かちかち山 教訓。 【かちかち山】あらすじをサクッと簡単にまとめてみた!|3分で読める!昔話の簡単あらすじ

日本昔話の教訓一覧&読書感想文の意外な効果~語り継がれる理由~

かちかち山 教訓

三度の飯より文学好き・アオノです。 皆さんは、日頃文学作品を読むことはあるでしょうか? なかには、文学作品って難しそう……と思っている方も多いかもしれません。 しかし、実は文豪が書いた文学作品こそ、読み解いていくうちにハマってしまう面白さがあるんです! ここでは、私がぜひ読んでほしい面白い文学作品を太宰治の「カチカチ山」ご紹介します。 新しい本との出会いのきっかけになれば嬉しいです。 太宰治『お伽草紙』より「カチカチ山」 『』より「カチカチ山」 太宰治 著 、新潮社 「カチカチ山」といえば、みなさまおなじみ、あの兎と狸の昔話です。 この「カチカチ山」を、なんと太宰治も書いていたのはご存知ですか? 太宰治の『お伽草紙』は、昔話や古典を題材に、太宰が新解釈して書いた物語が収録されています。 「カチカチ山」「浦島太郎」など誰もが知っている昔話や、井原西鶴の作品を題材にした「新釈諸国噺」などが入った短篇集です。 そもそも「カチカチ山」とは? まずは、昔話の「カチカチ山」のおはなしをおさらいしてみましょう! 「カチカチ山」とは、兎が、性悪狸をこらしめて、殺されたおばあさんの仇を討つ物語です。 おばあさんは、おじいさんが捕えた畑を荒らす性悪狸にだまされて、狸に殺されてしまう。 悲しむおじいさんを見かねて、兎が仇を討つと約束をする。 兎は狸の欲深さを利用し、狸を芝刈りに誘う。 背中に火をつけ大火傷を負わせ、火傷にはしみる薬を塗り込み、最後には泥の船に乗せて、狸を溺れ死にさせ、仇を討つのだった。 ざっくりといえばこんなお話。 狸の欲深さを利用して、狸を誘い出し、こらしめて仇討する、というものです。 さて、これが太宰の手にかかるとどうなるのでしょうか……? 太宰治の「カチカチ山」は少女と中年男の恋物語 カチカチ山の物語における兎は少女、そうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋している醜男。 これはもう疑いを容れぬ厳然たる事実のように私には思われる。 (冒頭より) 太宰は「カチカチ山」を、 美しい兎に恋をした狸の恋物語として描きました。 本来なら狸は、その強欲が祟り兎の罠に引っかかりますが、太宰の「カチカチ山」では、 恋心を利用されて兎の罠にかかります。 つまり、狸の「欲」の正体を 「盲目の恋」と解釈したのです。 というのも、太宰は「カチカチ山」を読んで「この兎、仇討にしては、やり方がねちっこく、男らしいやりかたではない。 なぜだろうか?」と思ったそうです。 そこで太宰が考えたのが、この兎が十六歳の冷酷な少女で、狸が愚鈍な中年男である、という説でした。 太宰の「カチカチ山」のストーリーは原作通り、兎がおばあさんの仇を討つ物語です。 仇討の方法も全く同じで、狸は最後、泥の船で沈み命を落とします。 慣れ親しんだ「カチカチ山」とまったく同じ話の筋なのに、太宰の手にかかれば、少女が持つ残酷さと、何をされても好きな子の関心を引きたい、と思う哀れな男の姿を浮き彫りにさせた「カチカチ山」が出来あがるのです。 「恋は盲目」とはまさにこのこと。 兎が好きで、誘われれば舞い上がってしまう狸が、ほいほいと兎の話に乗ってまんまと仇討をされていく姿は、実に滑稽で悲劇でありながら、喜劇のようにも思えますね。 教訓は「好色の戒め」 太宰が言うには「カチカチ山」は「好色の戒め」の物語。 お話は確かにあの有名な「カチカチ山」なのですが、狸が兎に恋をしている心情や、兎が露骨に嫌がりながらも、狸を手玉に取っていく様子は、現代の人間の恋物語のようです。 狸は、兎の態度にも気づかず、何をされようとも夢見心地なのですね。 太宰のカチカチ山論から始まり、次第に童話と現代が混ざったような世界に引きずり込まれていくのが面白さでもあり、太宰の筆力なのでしょう。 そして、「カチカチ山」を通じて「恋する諸君、気をつけろよ!」と、恋をする読者に警鐘を鳴らす太宰の、巧みなストーリーの運びとユーモアセンスには脱帽です。 新解釈太宰版昔話を読んでみては? 「カチカチ山」は、子供が読む昔話としては「悪いことをしたら自分に返ってきますよ」という因果応報のような教訓を含んだお話だと思います。 少々残酷ですけどね。 しかし太宰の「カチカチ山」は、こうして、大人に向けた戒めへの物語に変化していきます。 十六歳の美少女と、少女に恋をする中年男を描いた、太宰版「カチカチ山」。 何が「好色の戒め」なのか。 狸の最後のセリフに集約されています。 ぜひ読んで確かめてみてください! 【関連記事】.

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【かちかち山】あらすじをサクッと簡単にまとめてみた!|3分で読める!昔話の簡単あらすじ

かちかち山 教訓

Contents• 浦島太郎の絵本 むかしむかしのお話です。 海辺の村に、ひとりの若い漁師が暮らしておりました。 彼の名前は 「浦島太郎」、一緒に住む両親を養うために、とても真面目に働く、心の優しい若者です。 ある日のこと、太郎が浜辺を歩いていると、子供たちが何やら騒いでいます。 何だろう?太郎が近づくと・・・なんと、子供たちがカメをイジメているのでした。 「やめなさい!カメが可哀そうじゃないか?」太郎のその言葉に、子供たちは不満げです。 「ぼくたちが捕まえたカメだよ!構うものか」なるほど・・・じゃあ・・・・ 「このお金でカメを譲ってくれないか?」お金を見て子供たちは大喜びです。 「お兄さん、ありがとう」子供たちは走り去っていきました。 太郎はカメを水辺まで運んで逃がしてやりました。 「もうこの浜に来てはいけないよ・・・」 翌日・・・ 「浦島サン・・・」 どこからか太郎を呼ぶ声がします・・・しかし・・・辺りを見渡せど誰もいません。 流暢に話すカメに言われるまま、太郎はカメの背中にのりました。 何でも昨日のお礼に 竜宮城に招待したいと言います。 「潜るので、少し息を止めていて下さいね」 ざぶーーーん・・・カメは太郎を乗せたまま海へと潜りました。 カメはさらに深く潜って行きます・・・サンゴ礁の周りには赤、黄、緑など色とりどりの魚が泳いでいます。 美しい景色に、太郎の心はすっかり奪われていました。 「竜宮城に着きました」カメが泳ぎをやめたその先には、赤い柱と緑の屋根が特徴的な、それは見事な御殿が建っていました。 さぁ行きましょう。 並んで泳ぐ太郎にカメが言います「入り口で 乙姫さまがお待ちです」 竜宮城に入ると、とても美しい娘が出迎えてくれました。 娘は、乙姫だと挨拶をして、続けて礼を述べました、「浦島太郎さま、カメを助けていただきありがとうございます」 竜宮城の奥へと導かれた太郎は、盛大なもてなしを受けます。 お膳の上には見事なご馳走が並んでいます。 そして乙姫さまのお酌で注がれる酒は、とても高貴な味わいです。 音楽に合わせてタイやヒラメが舞踊ります。 まるで夢のように楽しくて、太郎はすべてを忘れてしまいそうでした。 乙姫さまは、そんな太郎の様子を、満足げに見つめていました。 宴は昼夜問わず繰り返されました。 太郎にはもう何日経過したのか、いや、これが夢か現実なのかさえ、わかりませんでした。 ただ・・・片時も頭から離れないことがひとつだけあります、それは・・・ 両親のことです。 漁に出られない父と、それを看病する母、ふたりが無事に過ごしているとは思えません。 思いは日ごとに強くなり、ついに太郎は帰る決心をします。 「地上に帰りたい」乙姫さまを悲しませると思いずっと我慢してきた言葉を、太郎は伝えました。 太郎の言葉を聞いてから、乙姫さまはまったく話をせず、ずっと俯いたままでした。 しかし、ついにお別れのときになって口を開きました。 「もしもの時のためにこの玉手箱を持っていきなさい」「でも・・・おじいさんになるまでは・・・」 「決して玉手箱を開けてはいけません」 地上へ戻った太郎は、カメに別れを告げ家へ向かいます。 その後・・・何日もさ迷い歩いているうちに、太郎は「この世界が彼の暮らしていた時代の何百年もアトの世界」だと知ります。 なぜ? 何度も考えましたが、その理由など、太郎にわかるはずがありません。 歩き疲れた太郎は、気が付くと、カメと出会った浜に戻っていました。 そして・・・絶望に包まれて泣いていました。 「決して開けてはいけない」乙姫さまとの約束でしたが、生きる希望を失った太郎には、そんな約束は関係が無くなっていました。 意を決して、太郎は玉手箱の蓋を開けました。 すると・・・ もくもくもく・・・玉手箱から煙が立ち昇り、太郎を包み込みます。 煙が消え去ると・・・・太郎の姿はどこにも見当たりません。 そこには年老いた男性がひとり立っているだけです。 老人は足元がおぼつかないのか、とぼとぼと歩いていました。 その後、老人はどこかへ去っていきました。 浜辺には、今日も繰り返し波が打ち寄せています。 おしまい。 カメを助けた心の優しい浦島太郎が、ひどい仕打ちに合うなんて腑に落ちないよなぁ。 ・・・と思いますよね。 現在、私たちが知っているお話は、明治29年に 巌谷小波(いわやさざなみ)氏が書いた「日本昔噺」の中にあるお話が広まったものです。 しかし、それ以前にも浦島太郎のお話は「日本書記」をはじめ、いろいろな文献に登場しています。 しかも話が違うんです。 その一つ、室町時代に書かれた「御伽草子」に出てくるお話をご紹介します。 省略された結末とは? 浦島太郎のお話が「カメを助けた恩返し」のスタイルになったのは、御伽草子からだと言われています。 そのお話は、私たちの知っているお話と決定的に違う点があります。 それが 浦島太郎が老人になった後の続きがあることなんです。 それでは・・・その続きをご紹介します。 太郎は玉手箱の煙で、おじいさんになってしまいました・・・そのあと・・・ ツルに姿を変えました。 「なぜツルなんかに?」太郎は、頭が混乱するなか、大空へと飛び立ちます。 そして・・・大空を飛びながら気づきました・・・ そうか!竜宮城と地上では時間の流れが違うんだ。 その後・・・太郎のもとに、カメに姿を変えた乙姫さまが現れて、ふたりは再会を果たします。 ふたりは夫婦として結ばれて末永く幸せに暮らしたということです。 おしまい。

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カチカチ山: 感想(評価/レビュー)[文学]

かちかち山 教訓

まず子供用の絵本のあらすじから。 畑を耕して暮らしていたおじいさんとおばあさんがいました。 しかし悪いたぬきが現れて変な歌をうたってからかったり、せっかくまいた種をほりかえしていじわるをしたり、実ったお芋を盗んでいってしまうようになります。 怒ったおじいさんは罠をしかけてたぬきをつかまえます。 縄でしばって留守番のおばあさんに「たぬき汁」にしておくように言って、おじいさんは出かけていきました。 たぬきは「もう2度としません」と泣いて謝り、かわいそうに思ったおばあさんは縄をほどいてしまいます。 瞬く間に逃げてしまったたぬき。 その話を聞いて、うさぎが仕返しをすることを決意します。 柴刈りに誘い、たぬきが背負っている柴に後ろから火をつけるのです。 おおやけどを負ったたぬきに薬と称して唐辛子入りの味噌をわたしてひどいめにあわせます。 数日後、復活したたぬきを魚とりに誘い、自分は木の船に乗りたぬきには泥の船を選ばせました。 当然泥の船はたぬきを乗せたまま沈んでしまいます。 もう少しで溺れてしまうところだったたぬきは今度は本当に改心して、いいたぬきになることを誓うのでした。 これが1番おだやかでマイルドな『かちかち山』です。 本によってはおばあさんが出てこないで、だまされるのもおじいさんだけというものもあります。 おばあさんの存在が無いことで、たぬき汁というものを消すことができるからでしょう。 次にテレビアニメで有名な「日本昔ばなし」バージョンを見てみましょう。 ほとんどは同じですが、かなり元の形に近いものになっています。 おばあさんをだまして縄をほどかせたたぬきは、逃げるだけでなく杵でおばあさんを殴り殺してしまうのです。 また、ラストではたぬきは改心するのではなく泥の船で水没したまま死んでしまいます。 さて、ではエグいと言われている元の形はどのようなものであったのでしょうか。 捕えられたたぬきが縄をほどかせ、おばあさんを撲殺してしまいますが、恐ろしいのはその後たぬき汁ならぬ「婆汁」を作り、自分はおばあさんに化けて帰ってきたおじいさんにそれを食べさせてしまうのです。 まさにカニバリズム。 おじいさんはご丁寧に味の感想まで述べているのです。 ラストも当然たぬきは死んでしまいますが、助けを求めるたぬきをうさぎは櫂で押さえつけ沈めます。 確かにこれを子供向けにするには無理がありますね。 うさぎは古く神話の世界から「だます」ことが得意なずるいヤツとして登場します。 代表的なものが出雲の神話『イナバノシロウサギ』の話です。 うさぎは海を渡る目的のためにワニ(サメのこと)をうまく言いくるめてだまし、目的を達成します。 結果バレて皮をむかれて赤裸というひどい状態になるのですが。 うさぎは耳が大きくいろんな物事を聞くことができるので物知りであり、知恵がまわるというところから口が達者でずるいというイメージをつけられていたようです。 これは日本だけの話ではなくイソップ童話の「うさぎとかめ」などでもわかるように世界的に共通したイメージであったようですね。 ですから、たぬきに仕返しをする動物として登場するのに当時は違和感がなかったと思われます。 とはいえ、ひどすぎるという感想はぬぐえないもので、以前NHKで放送された「昔話法廷」に『かちかち山』が登場したことがあります。 これは昔話で起きた展開を事件ととらえて、現在の法律に照らし合わせて裁判形式で議論するというもの。 被告人はうさぎ(たぬきは村人に助けてもらって生きていたので、殺人未遂という罪)裁判員制度が開始されたということもあっての番組だったのですが、証人にたぬき自身も出てきて中々面白い法廷です。 うさぎはおじいさんを思っての仕業で情状酌量か?残忍な殺人未遂か?さてあなたが裁判官なら?という展開でした。 『かちかち山』の考察:たぬきとうさぎは誰? たぬきとうさぎにモデルという話はさすがに出てきませんが、実はこの物語の残酷性や特異性を考えてみると、漠然とした人物たちの形が見えてくるようです。 『かちかち山』の成立が室町時代ということを考えてみましょう。 世の中はまさにこれから戦国時代へと突入していく時です。 策略、謀略、非道、あらゆる手段を使っての下剋上が始まる時代です。 戦国時代に展開された様々な出来事を考えてみると、『かちかち山』の物語の中で起こっていることは不自然でも特異なものでもないように見えてきます。 うさぎとおじいさんを主従関係ととらえれば、うさぎはたぬきに何の恨みを抱いていなくても残忍な滅ぼし方をすることも不思議ではないでしょう。 おばあさんを殺す残酷さも、飢えを表現しているかのようなカニバリズムも、おじいさんとうさぎとたぬきのだましあいの戦いもまさに国取り合戦の戦略と考えれば理解できないこともないのです。 舞台であったとされる河口湖は山梨県。 山梨といえば甲斐の国「武田信玄」の領地です。 『かちかち山』の登場人物たちは、まさに甲斐の国の戦国武士たちのメタファーではなかったのではと考えることも可能なのではないでしょうか。 『鬼灯の冷徹』のアニメの動画で歌われた歌が「怖い」と話題になりました。 歌っているのは「芥子」といううさぎです。 『かちかち山』での柴狩りと泥船の場面でのやりとりを表現しています。 かちかちなるのは、何の音 かちかち山だよ、この山は たぬきはしらずに、さきへゆく うさぎは後ろでかちかちかち• ぼーぼーいふのは、何の音 ぼーぼー山だよ、この山は たぬきの背中で、火がぼーぼー あついと走れば、なおぼーぼー• たぬきのお船は、土ぶねで うさぎのお船は、木の船で いっしょにこぎでる、川の中 たぬきは溺れて、ざぶざぶざぶ 実はこれはアニメで作られたものではなく以前からあった童謡なのです。 作詞は「東くめ」という方ですが作曲はあの名作曲家「滝廉太郎」です。 時々怖い童謡というのはありますが、これもその部類に入りそうですね。 たぬきを知らない外国人が描いた物語も怖い! 太宰ほど知られていないようですが、実は「芥川龍之介」も『かちかち山』にチャレンジしています。 「童話時代」という設定の中、妻の死骸を埋めた土の上で老人が嘆いている場面からスタート。 そこにうさぎがやってきますが、セリフはまったく無く、やがてうさぎが別れをつげて船に向かっていく様子や沈んでいく様を老人視点で描かれています。 「芥川龍之介」独特の文体が『かちかち山』を幽玄な別の世界にしてしまったという感じでしょうか。 一般のストーリーには詳しく書かれていないおじいさんとうさぎの関係の深さと思いが、セリフのないこの物語から伝わってくるのが特異な部分と言えます。 おじいさんを気にかけ、何度も振り返りながら去っていくうさぎの姿におじいさんへの思いが伝わってきます。 芥川文学ならではの、美しさと切なさが味わえる『かちかち山』です。 何100年の歳月がたっても、たくさんの人が研究し、アレンジし、パロディ化し、愛読し続ける『かちかち山』は日本の独特な感性が生み出した奇妙で不思議な物語といえるのかもしれません。 いろいろなバージョンを読み比べてこの物語の時代背景に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。

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