく教育実習や卒業論文など学業に専念。 この頃から同人活動を本格的に開始。 個人サークル胡蝶社を旗揚げしコミケット、コミティアなどに参加。 文芸同人誌ぴろうに参加、「M」「J」などの異色作を描く。 「蟲愛づる姫君」を自費出版。 しかし同人誌の世界でも成功が見えず倦み疲れる。 再び小学館に戻るが、大島氏がちゃお誌に移っており、氏の選択でスペリオール誌の薗田氏が担当に。 1年かけて修正を重ね、「屋根の上の魔女」で念願のデビュー(小学館漫画大賞青年漫画佳作入賞)。 その後高田靖彦氏のアシスタントを務めながら1年に1度のペースでビッグコミック新人増刊号に「ポケットにナイフ」「シャイ子と本の虫」を発表。 平行して江露巣主人名義で成年作品を発表、ワニマガジン社のホラー漫画誌に数編を発表。 福音館おおきなポケット誌で絵本作家による付録漫画「キチキチ町の雪だるま」の製作に絵コンテ名義で参加。 2002年5月、「まんぼう」で2年ぶりに商業誌復活を果たすが、再び沈黙、8月より充電期間に突入。 03年2月に、後輩の同人誌に掌編「右馬之佐東行日記」を寄稿。 2003年5月より木戸佑兒氏主宰の劇団東京(n-1)に美術担当で参加。 8月より出演も決定。 9月に仮公演、12月にハイナーミュラーザワールドの一環として『画の描写』本公演に出演。 演劇活動を継続しつつ、久しぶりの長編漫画『贖罪』の企画を始める。 2004年夏より、漫画活動の本格的復帰を目指し活動開始 2005年春、漫画活動本格復帰。 原作付の単発の仕事を精力的に始める 竹書房のコンビニ用オムニバスホラー漫画(『現役医師の語る病院の怪談』 他)や漫画実話ナックルズに多く参加。 2005年5~6月『鈴木先生』前後篇が漫画アクションに掲載。 oxna. html 武富さんは漫画家としては遅咲き(失礼…)のほうなのかな?と思いますが、地ベタにしゃがみ込む期間が長かっただけに、その後のジャンプ力が凄まじいと言うか、恐らく、読者に訴えたいことが高濃度に膨れ上がっていて、解き放たれた時の表現の純度がすごいことになっている気がします。 僕の漫画がアルコール度数30度だとしたら、武富さんは90度くらい。 ちょっと口をつけただけで読者を酔っぱらわせてしまう破壊力があります。 同業者としては「そんなに一気に排出して枯れ果ててしまいませんか?」と心配になるくらいですが、「鈴木先生」に関して言えば、作品を通じてテンションが緩むことは最後までありません。 「鈴木先生」のあらすじを強引にまとめてしまうと……、まとまらないなぁ…。 ジャンルとしては学校モノ、中学教師の鈴木先生とその生徒達の物語です。 生徒達が起こすトラブルや学校、教育が抱える問題に、鈴木先生が独特の切り口で迫ります。 「生徒が問題を起こして、先生が解決に導く」というよくある学校モノ(金八先生のような)とも言えるのですが、解決への導き方が非常に個性的で、浅い意味で道徳的でも教育的でもなく、熱血で押し切るワケでもない所がグッと来ました。 トラブルを観察し、議論し合いながら結論にたどり着こうとする過程がすごくスリリングで、まるでミステリー作品を読んでいるかのようなドキドキ感があるのです。 例えば「給食のマナーの悪い生徒の問題を解決する」回では、凡庸な作家であればマナーの悪さを注意して終わりにするか、あるいは些細な問題として物語に取り上げすらしないような部分を、「なぜそのような振る舞いをするのか?」とひたすら観察し、その生徒の人格や他の生徒の人間関係、家庭の問題をも巻き込み展開します。 読者はふと我に返ると、自分が謎に満ちた壮大な物語の中にいることに気づくのです。 派手なアクションはありません。 観察と推理、経験や対話の積み重ねで最終的な結論に至るのです。 目の付け所もスゴイですが、「なぜこんな小さなことが、これほど壮大な物語になるのか?」と、その腕前にビックリしました。 同じテーマでこれだけ読ませられる作品を作ることが出来る人は、他にまずいないでしょう。 こんな観察眼を持った作家さんを僕は今まで知りませんでした。 議論好き、討論好きな男性にはドストライクではないでしょうか。 僕は第1話目を読んですぐに物語に惹き込まれてしまいました。 絵柄は地味と言えば地味で、垢抜けないというか、正直、ホラーっぽく感じる時さえあります。 (すいません…)セリフの量が尋常じゃなく、漫画の常識ではあり得ない膨大さで、読みやすいかと言えば、読者に取って壁となる場合もあるでしょう。 (すいません…!)事実、Amazonのレビューを見る限り、好き嫌いが激しく別れる作品のようです。 「生理的に受け付けない」「読みにくい」とネガティブな言葉も並んでいました。 それを凌駕する作家のパワーというか、「これは只者ではない」感、異形のモノ感が画面から溢れており、僕はその「個性としか呼びようのないもの」に強く惹き付けられました。 だって、見たことがないモノだったのですもの。 物語は個々の生徒の問題に触れながら、それ徐々にクラスの問題へと発展していき、やがて学校の問題へと突き進んでいきます。 中学生の性の問題や、教師が持つ生徒への恋愛感情など、デリケートな部分にも躊躇なく正面から取り組む姿は読んでいて清々しいばかり。 性教育や避妊に対する主人公の考え方は一般論からすればかなり独特ですし、登場人物の多くが女性の処女性にこだわる点や、教え子への恋愛感情に悶々をする姿などははっきり言って変態的(すいません!)ですが、でも正論ばかりを振りかざすのではなく、その正直な魂の告白には心を揺さぶられました。 ドストエフスキーが好きというのも何となく納得です。 人間の業やどうしようもなさを直視する姿勢は「生理的に受け付けない」と片付けてはいけない気がするのです。 そして、それらを動的な展開で見せるのではなく、静かに、だけど激しく、知恵と論理で解決していくところがたまらなくクールでした。 ギャグもしっかり入っていて、堅いばかりでもありません。 エピソードごとにクラス内の生徒達一人一人に丁寧にスポットライトを当てていった結果、物語の中盤辺りでは登場人物全員が奇跡的にキャラ立ちしており、その人間関係が複雑に絡み合い、一言では説明できない物語が成立しているのです。 そうだよ、言葉で説明できないから漫画があるんだよ。 「ああ!これが漫画だ!これが作家だ!」と僕は感動してしまいましたよ。 同時代の作家にこれ程ストレートに嫉妬を感じたことは久しぶりでした。 また、読者としては「すでに10巻程度で完結していることが分かっている名作が目の前にあり、それを一気読みする快感」を存分に味わいました。 通勤の電車の中で、仕事の休憩時間に、深夜に睡眠時間を削って、鈴木先生と一緒に過ごした一週間はとても幸せでした。 誰かとか会話していても端々に鈴木先生の話題が登場してしまうし、夢にも出てくるし、何か仕事で悩んだ時には、「こんな時、鈴木先生ならどのように解決させるのだろうか?」と日常に浸食して僕の思考に影響を与えました。 個人的な体験と重なる部分もあり、鈴木先生の彼女が妊娠し、学級会議でそのことを生徒達に追求される「鈴木裁判」編では、僕は泣いてしまいましたよ。 喜びでも悲しみの涙でもなく、溢れ出した感情を消化するためにただただ涙が出てしまったというか、僕が個人的な体験で感じていたことの一部はこの中に書いてあり、これは自分のために書かれた本だとさえ感じたのです。 ああ、この作家さんは何でこんな気持ちを知っているのだろう?この人と会って話し合ってみたい!…と、武富さんと知り合いであることを思い出しました。 あえて弱点を考えると、恋人の麻美さんの描写が極端に少なく、あれだけ生徒と熱心に向き合う鈴木先生の対応としては、そちらには関心がないように見えてしまい、彼女がかわいそうでした。 仕事に夢中で恋人を放ったらかしな男を作者まで無意識に肯定してしまっているかのようで。 いえ、本当にすばらしい作品ですので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。

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「鈴木先生」のレビュー / 漫画レビュー.com

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ネタバレ Posted by ブクログ 2012年12月20日 あの「鈴木先生」が帰って来た! アクション誌に不定期掲載されていた「鈴木先生 外典」が1月に公開となる実写映画に合わせて単行本化。 収録されているのは「@真説!ポケットにナイフ」「@体育祭、五月晴れ」「@紺野…演劇特訓!秋の邪念」「@戸塚24才、3-Cクラス会へ行く」の4編です。 「@真説!ポケ ットにナイフ」 かつてからあった独立した短編「ポケットにナイフ」を「鈴木先生」の中の作品として再構築させた作品。 地続きの物語として、各キャラクター達のBeforeがいたるところに挿入されていて面白いです。 さらに「普通」の代表のような関先生の「心の声」により、作品がよりポップなものになっています。 以前の短編とは全くの別物として読むことが出来る一方で、ポケットにナイフのメインテーマは損なうことなく、同じかそれ以上のわかりやすさで読者を導いてくれているのが素晴らしい!! そして、小川蘇美が、なぜあのとき制服のポケットにバターナイフを忍ばせていたか、その理由も明かされます! 関先生版「鈴木のバッカヤロォォ」 笑 、「明日も我々は教え続ける!」は、関先生が言うとなんだか笑えます。 桃井先生の体調不良につながるオチまで含めて、徹頭徹尾抜け目無い作品です。 「@体育祭、五月晴れ」 主人公は優等生揃いの2-Aの中でも、さらに手のかからない部類にに入ると思われる、陸上部・梨本 ナッシー。 作者の武富先生の自伝的要素が強い作品であるとのことです。 悩みの対象が多く、その複雑さから始めはこの作品が何を意図しているのかわかりませんでした。 ただナッシーの場合のマイナス思考からの脱出の鍵は、小さな支えや幸福にまずは気づくこと。 (鈴木先生の魔法の言葉や、お母さんの愛情のこもったお弁当、浜口や山口の気遣いなど) そしてそれを根気よく拾い集め、明日はまた悩むかもしれないが「でも今は幸せ それでいい」「苦しいのは今だけ だったらこれでいい」と、瞬間瞬間を受け入れる考え方へと変化させることにあったようです。 なお作中の鈴木先生の魔法の言葉は、胸に留めておきたい素晴らしい言葉です。 また、この世界では「古代戦士ハニワット」がテレビ放送されているようですよ! 特撮かアニメかは不明w 「@紺野…演劇特訓!秋の邪念」 映画につながる、立てこもり事件の前後のエピソード。 主人公は紺野です。 演技に関しては1年のときすでに鈴木式の指導を受けていた「スペシャル」な紺野ですが、女子への興味に関してはどこにでもいる「普通」の男の子。 中学生男子らしい、妄想やそれに続く自己嫌悪が初々しくもあります。 人が何か物事にあたるとき、そこにひとつの感情 この場合はエロ があったからといって、それしか感じていないと他者が断じて語ることは本当に愚かな行為ですね。 それに気づいて、紺野の迷路に迷い込んだ心を解きほぐしてあげた中村もまた、カミサマ!!美しい!! ちなみに自分は竹地タイプで、むやみにプライドが高くて、発する言葉にヒネたところがあるようです。 「@戸塚24才、3-Cクラス会へ行く」 まさかの戸塚が主人公。 3-Cの同窓会編!! 鈴木裁判欠席のくだりも本人の口から語られます。 生徒たちの10年分の変わらない部分、成長した部分も見れて、おまけ的エピローグとしても楽しめました! スキャンダルネタ大好きな青木と野方も、10年でほんのちょっとだけ成長!? ですが3年で鈴木学級にあたり、かつての中村や神田のように「キレイになっていく青木、野方」というのも見たかった気がします。 このときの戸塚の口からも「@体育祭、五月晴れ」の梨本同様の「それでいい!」というワードが飛び出します。 西の「ロボットだの宗教だの」のくだりは、そのままネット掲示板の、うわべだけをすくったような「鈴木先生批判」に対する返信ですね。 今まで鈴木先生からは一方的に教えられることばかりだったのですが、「カラオケ論」に関して、初めて完全に自分があらかじめ持っていた意見と同じだったので、それが嬉しかったです。 鈴木先生や小川のその後など、ここでは描かれなかったキャラクターのその後も気になります!! 以上、本編では聞けなかった様々な「心の声」を聞かせてくれた4人。 でもまたいつか、心の汗をかきまくりながら教え続ける、そんな鈴木先生の「心の声」が聞ける日が訪れることを祈っています。

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