キハ 40 只見 線。 千葉に行った只見線キハ40の つらら切り ちょんまげ

国鉄キハ40系気動車 (2代)

キハ 40 只見 線

概要 [ ] 絶景の秘境路線であり、その風情と車窓から眺める(あぶるまがわ)・の渓谷美、それにマッチした新緑やが美しいことで知られ、行楽シーズンは混雑することもある。 は、日本の有名な橋梁ベスト3に常にランクインするうえ、2008年10月11日のによれば、NIKKEI PLUS1 何でもランキング「紅葉の美しい鉄道路線ベストテン」の第1位に選ばれており、過去には、2003年11月29日に「雪景色のきれいなローカル線ベストテン」の第3位に選ばれている。 また最近では『』2016年5月号の「好きなJRローカル線ランキング(東日本編)」で1位に選ばれているほか、中国のSNS(ウェイボー)でも「世界で最もロマンチックな鉄道」として取り上げられている。 を走る路線で、並行するが福島・新潟県境の付近は急峻な地形に加えて積雪量が多くの危険があり、冬季のおよそ半年間(年により異なるが、11月下旬から翌年5月中旬まで)には通行止めとなるため、その間は当路線が福島県只見地区・新潟県魚沼地区間の唯一の交通手段となる。 このため、経営上の難がある閑散路線でありながら、によるから除外された。 なお冬季の積雪量によっては只見線も運休することが多い。 特に新潟県側は降雪が多く、がたびたび出動する。 また一部の駅には、積雪量を示す目盛り入りの3メートル棒が線路わきなどにある。 会津若松から会津坂下まではの南方をU字状に大迂回、その先は山間部に入り、屈曲し小ダムの多い只見川沿いの谷間を、上流へと奥深く遡って行く。 付近から長大なで県境を越え、破間川沿いに谷を下り、その破間川がに合流する小出へと至る。 沿線の多くは只見川沿いの山村で、会津盆地・新潟県内も含め全線でローカル色の濃い車窓風景が続く。 また、特に中央部は秘境ともいえる地域を縫うように走っており、いくつかの駅はと呼ばれる。 両端の会津若松駅と小出駅を除き、駅施設になどの売店は無いが、中間駅の構内の「金山町観光情報センター OASIS」では飲食品・土産物類を、構内の「只見町観光まちづくり協会」では、特産品の土産を中心に扱っており観光情報も提供しているほかも実施している。 このほか、前には三島町観光交流館「からんころん」があり、観光案内・休憩所・レンタサイクルを利用できる。 を渡る 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道()• 区間():会津若松駅 - 小出駅 135. 2km(基本計画上は起点と終点が逆転)• :1067mm• 駅数:36駅(起終点駅・臨時駅含む)• 只見線所属駅に限定した場合、磐越西線所属の会津若松駅と、上越線所属の小出駅 が除外され、34駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:なし(全線)• 会津若松駅 - 会津川口駅間、只見駅 - 小出駅間:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)• 会津川口駅 - 只見駅間:タブレット閉塞式• 保安装置:• (会津若松駅、小出駅構内)• 会津若松駅 - 只見駅間:仙台総合指令室(運転取扱は会津若松駅、西若松駅、会津坂下駅、会津宮下駅、会津川口駅、只見駅)• 只見駅 - 小出駅間:新潟総合指令室 小出駅 - 大白川駅間は管内、只見駅 - 会津若松駅間は管内である。 正確には、大白川駅と只見駅間の内(会津若松駅起点95. 7km地点)にがある。 2007年12月11日小出駅午前7時4分着の列車をもって、大白川駅 - 小出駅間はの使用を終了し、特殊自動閉塞式に移行した(2007年12月4日新潟支社発表)。 只見駅 - 大白川駅間は2008年9月26日に、西若松 - 会津坂下駅間は2011年10月7日に特殊自動閉塞式に移行している。 JRの旅客線で唯一のタブレット閉塞式区間として残っていた会津坂下駅 - 只見駅間についても、2012年9月23日に会津坂下駅 - 会津川口駅間が特殊自動閉塞式に切り替わり (会津川口駅 - 只見駅間は2019年6月現在も不通で、閉塞という行為自体が行われていない)、これをもって、災害等で長期運休中の区間をのぞいてタブレット閉塞方式を行うJR旅客路線はなくなった。 歴史 [ ] 若松(会津若松) - 会津柳津間はにより計画されたもので、 会津線の名称で1928年までに開業した。 会津柳津 - 小出間は、別表第29号前段に規定する予定線「福島県柳津ヨリ只見ヲ経テ新潟県小出ニ至ル鉄道」である。 会津柳津からは、そのまま会津線の延長として1941年に会津宮下まで、小出からは1942年に大白川までが 只見線として開業した。 戦後は、の建設のため1956年に会津宮下 - 会津川口間が開業。 会津川口から只見を経てダム建設現場までは、株式会社のとして敷設され、1957年から1961年までダム建設輸送に使用された。 田子倉ダム完成後は、会津川口 - 只見間を国鉄の営業線として使用するための改良が施され、1963年に国鉄線として開業した。 また大白川地区では、 - の間、の採掘事業が行われ、その運搬用としても利用されていた。 全通前の昭和30年代後半 - 40年代前半が最も乗降客数・貨物輸送量数が多かったとされる。 1971年、只見 - 大白川間が開業。 会津線の会津若松 - 只見間を同線から分離して只見線とし、小出 - 会津若松間の路線として全通した。 会津線(会津若松 - 只見) [ ]• (大正15年) : 会津線 会津若松 - 会津坂下 21. 6km が開業。 西若松・会津本郷・会津高田・新鶴・会津坂下の各駅新設。 (昭和3年) : 会津坂下 - 会津柳津 11. 7km を延伸開業。 塔寺・会津坂本・会津柳津の各駅新設。 (昭和9年) : 会津若松-会津柳津間ガソリンカー運転開始。 七日町・根岸・若宮の各駅新設。 (昭和16年) : 会津柳津 - 会津宮下 12. 1km を延伸開業。 郷戸・滝谷・会津檜原(仮停車場)・会津西方・会津宮下の各駅新設。 (昭和17年) : 会津檜原仮停車場を駅に改める。 (昭和31年) : 会津宮下 - 会津川口 15. 4km 延伸開業。 早戸・会津水沼・会津中川・会津川口の各駅新設。 (昭和32年)12月 - (昭和36年)12月 : 会津川口 - 只見間 電源開発(株)専用鉄道貨物輸送実施。 (昭和38年) : 会津川口 - 只見 27. 6km を延伸開業。 会津横田・会津蒲生・只見の各駅新設。 (昭和40年) : 本名・会津越川・会津大塩・会津塩沢の各駅新設。 只見線(小出 - 大白川) [ ]• (昭和17年) : 只見線として小出 - 大白川 26. 0km が開業。 越後広瀬・越後須原・入広瀬・大白川の各駅新設。 一ツ橋信号場(入広瀬 - 大白川間、専用線発着貨物取り扱い)新設。 (昭和26年)• : 藪神・魚沼田中・上条・柿ノ木の各仮乗降場新設。 : 藪神・魚沼田中・上条の各仮乗降場を駅に改める。 (昭和29年)• 10月1日 : 一ツ橋信号場を廃止。 : 黒又川仮乗降場(入広瀬 - 柿ノ木(仮)間)を新設。 (昭和40年) : 黒又川仮乗降場を廃止。 全通以降 [ ] 会津西方駅-会津宮下駅間(1973年11月撮影)• (昭和46年) : 只見 - 大白川 20. 8km を延伸開業(旅客営業のみ)。 田子倉駅を新設。 会津若松 - 只見間を会津線から分離して只見線に統合し、只見線を会津若松 - 小出 135. 2km とする。 (昭和47年) : 客車普通列車を廃止し、旅客列車をすべて気動車化。 (昭和49年) : 蒸気機関車が最後の運転。 (昭和54年) : 気動車の運用を開始。 (昭和55年)• : 大白川 - 小出 26. 0km の貨物営業を廃止。 12月1日 : 会津宮下 - 早戸間で線路に落石があり、上り回送列車が乗り上げ、先頭車が鉄橋脇に転落、2両目が脱線し、運転士が負傷する事故が発生。 (昭和57年) : 西若松 - 只見 85. 3km の貨物営業を廃止。 (昭和62年) : 東日本旅客鉄道が承継(第1種・小出 - 会津若松(基本計画では起点・終点が逆転しているためこの順序))。 (第2種・西若松 - 会津若松 3. 1km)。 柿ノ木仮乗降場を駅に改める。 (平成8年) : 会津水沼 - 会津中川間で脱線事故が発生。 (平成11年)4月1日: 日本貨物鉄道が西若松 - 会津若松 3. 1km の第二種鉄道事業を廃止。 (平成13年)• : 全線開通30周年を記念して「」を会津若松 - 会津川口・只見間で運転(この年から「」として毎年運行となる)。 : 田子倉駅を臨時駅に改める(冬季休業化、時刻表に臨時駅の表示なし)。 (平成16年)• : により只見 - 小出間が不通となる。 : 只見 - 小出間の運行を再開する。 (平成17年)• : 早戸 - 会津水沼間の下大牧付近にて雪解けによる大規模なが発生、その土砂に下り列車が乗り上げ先頭車が脱線、運転士が負傷する事故が発生。 会津坂下・会津宮下 - 只見間が不通となり、バス代行(同年運行再開)。 事故当時の編成は会津川口側よりキハ40 559とキハ48 549であった。 : 会津中川 - 会津川口間、只見線を跨いで只見川に架かっていた町道の橋梁の撤去作業中に橋げたが一部ずり落ち、下り列車が接触して屋根が大破する事故が発生。 負傷者なし。 会津宮下 - 只見が不通となり、バス代行(同年運行再開)。 上記事故による只見線用車両4両(キハ48 546、キハ48 549、キハ40 2022、キハ40 2024 )破損のため、2005年(平成17年)7月 - 2006年(平成18年)3月の間、小牛田(キハ40 548)・秋田(キハ48 1507)・八戸(第1次キハ40 558、キハ48 539・第2次キハ40 593、キハ48 1547)各区より車両を借り入れて運行。 また、八戸区第2次車両は翌年3月まで只見線で運行された。 2005年は3月の脱線事故と前後の冬の豪雪とあいまって、半年間近くがバス代行という状態になった。 (平成19年) : 大白川 - 小出間を特殊自動閉塞化。 (平成20年) : 只見 - 大白川間を特殊自動閉塞化。 (平成23年)• : 全線開通40周年を記念して「只見線全線開通40周年号」を会津若松 - 只見間で運転。 : により会津川口 - 会津大塩間で只見川第5 - 第7橋梁が流失、また会津坂本 - 会津柳津間で路盤が流出し、会津坂下 - 小出間が不通となる。 : 会津坂下 - 会津宮下間が復旧。 : 大白川 - 小出間が復旧。 : 7月23日に続き、「只見線40周年号」を大白川 - 小出 - 長岡間で再び1往復運転。 : 西若松 - 会津坂下間を特殊自動閉塞化。 : 会津宮下 - 会津川口間が復旧。 (平成24年)• : 只見 - 大白川間の復旧工事着手。 冬前の復旧を見込む。 : 会津坂下 - 会津川口間においてタブレット閉塞方式が廃止され、特殊自動閉塞化。 : 只見 - 大白川間が復旧。 不通区間は会津川口 - 只見間となる。 ただし、田子倉駅は通過。 (平成25年) : 田子倉駅を廃止。 柿ノ木駅を臨時駅に改め全列車通過とする。 (平成27年)• : 柿ノ木駅を廃止。 : による豪雨により、西若松 - 会津本郷間の大川橋梁 で軌道変位 が発生。 このため会津若松 - 会津川口間で会津鉄道会津線直通列車以外の運転を見合わせ。 : 会津若松 - 西若松間および会津坂下 - 会津川口間の運転を再開。 西若松 - 会津坂下間でバス代行。 : 西若松 - 会津坂下間の運転を再開。 : 冬期間、雪崩・落雪対策として会津若松 - 会津川口間で速度を落として運転するため、会津若松 - 会津川口間の列車と、会津川口 - 只見間の代行バスが冬期間の時刻に変更となる。 (平成30年) : 会津川口 - 只見間の復旧工事に着手。 (2年) : ダイヤ改正に伴い、会津若松 - 会津川口間での運用を開始。 それに伴い郡山総合車両センター会津若松派出所属のキハ40系の運用を終了。 只見 - 小出間においても所定はに変更となった。 ただし暫定的にキハ40・47形が代走する形で継続されている。 新潟・福島豪雨による長期路線寸断 [ ] 7月のにより、只見線は小出 - 会津坂下間113. 6kmが不通(被害状況は前述)となった。 現在、会津川口-只見間の27. 6kmは不通のままであり、同区間はが運行されている(「」節も参照)。 特に橋梁流失などが複数個所で発生した会津川口 - 只見間は、当初復旧工事が行われず、該当地域には「このまま廃線になるのではないか」と危機感が強まっていた。 2013年1月、福島県知事および周辺自治体首長が、JR東日本に同区間の復旧・存続を要請した。 また福島県は国に対し、JR東日本への財政支援を求めた。 これはJR東日本がで、路線等に多大な被害を受けたが、同社は2013年当時も黒字経営 であり、黒字経営の会社にの災害復旧援助が適用されないためである。 また福島県は、復旧費用の一部を補助できないかを検討している。 こうした動きに対して、2013年5月にJR東日本本社側からは、復旧費用が85億円との試算で着工から復旧まで4年以上かかるとの見通しが示された (特にの復旧だけで工期が4年かかる見込み)。 またJR東日本単独での復旧は困難との見方をしており、福島県や沿線自治体との負担について調整を行った が、難航している。 JR東日本は、2014年8月5日に金山町で行われた住民説明会で 、福島県と沿線自治体から工事費の4分の1の負担を提示していることを明らかにした上で 、同区間の復旧の可否を2014年10月以降に判断する方針を示している。 只見線不通区間に位置する金山町の被災者150名でつくる「只見川ダム災害金山町被災者の会」は、只見川流域の安全対策を怠ったダム災害と訴え、只見線をダムの堆積砂を運ぶとしても、活用してはどうかとの意見もある。 只見線復旧に向けて [ ] 不通区間の復旧に対しては、が復旧・再開に関してPRを行い 、これに呼応してに本店を置くが2013年(平成25年)に『福島県只見線復旧基金』へ寄付を行なった。 只見町観光まちづくり協会においてもPR及び寄付による復旧費用寄付を募るサイトを出している ほか、公式サイトでも福島県における状況をPRしている。 (平成27年)、は福島県と沿線市町村は、只見線が運転を再開した場合に生じる赤字分を補填する方向に入り、年明けにJR東日本側に伝える模様だと報じた。 また、(平成28年)3月には、前述の「黒字経営会社への鉄道軌道整備法適用の為の法改正を(要旨)」要望する旨が報じられた。 記事では、当初約85億円と見積もられていた復旧工事費が資材や人員不足で価格高騰し、100億円を超えるとも報じられた。 2016年(平成28年)12月26日開催の「只見線復興推進会議検討会」では、福島県と沿線市町が施設と土地を保有しJR東日本が車両を運行する「」を採用し、鉄道で復旧させる方針が決まった。 年間の費用負担はJR東日本が7100万円で県や沿線自治体が2億1000万円になる見込み。 それを受けて、福島県は(平成29年)1月下旬に第7回検討会議にて前述の上下分離方式の運営方法や、駅など鉄道施設の所有者、施設の維持費2億1000万円の負担割合を協議し、福島県と新潟・会津17市町村で構成する只見線復興推進会議で鉄道復旧方針の成案を年度内に決めるとした。 また、2017年(平成29年)1月に福島県や市町村、有識者で構成するプロジェクトチームを設立し、鉄道復旧後の只見線を活用した地域振興策に取り組む方針である。 国会では大規模災害における被害が出た鉄道に対し、黒字の鉄道会社においても国が復旧支援が可能となるの改正案が検討されており、法改正されれば、国が復旧費用の3分の1を負担することも可能になる故に、地元負担額が大幅に減る可能性がある。 また、2016年(平成28年)11月27日に会津若松市で開かれた復興推進会議検討会では、前回の会合で約108億円と提示した復旧費の総額について、只見町の第8橋梁の嵩上げを行わず、補強工事にとどめれば約81億円にまで圧縮できるとし、工期もこれまで示してきた4年から3年に短縮されると説明された。 そのうえで、復旧費はJR東日本が3分の1にあたる約27億円を支払い、残りの3分の2にあたる約54億円については、県と会津地方17市町村がこれまで約21億円積み立てた只見線復旧復興基金を充て、残額を新たに支出する方向で一致した。 ただ、同年11月30日のでの検討会では会津若松市・会津坂下町の住民から上下分離方式に「半永久的に膨大な費用がかかることが心配」「子どもたちに大変な負担になる」と反対・慎重意見もあった。 一方、JR東日本では、2016年(平成28年)11月30日から12月1日に市町村住民懇談会で、方針が正式確定していないため、鉄道復旧とバス転換の両方の想定による説明を行っていた。 最終的に、2017年(平成29年)3月27日の復興推進会議において上下分離方式での復旧が決定した。 行政負担分の年間2億1000万円にも及ぶ維持管理費の負担割合を「県が7割、地元17市町村が3割」とする確認書が了承された。 同年6月7日に福島県鉄道活性化対策協議会はJR東日本に対し鉄路維持の要望を改めて行い、JR側は「これまでの経緯や地元の思いを重く受け止め、上下分離方式の枠組みなどの検討を進めており、正式決定に向け取り組んでいる」と回答している。 2017年6月19日には、JR東日本と福島県の間で基本合意書の締結が行われ、上下分離方式による鉄道復旧が合意された。 運休区間(会津川口駅 - 只見駅間)の復旧工事はJR東日本が行った上で、施設・土地を福島県に無償譲渡する。 営業再開までに、福島県が、JR東日本がとなる許可を取得。 営業再開後、当該区間の鉄道施設等は第三種鉄道事業者の福島県が保有し、第二種鉄道事業者のJR東日本が保有車両で被災前の1日3往復を基本に列車を運行する。 列車を運行するJR東日本が施設保有者の福島県へを支払うことになるが、運行経費が赤字とならないよう減免される。 復旧費用の負担は福島県が3分の2、JR東日本が3分の1となる。 福島県側の負担額54億円は県只見線復旧復興基金で積み立てた21億円を差し引いた33億円のほとんどを福島県が捻出して、会津地方17市町村の負担を軽減する方針。 鉄路維持での理由としては、会津地方では豪雪地帯であるために只見線への住民の信頼が高く、只見町と新潟県魚沼市間のが通行止めの場合に只見線が代替路となり、防災上の観点から鉄道復旧が適切と判断したためである。 また、復旧後は、当該区間を含む只見線全線が厳しい利用状況であることを福島県が理解して、JR東日本と共に主体的に利用促進を行う。 復旧工事は、2018年(平成30年)5月中旬から除草などの準備工事を進め、6月より着手される予定で、6月15日に金山町の第7只見川橋りょう付近で起工式が行われる。 なお第6只見川橋りょうについては、2017年(平成29年)7月に豪雨被害を受けたことから、同年10月から前倒しで一部の撤去工事が行われている。 運行形態 [ ] 路線図。 破線はバス代行区間。 1972年3月15日から1988年3月12日まで急行「」が運行されていたが、現在は普通列車のみの運行である。 使用されている、の一部に対応車があるが、これは他からの転属によるものであり、ワンマン運転は行われていない。 基本的に全列車とも線内折り返しで他線との直通運転はないが、磐越西線や上越線方面からの臨時列車が年に何本か設定されることがある。 なお、会津若松駅から小出駅へ向かう方面が下り列車であり、その逆方面が上り列車である。 で、会津坂下駅 - 小出駅間が不通となった。 12月3日までに会津坂下駅 - 会津川口駅間・大白川駅 - 小出駅間が復旧し、2012年10月1日に只見駅 - 大白川駅間が復旧した。 会津川口駅 - 只見駅間は2017年 現在も不通で、2021年度の復旧を目指している。 この区間にはが運行されている。 1日あたりの列車本数は会津若松駅 - 会津川口駅間が6往復、只見駅 - 小出駅間が3往復となっており、このほかに会津若松駅 - 会津坂下駅間・大白川駅 - 小出駅間の区間列車が1往復ずつ運転されている。 豪雨災害前のダイヤでは、1日あたり会津若松駅 - 会津川口駅間は8 - 9本程度、会津川口駅 - 只見駅(冬季は大白川駅)間は3往復、只見駅(冬季は大白川駅) - 小出駅間は5往復(1往復は大白川駅発着・土曜・休日・休校日は運休)であった。 全線通しての運行する場合の所要時間は5時間程度である。 会津若松駅 - 西若松駅間にはの列車も乗り入れており、只見線会津川口・小出方面の列車よりも本数は多い。 過去に運行された優等列車 [ ] 多層階建て急行「いなわしろ」 [ ] 「あいづ」としてに - 間で運行を開始。 に(1967年から季節列車としてまで延長)・・喜多方駅の3方向からの列車をで取りまとめて仙台駅へ向かう形態となり、には急行へ格上げされ、からは「あいづ」の愛称が上野駅 - 会津若松駅間の特急に使用されることになり、「いなわしろ」と改称された。 この列車の特色は、の利点を生かしてとして運用したことにある。 等のほか、会津線系統直通には、本来普通列車用だが単行運転可能な等が充当された。 併結相手は会津若松駅 - 仙台駅間が急行「」(喜多方駅発の「いなわしろ」が無い号便に限る)、 - 仙台駅間が直通の急行「」である。 沿線は豪雪地帯のため、冬期間は併結相手が遅延して何時間も来ないこともあったが、主要道の除雪もままならない時代だったことから、地域住民の貴重な足として運行され続けた。 、開業に伴うで廃止された。 廃止時停車駅(福島駅 - 喜多方駅・只見駅間は急行区間、仙台駅 - 福島駅間は普通列車)• - - - - 郡山駅 - - - - 会津若松駅 - 喜多方駅• 会津若松駅 - - - - - - - - - 会津川口駅 - 只見駅 多層階建ての列車の宿命として、複雑な運転系統に伴う運用上の錯綜があった。 ここではその例として、1968年(昭和43年)ダイヤ改正時の上下の「いなわしろ2号」の場合を挙げる。 下り「いなわしろ2号」• 会津川口発の「いなわしろ2号」は、会津若松駅でから来た「あがの1号」と併結し、さらに郡山駅で始発の「いわき51号」と併結。 この時点で、先頭から「あがの1号・いなわしろ2号・いわき51号」となるが、福島駅で「いなわしろ2号・いわき51号」が切り離され、「あがの1号」は単独で終点の仙台駅へと向かった。 上り「いなわしろ2号」• 「いなわしろ2号」は仙台始発であるが、始発時点で水戸行きの「いわき2号」を併結。 福島駅で「いわき2号」の福島始発列車を併結し、郡山駅で「いわき2号」と別れて磐越西線に入り、会津若松駅で会津田島行き、会津川口(只見)行き、喜多方行きの3つの列車に分割されてそれぞれの終点に向かった。 「いなわしろ」、「あがの」、「いわき」と行き先が異なる上、それぞれ連結する相手の号便が異なること、多層階になった後も福島駅で分割・併合するなどしたため、時刻表の表記も各駅の乗車案内も難解をきわめた。 また、乗客自身も乗っている号車が目的地にたどり着くのか確認することに苦労したといわれている。 冬季運休急行「奥只見」 [ ] 奥只見(おくただみ)は、10月2日から3月13日(実質11月30日)まで、会津若松駅 - 小出駅間(1982年11月15日からは普通列車としてまで延長)に運行されていた列車である。 定期列車であったが、利用度および車両運用を配慮して、冬季の12月1日から翌年の3月31日まで運休する措置がとられる特異な列車であった。 車両は一貫して非冷房ので、1985年3月13日(実質1984年11月30日)までは3両編成、1985年3月14日(同1985年4月1日)からは2両編成で運転。 本州内最後の非冷房優等定期列車であった。 廃止時停車駅(小出駅 - 浦佐駅間は普通列車)• 会津若松駅 - 西若松駅 - 会津本郷駅 - 会津高田駅 - 新鶴駅 - 会津坂下駅 - 会津柳津駅 - 滝谷駅 - 会津宮下駅 - 会津川口駅 - 只見駅 - - - - - - - 浦佐駅 なお、1971年8月29日から1972年10月1日までは臨時列車として運転され、只見駅から上越線経由でまで乗り入れていた。 上野駅 - 小出駅間では、当時上野駅 - 秋田・柏崎駅間に運転されていた急行と併結して運転されていた。 2006年7月15・16日には、浦佐駅 - 会津若松駅間でが行われる予定だったが、大雨の影響により運休となり、同年9月23日に改めて運転された。 使用車両 [ ] 会津若松駅 - 会津川口駅間の車両は、(仙コリ)に所属、同センターの会津若松派出所に常駐する。 小出駅 - 只見駅間の車両は、(新ニツ)に所属する。 2020年(令和2年)3月14日から運用開始。 8両全車とも郡山総合車両センター会津若松派出所属。 同所所属のキハ40系をすべて置き換え、会津若松駅 - 会津川口駅間で運用されている。 新津運輸区(・・・・)で運用されていた車両が転入したものである。 塗色はキハ40系ののデザインを踏襲した緑色に変更された。 1979年(昭和54年)から運用開始。 キハ40形とキハ48形を使用。 2011年の新潟・福島豪雨による被災で路線が分断されるまでは、郡山総合車両センター会津若松派出所属車が全線で運用されていたが、被災後は会津若松駅 - 会津川口駅間で会津若松所属車、只見駅 - 小出駅間で新津所属車が運用される形態となっていた。 会津若松所属車はキハE120形に置き換えられたため、2020年3月14日以降は新津所属車が只見駅 - 小出駅間で運用されるのみとなっている。 ただし、これも所定の車両はに変更されており、磐越西線のGV-E400系が増備されるまで、磐越西線でキハ110系が代走していることによるもので、玉突きでキハ110系が転属されてくるまでの暫定処置である。 塗色は会津若松所属車が東北地域本社色、新津所属車が新潟色となっている。 新津所属車はを拠点に運用されており、上越線長岡駅 - 小出駅間に毎日1往復の回送列車が設定されている。 新津所属車にはドアが両開き式のキハ47形もあるが、通常は運用されず、予備車や臨時列車として運用されるのみとなっている。 かつては冷房車と非冷房車が混在していたが、2015年5月30日のの開通により、小牛田運輸区のキハ40系5両、新津運輸区からキハ40系6両の冷房車が郡山総合車両センターに転出。 また新津に小牛田のキハ40系冷房車10両が転出することにより、会津若松と新津の非冷房車のキハ40・48形合計15両を廃車、それに伴い只見線の車両もすべて冷房化された。 の入線としては、「」(新津所属)が2019年10月29日に臨時列車として只見駅 - 小出駅間で運行されたほか、(小牛田所属)が観光シーズンに恒例的に運行される。 2009年と2010年の3月には「」を使用した「酒樽列車」が喜多方駅 - 只見駅間で運転された。 特有の設備として、のであるが装備され、一部が通じない区間で使用される。 2010年時点の会津若松所属車は、すべてエンジン未更新車(形エンジン)であり、一部冷房車(キハ40 2085, 2140, 2141)、ロングシート車(2010年時点でキハ40 542, 578, 579の3両)もあり、これらは、トイレも完全に撤去されていた。 また、キハ40 548, 549, 550, 2025は座席が削減された3列クロスシート車であった。 キハ40 550は汚物処理装置が未取り付けで、只見線のキハ40系では唯一流し管が残存していた。 2020年3月ダイヤ改正前時点の会津若松所属車は、キハ40 502, 526, 534, 571, 572, 582, 583, 584, 2021, 2026(以上300PSエンジン), 2085, 2141(以上DMF15HSA220PSエンジン), 2086(DMF15HSA-DI230PSエンジン)の13両で、すべて冷房車である。 なお、会津若松駅 - 西若松駅間を走行するからの乗り入れ車両は、「」を参照のこと。 過去の使用車両 [ ] キハ58形を改造した200番代が201、202の2両配置されていた。 普通列車や急行「奥只見」として定期運用されていた。 臨時列車としては新津運輸区所属車が「只見紅葉号」、「磐西只見ぐるり一周号」で入線したほか、2007年2月10日 - 11日に「只見雪祭り号」として所属の元用車が入線した。 国鉄時代に貨物列車や客車列車を牽引していた。 臨時列車「SL会津只見号」として所属の325号機が入線していたが、同機は2020年にに譲渡された。 縁結び列車(2017年8月) 駅一覧 [ ]• 全列車普通列車(全駅に停車)• バス代行の停車箇所は当該駅のほか、2012年12月1日より会津川口 - 本名間に「川口高校前」、本名 - 会津越川間に「湯倉入口」、会津蒲生 - 只見間に「叶津」が追加されている。 駅名 営業キロ 接続路線 線路 所在地 駅間 累計 - 0. 3 1. 3 | 1. 8 3. 4 6. 5 | 4. 8 11. 3 | 3. 5 14. 8 | 2. 0 16. 8 | 2. 1 18. 9 | 2. 7 21. 4 26. 0 | 3. 7 29. 7 | 3. 6 33. 3 | 3. 6 36. 9 | 2. 7 39. 6 | 1. 9 41. 5 | 大沼郡 2. 2 43. 7 | 1. 7 45. 8 51. 2 | 3. 9 55. 1 | 3. 2 58. 3 | 2. 5 60. 8 63. 6 | 6. 4 70. 0 | 3. 2 73. 2 | 2. 2 75. 4 | 5. 5 80. 9 | 3. 0 83. 9 | 4. 5 88. 8 109. 4 115. 6 | 3. 1 118. 7 | 4. 4 123. 1 | 3. 9 127. 0 | 2. 5 129. 5 | 2. 1 131. 6 | 3. 6 135. 会津鉄道会津線の起点は西若松駅であるが、全列車が会津若松駅へ乗り入れる。 国鉄・JRの他の駅名と重複しないよう、地方名の「」(この地域の旧国名は「」であるが、こちらは使われていない)を冠した駅が非常に多い。 根岸駅がと同名なのは、根岸線の駅の方が遅れて開業したことによる。 廃駅 [ ]• (只見駅 - 大白川駅間) - 2013年3月16日廃止。 (大白川駅 - 入広瀬駅間) - 2015年3月14日廃止。 (柿ノ木駅 - 入広瀬駅間) - 1965年7月15日頃廃止。 年度 会津若松 - 小出 (全区間) 会津若松 - 会津坂下 会津坂下 - 会津川口 会津川口 - 只見 只見 - 小出 1987年度 644 1,962 533 184 369 2011年度 316 1,314 228 21 102 2012年度 305 1,277 218 21 98 2013年度 317 1,315 219 22 112 2014年度 304 1,234 208 43 109 2015年度 321 1,315 222 35 115 2016年度 304 1,250 199 37 114 2017年度 290 1,191 190 30 113 その他 [ ] 急行「奥只見」を舞台にした小説に、の「急行奥只見殺人事件」がある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2011年8月24日 , の2015年3月19日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道仙台支社, 2012年9月7日 , の2015年7月21日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道仙台支社, 2013年2月25日 , の2015年7月21日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2012年12月21日 , の2014年12月22日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2015年2月5日 ,• 東日本旅客鉄道仙台支社 2015年9月14日. 2015年9月21日時点のよりアーカイブ。 2015年9月14日閲覧。 東日本旅客鉄道仙台支社 2015年9月25日. 2015年10月10日時点のよりアーカイブ。 2015年9月29日閲覧。 日本語 PDF プレスリリース , JR東日本仙台支社, 2018年5月15日 , 2018年6月15日閲覧。 - 東日本旅客鉄道、2013年5月22日• - 東日本旅客鉄道、2014年8月19日• - 東日本旅客鉄道、2014年8月19日• 東日本旅客鉄道 2016年12月6日. 2017年2月6日閲覧。 東日本旅客鉄道 2016年12月6日. 2017年2月6日閲覧。 東日本旅客鉄道仙台支社 2017年9月25日. 2017年10月15日閲覧。 東日本旅客鉄道 2014年8月. 2013年1月24日閲覧。 - JR東日本• - JR東日本• - JR東日本 新聞記事等 [ ]• 交友社『鉄道ファン』railf. jp 鉄道ニュース 2011年7月24日. 2011年7月25日閲覧。 - ビジネス ONLINE、2012年12月28日 08時01分 更新(2015年4月9日閲覧)• - 交通新聞、2011年12月1日。 - 福島民報、2011年12月4日(共同通信47NEWSより)• 河北新報. 2018年6月16日. の2018年6月16日時点におけるアーカイブ。 2018年6月16日閲覧。 - 2013年5月23日読売新聞福島版• - 2013年5月13日福島民報(2013年5月20日閲覧)• 新潟日報 2014年8月5日• - 2014年8月6日• 節出典 東京新聞 2013年3月17日発行 「ダム乱開発の人災」・「大洪水で線路寸断」26面・27面• 節出典• 福島民報社. 2015年12月13日. の2015年12月13日時点におけるアーカイブ。 2015年12月29日閲覧。 福島民報社. 2016年3月30日. の2016年3月30日時点におけるアーカイブ。 2016年3月31日閲覧。 (産経ニュース). 2016年12月21日. 2017年1月8日閲覧。 ONLINE NEWS. 2016年12月24日. の2017年2月5日時点におけるアーカイブ。 2017年2月6日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2016年12月27日. の2016年12月27日時点におけるアーカイブ。 2017年1月8日閲覧。 (県内ニュース(主要)) 福島民友新聞社. 2016年11月28日. の2016年11月29日時点におけるアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 ONLINE NEWS. 2017年3月28日. の2017年3月29日時点におけるアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 ONLINE NEWS. 2016年12月1日. の2017年3月30日時点におけるアーカイブ。 2017年3月30日閲覧。 福島民報 福島民報社. 2017年4月1日. 2017年5月5日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年3月28日. の2017年4月10日時点におけるアーカイブ。 2017年4月10日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年6月8日. の2017年6月8日時点におけるアーカイブ。 2017年6月11日閲覧。 乗りものニュース 2017年6月20日. 2017年6月21日閲覧。 産経新聞 産経新聞社. 2017年6月20日. 2017年6月21日閲覧。 乗りものニュース 2018年5月16日. 2018年5月16日閲覧。 福島民友 2018年5月16日. 2018年5月16日閲覧。 (県内ニュース(主要)) 福島民報社. 2017年6月18日. の2017年6月18日時点におけるアーカイブ。 2017年6月19日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年6月17日. の2017年6月17日時点におけるアーカイブ。 2017年6月19日閲覧。 その他 [ ]• 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』、1959年9月17日、22頁。 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』、1959年9月17日、23頁。 - 只見町観光まちづくり協会• - 三島町観光協会• 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』、1998年。。 (国立国会図書館近代デジタルライブラリー)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• - 航空・鉄道事故調査委員会、2006年4月28日• 鉄道ピクトリアル No. 841 2010年11月号(なお本文では誤記によりキハ48 546とキハ48 549がそれぞれキハ40 546とキハ40 549となっている)• 2011年8月4日. 2011年10月20日時点の [ ]よりアーカイブ。 2011年8月20日閲覧。 2011年8月22日. 2013年2月22日閲覧。 魚沼市 2012年8月10日. 2014年4月10日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年1月28日閲覧。 『JTB時刻表』2015年3月号、JTBパブリッシング、p. 国土交通省 2015年9月14日. 2015年9月14日閲覧。 奥会津歳時記の郷. 只見川電源流域振興協議会. 2017年3月29日時点の [ ]よりアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 『鉄道ダイヤ情報』2020年4月号の定期列車 編成変更情報に明記されている。 福島県 2014年4月15日. 2015年12月29日閲覧。 日本語 プレスリリース , , 2013年12月25日 , 2015年12月29日閲覧。 只見町観光まちづくり協会. 2017年1月8日閲覧。 新潟県交通政策課 2015年5月11日. 新潟県. 2015年12月29日閲覧。 JTBパブリッシング『JTB時刻表』2017年10月号• (代行バス含 2019. 28更新)• 所定と代走は『鉄道ダイヤ情報』2020年4月号の「定期列車 編成変更情報」に記載。 『鉄道ファン』2015年5月号、交友社、P73-74 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ] 総合• 計画・災害復旧• 観光(福島県側)• 観光(新潟県側)• 路線図・パンフレット• - (2010年12月15日アーカイブ分) 駅一覧•

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只見線~磐越西線・キハ40系の惜別乗車

キハ 40 只見 線

概要 [ ] 絶景の秘境路線であり、その風情と車窓から眺める(あぶるまがわ)・の渓谷美、それにマッチした新緑やが美しいことで知られ、行楽シーズンは混雑することもある。 は、日本の有名な橋梁ベスト3に常にランクインするうえ、2008年10月11日のによれば、NIKKEI PLUS1 何でもランキング「紅葉の美しい鉄道路線ベストテン」の第1位に選ばれており、過去には、2003年11月29日に「雪景色のきれいなローカル線ベストテン」の第3位に選ばれている。 また最近では『』2016年5月号の「好きなJRローカル線ランキング(東日本編)」で1位に選ばれているほか、中国のSNS(ウェイボー)でも「世界で最もロマンチックな鉄道」として取り上げられている。 を走る路線で、並行するが福島・新潟県境の付近は急峻な地形に加えて積雪量が多くの危険があり、冬季のおよそ半年間(年により異なるが、11月下旬から翌年5月中旬まで)には通行止めとなるため、その間は当路線が福島県只見地区・新潟県魚沼地区間の唯一の交通手段となる。 このため、経営上の難がある閑散路線でありながら、によるから除外された。 なお冬季の積雪量によっては只見線も運休することが多い。 特に新潟県側は降雪が多く、がたびたび出動する。 また一部の駅には、積雪量を示す目盛り入りの3メートル棒が線路わきなどにある。 会津若松から会津坂下まではの南方をU字状に大迂回、その先は山間部に入り、屈曲し小ダムの多い只見川沿いの谷間を、上流へと奥深く遡って行く。 付近から長大なで県境を越え、破間川沿いに谷を下り、その破間川がに合流する小出へと至る。 沿線の多くは只見川沿いの山村で、会津盆地・新潟県内も含め全線でローカル色の濃い車窓風景が続く。 また、特に中央部は秘境ともいえる地域を縫うように走っており、いくつかの駅はと呼ばれる。 両端の会津若松駅と小出駅を除き、駅施設になどの売店は無いが、中間駅の構内の「金山町観光情報センター OASIS」では飲食品・土産物類を、構内の「只見町観光まちづくり協会」では、特産品の土産を中心に扱っており観光情報も提供しているほかも実施している。 このほか、前には三島町観光交流館「からんころん」があり、観光案内・休憩所・レンタサイクルを利用できる。 を渡る 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道()• 区間():会津若松駅 - 小出駅 135. 2km(基本計画上は起点と終点が逆転)• :1067mm• 駅数:36駅(起終点駅・臨時駅含む)• 只見線所属駅に限定した場合、磐越西線所属の会津若松駅と、上越線所属の小出駅 が除外され、34駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:なし(全線)• 会津若松駅 - 会津川口駅間、只見駅 - 小出駅間:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)• 会津川口駅 - 只見駅間:タブレット閉塞式• 保安装置:• (会津若松駅、小出駅構内)• 会津若松駅 - 只見駅間:仙台総合指令室(運転取扱は会津若松駅、西若松駅、会津坂下駅、会津宮下駅、会津川口駅、只見駅)• 只見駅 - 小出駅間:新潟総合指令室 小出駅 - 大白川駅間は管内、只見駅 - 会津若松駅間は管内である。 正確には、大白川駅と只見駅間の内(会津若松駅起点95. 7km地点)にがある。 2007年12月11日小出駅午前7時4分着の列車をもって、大白川駅 - 小出駅間はの使用を終了し、特殊自動閉塞式に移行した(2007年12月4日新潟支社発表)。 只見駅 - 大白川駅間は2008年9月26日に、西若松 - 会津坂下駅間は2011年10月7日に特殊自動閉塞式に移行している。 JRの旅客線で唯一のタブレット閉塞式区間として残っていた会津坂下駅 - 只見駅間についても、2012年9月23日に会津坂下駅 - 会津川口駅間が特殊自動閉塞式に切り替わり (会津川口駅 - 只見駅間は2019年6月現在も不通で、閉塞という行為自体が行われていない)、これをもって、災害等で長期運休中の区間をのぞいてタブレット閉塞方式を行うJR旅客路線はなくなった。 歴史 [ ] 若松(会津若松) - 会津柳津間はにより計画されたもので、 会津線の名称で1928年までに開業した。 会津柳津 - 小出間は、別表第29号前段に規定する予定線「福島県柳津ヨリ只見ヲ経テ新潟県小出ニ至ル鉄道」である。 会津柳津からは、そのまま会津線の延長として1941年に会津宮下まで、小出からは1942年に大白川までが 只見線として開業した。 戦後は、の建設のため1956年に会津宮下 - 会津川口間が開業。 会津川口から只見を経てダム建設現場までは、株式会社のとして敷設され、1957年から1961年までダム建設輸送に使用された。 田子倉ダム完成後は、会津川口 - 只見間を国鉄の営業線として使用するための改良が施され、1963年に国鉄線として開業した。 また大白川地区では、 - の間、の採掘事業が行われ、その運搬用としても利用されていた。 全通前の昭和30年代後半 - 40年代前半が最も乗降客数・貨物輸送量数が多かったとされる。 1971年、只見 - 大白川間が開業。 会津線の会津若松 - 只見間を同線から分離して只見線とし、小出 - 会津若松間の路線として全通した。 会津線(会津若松 - 只見) [ ]• (大正15年) : 会津線 会津若松 - 会津坂下 21. 6km が開業。 西若松・会津本郷・会津高田・新鶴・会津坂下の各駅新設。 (昭和3年) : 会津坂下 - 会津柳津 11. 7km を延伸開業。 塔寺・会津坂本・会津柳津の各駅新設。 (昭和9年) : 会津若松-会津柳津間ガソリンカー運転開始。 七日町・根岸・若宮の各駅新設。 (昭和16年) : 会津柳津 - 会津宮下 12. 1km を延伸開業。 郷戸・滝谷・会津檜原(仮停車場)・会津西方・会津宮下の各駅新設。 (昭和17年) : 会津檜原仮停車場を駅に改める。 (昭和31年) : 会津宮下 - 会津川口 15. 4km 延伸開業。 早戸・会津水沼・会津中川・会津川口の各駅新設。 (昭和32年)12月 - (昭和36年)12月 : 会津川口 - 只見間 電源開発(株)専用鉄道貨物輸送実施。 (昭和38年) : 会津川口 - 只見 27. 6km を延伸開業。 会津横田・会津蒲生・只見の各駅新設。 (昭和40年) : 本名・会津越川・会津大塩・会津塩沢の各駅新設。 只見線(小出 - 大白川) [ ]• (昭和17年) : 只見線として小出 - 大白川 26. 0km が開業。 越後広瀬・越後須原・入広瀬・大白川の各駅新設。 一ツ橋信号場(入広瀬 - 大白川間、専用線発着貨物取り扱い)新設。 (昭和26年)• : 藪神・魚沼田中・上条・柿ノ木の各仮乗降場新設。 : 藪神・魚沼田中・上条の各仮乗降場を駅に改める。 (昭和29年)• 10月1日 : 一ツ橋信号場を廃止。 : 黒又川仮乗降場(入広瀬 - 柿ノ木(仮)間)を新設。 (昭和40年) : 黒又川仮乗降場を廃止。 全通以降 [ ] 会津西方駅-会津宮下駅間(1973年11月撮影)• (昭和46年) : 只見 - 大白川 20. 8km を延伸開業(旅客営業のみ)。 田子倉駅を新設。 会津若松 - 只見間を会津線から分離して只見線に統合し、只見線を会津若松 - 小出 135. 2km とする。 (昭和47年) : 客車普通列車を廃止し、旅客列車をすべて気動車化。 (昭和49年) : 蒸気機関車が最後の運転。 (昭和54年) : 気動車の運用を開始。 (昭和55年)• : 大白川 - 小出 26. 0km の貨物営業を廃止。 12月1日 : 会津宮下 - 早戸間で線路に落石があり、上り回送列車が乗り上げ、先頭車が鉄橋脇に転落、2両目が脱線し、運転士が負傷する事故が発生。 (昭和57年) : 西若松 - 只見 85. 3km の貨物営業を廃止。 (昭和62年) : 東日本旅客鉄道が承継(第1種・小出 - 会津若松(基本計画では起点・終点が逆転しているためこの順序))。 (第2種・西若松 - 会津若松 3. 1km)。 柿ノ木仮乗降場を駅に改める。 (平成8年) : 会津水沼 - 会津中川間で脱線事故が発生。 (平成11年)4月1日: 日本貨物鉄道が西若松 - 会津若松 3. 1km の第二種鉄道事業を廃止。 (平成13年)• : 全線開通30周年を記念して「」を会津若松 - 会津川口・只見間で運転(この年から「」として毎年運行となる)。 : 田子倉駅を臨時駅に改める(冬季休業化、時刻表に臨時駅の表示なし)。 (平成16年)• : により只見 - 小出間が不通となる。 : 只見 - 小出間の運行を再開する。 (平成17年)• : 早戸 - 会津水沼間の下大牧付近にて雪解けによる大規模なが発生、その土砂に下り列車が乗り上げ先頭車が脱線、運転士が負傷する事故が発生。 会津坂下・会津宮下 - 只見間が不通となり、バス代行(同年運行再開)。 事故当時の編成は会津川口側よりキハ40 559とキハ48 549であった。 : 会津中川 - 会津川口間、只見線を跨いで只見川に架かっていた町道の橋梁の撤去作業中に橋げたが一部ずり落ち、下り列車が接触して屋根が大破する事故が発生。 負傷者なし。 会津宮下 - 只見が不通となり、バス代行(同年運行再開)。 上記事故による只見線用車両4両(キハ48 546、キハ48 549、キハ40 2022、キハ40 2024 )破損のため、2005年(平成17年)7月 - 2006年(平成18年)3月の間、小牛田(キハ40 548)・秋田(キハ48 1507)・八戸(第1次キハ40 558、キハ48 539・第2次キハ40 593、キハ48 1547)各区より車両を借り入れて運行。 また、八戸区第2次車両は翌年3月まで只見線で運行された。 2005年は3月の脱線事故と前後の冬の豪雪とあいまって、半年間近くがバス代行という状態になった。 (平成19年) : 大白川 - 小出間を特殊自動閉塞化。 (平成20年) : 只見 - 大白川間を特殊自動閉塞化。 (平成23年)• : 全線開通40周年を記念して「只見線全線開通40周年号」を会津若松 - 只見間で運転。 : により会津川口 - 会津大塩間で只見川第5 - 第7橋梁が流失、また会津坂本 - 会津柳津間で路盤が流出し、会津坂下 - 小出間が不通となる。 : 会津坂下 - 会津宮下間が復旧。 : 大白川 - 小出間が復旧。 : 7月23日に続き、「只見線40周年号」を大白川 - 小出 - 長岡間で再び1往復運転。 : 西若松 - 会津坂下間を特殊自動閉塞化。 : 会津宮下 - 会津川口間が復旧。 (平成24年)• : 只見 - 大白川間の復旧工事着手。 冬前の復旧を見込む。 : 会津坂下 - 会津川口間においてタブレット閉塞方式が廃止され、特殊自動閉塞化。 : 只見 - 大白川間が復旧。 不通区間は会津川口 - 只見間となる。 ただし、田子倉駅は通過。 (平成25年) : 田子倉駅を廃止。 柿ノ木駅を臨時駅に改め全列車通過とする。 (平成27年)• : 柿ノ木駅を廃止。 : による豪雨により、西若松 - 会津本郷間の大川橋梁 で軌道変位 が発生。 このため会津若松 - 会津川口間で会津鉄道会津線直通列車以外の運転を見合わせ。 : 会津若松 - 西若松間および会津坂下 - 会津川口間の運転を再開。 西若松 - 会津坂下間でバス代行。 : 西若松 - 会津坂下間の運転を再開。 : 冬期間、雪崩・落雪対策として会津若松 - 会津川口間で速度を落として運転するため、会津若松 - 会津川口間の列車と、会津川口 - 只見間の代行バスが冬期間の時刻に変更となる。 (平成30年) : 会津川口 - 只見間の復旧工事に着手。 (2年) : ダイヤ改正に伴い、会津若松 - 会津川口間での運用を開始。 それに伴い郡山総合車両センター会津若松派出所属のキハ40系の運用を終了。 只見 - 小出間においても所定はに変更となった。 ただし暫定的にキハ40・47形が代走する形で継続されている。 新潟・福島豪雨による長期路線寸断 [ ] 7月のにより、只見線は小出 - 会津坂下間113. 6kmが不通(被害状況は前述)となった。 現在、会津川口-只見間の27. 6kmは不通のままであり、同区間はが運行されている(「」節も参照)。 特に橋梁流失などが複数個所で発生した会津川口 - 只見間は、当初復旧工事が行われず、該当地域には「このまま廃線になるのではないか」と危機感が強まっていた。 2013年1月、福島県知事および周辺自治体首長が、JR東日本に同区間の復旧・存続を要請した。 また福島県は国に対し、JR東日本への財政支援を求めた。 これはJR東日本がで、路線等に多大な被害を受けたが、同社は2013年当時も黒字経営 であり、黒字経営の会社にの災害復旧援助が適用されないためである。 また福島県は、復旧費用の一部を補助できないかを検討している。 こうした動きに対して、2013年5月にJR東日本本社側からは、復旧費用が85億円との試算で着工から復旧まで4年以上かかるとの見通しが示された (特にの復旧だけで工期が4年かかる見込み)。 またJR東日本単独での復旧は困難との見方をしており、福島県や沿線自治体との負担について調整を行った が、難航している。 JR東日本は、2014年8月5日に金山町で行われた住民説明会で 、福島県と沿線自治体から工事費の4分の1の負担を提示していることを明らかにした上で 、同区間の復旧の可否を2014年10月以降に判断する方針を示している。 只見線不通区間に位置する金山町の被災者150名でつくる「只見川ダム災害金山町被災者の会」は、只見川流域の安全対策を怠ったダム災害と訴え、只見線をダムの堆積砂を運ぶとしても、活用してはどうかとの意見もある。 只見線復旧に向けて [ ] 不通区間の復旧に対しては、が復旧・再開に関してPRを行い 、これに呼応してに本店を置くが2013年(平成25年)に『福島県只見線復旧基金』へ寄付を行なった。 只見町観光まちづくり協会においてもPR及び寄付による復旧費用寄付を募るサイトを出している ほか、公式サイトでも福島県における状況をPRしている。 (平成27年)、は福島県と沿線市町村は、只見線が運転を再開した場合に生じる赤字分を補填する方向に入り、年明けにJR東日本側に伝える模様だと報じた。 また、(平成28年)3月には、前述の「黒字経営会社への鉄道軌道整備法適用の為の法改正を(要旨)」要望する旨が報じられた。 記事では、当初約85億円と見積もられていた復旧工事費が資材や人員不足で価格高騰し、100億円を超えるとも報じられた。 2016年(平成28年)12月26日開催の「只見線復興推進会議検討会」では、福島県と沿線市町が施設と土地を保有しJR東日本が車両を運行する「」を採用し、鉄道で復旧させる方針が決まった。 年間の費用負担はJR東日本が7100万円で県や沿線自治体が2億1000万円になる見込み。 それを受けて、福島県は(平成29年)1月下旬に第7回検討会議にて前述の上下分離方式の運営方法や、駅など鉄道施設の所有者、施設の維持費2億1000万円の負担割合を協議し、福島県と新潟・会津17市町村で構成する只見線復興推進会議で鉄道復旧方針の成案を年度内に決めるとした。 また、2017年(平成29年)1月に福島県や市町村、有識者で構成するプロジェクトチームを設立し、鉄道復旧後の只見線を活用した地域振興策に取り組む方針である。 国会では大規模災害における被害が出た鉄道に対し、黒字の鉄道会社においても国が復旧支援が可能となるの改正案が検討されており、法改正されれば、国が復旧費用の3分の1を負担することも可能になる故に、地元負担額が大幅に減る可能性がある。 また、2016年(平成28年)11月27日に会津若松市で開かれた復興推進会議検討会では、前回の会合で約108億円と提示した復旧費の総額について、只見町の第8橋梁の嵩上げを行わず、補強工事にとどめれば約81億円にまで圧縮できるとし、工期もこれまで示してきた4年から3年に短縮されると説明された。 そのうえで、復旧費はJR東日本が3分の1にあたる約27億円を支払い、残りの3分の2にあたる約54億円については、県と会津地方17市町村がこれまで約21億円積み立てた只見線復旧復興基金を充て、残額を新たに支出する方向で一致した。 ただ、同年11月30日のでの検討会では会津若松市・会津坂下町の住民から上下分離方式に「半永久的に膨大な費用がかかることが心配」「子どもたちに大変な負担になる」と反対・慎重意見もあった。 一方、JR東日本では、2016年(平成28年)11月30日から12月1日に市町村住民懇談会で、方針が正式確定していないため、鉄道復旧とバス転換の両方の想定による説明を行っていた。 最終的に、2017年(平成29年)3月27日の復興推進会議において上下分離方式での復旧が決定した。 行政負担分の年間2億1000万円にも及ぶ維持管理費の負担割合を「県が7割、地元17市町村が3割」とする確認書が了承された。 同年6月7日に福島県鉄道活性化対策協議会はJR東日本に対し鉄路維持の要望を改めて行い、JR側は「これまでの経緯や地元の思いを重く受け止め、上下分離方式の枠組みなどの検討を進めており、正式決定に向け取り組んでいる」と回答している。 2017年6月19日には、JR東日本と福島県の間で基本合意書の締結が行われ、上下分離方式による鉄道復旧が合意された。 運休区間(会津川口駅 - 只見駅間)の復旧工事はJR東日本が行った上で、施設・土地を福島県に無償譲渡する。 営業再開までに、福島県が、JR東日本がとなる許可を取得。 営業再開後、当該区間の鉄道施設等は第三種鉄道事業者の福島県が保有し、第二種鉄道事業者のJR東日本が保有車両で被災前の1日3往復を基本に列車を運行する。 列車を運行するJR東日本が施設保有者の福島県へを支払うことになるが、運行経費が赤字とならないよう減免される。 復旧費用の負担は福島県が3分の2、JR東日本が3分の1となる。 福島県側の負担額54億円は県只見線復旧復興基金で積み立てた21億円を差し引いた33億円のほとんどを福島県が捻出して、会津地方17市町村の負担を軽減する方針。 鉄路維持での理由としては、会津地方では豪雪地帯であるために只見線への住民の信頼が高く、只見町と新潟県魚沼市間のが通行止めの場合に只見線が代替路となり、防災上の観点から鉄道復旧が適切と判断したためである。 また、復旧後は、当該区間を含む只見線全線が厳しい利用状況であることを福島県が理解して、JR東日本と共に主体的に利用促進を行う。 復旧工事は、2018年(平成30年)5月中旬から除草などの準備工事を進め、6月より着手される予定で、6月15日に金山町の第7只見川橋りょう付近で起工式が行われる。 なお第6只見川橋りょうについては、2017年(平成29年)7月に豪雨被害を受けたことから、同年10月から前倒しで一部の撤去工事が行われている。 運行形態 [ ] 路線図。 破線はバス代行区間。 1972年3月15日から1988年3月12日まで急行「」が運行されていたが、現在は普通列車のみの運行である。 使用されている、の一部に対応車があるが、これは他からの転属によるものであり、ワンマン運転は行われていない。 基本的に全列車とも線内折り返しで他線との直通運転はないが、磐越西線や上越線方面からの臨時列車が年に何本か設定されることがある。 なお、会津若松駅から小出駅へ向かう方面が下り列車であり、その逆方面が上り列車である。 で、会津坂下駅 - 小出駅間が不通となった。 12月3日までに会津坂下駅 - 会津川口駅間・大白川駅 - 小出駅間が復旧し、2012年10月1日に只見駅 - 大白川駅間が復旧した。 会津川口駅 - 只見駅間は2017年 現在も不通で、2021年度の復旧を目指している。 この区間にはが運行されている。 1日あたりの列車本数は会津若松駅 - 会津川口駅間が6往復、只見駅 - 小出駅間が3往復となっており、このほかに会津若松駅 - 会津坂下駅間・大白川駅 - 小出駅間の区間列車が1往復ずつ運転されている。 豪雨災害前のダイヤでは、1日あたり会津若松駅 - 会津川口駅間は8 - 9本程度、会津川口駅 - 只見駅(冬季は大白川駅)間は3往復、只見駅(冬季は大白川駅) - 小出駅間は5往復(1往復は大白川駅発着・土曜・休日・休校日は運休)であった。 全線通しての運行する場合の所要時間は5時間程度である。 会津若松駅 - 西若松駅間にはの列車も乗り入れており、只見線会津川口・小出方面の列車よりも本数は多い。 過去に運行された優等列車 [ ] 多層階建て急行「いなわしろ」 [ ] 「あいづ」としてに - 間で運行を開始。 に(1967年から季節列車としてまで延長)・・喜多方駅の3方向からの列車をで取りまとめて仙台駅へ向かう形態となり、には急行へ格上げされ、からは「あいづ」の愛称が上野駅 - 会津若松駅間の特急に使用されることになり、「いなわしろ」と改称された。 この列車の特色は、の利点を生かしてとして運用したことにある。 等のほか、会津線系統直通には、本来普通列車用だが単行運転可能な等が充当された。 併結相手は会津若松駅 - 仙台駅間が急行「」(喜多方駅発の「いなわしろ」が無い号便に限る)、 - 仙台駅間が直通の急行「」である。 沿線は豪雪地帯のため、冬期間は併結相手が遅延して何時間も来ないこともあったが、主要道の除雪もままならない時代だったことから、地域住民の貴重な足として運行され続けた。 、開業に伴うで廃止された。 廃止時停車駅(福島駅 - 喜多方駅・只見駅間は急行区間、仙台駅 - 福島駅間は普通列車)• - - - - 郡山駅 - - - - 会津若松駅 - 喜多方駅• 会津若松駅 - - - - - - - - - 会津川口駅 - 只見駅 多層階建ての列車の宿命として、複雑な運転系統に伴う運用上の錯綜があった。 ここではその例として、1968年(昭和43年)ダイヤ改正時の上下の「いなわしろ2号」の場合を挙げる。 下り「いなわしろ2号」• 会津川口発の「いなわしろ2号」は、会津若松駅でから来た「あがの1号」と併結し、さらに郡山駅で始発の「いわき51号」と併結。 この時点で、先頭から「あがの1号・いなわしろ2号・いわき51号」となるが、福島駅で「いなわしろ2号・いわき51号」が切り離され、「あがの1号」は単独で終点の仙台駅へと向かった。 上り「いなわしろ2号」• 「いなわしろ2号」は仙台始発であるが、始発時点で水戸行きの「いわき2号」を併結。 福島駅で「いわき2号」の福島始発列車を併結し、郡山駅で「いわき2号」と別れて磐越西線に入り、会津若松駅で会津田島行き、会津川口(只見)行き、喜多方行きの3つの列車に分割されてそれぞれの終点に向かった。 「いなわしろ」、「あがの」、「いわき」と行き先が異なる上、それぞれ連結する相手の号便が異なること、多層階になった後も福島駅で分割・併合するなどしたため、時刻表の表記も各駅の乗車案内も難解をきわめた。 また、乗客自身も乗っている号車が目的地にたどり着くのか確認することに苦労したといわれている。 冬季運休急行「奥只見」 [ ] 奥只見(おくただみ)は、10月2日から3月13日(実質11月30日)まで、会津若松駅 - 小出駅間(1982年11月15日からは普通列車としてまで延長)に運行されていた列車である。 定期列車であったが、利用度および車両運用を配慮して、冬季の12月1日から翌年の3月31日まで運休する措置がとられる特異な列車であった。 車両は一貫して非冷房ので、1985年3月13日(実質1984年11月30日)までは3両編成、1985年3月14日(同1985年4月1日)からは2両編成で運転。 本州内最後の非冷房優等定期列車であった。 廃止時停車駅(小出駅 - 浦佐駅間は普通列車)• 会津若松駅 - 西若松駅 - 会津本郷駅 - 会津高田駅 - 新鶴駅 - 会津坂下駅 - 会津柳津駅 - 滝谷駅 - 会津宮下駅 - 会津川口駅 - 只見駅 - - - - - - - 浦佐駅 なお、1971年8月29日から1972年10月1日までは臨時列車として運転され、只見駅から上越線経由でまで乗り入れていた。 上野駅 - 小出駅間では、当時上野駅 - 秋田・柏崎駅間に運転されていた急行と併結して運転されていた。 2006年7月15・16日には、浦佐駅 - 会津若松駅間でが行われる予定だったが、大雨の影響により運休となり、同年9月23日に改めて運転された。 使用車両 [ ] 会津若松駅 - 会津川口駅間の車両は、(仙コリ)に所属、同センターの会津若松派出所に常駐する。 小出駅 - 只見駅間の車両は、(新ニツ)に所属する。 2020年(令和2年)3月14日から運用開始。 8両全車とも郡山総合車両センター会津若松派出所属。 同所所属のキハ40系をすべて置き換え、会津若松駅 - 会津川口駅間で運用されている。 新津運輸区(・・・・)で運用されていた車両が転入したものである。 塗色はキハ40系ののデザインを踏襲した緑色に変更された。 1979年(昭和54年)から運用開始。 キハ40形とキハ48形を使用。 2011年の新潟・福島豪雨による被災で路線が分断されるまでは、郡山総合車両センター会津若松派出所属車が全線で運用されていたが、被災後は会津若松駅 - 会津川口駅間で会津若松所属車、只見駅 - 小出駅間で新津所属車が運用される形態となっていた。 会津若松所属車はキハE120形に置き換えられたため、2020年3月14日以降は新津所属車が只見駅 - 小出駅間で運用されるのみとなっている。 ただし、これも所定の車両はに変更されており、磐越西線のGV-E400系が増備されるまで、磐越西線でキハ110系が代走していることによるもので、玉突きでキハ110系が転属されてくるまでの暫定処置である。 塗色は会津若松所属車が東北地域本社色、新津所属車が新潟色となっている。 新津所属車はを拠点に運用されており、上越線長岡駅 - 小出駅間に毎日1往復の回送列車が設定されている。 新津所属車にはドアが両開き式のキハ47形もあるが、通常は運用されず、予備車や臨時列車として運用されるのみとなっている。 かつては冷房車と非冷房車が混在していたが、2015年5月30日のの開通により、小牛田運輸区のキハ40系5両、新津運輸区からキハ40系6両の冷房車が郡山総合車両センターに転出。 また新津に小牛田のキハ40系冷房車10両が転出することにより、会津若松と新津の非冷房車のキハ40・48形合計15両を廃車、それに伴い只見線の車両もすべて冷房化された。 の入線としては、「」(新津所属)が2019年10月29日に臨時列車として只見駅 - 小出駅間で運行されたほか、(小牛田所属)が観光シーズンに恒例的に運行される。 2009年と2010年の3月には「」を使用した「酒樽列車」が喜多方駅 - 只見駅間で運転された。 特有の設備として、のであるが装備され、一部が通じない区間で使用される。 2010年時点の会津若松所属車は、すべてエンジン未更新車(形エンジン)であり、一部冷房車(キハ40 2085, 2140, 2141)、ロングシート車(2010年時点でキハ40 542, 578, 579の3両)もあり、これらは、トイレも完全に撤去されていた。 また、キハ40 548, 549, 550, 2025は座席が削減された3列クロスシート車であった。 キハ40 550は汚物処理装置が未取り付けで、只見線のキハ40系では唯一流し管が残存していた。 2020年3月ダイヤ改正前時点の会津若松所属車は、キハ40 502, 526, 534, 571, 572, 582, 583, 584, 2021, 2026(以上300PSエンジン), 2085, 2141(以上DMF15HSA220PSエンジン), 2086(DMF15HSA-DI230PSエンジン)の13両で、すべて冷房車である。 なお、会津若松駅 - 西若松駅間を走行するからの乗り入れ車両は、「」を参照のこと。 過去の使用車両 [ ] キハ58形を改造した200番代が201、202の2両配置されていた。 普通列車や急行「奥只見」として定期運用されていた。 臨時列車としては新津運輸区所属車が「只見紅葉号」、「磐西只見ぐるり一周号」で入線したほか、2007年2月10日 - 11日に「只見雪祭り号」として所属の元用車が入線した。 国鉄時代に貨物列車や客車列車を牽引していた。 臨時列車「SL会津只見号」として所属の325号機が入線していたが、同機は2020年にに譲渡された。 縁結び列車(2017年8月) 駅一覧 [ ]• 全列車普通列車(全駅に停車)• バス代行の停車箇所は当該駅のほか、2012年12月1日より会津川口 - 本名間に「川口高校前」、本名 - 会津越川間に「湯倉入口」、会津蒲生 - 只見間に「叶津」が追加されている。 駅名 営業キロ 接続路線 線路 所在地 駅間 累計 - 0. 3 1. 3 | 1. 8 3. 4 6. 5 | 4. 8 11. 3 | 3. 5 14. 8 | 2. 0 16. 8 | 2. 1 18. 9 | 2. 7 21. 4 26. 0 | 3. 7 29. 7 | 3. 6 33. 3 | 3. 6 36. 9 | 2. 7 39. 6 | 1. 9 41. 5 | 大沼郡 2. 2 43. 7 | 1. 7 45. 8 51. 2 | 3. 9 55. 1 | 3. 2 58. 3 | 2. 5 60. 8 63. 6 | 6. 4 70. 0 | 3. 2 73. 2 | 2. 2 75. 4 | 5. 5 80. 9 | 3. 0 83. 9 | 4. 5 88. 8 109. 4 115. 6 | 3. 1 118. 7 | 4. 4 123. 1 | 3. 9 127. 0 | 2. 5 129. 5 | 2. 1 131. 6 | 3. 6 135. 会津鉄道会津線の起点は西若松駅であるが、全列車が会津若松駅へ乗り入れる。 国鉄・JRの他の駅名と重複しないよう、地方名の「」(この地域の旧国名は「」であるが、こちらは使われていない)を冠した駅が非常に多い。 根岸駅がと同名なのは、根岸線の駅の方が遅れて開業したことによる。 廃駅 [ ]• (只見駅 - 大白川駅間) - 2013年3月16日廃止。 (大白川駅 - 入広瀬駅間) - 2015年3月14日廃止。 (柿ノ木駅 - 入広瀬駅間) - 1965年7月15日頃廃止。 年度 会津若松 - 小出 (全区間) 会津若松 - 会津坂下 会津坂下 - 会津川口 会津川口 - 只見 只見 - 小出 1987年度 644 1,962 533 184 369 2011年度 316 1,314 228 21 102 2012年度 305 1,277 218 21 98 2013年度 317 1,315 219 22 112 2014年度 304 1,234 208 43 109 2015年度 321 1,315 222 35 115 2016年度 304 1,250 199 37 114 2017年度 290 1,191 190 30 113 その他 [ ] 急行「奥只見」を舞台にした小説に、の「急行奥只見殺人事件」がある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2011年8月24日 , の2015年3月19日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道仙台支社, 2012年9月7日 , の2015年7月21日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道仙台支社, 2013年2月25日 , の2015年7月21日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2012年12月21日 , の2014年12月22日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月18日閲覧。 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道新潟支社, 2015年2月5日 ,• 東日本旅客鉄道仙台支社 2015年9月14日. 2015年9月21日時点のよりアーカイブ。 2015年9月14日閲覧。 東日本旅客鉄道仙台支社 2015年9月25日. 2015年10月10日時点のよりアーカイブ。 2015年9月29日閲覧。 日本語 PDF プレスリリース , JR東日本仙台支社, 2018年5月15日 , 2018年6月15日閲覧。 - 東日本旅客鉄道、2013年5月22日• - 東日本旅客鉄道、2014年8月19日• - 東日本旅客鉄道、2014年8月19日• 東日本旅客鉄道 2016年12月6日. 2017年2月6日閲覧。 東日本旅客鉄道 2016年12月6日. 2017年2月6日閲覧。 東日本旅客鉄道仙台支社 2017年9月25日. 2017年10月15日閲覧。 東日本旅客鉄道 2014年8月. 2013年1月24日閲覧。 - JR東日本• - JR東日本• - JR東日本 新聞記事等 [ ]• 交友社『鉄道ファン』railf. jp 鉄道ニュース 2011年7月24日. 2011年7月25日閲覧。 - ビジネス ONLINE、2012年12月28日 08時01分 更新(2015年4月9日閲覧)• - 交通新聞、2011年12月1日。 - 福島民報、2011年12月4日(共同通信47NEWSより)• 河北新報. 2018年6月16日. の2018年6月16日時点におけるアーカイブ。 2018年6月16日閲覧。 - 2013年5月23日読売新聞福島版• - 2013年5月13日福島民報(2013年5月20日閲覧)• 新潟日報 2014年8月5日• - 2014年8月6日• 節出典 東京新聞 2013年3月17日発行 「ダム乱開発の人災」・「大洪水で線路寸断」26面・27面• 節出典• 福島民報社. 2015年12月13日. の2015年12月13日時点におけるアーカイブ。 2015年12月29日閲覧。 福島民報社. 2016年3月30日. の2016年3月30日時点におけるアーカイブ。 2016年3月31日閲覧。 (産経ニュース). 2016年12月21日. 2017年1月8日閲覧。 ONLINE NEWS. 2016年12月24日. の2017年2月5日時点におけるアーカイブ。 2017年2月6日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2016年12月27日. の2016年12月27日時点におけるアーカイブ。 2017年1月8日閲覧。 (県内ニュース(主要)) 福島民友新聞社. 2016年11月28日. の2016年11月29日時点におけるアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 ONLINE NEWS. 2017年3月28日. の2017年3月29日時点におけるアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 ONLINE NEWS. 2016年12月1日. の2017年3月30日時点におけるアーカイブ。 2017年3月30日閲覧。 福島民報 福島民報社. 2017年4月1日. 2017年5月5日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年3月28日. の2017年4月10日時点におけるアーカイブ。 2017年4月10日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年6月8日. の2017年6月8日時点におけるアーカイブ。 2017年6月11日閲覧。 乗りものニュース 2017年6月20日. 2017年6月21日閲覧。 産経新聞 産経新聞社. 2017年6月20日. 2017年6月21日閲覧。 乗りものニュース 2018年5月16日. 2018年5月16日閲覧。 福島民友 2018年5月16日. 2018年5月16日閲覧。 (県内ニュース(主要)) 福島民報社. 2017年6月18日. の2017年6月18日時点におけるアーカイブ。 2017年6月19日閲覧。 (みんゆうNet) 福島民友新聞社. 2017年6月17日. の2017年6月17日時点におけるアーカイブ。 2017年6月19日閲覧。 その他 [ ]• 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』、1959年9月17日、22頁。 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』、1959年9月17日、23頁。 - 只見町観光まちづくり協会• - 三島町観光協会• 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』、1998年。。 (国立国会図書館近代デジタルライブラリー)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• - 航空・鉄道事故調査委員会、2006年4月28日• 鉄道ピクトリアル No. 841 2010年11月号(なお本文では誤記によりキハ48 546とキハ48 549がそれぞれキハ40 546とキハ40 549となっている)• 2011年8月4日. 2011年10月20日時点の [ ]よりアーカイブ。 2011年8月20日閲覧。 2011年8月22日. 2013年2月22日閲覧。 魚沼市 2012年8月10日. 2014年4月10日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年1月28日閲覧。 『JTB時刻表』2015年3月号、JTBパブリッシング、p. 国土交通省 2015年9月14日. 2015年9月14日閲覧。 奥会津歳時記の郷. 只見川電源流域振興協議会. 2017年3月29日時点の [ ]よりアーカイブ。 2017年3月29日閲覧。 『鉄道ダイヤ情報』2020年4月号の定期列車 編成変更情報に明記されている。 福島県 2014年4月15日. 2015年12月29日閲覧。 日本語 プレスリリース , , 2013年12月25日 , 2015年12月29日閲覧。 只見町観光まちづくり協会. 2017年1月8日閲覧。 新潟県交通政策課 2015年5月11日. 新潟県. 2015年12月29日閲覧。 JTBパブリッシング『JTB時刻表』2017年10月号• (代行バス含 2019. 28更新)• 所定と代走は『鉄道ダイヤ情報』2020年4月号の「定期列車 編成変更情報」に記載。 『鉄道ファン』2015年5月号、交友社、P73-74 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ] 総合• 計画・災害復旧• 観光(福島県側)• 観光(新潟県側)• 路線図・パンフレット• - (2010年12月15日アーカイブ分) 駅一覧•

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【引退は近い】懐かしのキハ40系気動車を楽しめる路線はここ!

キハ 40 只見 線

北海道:各路線の普通列車 JR北海道は、2019年現在でもキハ40系気動車の運用が多い地域です。 キハ40系気動車が使用されている路線は数多く、 ・道南いさりび鉄道(全線) ・函館本線(函館~長万部) ・宗谷本線(旭川~音威子府) ・根室本線(滝川~厚岸) ・室蘭本線 ・日高本線 ・石北本線 など、 札幌近郊の地域を除くと、どこかしらでキハ40系が走っています。 キハ40系は普通列車として運用されることが殆どで、主にローカル線区を中心に運行されています。 しかし、近年では 新型の電気式気動車「H100形」の量産化が本格的に動き出しており、あと数年のうちにキハ40の置き換えが進むことになります。 東北地方 JR東日本では、主に東北の各ローカル線にてキハ40が使われています。 ただ、これらのキハ40も2020年をめどに新型車である 「GV-E400系気動車」に置き換えられることが決まっています。 津軽線:三厩~蟹田 津軽線の蟹田~三厩間は非電化路線であり、今もなおキハ40系が使用されています。 なお、蟹田~三厩間を走る普通列車の本数は少なく、1日6往復しかありません。 <関連記事> 羽越本線:酒田~村上・新津 日本海を南北に結ぶ羽越本線でも普通列車としてキハ40系が使用されることがあります。 この区間は電化されていますが、そもそも普通列車の輸送量が少なく、架線の電化方式の問題もあり、 運用コストの安い気動車が使用さえています。 列車は区間運転が多く、酒田~新津を普通列車は数少ないです。 ただし。 こちらも電気式気動車GV-E400系が2019年の終わりまでに置き換えられることになっています。 磐越西線:新津~会津若松 福島の会津若松と新潟県の新津を結ぶ磐越西線でもキハ40系が使用されています。 喜多方~新津間が非電化路線であるため、この区間は気動車で運行されます。 ただし、近年ではキハE120形やキハ100形などの気動車の運用も増えているため、キハ40系の引退は近いと言えます。 只見線:全線 日本有数のローカル線として知られる只見線は、臨時列車のSLを除くと全ての車両がキハ40系気動車で運転されています。 <関連記事> 山陰本線/吉備線/芸備線/山口線 岡山や広島、鳥取、島根などの各非電化路線にてキハ40系は使用されます。 一部の区間ではキハ120形やキハ126系が使用されますが、ローカル線区ではまだまだキハ40が現役です。 四国 四国の各路線でもキハ40系気動車が使用されていますが、年々その運用は少なくなっています。 キハ40系が使用されるのは ・高徳線 ・牟岐線 の2路線です。 主に、高松以南、徳島近辺の路線で使用されています。 ちなみに、予讃線 の観光列車「伊予灘ものがたり」でもキハ40系が使用されています。 九州 九州でもまだ多くのキハ40が運用されており、 ・唐津線 ・筑豊本線(原田線) ・久大本線 ・三角線 ・日南線 ・吉都線 ・肥薩線 ・指宿枕崎線 の8つの路線でキハ40系が活躍しています。 また、九州では普通列車だけでなく、 ・「いさぶろう・しんぺい」:肥薩線 ・「はやとの風」:肥薩線 ・「かわせみ・やませみ」:肥薩線 ・「A列車で行こう」:三角線 ・「指宿のたまて箱」:指宿枕崎線 など、 観光列車としても多数のキハ40が活躍しています! 観光特急としてキハ40系を楽しむこともできるので、九州の鉄道旅行も面白いかと思いますね! <関連記事>.

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